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人並由真さん
平均点: 6.34点 書評数: 2221件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.741 6点 キャッスルフォード- J・J・コニントン 2020/01/28 05:55
(ネタバレなし)
 少し長めだが、そんなに多くはない主要な登場人物たちが丁寧に書き込まれた英国黄金期パズラーの佳作。
 探偵役は(たぶん本作のみの)地方警察のウェスターハム警部が先に初動、後半になってレギュラーキャラのクリントン・ドリフィールド卿に交代。ただしその新旧の捜査陣がとある容疑者のある物的証拠? をしっかり追求しないのにはちょっと違和感を覚えた。不満はそこだけ。
 犯罪の構造(というか仕掛け)は、やはり英国ミステリの某大家がよく使いそうなもので、その辺が先読みできるかどうかが、多分読み手のミステリファンの犯人当ての決め手になるであろう。
 作中で問われる銃の口径の差異などについては、そんなものなのかな? という箇所もあるが、この辺は弾十六さんみたいな詳しい方の見識をいつか伺ってみたい。
 最後に解説を読んで、コニントンがシモンズから(クロフツやロードと並ぶ)「英国退屈派」に称されていると知ってちょっと驚き。少なくとも論創で新訳の3冊はどれもそれなり以上に面白かったので。サンドーの名作表に入っていることで有名な『当りくじ殺人事件』の新訳・完訳も出してください。論創さま。

No.740 6点 珈琲城のキネマと事件- 井上雅彦 2020/01/27 14:59
(ネタバレなし)
 茗荷谷駅から少し歩いたところにひっそりと佇む西洋館。そこは名画座を改装した古式ゆかしき喫茶店「喫茶 薔薇の蕾」であった。同所に集うのは、珈琲と、旧作を中心とする映画、そして謎解きを愛する常連客たち。若手刑事の春夫とそのGFで新聞文化欄の記者・秋乃は、おのおのが抱えた謎をその場に持ち込み、やがて新たな来客が抱える事件にも関わっていく。

 一般には、ホラー主体の作家&ホラー&SFをはじめとした映画研究家として知られる作者・井上雅彦。その井上が、すでに伝説の一冊として知られる新本格パズラー『竹馬男の犯罪』以来、四半世紀ぶりに書いた純正のミステリ。
 今回の仕様は書下ろしの一編をふくむ全五本の連作短編シリーズで、第1~4話までは「ジャーロ」に連載されたもの。
 各話の体裁は不可能犯罪? をふくむ怪異&奇妙な謎が持ち込まれる→黒後家蜘蛛の会のごとく常連メンバーが意見を出し合う→やがて意外な真相に……という王道パターン。
 ただし本作のミソは、登場人物の大半が映画マニアの作者の分身ともいえる連中なので、各話の事件から、旧作映画のなかに使われた珍奇な特撮または特殊技法的なトリックを連想してそのトリヴィアを披露。そこからのフィードバックで事件のトリックを見破る、という流れが基本になっている。
 本書の賞味は、この映画トリヴィアを楽しめるかどうかも大きなポイントで、たとえば第一話の狼男の殺人? 事件などはミステリとしてダイレクトに真相に向かえば割とあっけない気もするが、そこに旧作ユニバーサル映画『狼男の殺人』で使用されたある映画撮影上の広義の特撮トリックをからませることで、話の立体感を引き出している。
 当然、(あまりにもいろんな表現が可能になった)CGが全盛となった現代とは違う、手作り&別種の創意の技法が映画に用いられていた時代のトリックが各編の主題なので、それぞれの物語の目線は全般に過去の昔日に向かうが、そこもまた本書の魅力となっている。その意味では事件の内容と、そこに関連する映画のファクターから昭和の時代に接近する第三話と第五話が個人的には味わい深かった(特に前者の、未来世界風の異世界と非現実的な真紅の怪人の出現、それに応えた最後の謎解きに至る流れはニヤリ)。
 かたや第四話のトリックなんかは数年前に別の若手作家の新本格パズラーで同じネタがあったが、こちらもある有名な人気映画の意外な? 技法を介してその真実を語る作劇のおかげで、なかなか新鮮な気分で楽しめた。

『竹馬男』とはかなり方向の違う連作パズラーだが、これはこれで作者らしさが出た一冊。連作としての物語は最終編をもってひと区切りっぽいが、続きは書こうと思えば書けると思う。また気が向いたら&ネタがたまったら、続編をお願いします。

No.739 7点 不穏な眠り- 若竹七海 2020/01/25 16:37
(ネタバレなし)
 一編60ページ前後の中編(長めの短編)が4本。例によってミステリとしての密度はどれも高いし、葉村晶のキャラクターの魅力は従来以上に炸裂。一本たりともつまらない話はない。
 しかし第一話で、あまりに仕事の依頼が来ないからって、WEBの匿名掲示板でステマを行う葉村晶の描写には本気で泣けた。ここまで切実なビンボー描写をされた私立探偵がこれまでのミステリ史上にいたであろうか……。

以下、簡単に寸評&感想&メモ
「水沫隠れの日々」
 事件の流れ、ゲストキャラクター、葉村晶の奮闘、そして最後の(略)。すべてがバランスの良い作品で、巻頭からこれが来たので本全体への期待が高まった。秀作。

「新春のラビリンス」
 怪談風の雰囲気からあれよあれよと話が転がっていく。真相の意外性はなかなかだが、そこに行くまでにかなり読み手もカロリーを使う話。個人的にはこれが本書の中で、一番ややこしかったかも。

「逃げ出した時刻表」
 ミステリファンの大勢が喜ぶであろう古書の稀覯本テーマの事件。最後に明かされる明快なホワイダニットの真相は、ホックのできのいい印象的な短編みたい。

「不穏な眠り」
 被害者の肖像が変遷していく「被害者ミステリ」タイプの話かと思いきや、登場人物がどんどん増えていくに従って予想外のふくらみを見せてくるエピソード。クライマックスのアレは作中の現実としてはただごとならぬ甚大な出来事だが、このシリーズならではのすっとぼけた語り口でつい笑ってしまう。映画化……とまでは望まないけれど、演出のいい2時間ドラマなどでも観てみたい一編。

以下・余談。
1:巻末の解説の辻真先先生は、このシリーズのファンとして呼ばれたっぽいが、くだんの解説本文の中で語る話題がこの新刊の本書の4編のことばかり。まさかこれまでのシリーズを実は読んでないってことはないだろうけど、少なくとも旧作を読み返してシリーズを俯瞰するためのメモを取ったりする労力はまったく払わなかったようで(?)、ある意味で潔い。まあ大御所の古老に編集部も無理は言えなかったのでしょう。
2:昨夜から始まったTVドラマ『ハムラアキラ』。まだ録画したばかりで観ていないが、どんな感じになっているのか、けっこう楽しみにしている。

No.738 6点 君待秋ラは透きとおる- 詠坂雄二 2020/01/21 02:25
(ネタバレなし)
 横山光輝作品『地球ナンバーV7』あたりの雰囲気に近いエスパーバトルもの。19歳の女子大生エスパーが主人公で、その超能力ゆえに双子の弟の人生を狂わせた彼女自身のトラウマを軸とした、青春ドラマの要素もある。
 21世紀風の文芸で装飾してはあるものの、基本的には古い感じの作劇で、1960年代の「ボーイズライフ」とかに平井和正や矢野徹がこんなのを書いていたとしても全く違和感はない。
 ただし後半、SFミステリ的な要素が導入されて意外な襲撃者の正体、さらに事態の奥のどんでん返し……などの趣向を盛り込んであるのは、現代のエンターテインメントとして一応の水準を保った感じ。
 それでも作者が割と得意がって書いているような部分が、これまであちこちで見たような読んだような感じもする。そこはいささか減点。
 それなりに楽しめたけれど、とにかく20世紀後半のSFジュブナイルみたいに古めかしい。この古色さが、昭和ティストをあえて狙った感じみたいなスタイリッシュさに転じなかったのは、ちょっとキビシイところである。

No.737 7点 休日はコーヒーショップで謎解きを- ロバート・ロプレスティ 2020/01/20 02:21
(ネタバレなし)
 2018年に翻訳刊行された、ミステリ作家を主人公にした小粋な連作短編集『日曜の午後はミステリ作家とお茶を』の作者ロプレスティ。その著作でノンシリーズものを中心とした短編8本、中編1本という構成の個人作家作品集。編集は日本オリジナル。
 短編8本はそれぞれサスペンスものとクライムストーリーを主軸にバラエティに富んだ内容で、60~80年代のミステリマガジン(日本版EQMM)、または日本版ヒッチコックマガジンに載った翻訳ミステリのショートストーリー諸作のような味わい。都筑道夫の『ひとり雑誌』の域にはさすがに行かないが、人間ドラマや密室劇もあれば意外な犯罪の実体の事件などもあり、個人作家としてはなかなか持ち技が多くて楽しめる。
 昔はこういう幅広い作風のしゃれた海外短編ミステリがその月の「マスターピース(選抜傑作短編)」の肩書きのもとに、ミステリマガジンでほぼ毎号、1~2本は読めたものだった。
 海外ミステリの本国版専門誌を読みこんでそのなかから日本読者向けの傑作編を選び、版権をとって翻訳する工程が面倒くさくなり、国内にあふれている有象無象の日本人ミステリ作家に実作を発注してお茶を濁している現行の「見捨て理マガジン」の誌上では、こういうものが安定して供給される機会はもう二度と来ないのである(涙)。

 閑話休題。本書に収録された各編には、作者ロプレスティからのそれぞれ思い入れを込めた自作へのコメントが付加されている。そのコメントのなかのひとつで、作者が昔から私淑していた作家のひとりがジャック・リッチーだった事がわかり、さもありなんという感じであった。本書を読み進める最中、評者が感じたある種の懐かしさの正体は、きっとこの辺にあるのであろう。

 なお巻末をしめる中編は、今後のシリーズ化を意識した、スタウトの作風に寄せた都会派パズラー。ネロ・ウルフのファンクラブに長らく属している作者が同組織内で設立した中編作品賞に合わせて書いたものだという。
 それまでの8本が凝縮された短編ミステリの醍醐味をしっかり味合わせてくれた分、作品の形質がここでいきなり変わってしまって戸惑い、途中で読むのをストップしてまた最初から読み直したりもした。ストーリーそのものは時代設定を1958年に据えた独特の興趣があるもので(映画『めまい』が封切られた直後で、テレビでは『探偵マイケル・シェーン』などが放映されている、ある意味で旧作ミステリファンにとってのベル・エポック)、犯人捜しの段取りも最後まで読めばなかなか楽しかったけれど。

 この雰囲気ならもう何冊か、ロプレスティの翻訳短編集を作れそうな感じだな。しばらくしたら是非ともまた続刊を出してほしい。

No.736 5点 黙秘犯- 翔田寛 2020/01/19 20:03
(ネタバレなし)
 2019年の夏。千葉県船橋市の住宅街の路上で、大学生の西岡卓也が撲殺された。近隣に住む主婦・小森好美は、現場周辺で女の声と、逃げ去る男の姿を認めた。やがて現場に残されていた凶器の指紋から、二年前に傷害罪を起こして保護観察中の若い板前・倉田忠彦に殺人の嫌疑がかかる。逮捕され、取り調べを受けても黙秘を続ける倉田。捜査を担当する船橋署の面々は、この事件の奥に潜むもっと秘められたものを次第に見やり始めた。

 翔田作品は前にちょっとだけ読んだことのある評者だが、今年の新刊がAmazonのレビューで評判が良いようなので久々に手に取ってみる。
 しかし実際のところの内容は、極めてフツーの警察小説で、まあ水準作~佳作といったところ。
 最後に明かされる真相(タイトルの含意)も実にありふれたものだし、何より逮捕された倉田への尋問の場面がみっちり書かれていないのは、この作品の主題上、ヘンに思える(というよりそもそも、物語の軸として、何がなんでも警察側を××しようとする倉田の姿が十全に書き込まれていないと、この作品は成立しないのではないか?)。

 これは悪い意味で、被疑者の行動の心の謎に重きを置いた、一時間ものの刑事ドラマの筋立てを読まされたような印象。
 まあ、真犯人にトドメをさす決め手となる、ヒラリー・ウォー風の物的証拠だけはちょっと良かったかも(それも良くも悪くも昭和ミステリという感じだが)。
 あと、捜査陣の刑事連中のキャラクターは、そこそこの魅力はあった。

 最後に、平成31年~令和1年の設定のストーリーのはずだが、海水浴場などの監視カメラがいまだに記録媒体としてビデオテープを用いているというのは違和感がある。実際にまだそんな所とかあるんですか?

No.735 7点 流れは、いつか海へと- ウォルター・モズリイ 2020/01/19 15:00
(ネタバレなし)
「わたし」こと黒人の中年私立探偵ジョー・キング・オリヴァーは、元NY市警の刑事。10年前に事件関係者の女性をレイプしたという冤罪を契機に、警察を追われた過去があった。ジョーの別れた妻モニカが引き取った現在17歳の実娘「A・D」ことエイジア=デニスは不遇の父をずっと支援し、今ではジョーの探偵事務所の助手を買って出ている。そんなある日、ジョーが受けた依頼。それは警官を射殺した罪状で死刑を宣告された黒人ジャーナリスト、A・フリー・マンの潔白を証明してほしいというものだった。依頼人の新人弁護士の娘ウィラ・ポートマンは、大物弁護士スチュアート・ブラウンの事務所に勤務。そのブラウンがもともとマンの弁護を引き受けていたが、なぜか彼は急に態度を一転。その役割を放棄したという。調査に乗りだすジョーだが、そんな彼の周囲では、10年前の彼自身の事件に関する新たな事実が続々と頭をもたげてくる。

 原書は2018年のホヤホヤの新作で、MWAの最優秀長編賞受賞作。
 評者は、大分前に出たモズリイの既訳作イージー(エゼキエル・ローリンズ)ものは未読だが、長らく日本で忘れられていた(放って置かれた)作家がふたたび本邦に凱旋上陸した格好である。それで興味が湧いて読んでみた。
 
 でまあ、実質一日ほどでいっきに読み終えての感想だが、本文がポケミスの標準二段組みで310頁ちょっと。そんなに厚くない紙幅ながら、その割に登場人物が多い、場面転換が激しい(例によって登場人物名のメモを取りながら読み進めたら、名前の出てくるキャラだけで100人前後になった! アンソニー・アボットもびっくり!!)。
 事件の構造も(ネタバレにならないように書きたいが)現在形の死刑囚を救う案件と主人公ジョーの過去の件が絶妙な距離感で絡み合い、かなり錯綜している。
 それでもその割に物語の流れの理解においてあまりストレスを感じないのは、小説作りがうまいからであろう。登場人物が多い分、本当に小説の厚みを見せるためにだけ瞬間的に登場し、そのまま退場するキャラも少なくないが、その使い方も総じて効果を上げている(ジョーが電車やバス内の車中で会う複数の人物たちとか)。
 
 物語の主題は、腐敗した警察官僚と政財界の悪徳、それに立ち向かう市井の中年探偵とその仲間という図式。もうありふれた王道の構図だが、決して清廉なキャラクターでない主人公(妻帯時の時から女遊びもひどかった)の造形がまず前提にあり、そんな彼がギリギリのところで譲れない倫理の箍(たが)を遵守しながら行動する。が、きれい事ばかりでは勝負のしようがないため、必要に応じて裏の手も使う、心根も通じた凶悪犯罪者の協力も仰ぐ……そして……と、全編にわたって「この世の条理は善でも悪でもない」観点が作品世界の隅々まで浸透している。
 読み終わった後にwebのどこかで「旧弊ながら現代的な作品」という主旨の評を見たような気もするが、正にそのとおりで、種族を越えた人権、法の正義、家族の絆、弱者に寛容な社会……などの理想と倫理を心のどこかに仰ぎながら、それだけじゃ現実のなかでやっていけず、やむなくダーティプレイに手を染める主人公、の図がかなり際だった作品。
 いやまあ、実のところそんな文芸そのものは半世紀も一世紀も前からあるんだけれど、そういう清濁の融合への踏み込み方がすごく自然な分、ああ、21世紀の作品だなあという思いをひとしお感じさせてくれる一冊だった。
 絶対に勝てない社会の歪みに対してあがく主人公の姿は、どっかシドニー・ルメットの映画『セルピコ』あたりを想起させたりもする。

 ただし(すごい力作だし丁寧な作りの作品だとは思うんだけれど)、「傑作」と言う言葉でまとめて片づけたくはない長編。「優秀作」なら許せるような感触もある。そういった気分がどこら辺に由来するか、自分でもまだ消化しきれてないところもあるんだけれど。
 評点は8点でもいいかなあ……。そのうち気が向いたら、修正するかもしれない。

No.734 6点 サーカス・クイーンの死- アンソニー・アボット 2020/01/15 05:31
(ネタバレなし)
 先に読んだ『世紀の犯罪』同様に、動きの多い警察小説寄りの一流半のフーダニット。今回は、途中から明かされる<奇妙な凶器>の趣向も物語を盛り立てて、さらに面白かった。
 サーカス団の一角を占めるアフリカ人・ウバンギ族の連中のいかにも未開民族的な言動は、探偵役のコルトたちの捜査活動にまでじわじわと食い込んできて、その辺の異様な感覚が実に楽しかった。そんな文芸を受けた終盤のオチも決まっている。
 しかしこの<近代文明の大都会の一角にあまりにも場違いな未開人種のコミューンが成立し、その周囲で殺人事件が起きる>って、たぶんディッキンスンの『ガラス箱の蟻』の大設定の先駆だよね? 本書の解説でも特に触れられていませんが。
(と言いつつ、評者もまだ『ガラス箱の蟻』を読んでない~汗~。いつかそっちの現物を読んで、実際の異同のほどはこの目で確かめよう。)

 あと先駆といえば、事件の解決をわがままな理由でややこしくしたあの人だけど、こういうタイプのキャラって、のちのちに書かれた無数のミステリの中にタマに出てくるような。もしかするとこの作品は<その手の劇中人物>が登場するミステリの中で、結構先駆の一冊かもしれん? 
(まあ、これもしっかり検証したわけではないから、うかつな事は言えないのだが。)
 
 主要登場人物がそんなに多くはない(ただし名前だけ出るモブキャラは呆れるほど多い)こともあって、犯人の意外性は今ひとつだったけど、十分楽しく読めた佳作~秀作。アボットはこれからも良いペースで発掘紹介していってほしい。
 ただし本書巻末の横井司氏の解説は、今回はちょっと悪い意味で深読みしすぎ。ラストのアレは、そういう解釈とはまったく別ものの、ただの小説的な余韻を狙ってるものだと思うのですが?

No.733 6点 ひとんち 澤村伊智短編集- 澤村伊智 2020/01/13 20:41
(ネタバレなし)
 ノンシリーズのホラー短編集。8本収録。就寝前に読んでひと晩経つとあまり記憶に残ってないものもひとつふたつあるが、おおむねの作品は、なかなかコワイ。
 以下、印象的な作品の短評。

『夢の行き先』
 学校怪談ものだが、どことなく民話風な展開。そこそこに怖いオチに行き着くのが、かえって作品の印象を深めている。

『闇の花園』
 ……作者は、こういうものを一度は書いてみたかったんですね、という感じ。ちょっと微笑ましいような気もする。

『宮本くんの手』
 スーパーナチュラル性よりも、人の心の闇の怖さの方が残る一編。結構キツイ。

『シュマシラ』
 webの感想では本書中の人気上位作のようだが、初読でピンとこなかったので二回読んでなんとなく魅力がわかった。水木しげるの昭和30~40年代の怪奇短編のような話。

『死神』
 直球・剛球の怪談。問答無用にじわじわ来る怖さ。

『じぶんち』
 50年代「異色作家短篇集」の(中略)ホラー編+奇妙な味、のような内容。これも地味にゾクゾク来る。ちょっと星新一っぽい。
 
 ちなみに『シュマシラ』が「比嘉姉妹シリーズ」の世界観とリンクしている? というAmazonのレビューがあって、「え?」と思ったけど、それって、237頁のあの名前のことか? この作品世界にもアレは存在する、という解釈も可能なような気もするけれど。

No.732 7点 不死人(アンデッド)の検屍人ロザリア・バーネットの検屍録 骸骨城連続殺人事件- 手代木正太郎 2020/01/13 17:39
(ネタバレなし)
 吸血鬼やグール、そして魂なき動く死体「コープス」などの不死人(アンデッド)が跋扈する異世界。「俺」こと「不死狩り人(アンデッドハンター)」の巨漢クライヴ・アランデルは、「アンデッド検屍人」を自称する妖しい美少女ロザリア・バーネットとともに、吸血鬼の血族の居城と噂される古城「骸骨城」へと赴く。そこは200年前に不老不死を追求した当時の当主デズモンド伯爵の怪談が残り、そしてその妻エヴァ夫人の幽霊が今も徘徊すると評判だった。「骸骨城」の現当主にして城主エインズワース家三兄弟の長男、そして超美青年のセシルは、先日他界した母カリーナの遺志によって三人の花嫁候補と対面し、その中の誰かと婚姻を結ぶことになっていた。しかしそこに、さらに新たな花嫁候補が登場。だがくだんの四人の花嫁候補が怪異な状況の中で次々と絶命し、そしてそのそれぞれが……。

 異世界を舞台にしたフーダニットの謎解きパズラー。これも最近の一部のTwitterで話題になっているようなので、読んでみた。
 古城の舞台装置を活かした殺人トリックはちょっと興味深く、殺人手段のいくつかには、それぞれカーの複数の長編をなんとなく想起するようなギミックまで導入されている。
 とはいえ異世界パズラーとしての本作のキモは、この世界観と登場人物の設定ならではのクレイジーな動機。一番近い感覚でいえば、白井智之の諸作に登場する、犯行に至るまでのぶっとんだロジックの道筋あたりか。
 あと読み終わったミステリファンの大半は、真相を認めてそこで改めて、新本格派の某有名作品を思い出すだろうけど、そちらとは似た器と具材ながら、本作ならではの謎解きミステリのオリジナリティーを確保しているのは間違いない(特にその前述の、動機に至る思考の組立てにおいて)。
 作品の後半、ある種のキーアイテムとなる物品の逆転図もうまい。
 
 特殊な世界観を活かして、もう何冊かは良い意味でイカれたパズラーを読ませてもらえそうな気もするので、続刊も楽しみにしていきたいシリーズ。

【誤記・誤植】
135頁3行目
エヴァ夫人(誤)
エイダ夫人(正)
……再版か文庫化の際に直しておいて下さい。

No.731 7点 おしゃべり時計の秘密- フランク・グルーバー 2020/01/12 14:12
(ネタバレなし)
 『フランス鍵』『はらぺこ犬』に続いて本シリーズを読むのは三冊目。
 正直『フランス鍵』は大して楽しめなかったんだけれど、『はらぺこ犬』と本作は、これこそ自分が求める往年の海外ミステリ! という感じで涙が出るほど面白かった。
 ギャグコメディの愉しさ、登場人物の魅力、印象的で刺激的なシーンの配列、手数が多い一方で煩雑ではない謎の提示、サスペンスとちょっとしたペーソス、終盤の盛り上がりとラストの意外性……と、これだけ、一冊にあまねく盛り込んだ作者の職人芸的な腕前を感じる。

 ちなみに真犯人は意外であったが、ジョニーが疑問を持ったとする先行する場面での情報。そこはちゃんとさりげなく、読者の方にも手がかり&伏線として書いておいて欲しかったね。
(あれ? と思って読み直したけど、その該当の情報は前もって書かれておらず、犯人を暴いたのちに、ジョニーの口からいきなり出てきた。)
 まあ、そのさりげなく、が難しい(しっかり書くと、読者に、あー、ここが伏線だなと見え見えになってしまう)から、あえてオミットしたのかもしれないけれど。それでもその辺は古今東西のミステリ作家がみんな苦労しているところのハズだから、手を抜かないでほしい。そこだけ残念というか不満で一点減点。
 

No.730 7点 異世界の名探偵 1 首なし姫殺人事件- 片里鴎 2020/01/12 13:50
(ネタバレなし)
 ミステリ好きが昂じて警官となり、のちに私立探偵となった「俺」は犯罪者に殺された。その魂は生前の地球での意識と記憶を残したまま、異世界「バンゲア」の一国家シャークの新生児に転生。農家の長男ヴァンとして成長する。論理と科学の発達が緩やかな一方、魔法が存在するバンゲア。ヴァンは前世の物理法則の概念と知識を魔法の条理に応用し、天才的な資質を発揮した。かくして平民ながら、王都の名門国立魔法学校に特待生として入学することになったヴァン。彼はそこで3年間の学業を終え、ほかの3名の学友とともに、秀才としてシャーク王家の姫君ヴィクティーから表彰を受ける栄誉を被る。だがその表彰式の式典の最中に起きたのは、不可思議な密室殺人事件だった。

 異世界を舞台に、その世界の条理やロジックまで踏まえて展開される完全なフーダニットの謎解きパズラー。版元はライトノベルレーベルからの刊行ということになるが、その分、さすがに文章は読みやすい。Twitterの一部でえらく評判がいいので読んでみた。

 転生後もミステリ好きという属性を維持する「俺」=ヴァンは、少年時代からこの世界での「名探偵」に改めて憧れるが、この世界では近代的な法務やそれに応じた捜査論理もまだまだ未発達で、犯罪が起これば官憲は被疑者に場合によっては拷問を経て自白を強要、それで事件を解決するのが定法であった。要するに現実の江戸時代~戦前までの日本などの警察権力世界が投影された世界で、ここに論理と物証の力をミステリマニアとして信じるヴァンが社会改革のため(今後の「名探偵」として)、志を同じくする友人たちに背中を押されながら斬り込んでいくのが、本シリーズのテーマになるようである(まだ一作目が書かれたばかりだけど)。
 ちなみにパズラーとしてもかなり読み応えのあるもので、真相が暴かれる前に、それまで劇中で提示された謎を改めて整理して並べながら「読者への挑戦」まで挿入。この趣向は読んでいて嬉しくなる。

 なお密室の謎は解かれてしまえばなんと言うことはないシンプルなものだが、意外性としては十分に及第点であろう。しかし本作の最大のキモは……これは言わない方がよいか。
 思いつくかぎりに被疑者ひとりひとりの犯行の可能性を検証し、そこから犯罪の実行の可否をひとつひとつ絞りこんで行くヴァンの論理の立て方も頗る丁寧(一部の説明には、そこって何とかなりそうだな~っていうものもないではないが、まあおおむねは、無粋なツッコミレベルだ)。

 前述のとおり、あくまでわれわれの現実の世界とは違う、魔法の存在する異世界の条理を利用しての謎解きなので、ギャレットのダーシー卿とかの路線、あの和製版を思えば良い。ただし先述の本シリーズの縦糸となるであろうドラマとの融合で、ミステリ部分もさらにまた別の意味を持ってくる。

 評判通りに十分面白い作品であったけど、個人的にはこういう内容とジャンルの作品なら、ラノベらしく登場人物のビジュアルがわかる挿し絵が数枚欲しかった(本書のビジュアル画は、表紙のカバーアート一枚だけ)。最低でも主人公とヒロインだけでもいいから。
 まあ内容を入稿締め切りのギリギリまで推敲して、挿し絵との祖語が生じる危険性まで考えて、あえて挿し絵を入れない仕様にしていたのかもしれないけれどね。

No.729 5点 間宵の母- 歌野晶午 2020/01/11 12:43
(ネタバレなし)
 小学生・西崎詩穗が三年生の時に転校してきた同学年の少女・間宵紗江子。いつしか二人は親友となった。紗江子の義父でイケメンの青年「ユメドノ」こと夢之丞は、お話を語る(ストーリーテリングの)話術で類い希なる魅力を発揮し、娘の級友たちの人気者である。だがその夢之丞がある日、失踪。詩穗の母の早苗と不倫の末に、駆け落ちしたようだった。詩穗の父・宣史は絶望するが、それ以上に狂乱したのは、紗江子の母・己代子だった。次第に常軌を逸していく己代子。そしてこの暗い影は、二人の少女の人生をも大きく歪ませていく。

 二つの家庭(とその血筋)の異常な軌跡が、四本の連作短編をまとめた形の長編で語られる。最初の章が事態の基盤となる事件。次が紗江子の大学時代の、三つ目がOL時代の、そして最後が……という構成。
 最終的にかなりぶっとんだ方向に行っちゃう作品で、終盤の奇想も面白いといえば面白いが、この30年以上の東西のエンターテインメントの中に似たようなネタのものもあった気もする。だから、あまり新鮮味はない。ジャンルとしてどこに着地するかは、ネタバレになるので言わないでおく。とりあえずカテゴライズ分類は、版元の謳い文句の通りにホラーで。
(「デビュー30周年、著者最恐のホラー・ミステリー!」だそうである。 )

 総体としては、不愉快で後味の悪い(広義の)イヤミス。ただいっきに読ませる力はあるので、最後まで読んでそのどぎつさ、破格さがある種の快感に変われば、楽しめるとは思う。評者はぎりぎり、何とかその域に達した……かな。

No.728 5点 千葉の殺人- アッシュ・スミス 2020/01/10 12:25
(ネタバレなし)
 その年の6月15日。千葉県M市の路上で34歳の無職・中内潤子が刃物を振るい、道行く男女を次々と襲った。死者も出て犯人の異常な通り魔的犯行が世間の注目を浴びるなか、55歳のジャーナリスト・永野昭一は、自分のサイトにその事件の犯人・潤子から少し前に投稿があったことに気がつくが。

 二人の主人公といえる潤子と永野、前者は犯行に至るまでの過去の軌跡を主体に、後者は過去と現在をまぜこぜにしながら、双方のキャラクターについての叙述をほぼ並行的に語る作り。悪く言えば「よくある仕掛けものミステリ」である。
 否定的な物言いから始めたのは、読んだ直後はちょっと感心した記憶があるものの、読了から一週間ほど経った現在、面白みもインパクトも加速度的に薄れていく感触があるため。
 そもそもこの作品、最後に(中略)をキモとするのはいいのだが、主人公の一方の方は客観的三人称描写をしてるなら、そこで語られるのが自然な情報が都合良く覆い隠されてる(悪い意味での作者の神の所作が介在している)。さらにもう一方の主人公の方も、あとから考えれば自分から(中略)しなかったというのはいささか不自然ではないか? 少なくとも法令上は可能だよね?
 物語の全編をバックギャモンの様式になぞらえたのもスタイリッシュではあるが、同ゲームとの接点は主人公の片方にしかないのでやや中途半端な感じもある。あと、ところどころに出てくる文芸ネタが下品で汚いものが多いのも、この作品の場合は、個人的に減点。

 まずまず面白かったけれど、随所に引っかかる感じも多い作品。評点はまあ、こんな所で。

No.727 7点 潮首岬に郭公の鳴く- 平石貴樹 2020/01/10 04:24
(ネタバレなし)
 本サイトをふくめてwebのあちこちで「読むのがシンドイ」と風評の一冊だが、自分の場合は、いつものように登場人物メモを取りながら頁をめくっていたら、普通にほぼまったくストレスなどなく、手に取ってから半日で読み終わっていた。
 一見生硬に見える? 叙述も、昭和の国産ミステリを100冊も読んでいれば、いくらでも出会いそうなレベルのものに思えるし(私見では、初期の土屋隆夫の長編作品みたいな歯応えであった)。

 登場人物は確かに多めだが(メモをもとにカウントしたら、名前の出てくるキャラクターだけで43人以上)、一方でそんな多数の登場人物のメモを作り、人物関係を整理しながら読み進めていくのが加速度的に楽しくなる、その種の探求作業的な快感を与えてくれた作品でもあった(これってRPGでのマッピングとかによく似た楽しさかもしれない)。

 ……で、自慢しますが、途中のここだという伏線にピンと来て、事件の概要と真犯人、どちらも真相の露見前に見事、正解でした(笑~さすがに提示された謎やトリックの全ては見破れませんでしたが・汗~)。
 しかしそれでも十分に面白かった。技巧的、というよりはすごく直球的で正統的な作りの謎解きパズラーだと思う。
 でもって終盤の犯人の独白には『獄門島』ではない、また別の横溝作品の影を感じた。もちろんココでは、それ以上は決して言いませんが。

No.726 6点 探偵小説のためのエチュード「水剋火」- 古野まほろ 2020/01/08 18:39
(ネタバレなし)
 2019年の改稿・改題文庫版で読了。
 2019年の完全な新作と思って手に取ったのだが、ところどころにまほろ先生らしさは感じるものの、物語全体の結構は妙にシンプルだな……と思ったら、奥付手前のページを見て11年前の旧作の改稿版と初めて気がつく。なんかいろいろ腑に落ちた。

 青春ドラマとオカルト風味の器の中で、密室(?)不可能犯罪の謎に接近。細かい伏線や手がかりを丹念に拾いながら真相を詰めていく作りは、普通に面白かった。ただ、状況から考えるとどうしても容疑者のキャラクターは絞られてしまうので、真犯人の意外性はあまりない。犯行動機は普通に考えればトンデモの部類だが、まほろ作品世界の中でなら一応は納得してしまう。というか作者も、この文芸は狙ってやったんだろうし。
 あと、被害者の(中略)に関するギミックはあまり意味がないという先の評者さんの見解にはまったく同感だけど、これもたぶん作者はそういうミステリの手法を導入しながら、単に(中略)ネタに持って行きたかったんでしょうねえ。

No.725 8点 卒業タイムリミット- 辻堂ゆめ 2020/01/07 16:46
(ネタバレなし)
 開校5年目の私立高校「欅(けやき)台高校」3年生の卒業式を数日後に控えたその日、3年8組の担任で生徒達の人気も高い27歳の美人教師・水口里佐子が何者かに誘拐された。犯人は彼女を72時間後に始末すると宣告し、自由を奪ったその姿の動画をネットにアップ。明確な要求もないまま、一日に数回、その動画を更新する。警察も介入して高校周辺の教師も生徒も騒乱するなか、元不良の三年生・黒川良樹は「C」と署名のある人物から学校の屋上に呼び出され、この誘拐事件の解決に挑むよう挑戦を受ける。黒川のほかに呼び出されたのは、元サッカー部の荻生田隼平、学年一の美人の小松澪、そして黒川の幼なじみで学年トップの秀才女子・高畑あやね、みな黒川と同じ三年生だった。旧知の黒川とあやねも最近は疎遠で、四人の男子女子にはこれまでほとんど校内外での接点はない。四人はなぜ自分たちが選ばれたのか? との疑念を抱えながら、謎の誘拐事件に対して個々の推理を交換しあうが。

 2019年暮れの新刊。辻堂作品は合作をふくめてまだ数冊しか読んでいないが、とても面白かった。帯には「見事な伏線と鮮やかな結末。爽やかな読後感に包まれる青春ミステリーの傑作誕生!」とあるが、あながち誇張ではない。
 なぜ主人公となる4人の少年少女が選抜されたのかのホワイダニット、作品全体に仕掛けられたギミック、それぞれ決して斬新でも画期的なものでもないが、本作の器と主題によく馴染んだ使い方をしており、その意味で感銘する。
 しかし何より本作で最高級に際立ったのは真犯人の鮮烈な人物造形で、ここまで(中略)なキャラクターというのは、日本ミステリ史上でもかなり有数なのではないか。傷害、誘拐という犯行そのものはもちろん決して許される行為ではないが、その一方で、ある意味、不器用にそこに至らざるを得なかった犯人の(中略)に大きな手応えを感じた。その真相の開陳と同時に物語の細部をひとつずつ丁寧に詰めていくストーリーテリングの妙も、青春ミステリ、ヒューマンドラマミステリとして高い評価をしたい。
(あえていうのなら、最後の最後に明かされる真実に際しての、某・登場人物の反応。そこまで人間、優等生になれるか、とも思ったが、これはきっと私の心の方が、現実の塵芥のなかで煤け過ぎているのであろう……。)

 そういえば昨年2019年は、白河三兎の青春ミステリ路線は出なかったんだよなあ?
 個人的には、(もちろん作風や方向性の多少の異同はあれども)この作品が十分にその穴を埋めてくれた感じ。読んで良かった。

No.724 8点 待ちうける影- ヒラリー・ウォー 2020/01/05 17:27
(ネタバレなし)
 アメリカの地方都市ウォーターベリーの町で発生した、残虐な二件の婦女暴行殺人事件。高校教師ハーバート(ハーブ)・マードックの妻クレアが三人目の犠牲者になるが、その犯人はほかならぬハーブ自身の教え子である、高校生オーヴィル・エリオットだった。オーヴィルが愛妻を殺害しその死体を弄ぶ現場をたまたま直視したハーブは、組み合いの中で相手の銃を奪って銃撃。オーヴィルの男性自身を損壊させた。だが凶悪殺人者として審理されるはずのオーヴィルは精神異常を理由に収監もされず、いま8年間の療養生活によって異常性は完治したと見なされ、自由を得ようとしていた。逮捕から4年もの間、精神病院を3度も脱走してはハーブへの復讐を行おうとし、そのたびに失敗していたオーヴィルの狂気を忘れられないハーブ。現在のハーブは惨劇から8年の日々のなかで新たな家庭を築いて幸福な生活を送っていたが、ふたたび自由を得たオーヴィルの脅威が迫っていることを実感する。だがそんな事態をより劇的な状況に変えてスクープ記事にしようと、地方新聞の若手記者バート・コールズが陰に日向にの、裏工作をはじめた。

 1978年のアメリカ作品。フレッド・C・フェローズ警察署長などのシリーズものと無縁、警察小説ですらないノンシリーズのサスペンス編。
 主題はあらすじに書いたとおり、社会復帰完了を装ったサイコ殺人鬼の襲来におびえ、妻子を守るためにあれこれと対抗策をとる一般市民(高校教師)のストーリー。これにサブストーリーとして主人公ハーブの、総じて学力の低い高校を舞台にした学園ドラマもからみ、小説的にもとても厚みがある。
 白人教師の主人公に対し、逆レイシストの立場で怒鳴り込んでくる黒人の不良生徒の母親の描写など、21世紀の現在でも十二分に通じるモンスターペアレンツの図式だ。
(しかしながら、ネタバレになるのであまり詳しく書けないが、この高校でのサブストーリーが、終盤の本筋であるサスペンスドラマの方にも実にパッショネイトな形で雪崩れ込んでくる筋運びがあまりにも見事であった! この辺りは夜中に読んでいて、大声で(中略)させられた。)。


 正常になった風を演じながら、その実、狂気の復讐の牙を研ぐオーヴィル、必死に家族を守ろう(そして生徒たちのためになる教育をしよう)としながらもいつもいつも理想と常識を信じすぎて(世の中の正義と良識しか見ないというか……)不器用な主人公ハーブ、文筆家として高名になりたいという向上心がひずみをきたし、次第に道を踏み外していくコールズ……が三人のメインキャラクターだが、「4年間、療養所内で問題なしの実績があるんだから、法務上は放免しても何ら問題はないのだ」と無責任にオーヴィルに自由を与えてしまう地方判事、ハーブの恐怖と焦燥に一応の理解は示すものの「何かことが起きるまでは本格的に動けない」の姿勢を頑迷にとり続ける地方警察の面々。
 そういった事件関係者の思惑や各自の立場も必要十分以上に書き込まれ、特に後者(警察)は後者なりの行動規範のロジックがあり、それが救済を求める市民の要望と必ずしも折り合うものではないことを、綿々と傑作・秀作警察小説のシリーズを書き続けた作者らしい視点から、切々と語りかけてくる。それは、誰がいい、悪いというものではなく、そういうものなのだ(少なくとも「現状の文明世界」では)という、警察捜査陣からのリアルな絶叫にも思える。
 地方警察の重職がハーブに語るひとこと「われわれはいつも最初の悲劇に対しては何もできないのです。その最初の悲劇を教訓に法整備された中から、第二の悲劇を防ぐよう奮闘するしかないんです(大意)」は、決して警察は万能ではない、でも大半のまともな警官は、可能な限り必死なんだ(でも限界があるんだ!)という作者ウォーの本音の絶叫でもあろう。
(人間社会、どっかで妥協や折り合いは必要だ、だが、それを当たり前に言って良いのか、という文明批判を裏側に仕込んでいるようにもとれる。)

 クライマックスの展開(主人公ハーヴ側とオーヴィルとの三進二退のシーソーゲーム)も強烈なテンションで、残りのページがどんどん少なくなっていくなか、本当に物語に決着が突くのか……とも思わせるが、ラストは破裂寸前の風船が急速にしぼむように、加速的な勢いで終焉を迎える。その最後に残るもの……それは次にこの本を読むあなた自身の目で確認してほしい。たぶん色んなものが見えるだろうと思う。実際、評者は、このクロージングに、二つ~三つ以上のミーニングを感じた。

 これまでウォーの作品の中でも、最高級に面白かった。なにしろ夜中の12時過ぎに読み始めて、半分は明日にしようと思いながら、とうとう最後まで本を手放すことなどできず、結局は4時間半でいっき読みだったので(笑)。

 ただし、これまでのフェローズ警察署長もののような、いわばA級の職人・技巧派的な感覚がかなり希薄になり、どっちかというと80年代に隆盛するネオエンターテイメントの諸作とか、キングとかクーンツ作品のような「ゴージャスなオモシロ小説」的な食感の方がずっと強かった。
 すんごく熱量を感じた一冊だけど、本来はそういうものをウォーの作品に求めてはいないんだよね、という気分もある。それでも評点はかなり高くつけたい。いや、実際、9点でもいいかとも思った瞬間もあったんだけど、いま言った部分がやっぱり引っかかるので、この位で。

No.723 7点 裸のランナー- フランシス・クリフォード 2020/01/04 23:32
(ネタバレなし)
 1960年代半ばのイギリス。事務用品メーカーの重役で43歳のサム(サミュエル)・レイカーは通勤中のその朝、トラックに轢かれそうな若い母親と赤ん坊を危機一髪のところで助ける。レイカーはかつて第二次世界大戦中にドイツに潜入し、戦闘工作員として武勲を立てた過去があり、新聞はその功績にからめて彼を英雄扱いした。そんなレイカーは近日中に、父一人子一人の息子14歳のパトリックを連れて、東ドイツ内の国際見本市に向かう予定であった。そのレイカーのもとに、かつての大戦時代の上官で今も諜報活動の世界に身を置く男マーチン・スラタリーから十数年ぶりの連絡が来た。新聞記事を見たというスラタリーの要件は、東ドイツ内に潜伏するある英国側のスパイとの接触を願うもので、それ自体はごく簡単な任務だが、そのスパイの名を聞いてレイカーは愕然とする。それは彼自身の癒えることない心の傷となっている、大戦中の記憶に深く関わる人物の名だった。

 1965年の英国作品。日本でも60年代から80年代にかけて数作が紹介され、イギリス正統派エスピオナージュの書き手として一時期はそれなりの評価を得ていたものの、21世紀の現在ではほとんど忘れられてしまった作家フランシス・クリフォードの代表作のひとつ。
(とはいえ評者もクリフォード作品は大昔に1~2冊読んだか読まないかで、もしかしたら今回が初読かも? と言う程度の付き合いだが。ちなみに例によって本だけは大昔に買ってあった~汗~。)

 ハヤカワノヴェルズ版で300ページちょっと。本の束そのものはまあまあの厚さだが、中の本文は一段組だし、しかも翻訳は名訳者・永井淳(キングの『呪われた町』ほか)。会話もそれなりに多いし、ストーリーはハイテンポに進んでいく。これはもう淀みなく読める最高級のリーダビリティの高さであった。
 東ドイツ内に渡った主人公レイカーだが、中盤以降も二転三転の状況の悪化に見舞われ、ついには(中略)と思ったら、さらに……(中略)。
 うん、まあ、こういうあれやこれやの筋立ての勢いで言えば、初期のマイケル・バー=ゾウハーにも負けない作りで、一言で言えば良く出来た秀作。
 しかし最後のネタが暴かれれば、この(中略)そのものにそこまでの必然性はあったのか? という部分もないではないが、その辺は一歩引いて物語全体を俯瞰するなら、(中略)の思惟のなかでは「そう思いついても良かったこと」でもあり、ひとつの状況の道筋としては間違っていない。
 ラストのなんとも言えない甘苦い余韻も、いかにもこういう作劇の形を採ったエスピオナージらしい。

 本レビューの最初のあらすじは全体の5分の2くらいで、中盤からの(中略)がキモの作品なので、ネタバレを警戒して具体的にあんまり言えないのが何だが、いずれにしろフランシス・クリフォード、評判だけのことはある。
 残りの翻訳されている未読の作品、読んだかもしれないけれど内容を忘れてしまった作品、少しずつ読んでいこう。

No.722 5点 プロレス連続殺人事件- 三谷茉沙夫 2020/01/04 16:16
(ネタバレなし)
 1980年代の半ば。新日本プロレスと全日本プロレスの二大勢力を頂点に、群雄割拠の様相を呈し始めた当時の日本プロレス界。比較的規模の大きい新興団体「ワールド・プロレスリング」の中堅レスラー、ジャガー・大城は、プロレスラーとしてのさらなる躍進を図っていた。大城を応援するのは、恋人でOLの広瀬有美と、夕刊紙「オールスポーツ」のベテラン記者、馬場。興行をより盛り上げるために日々奮闘するワールド・プロレスリングの所属レスラーたちだが、そんなある日、彼らの仲間の一人が自宅で何者かに殺される事件が起きる。やがてしばらくして、思いもよらない状況の中で第二の惨事が……。

 作者・三谷茉沙夫(みたに まさお)は1970年代から活躍した著述家。エンターテインメント小説から歴史読み物本まで幅広い活動を為したが、ミステリ関係では初期は「コロンボ」シリーズの和製ノベライズ数冊(「訳者」名義で出した『死者の身代金』『死の方程式』ほか)を手がけたのち、80年代にはオリジナルの実作にも進出。本作はその三冊目になる。

 例によって、webで目に付いた愉快な題名(笑)と、Amazon古書価の高騰ぶりに興味を惹かれて、借りて読んだ。

 それでも一種の業界ものとして、当時のプロレス界の躍動を語る筆致にはかなりの熱気と真剣味があり(たぶん作者の得意なフィールドなんであろう)、主人公のジャガー・大城の視点や三人称の記述を介しての斯界への見識ぶりやトリヴィアの羅列はけっこう読ませる。プロレス小説としての成分が全体の5分の3くらい。
 一方でミステリの部分は一応はフーダニット、ハウダニットのパズラー。最初の殺人に関しては既存トリックの流用だし、さらにそんなに犯人の思惑どおりに行くかな? 検死でバレない? などの不満は感じるが、伏線の張り方の妙な手際は、ちょっと印象に残るかも。
 それなりにまとまっている、特殊な世界を舞台にしたB級ミステリだとは思うが、後半のストーリーの展開がエンターテインメントとしてどうなの? という感じなのが残念。まあそれで作者の言いたいこと、やりたかったことも何となく分からないでもないが、書かれた筋立ての(中略)は最終的にそれに釣り合ったかどうか。

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人並由真さん
ひとこと
以前は別のミステリ書評サイト「ミステリタウン」さんに参加させていただいておりました。(旧ペンネームは古畑弘三です。)改めまして本サイトでは、どうぞよろしくお願いいたします。基本的にはリアルタイムで読んだ...
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