皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
人並由真さん |
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平均点: 6.33点 | 書評数: 2106件 |
No.946 | 6点 | 帰らざる夜- 三好徹 | 2020/08/31 05:13 |
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(ネタバレなし)
その年の秋。都内のある会社の営業職の青年・辺見武司は、仕事で関西にいるはずの新妻・早苗の姿を東京駅のホームで見かけた。不審を覚えた辺見は早苗の足跡を確かめるが、その行方は杳としてしれない。やがて彼女の消息を追って名古屋に来た辺見は、関係者の華道家・池上春海を追跡し、その先で予想しなかった殺人事件に遭遇。そしてその事件は、辺見を驚愕の事実へと導いていった。 1967年9月から翌年1月まで新聞連載されたフーダニットのパズラー。 (なお恐縮ながら、先のkanamoriさんのレビューを読むと、トリックに関するコメントの部分で真犯人が限定されてしまうおそれがあるので、これから本書を楽しむ気のある方は、その旨だけはご注意。) 講談社文庫版で夜中に読み始め、3時間で読了したリーダビリティの高い一冊だったが、少なくとも読んでいる間は退屈はしない。 それで同文庫巻末の解説(権田萬治が担当)によると、本作は新聞連載時には「犯人当て懸賞小説」の体裁をとっていたようだが、さすがに毎日山場を設けなければならない? 新聞小説らしく、物語の起伏は豊富。 また容疑者の頭数もかなりのものだが、一方で怪しい奴を出すために、かなり強引に事件のなかにひっぱりこまれた登場人物もいるように思える(笑)。 (しかし連載当時、物語のどのタイミングで<読者の犯人当ての応募>を区切ったのかが気になる。ここらかな? と思える箇所はあるが、「そこ」まで読むと犯人当てとしてはやさしすぎるし、それ以前だと手がかりがまだまだ少なくて、難しいような……?) メイントリックそのものは、いかにも昭和のB級パズラーという感じの創意で、個人的には悪くなかった。犯行時のイメージも、ビジュアル的にちょっと面白いかもと思う。 ただまあ(kanamoriさんもおっしゃっているが)真犯人の殺人の動機には説得力が弱いと思うし、少なくともこの殺害状況の必然性はかなり薄いのではないか、と疑問。 お話そのものは随所にムリが目立つ一方で、いろいろと言い訳は用意してあり、その辺の作者の苦労ぶりがなんか楽しくはあるんだけれどね。 ちなみにくだんの権田萬治の解説では、それこそ強引に本作を、ロスマクめいた男のロマンミステリに持ち上げたいような感じだけれど、(そういう作風の気配がまったくないとは言わないが)実際にはかなり違うのではないか、とも思う。だってねえ、肝心の(中略)。 まあトータルでは、佳作といえるとは思いますが。 |
No.945 | 7点 | 素晴らしき犯罪- クレイグ・ライス | 2020/08/30 21:10 |
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(ネタバレなし)
古巣のシカゴを離れてニューヨークを来訪中の弁護士マローンと、その友人であるヘレン&ジェークのジャスタス夫妻。3人はNYで知り合ったハンサムな青年デニス・モリスンと夜っぴいて酒宴を開く。だが実は、デニスは初夜を迎えるはずの新郎だが訳ありで、年上の新妻バーサと別行動を取っているようだった。そんな彼らのところに、デニスの妻が殺されたと警察から連絡がある。急いでホテルに戻ると、そこにあるのは首を斬られた死体。だがその被害者の顔は、新妻バーサのものではなかった。 1943年のアメリカ作品。 評者の場合、少年時代にあの「世界の名探偵50人」(藤原宰太郎)を読んで以来、その紹介記事で心を惹かれ、自分なりに追いかけてきたジョン・J・マローンもの。しかしどうも長編との相性はよくなかった。 最初に読んだのが『幸運な死体』だったが、これがなんというか「本当はもっと楽しめるハズなのに、自分がそこまでいかない」ようなもどかしさばかり痛感。同作のユーモア、ストーリー性、ミステリ味、すべてにおいて、である。だいぶ時間が経ってから読んだシリーズ第一作『マローン売り出す』もそんな感じ。 そんな一方であちこちの翻訳ミステリ雑誌とかで出会うマローンものの中短編には面白いものが実に多く、特にヒルデガード・ウィザースとの共演編は大好物であった(まあこれは、別カウントにすべきかもしれないが~笑~)。 さらにハンサム&ビンゴの『セントラル・パーク事件』なんか、これはもう自分のオールタイム海外ミステリベスト20候補に入るくらいにスキだし。それだけにマローンものの長編と相性が悪い感触が、どうにも辛かった。 そんな思いを抱えたまま、今回は心にハズミをつけて本作(これも少年時代に購入していたポケミスの旧訳版)を読了。 それで、ああ、やっと<本気でスキになれるマローンものの長編>に出会えた! という思いに至った(笑・涙)。 ショッキングな導入部から開幕し、そのあとは主人公3人それぞれの行動で物語をトレース。 特に、旦那ジェークの描写がよろしい。最高クラスにいい女(ヘレン)を手に入れ、さらにナイトクラブ経営者の地位に収まりながら、それでもまだ「作家になりたい」と人生の欲をかいて、取材のために事件の調査に躍起になる驀進ぶりが笑わせる。 関わりのできたNY市警のまともそうな警部アーサ・ピーターソンも実はひそかに作家志望であり、両者が事件のなかでこっそり意気投合してしまうあたりのギャグも快い。何やかんやと、この時代らしい都会派ユーモアが全体的に染みた作品である。 ミステリとしては、事件の真実が少しずつじわじわとあらわになっていくものの、一方でなかなか核心には迫らない。どこに着地するのだろう、とテンション高く物語を追っていたら、けっこう衝撃的な真相を迎えた。 首が斬られたホワイダニットも、ややイカれた感じはするが、ちょっとした奇想かもしれない。 (ちなみにこの作品に関しては、なるべく細かく、とにかく登場してくる劇中人物の名前をかたっぱしからメモしながら読むことをお勧めする。あまり詳しいことは言わないけれど。) シリーズの順番を考えないでつまみ食いで読んでしまったけれど、とにもかくにもマローンものの長編への苦手感はこの一冊でようやく治まりそう。ほかのシリーズ長編も、少しずつ読んでいこう。 |
No.944 | 6点 | 鯉沼家の悲劇- 宮野村子 | 2020/08/29 05:05 |
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(ネタバレなし)
平家の落人の末裔として土地の人々から畏怖されるものの、現在は没落の一途を辿る山村の旧家・鯉沼家。同家の家長格だった長男は五年前に謎の失踪を遂げ、今は彼の姉妹である四人の女性と、庶子である五女の血筋だけが健在だった。四人の嫡子の娘の中で唯一、外に嫁いだ次女の息子である「ぼく」こと27歳の春樹。春樹はその鯉沼家から招待を受けて、数年ぶりに母方の実家に向かう。だがそこで遭遇したのは、恐るべき連続殺人事件であった。 光文社文庫の「本格推理マガジン」版で読了。文庫版(普通に本文は一段組)で実質160ページ弱という紙幅。短めの長編というよりは長めの中編と呼びたくなる程度のボリュームだが、連続殺人事件の舞台装置とキャラクターシフトに関しては、この上なく魅力的。 文芸設定も、5年前に行方をくらましたままの伯父、数十年前の春樹の祖父の変死、妾腹の五女の息子で超絶的な美少年、さらには繰り返し怪死の予言を告げるその五女……と外連味に満ちており、国産クラシック・パズラー好きなら途中まで読んでゾクゾクワクワクしない人はいないであろう? と思うほど。 ただまあ、後半になって解決に至る道筋が駆け足になり、真相にはそれなりの意外性やどんでん返しも用意されているのに、それが演出としてまったくもって不完全燃焼なのは本当にもったいない。 高木彬光の『刺青殺人事件』のように作者が物語全体を増量して改稿していたら、もしかしたらかなりの優秀作になったのでは、と思わせる。実に残念で惜しい作品。 まあそれでも、この作品のなかに込められた「謎解きミステリとしてのある種の物語性(というかそのスタイリズム)」は21世紀の現代の作家たちのなかにも、形を変えて脈々と受け継がれているはず。その辺は、本当に有難く喜ばしいことだとは思う。 |
No.943 | 7点 | 嘘、そして沈黙- デイヴィッド・マーティン | 2020/08/28 14:50 |
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(ネタバレなし)
その年の7月のワシントン州。50代前半の富豪の実業家ジョナサン・ガェイタンの無惨な死体が自宅の浴室で発見される。「わたし」こと53歳のテディ(セオドワ)・キャメルは、証人や容疑者の偽証を直感的に見抜く技量に長けた「人間嘘発見器」の異名をとる刑事。テディは横柄な年下の署長ハーヴィー・ランドの指示で、被害者ジョナサンの若い美人妻メアリーの証言の真偽を見やることになった。やがてジョナサンの死は自殺と公認されるが、テディはさらに広がる事件の深い奥行きを感じていた。 1990年のアメリカ作品。刊行直後に何らかのきっかけで冒頭だけ読んだ記憶があり、そこで序盤のとある描写が『ジョジョの奇妙な冒険』「キラ=クイーン編」の冒頭の元ネタだと気づいた覚えがある(いや、もしかしたら正確には、当時、どっかでこの情報は、先に誰かから教えられていたものだったかもしれない?)。 ちなみにこの話題は、本作も『ジョジョ』の該当編も本当に最初の部分の叙述なのでネタバレには当たらないものとして、どうぞご了承のほどを。 それで評判がいいので大昔に状態のいい古書(最後のページに鉛筆書きで200円とある)を買ったはいいものの、やっぱりグルーミーで気持ち悪そうなので家の中に長らく放っておいたのだけれど、昨日、蔵書をひっかき回したら出てきた。そこで、タマにはこういうのも……と思って読んでみる。 結果、やや長めの話(文庫で約460ページ)ながら一日で読了。警察小説とサイコサスペンスの要素を加えたスリラーとしてベストセラー&話題になっただけあってリーダビリティは最強。物語のテンポ自体もいいが、ムダに劇中人物に名前をつけない作法も小説のコントロールがきいている(殺される被害者たちとか。それでも犠牲者の事件現場での内面描写などはしっかりやるのだが)。 あと実に残虐で苛烈、さらに真相まで踏み込んでかなり(中略)な話なのに、読んでいる間は不思議にサラッと物語に付き合えるのが長所。メインヒロインのメアリーと、ジョナサンの秘書ジョジョ・クリーク(あ、「ジョナサン」と「ジョジョ」だ(笑))との関係の、最後の最後にわかるオチなんか、なんというか、いい加減で読み手からガス抜きさせるコツを、作者が心得ている感じ。 それとミステリとしての最後のどんでん返しには驚かされたが「ちゃんと伏線を張ってあったぞ」と読者に向けていわんばかりのテディの物言いには笑った。ただまあできれば、地の文で……(中略)。本来ならなるべく早めに、できれば刊行当時に読め、ということだったのか? うん、これ以上は書かない(書けない)。 ラストの「なんかそこまで気をつかわんでも、読者にエンターテインメントせんでも……」という感じのクロージングもなかなか心地よい。書き手が工夫を凝らしたエンターテインメントなのは認める。 そんなに思い入れるようなタイプの作品ではないが、総体的によく出来た作品なのは間違いない。 評点は迷った末にこれで。8点でもいいんだけれどね。 |
No.942 | 6点 | 死の競歩- ピーター・ラヴゼイ | 2020/08/27 04:41 |
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(ネタバレなし)
1970年の英国作品。 これも購入してウン十年目に、ようやく読んだ蔵書の一冊(笑・汗)。 評者はクリップ&サッカレイものは、大昔に先に別の作品を2冊ほど読んでいるハズである。内容はもうまったく、どちらも忘却の彼方だが。 本作に関しては、都筑道夫がこの作品について語ったエッセイなどが有名。 ただし個人的には、刊行当時の「ミステリマガジン」の読者欄「響きと怒り」に掲載された本書を読んだいずこかのミステリファンの感想「犯人探しと、誰が優勝するかの興味で二重に楽しめる(大意)」などの方がずっと印象に残っていた。 まあそのこと自体は、本作の大設定を考えればそういう作りになるだろうな、くらいに思えるものであり、特に読み手の意表をつく趣向でもない。それでも実際に現物を読み始めると、やはりその二つの興味の相乗感がとても楽しい一冊であった。 個人的には、競歩「ウォップル」の勝者はこのキャラになるだろうと途中で読みをかけた登場人物がひとりいたのだが、ものの見事にハズれた(笑)。 今でもその某キャラが優勝した方が、ストーリー的には面白かったと思うのだが、作者ラヴゼイはちゃんとウォップルを含む時代考証を密に行って作品を書いたそうなので、あまり現実の史実にありえなさそうなフィクションは書けなかったのかもしれない? それはまあ勝手な憶測。 読了あとに本サイトの皆さんのレビューを拝見すると「地味」というお声が多いようだが、個人的にはミステリ的にも(中略)殺人、細かい犯罪、終盤の(中略)など、事件の続出で飽きなかった。伏線と手がかりが弱い気はするが、小中の事件とメインの殺人事件の関連性など、ちょっと工夫がある感じで悪くはない。 どっか昭和の国産ミステリ(B級パズラー)っぽい味わいもあるが、その辺もまた本作のカラーという感じ。全部ひっくるめて、結構楽しめた。 |
No.941 | 6点 | 川の深さは- 福井晴敏 | 2020/08/26 05:26 |
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(ネタバレなし)
元マル暴の刑事だったが故あって退職、今は生活のために雑居ビルの暇な警備業に従事する43歳の桃山剛。彼はある夜、ヤクザたちに追われる娘とその連れの怪我をした若者に出会い、成り行きから匿うことになった。娘・葵が感謝する一方、なかなか胸襟を開かない若者・保だったが、距離を置きながらも彼らを気遣って面倒を見る桃山の優しさは、次第に世代を超えた絆を育んでいく。だがそんな二人がいきなり隠れ場所から姿を消した。気になった桃山は彼らを探そうとするが、若者たちは驚くべき重大な秘密を抱えていた。 2003年に初版が出た講談社文庫版(現状では本サイトに登録のない)で読了。 結論から言うと、十分に面白かった。保たちが握る物語の鍵となる秘密は、どっかで読んだような気もしないでもないが、それでもかなり壮大な謀略だし。 (ちなみに、もしかしたら、この謀略のアイデアのネタ元は『亡国のイージス』のある部分と同様、とある「ガンダム」シリーズの一編からインスパイアされたんじゃないの? と思うけれど?) でまあ講談社文庫の巻末解説で、豊崎由美が「マンガのようだ」と称している中年主人公・桃山の熱血漢ぶりだが、個人的にはそっちにはまったく不満はない。というかそういうものを読みたくて手に取った作品だったので、そんな思いにしっかりと応えてくれた。 ただしその一方で、オジサンが読んでぶっとんだのは、メインヒロインの扱いの方。この場ではあんまり詳しくは書かない(書けない)けれど、これは童貞の高校生が書いた「ぼくの理想の(中略)な、女性像」か? と恥ずかしくなった(汗)。 正直、作者がもしも真顔でこれを書きたかったのだとしたら、なんつーか……「福井せんせい、ろまんちすとなんですね」と生温かい目でモノを言いたくなる。 いや、キャラ描写というものは<最終的にソコに行くにせよ>作劇上の段取りやカードの切り方というものがあるのだと、改めてつくづく実感した(大汗)。 豊富なネタでクライマックスを派手に盛り上げながら、情感豊かにまとめたクロージングは好印象、ではある。 |
No.940 | 7点 | ハイスクール・パニック- スティーヴン・キング | 2020/08/25 14:49 |
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(ネタバレなし)
その年の五月のある日。「ぼく」ことプレイサーヴィル高校の男子生徒チャールズ(チャーリー)・デッカーは、父カールの拳銃を校内に持ち込み、教室でいきなり数学の女性教師ジーン・アンターウッドを射殺した。次いで歴史教師ピーター・ヴァンスを射殺したチャールズは、そのまま24人の級友を人質にして教室に立てこもる。 1977年のアメリカ作品。もともとはキングが高校在学中の1966年に書きはじめた長編だそうで、中断を経て5年後にまた執筆を再開して完成。ただし出版には至らず、『キャリー』以降の初期作の大反響を経て、さらに推敲されてパックマン名義の方で77年に刊行された。 すでに本サイトではTetchyさんによる熱筆レビューがあるので作品の背景や解題について評者などが付け加えることはそうないが、強権的な力の行使によって、その場にいる複数の登場人物の内面や関係性の実状が暴き出されていく物語の構造には、内陸版・高校内版の『蠅の王』みたいな気配を感じた。もちろん本作の主人公チャールズの立ち位置は、そちらの作品の主題とはまた別のところにあるとは分かってはいるのだが。 この劇的な舞台装置と24人のクラスメイト、さらに周囲の大人たち、というキャスティングを使ってキングが書いてつまらなくなる訳はないのだから、それはいい。 あとは本作固有のオリジナルな魅力をここに認められるかどうか、だが、まあ、刊行時期までも踏まえて決して悪くはない。ポイントとなるクラスメイトのキャラ配置と叙述、主人公チャールズ自身の者をふくむそれぞれの内面の述懐、必ずしも新鮮ではないが、普遍的に読ませる訴求力がある。 あえていえば某キーパーソンキャラの扱いがいささか定番というか良くない方で王道すぎるという感慨も湧いたが、最後まで読みおえてその思いもなんとも(中略)。 いずれにしろ、紙幅の割に読み応えのある作品なのは間違いはない。 ところで177ページ目でゴジラ、ギドラ、モスラ、ラドンと並んで名前があげられている日本産の怪獣「トゥカン」って何でしょう? 文脈からすれば東宝特撮映画の怪獣のはずだが、特撮ファン歴ウン十年のこちらも聞いたことない。気になって、夜っぴいて家人とふたりで本作の原書内の英語表記まで追っかけて調べたが分からなかった(Twitterでも2人だけ話題にしているが、やはり未詳なようである)。どなたか詳細をご存じの方がいたら、ご教示ください。 |
No.939 | 6点 | 反乱- エリオット・リード | 2020/08/24 03:43 |
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(ネタバレなし)
1950年代初頭。オーストリアの東方にある某小国。アメリカの新聞社「スター・ディスパッチ」紙の駐在員チャールズ・バートンは、強権体制の政府とそれに対抗する革命派、それぞれの動向を気にするが、普段は穏健策を採っていた。だが前任の駐在員ドン・グローバーが懇意にしていた現地のライター、ベロ・トロビクが不審な行動をとり、警察庁長官パウル・セスニクがバートンのもとにも接触してくる。バートンは現地で雇用した美しい女性秘書アンナ・マラスにひそかな思慕を抱いていたが、その彼女の父であるアントン元大学教授は、現大統領リーケの旧友であった。さらにアンナ本人もリーケともセスニクとも旧交があり、迫る流血革命の気配は、マラス父娘にも及んでいく。バートンはアンナを連れての国外への亡命を図るが。 1952年の英国作品。ポケミス版(『叛乱』)で読了。 舞台となる小国の政局や国内の争議の実情が物語の背景くらいにしか語られない。それゆえ、なんだ、この作品でアンブラー(と相棒作家のチャールズ・ロッダ)が書きたいのはあくまでアンブラー版『鎧なき騎士』(J・ヒルトン)であり、革命劇に至る設定はあくまで一種の舞台装置かとも思わされた。 最後まで読んでもそんな当初の印象は、当たらずとも遠からずといったところだが、中盤であるイベントが起きて後半の展開に至るなか、政局の変遷はクライマックスの流れにもちょっと関わってくる。だから大設定が途中でまったく忘れ去られた訳でも、100%ムダになった訳でもない。その程度には、手堅い? 作り。 ただまあ、良くも悪くもメロドラマ要素の強い冒険スリラーなんだから、もうちょっと肝心のメインヒロインのアンナを魅力的に描いてほしいきらいはある。いやレジスタンスだった兄をナチスに殺されて気丈になった知的な美女で、老いた父親を残して自分だけ主人公と逃げることに二の足を踏むとかのキャラ設定にはとりあえずスキはないんだけれど、読者目線でもうひとつ、惚れ込める部分がないのだな。そこはちょっと残念。 最後の山場の脱出劇のテンションと、ちょっと人を食ったオチはそれなりに評価。 評点は0.5点ほどオマケして、この点数。 |
No.938 | 5点 | チョコレートゲーム- 岡嶋二人 | 2020/08/23 14:27 |
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(ネタバレなし)
本サイトでも人気の岡嶋二人作品を久々に読もう、と思って手に取った。気づいたらこの人(たち)の作品は、これまで『そして扉が』と『パステル』しか読んでない(汗)。 本作は日本推理作家協会賞受賞作ということもあって、ホホウ! と思いながら読み出したが……。 うーん、一気に読めたし、それなりには面白かったけれど、ほぼ全ての面において賞味期限切れの昭和ミステリという感じ。 この内容で今日びもし、講談社タイガ文庫あたりの新人作家が出したとしたら(作中の技術部分とかをアップトゥーデートしたとしても)、たぶんまず100%、世の中からはスルーされるよね? 素直にミステリとして読んでも、黒幕の正体は意外といえば意外であった。が、一方で主人公の行動が中途半端なので、そこら辺に疑問が残る。なんで最初の被害者の家に赴き、(もちろん遺族への気配りをした上で)情報を求めるとかしなかったのだろう? あと、アリバイ工作の手段だけど、当時のテクノロジーの範疇でまだほかにもやりようもあるよね? そういえば初期の頃の岡嶋二人って、赤川次郎の上位互換みたいにSRの会の一部あたりで評されていたのを今、なんとなく思い出した。個人的には『そして扉が』が大好きで高く評価しているので、(私的にはまだまだ未読作がある)スゴい作家のように思っていたが、そんなに構えないで今後つきあわなくてもいいかも。まあこんな勝手な物言いが即断に終わることも願っております。 |
No.937 | 8点 | 失踪当時の服装は- ヒラリー・ウォー | 2020/08/23 02:45 |
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(ネタバレなし)
1950年3月3日のマサチュセッツ(マサチューセッツ)州。女子大「パーカー・カレッジ」の学生寮「ラムバート寄宿寮」から、18歳の美人学生マリリン・ロウエル・ミッチェルが姿を消す。外出届もなく深夜になっても帰宅しないため、学内で捜索が行われたのち、自宅と警察に通報される。地元ブリストル警察の警察署長フランク・W・フォードと、同署の巡査部長バートン(バート)・キャメロン以下、多数の捜査員がマリリンの行方を追うが、その去就は杳として知れなかった。マリリンの失踪が世間の耳目を集めるなか、彼女の父で高名な建築家であるカール・ベーミス・ミッチェルはフィラデルフィア在住の有名な私立探偵ジョン・モンローの応援を求めるが。 1952年のアメリカ作品。 言わずとしれた警察小説ミステリの歴史的な名作だが、評者はウォー作品といえば『ながい眠り』ほかのフレッド・C・フェローズ警察署長シリーズや、他の単発作品をこれまで先に読了。大物(本書)を読むのが、ずいぶんと後先になってしまった。 それでそれなりに腰を据えて読み始めたが、期待通りに面白い。地味な捜査の手順を克明に綴りながら、その積み重ねでこれだけグイグイ読ませるのはかなりの筆力だと改めてウォーの力量に感服した。 マリリンの死体があるのではと仮説立てて湖水を干す辺りのサスペンスも、夜中の女子寄宿寮に不審な侵入者が出現するところも、それぞれ物語の本筋に繋がっていくかどうかはリアルタイムの描写ではわからないが、その局面ひとつひとつを実にワクワクハラハラさせながら読ませる。 もちろん作中の全部のシークエンスが事件の捜査上の必要要素となることは結果的にも絶対にありえないのだが、下手な作家ならそういう、単にムダな描写になりかねないところを、それぞれ捜査陣と読者の関心を重ねた見せ場として楽しませる。 (前のレビューでクリスティ再読さんが言っているのは、そういうことだね。) 物語の終盤に向けて、容疑者が残り2人までに絞られていく辺りはやや強引な感じもあるし、のちのフェローズもののなかで随時披露されるような、パズラー分野に接近していくミステリ的な趣向などはあまりないが、正統派ストロングスタイルの警察捜査小説としての読み応えは非常に大きい。 もしかしたら邦訳されたウォーの諸作の中でも、その意味ではやはりこれがベストということになるのではないか? (まあその辺は、邦訳のあるもう一つの初期作『愚か者の祈り』を読んでから言った方がイイね。) キャラ描写もところどころ良いが、中でもやっぱり、たたき上げの警官である58歳のフランク署長と、大卒の中年刑事キャメロンの主人公コンビが最高。 特に前者フランクが「娘を案じる父親の気持ちもわからない冷徹な捜査官」と周囲から揶揄されながら、その実、自宅のなかで自分の16歳の娘マリーが健勝であることにほっとする描写なんかすごく良い。フランクの不器用な人間味がよく出ている。 しかし作者ウォーはなんでこのマサチューセッツ州の主人公コンビを一回きりで? 使い捨てにして、別の物語の場のフェローズ警察署長をレギュラーに据えてしまったんだろう? 正直、フランク署長とフェローズのキャラってそんなに大きな差異を感じないので、そのまま続投させても良かったと思うのだが。 もしかしたら1959年前後から版元とかが変わって、当時の新作『ながい眠り』から物語のロケーションを変えなければいけないとか、新たなレギュラー主人公を創造しなければならないとか、その手の執筆・契約上の事情だったかもしれん? いやまぁ、現状ではまったくの仮説ですが。 |
No.936 | 5点 | 寝室に鍵を- ロイ・ウィンザー | 2020/08/21 22:00 |
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(ネタバレなし)
「僕」こと新婚の大学助教授スティーヴ・バーンズは、年上の友人である元大学教授の名探偵アイラ・コブに招待されて食事を楽しんでいた。そんなコブたちのもとに、知人である富豪の老婦人アディ・ヒルから呼び出しがある。彼女の用件は、年下の夫エリス・ヒルとそのエリスの友人ロビー・ピアソンの行動に不審があり、エリスの利益にならないように遺言書を書き換えたいというものだった。コブたちはアディの希望通りに遺言書の公証人となる。が、その遺言を預かった直後、何者かがスティーヴを襲って気絶させ、懐中の封筒を盗んだ。そしてヒル家では、殺人事件が発生して。 1976年のアメリカ作品。学者(&作家)探偵アイラ・コブシリーズの第三作目。 本シリーズを読むのは、大昔に手に取った第一作『死体が歩いた』以来二つ目(ということでシリーズ二作目の『息子殺し』は、まだ未読)。 ……つい最近、まったく似たような言い回しをしたような気がするが、まあいいや。特に狙ったつもりはない(笑)。 動きのある話と、殺人の凶器を重視した捜査の手順は決して悪くないのだが、それでもどうも話が全般的に地味……というのとも、ちょっと違うな。 序盤から展開される(中略)殺人の趣向とかなかなか結構だし、主要人物のひとりエリス(エリー)・ヒルなんかキャラクター造形がそれなり以上にしっかり書き込まれていると思う。ワトスン役のスティーヴの体を張った見せ場(一種のヌカミソサービス)もあるし……これでなんで、いまひとつ退屈というか、盛り上がらないんだろ? (ひとつ考えられることはあるが、それは後半の展開のネタバレ? になる可能性もあるので、とりあえずナイショにしておく。) 第一作目の内容も完全に忘れているし、そっちも特に面白かったという記憶もない。 この作家ウィンザーが21世紀に完全に? 世のミステリファンから忘れられているのは、仕方がないかもしれん。 とはいえwebを調べていたら、このシリーズ(邦訳の3本)「土曜ワイド劇場」で翻案されて愛川欣也主演で「考古学者シリーズ」と銘打って2時間ドラマ化され、そのシリーズの第四作目以降はオリジナル脚本で展開。最終的に、なんと第19作目(!)まで作られたらしい。大ヒットですな。 世の中、何があるかわからないもんだと、つくづく思うのであった。 |
No.935 | 6点 | 消えたタンカー- 西村京太郎 | 2020/08/21 13:26 |
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(ネタバレなし)
少し前からそろそろ読みたいと思い、大昔に購入したはずのカッパ・ノベルス版を家の中から探していたが、見つからない。 それで一昨日、たまたま足を向けた大型の中古雑貨屋で、まあまあ状態のよい講談社文庫版を見つけ、他の本とのまとめ買いで安く(一冊税抜き60円)入手した。 それで早速読んでみたが、期待がそれなりに大きかったためか、フツー以上に楽しめた反面、いまひとつの部分もないではない。 なぜ夫婦ものの奥さんの方まで丹念に殺していくのかという大きな謎の解法などはよかったが、ここまで目立つやり方というのは……まあ、それも一応のイクスキューズはあるとはいえるのか。 得点要素が豊富な反面、他にもツッコミどころは多々ある感じがするし。ウン十年前に、期待値がそんなに高まらないころに読んでいたら、もっと評価は上がったかもしれない。 あと題名について。5分くらい、すでに読み終えた方を相手に、モノを言いたい。 最後に講談社文庫版の解説の香山二三郎さん、『ある朝、海に』は十津川ものじゃないですよ。 |
No.934 | 5点 | 殺人ウェディング・ベル- ウィリアム・L・デアンドリア | 2020/08/20 06:04 |
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(ネタバレなし)
「私」ことニューヨーク在住のマット・コブは、30歳前後のネットワークテレビの特別企画部担当副社長。業界でも異例の若手重役であり、番組企画に際してのトラブル対応が主な業務だ。マットはケーブル・テレビ契約に関するトラブルに対処するためシアンカの町に向かうが、同地では折しも、彼の大学時代の学友デビイ(デブラ)・ホイットンが挙式を迎える予定だった。マットは奔放でわがままなデビイが昔から苦手だったが、それ以上に悩みのタネはマットの親友ダン・モリスが長年デビイを追いかけ、そして彼女に振り回されながら、いまだに相手への執着を捨てていないことだった。そして挙式が三日後に迫るその夜、殺人事件が起きて。 1983年のアメリカ作品。ヤンエグ(死語)探偵マット・コブものの第三作。 本シリーズを読むのは、大昔に手に取った第一作『視聴率の殺人』以来二つ目(ということでシリーズ二作目の『殺人オン・エア』は、まだ未読)。 ハイテンポで話が進むライトパズラーなのはいいが、犯人もハウダニットも当初から見え見えで……。 あー、これは、0.5ランク高いアメリカの赤川次郎。良くも悪くも、そんなレベルのものでしかない。 ただしHM文庫版(といってもそれしかないけれど)299ページ、物語の最後の最後でマット・コブの胸中をよぎるひとつの内省の念だけは、ちょっと読み手のこちらの心にも染みた。一級半以上のハードボイルド私立探偵小説の情感みたいな感触で、わずかだけ主人公の株が上がる。マット・コブ、いい奴。 しかし調べたら、このシリーズの未訳作品ってまだ結構あるのね。とはいえ謎解きミステリとしては、このレベルでは、翻訳&発掘してほしい、と今さらあえて強く言い出しにくいところではあります(汗)。 まあそれでも、今からでも出してくれたら、ちょっとは嬉しいかも。 |
No.933 | 6点 | 死への落下- ヘンリー・ウエイド | 2020/08/19 04:20 |
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(ネタバレなし)
1952年2月の英国。入念に準備を進めて自分の持ち馬に賭けながら、レースで大敗を喫した40歳の馬主チャールズ・ラスサン大尉。破産寸前の苦境に陥った彼に支援の手を差し伸べたのは、8歳年上の未亡人で富豪のケイト・ウェイドールドだった。ケイトの持ち馬の競馬監督の職を得たチャールズは、やがて彼女と愛し合うようになって結婚。チャールズはケイトの大邸宅の主人となる。だがある夜、その邸宅で惨劇が……。 1955年の英国作品。 その惨事は事故だったのか? 殺人だったのか? の見解を巡って、警察内部でも意見が対立。適宜な客観的叙述を活用して、読者の興味を煽る作劇の狙いどころは、なかなか面白い。 とはいえそれはつまり、殺人? という前提が、とにもかくにも作中でなかなか確立・公認されないわけで、その分、物語はやや地味。 だから、(キャラクターの書き分けが達者なので救われてはいるが)中盤はちょっとだけ退屈さを感じないでもない。 むしろ、本作の場合は「事故か? 殺人か?(あるいは自殺か?)」わからないという謎の提示を前提に、どうやって最後のサプライズにもっていくのかという作者の思惑の方がスリリングで、それゆえに読み手のこちらとしては、後半~ラストの展開をあれこれ想像するのが楽しかった。もちろん最後の着地点については、ここでは書かないけれど。 最後まで読み終えて、そこでまたいろいろ言いたいことはあるが、それなりに楽しめた。前述の読み手側の想いにもまたからむが、この作劇フォーマットをベースに、さらにもうひとつふたつひねったものも構想してみたい思いもふくらんでいく(それもまた、すでにもうどっかにあるかもしれないけれど)。 創元の旧クライム・クラブあたりに収録されていたら、結構似合うような感じの作風である。 (そーいえば、実際に旧クライム・クラブの一冊だった同じ作者の『リトモア少年誘拐』はどんな出来なんだろう? そのうち読んでみることにしよう。) |
No.932 | 7点 | 頼子のために- 法月綸太郎 | 2020/08/18 04:52 |
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(ネタバレなし)
元版の講談社ノベルス版で読了。30年近く前にどっかの古書店で状態のいい初版を250円で買い、その後ずっと、自室の蔵書の山の中で寝かし続けていた本であった(笑・汗)。 重厚でシンドそうな物語を予期していたが、あに図らんやリーダビリティは最高級。あれこれ考えつつメモを取りながらも、3時間ちょっとで読了できた。 遅れてきた読者(他ならぬこの筆者のこと)が一冊ずつ事件簿を消化していくごとに、そのキャラクター像の陰影が深まっていく名探偵・綸太郎。そんな姿は、たしかに新本格版エラリイ。 とはいえこの作品に関しては最後まで読んで、クイーンだのブレイクだのロスマクだのというよりも、素で一番、シムノンの影を感じたよ。本サイトのレビューを遡って拝見しても、そんなことどなたもおっしゃってはいません? が。 個人的にはこういう作品、いくらでもウェルカムです。謎解きミステリとしても小説としても、フツー(以上)に面白かった。 ただまぁ、ボンボンさんがおっしゃっている2つめの疑問は、大いに同感。つーか、それ以前に(略)。 |
No.931 | 7点 | 巡礼のキャラバン隊- アリステア・マクリーン | 2020/08/17 03:54 |
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(ネタバレなし)
東西の陣営を超えて中央ヨーロッパを横断する、ジプシーのキャラバン隊。その集団の一員である青年アレクサンドルが、隊の指導者チェルダとその息子フェレンクたちによって何らかの理由で殺害され、死体は秘密裏に葬られる。キャラバン隊には数名の民間人が同道。取材のために同行する英国の女流作家で友人同士のセシル・デュボアとリラ・デラフォントは、それぞれ風来坊風の青年ネイル・ボーマンと、大食漢の中年実業家チャールズ・クロワトール公爵を、旅の間のお伴としている。が、くだんの男性二人の折り合いはよくないようだった。やがて、ひそかにキャラバン隊を調査しようとするボーマンは、アレクサンドル殺害の事実を察知。キャラバン隊に潜む秘密に、肉迫していく。 1970年の英国作品。マクリーン第15番目の長編で、すでに幾つも代表作と呼べる作品を上梓している、著者の円熟期(といっていいだろう)の一冊。 読者視点で主人公ボーマンの素性(あるいは立場)が終盤まで不明、キャラバン隊内部で進行している悪事または謀略の子細も未詳なままに物語が進んでいく。それでもストーリーの各局面では、見せ場や中小の山場が綿々と設けられて……というのは、同じマクリーンの優秀作『恐怖の関門』などでもおなじみの(または、そちらでも類似の)作法。 同作などに馴染んでいるファンからすれば「ああ、マクリーン、またおなじみのパターンをやっているな」なのだが、こういう作劇に慣れてない読者にはキツいかもしれない? ある意味、クライマックスで物語の全貌が見えてくるその瞬間のために、長いトンネルをぬけるまでを耐える作品、という一面もある。 (なお恐縮ながら、先行するTetchyさんのレビューは、本作の最後に明らかになる大きなどんでん返しをはっきりと書いてしまっているので、本書を未読の方は、まずその点で、注意。) 物語全体のロードムービー的な面白さに加え、各地のロケーションに沿った危機的状況のシチュエーションなどに工夫があり、英国風冒険小説(スリラー)として、フツーに楽しめる。 中でも圧巻は、第8章における、ボーマンが見舞われる、あるクライシスの状況というか趣向。 (ただし一方で晩年のマクリーンは<こういう方向>でのみの、エンターテイナーになっていったから、全体的に作風が軽くなっていったような印象もある。) 個人的にちょっと感心したのは、中盤~後半で、某・登場人物があまりに不如意に物を言うシーンがあるので軽く呆れたら、最後になってその件には、ちゃんと? イクスキューズが用意されたこと。 もちろんここでは詳しくは書けないけれど、マクリーンは<その辺り>は、自覚的に描写していたのかしらねえ? |
No.930 | 6点 | クレイジー・クレーマー- 黒田研二 | 2020/08/16 14:27 |
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(ネタバレなし)
大型スーパーマーケット「デイリータウン」の緑が丘店で、電機商品を扱うエレクトロ課のマネージャーを務める「わたし」こと袖山剛史。そんな袖山は、巧妙に正体を隠す謎の万引き「マンビー」(当人は「大かいとうX」と自称して犯行予告を逐次置いていく)と、陰険で粘着質の中年クレーマー・岬圭祐の両人に、日々、悩まされていた。岬の悪質な行為に対してついに憤り、実力行使に出た袖山だが、相手は逆恨みの報復を始める。やがて、袖山の周囲で慄然とする惨劇が……。 2012年に刊行の実業之日本社文庫版(現時点で本サイトに未登録)にて読了。 2003年の作品でパソコン環境やIT技術の話題などがいささか古く、またミステリとしても大ネタはおおむね読めてしまった(さらにその向こうの仕掛けには、ちょっと軽く驚かされたが)。 まあ、あんまりここで、あれこれ書かない方がいいね(実はこのあとのレビューも、一度書きかけて消した)。 個人的にはトータルで、まあまあ面白かった。もっともっと言いたいことがあるけれど、広義のネタバレまで警戒して、この辺で。 |
No.929 | 7点 | 孤独な場所で- ドロシイ・B・ヒューズ | 2020/08/14 21:06 |
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(ネタバレなし)
第二次大戦が終結し、世間が落ち着きかけた時分。カリフォルニアでは若い女性ばかりを凌辱して殺害する、切り裂きジャックの再来のごとき絞殺魔が出没していた。そんななか、大戦中にアメリカ空軍のエースパイロットとして活躍したディックス・スティールは、今は、金持ちの伯父ファーガス老人に生活費をたかるばかりの自称・作家(見習い)として日々を過ごしていた。そんなディックスは大戦中に戦友だったブラブ・ニコライに再会。彼から新妻シルヴィアを紹介される。ブラブの今の仕事はロス・アンジェルス市警の刑事だった。ニコライ夫妻と交流を深めるディックスは、現在、居住するアパートに住む赤毛の美女ローレル・グレイと親しくなるが。 1947年のアメリカ作品。「ポケミス名画座」路線の一冊で、1950年にボガート主演(ディックス役)で相応に脚色して映画化されたらしいが、その映画はまだ観ていない。 したがってあくまで原作のみのレビューになるが、できれば映画の情報も仕入れず、ポケミスの裏表紙のあらすじも見ないで読み始めるのをお勧めする。(とはいえ……まあ、むずかしいだろうな。) 薄皮を剥ぐようにじわじわとある事実が透けてくるが、一方でまあ、素で読んでも、その事に気づかない読者はまずいないだろう。 が、少なくとも作者の方は演出的に、あえてまわりくどく書いているし、それゆえの座りの悪さ、居心地の悪さが奇妙なサスペンスを感じさせることにもなっている。 主要キャラは主人公とニコライ夫妻、ヒロインのローレル、さらにブラブの上司のロス市警殺人課のボス、ジャック・ロホナー警部あたりだが、決して多くないメインキャラの頭数で260ページの紙幅をもたせる小説的技量はなかなか。夜中に読み始め、深夜に途中で一回、中断して明日に回そうかと思ったが、結局ハイテンションのままに、最後までいっき読みしてしまった。(おかげで、あー、眠い~汗~。) ウールリッチのクライムノワール系から、もうちょっと水気を抜いたような感触だが、フツーにミステリ小説として面白い。 まあ70年以上前の鑑識技術で司法捜査だったから、成立した話、という面はあるが。 ヒューズはこれで3冊目だけど、どれも一定以上に読み応えがある。「別冊宝石」に訳載されている長編も、そのうち引っ張り出してきて読んでみよう。 |
No.928 | 6点 | 遠い砂- アンドリュウ・ガーヴ | 2020/08/13 22:56 |
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(ネタバレなし)
うーん。読み終えて、後味が良かったとも悪かったとも言えないタイプの作品だな、こりゃ。それで一種のネタバレになってしまうので(笑)。 というわけで大ざっぱな言い方のみするのなら、それなり以上に面白かった(3時間でイッキ読み)が、中盤からの展開は力技すぎる。 いやたぶん作者も、その辺の強引さは百も承知で、だからこそ前半~中盤にかけて、仮説のトライアル&エラーの積み重ねを前もって丁寧にやって、のちのちのための布石を張っておいたのだろうが。 黄金期のヒッチコックが映画化していたら面白いものができたろうな。いや、映画独自の潤色であんまり付け加えるものがないから、ヒッチの食指が動かなかったかもしれない。 ハヤカワミステリ文庫版271ページ目(最後の最後の方)の一幕は、とても良かった。 評点は実質6.5点というところで。 追記:同文庫版209ページに登場する脇役の名が、ジャック・フィニイw そして本書(このガーヴの『遠い砂』)の翻訳者はズバリ福島正実であった。なんか笑った。 |
No.927 | 6点 | 霧の中の虎- マージェリー・アリンガム | 2020/08/09 14:09 |
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(ネタバレなし)
第二次大戦の終結からしばらくしたその年。美しい25歳の戦争未亡人メグ・エルジンブロットは、婚約者である実業家の青年ジェフリー・レベットと、新たな人生に踏み出そうとしていた。だがそんな11月の上旬、戦争で5年前に死んだはずの夫マーティンらしき人物が群衆の中に写る写真が数枚、彼女のもとに送られてくる。差出人はメグに、ロンドン駅周辺で会いたいとの簡単な指示のみを出していた。メグはジェフリーとともに、従兄弟の間柄である名探偵アルバート・キャンピオン、そしてその知己であるスコットランド・ヤードの捜査陣の協力を願うが。 1952年の英国作品。亡き夫の健在を示す写真が目の前に、という佐野洋の長編『砂の階段』みたいな導入部で開幕。 以前から題名がカッコイイので気になり、そしてパズラーではなく名探偵VS犯罪者の対決ものという内容も予期していたが、実際に読んでみたらなんかその辺は微妙に違っていた。 (ポケミス裏表紙のあらすじ最後のまとめには「霧のロンドンに展開される一大マンハント。キーティング、シモンズら斯界の達人が絶賛した、黄金時代の傑作!」とあり、「おお、なんかわからんがとにかくスゴイ、見よ! 電子レスラー・デンジマン」という感じなのだが。) そういえばキャンピオンが完全に脇役だってことも、すでにどっかで見ていたような気もする。 そもそも肝心の悪役側の人物造形がそんなにとんがったキャラクターではなく、近代ミステリの作法ならよくも悪くもそこにもっとエッジをきかすだろうという箇所が今の目で見ると結構ゆるいので、その分、中盤はやや退屈。 ただし最後の3分の1で、作者が仕込んでいたとある人間関係の綾が見えてくると、いくらか緊張感が高まってくる。 中でも特に白眉といえるのはキャンピオンでもなく悪役でもなく、後半以降に語られる、ある登場人物ふたりのそれぞれの内面で、ひとりはその気高い精神性に、またひとりは切ないまでに煮詰まったその屈折の念にそれぞれ、読んでいて強い感慨を抱いた。キーティング、シモンズ各人の評もまだ読んで(読み返して)いないが、二人のどっちかあるいは双方とも、こういう文芸味というか小説的な部分の輝きで引っかかったのではないか? まあ実際のところは、両人のレビューをしっかり読んでみないとわからないが。 クロージングは作者がこういうイメージ、ビジュアルでまとめたいという思いが先行しすぎた感じでやや強引だが、その分、効果は上げている。 アリンガムの長編を読むのはランダムな順番でまだ4冊目だが、小説としての得点部分だけカウントすれば、これが一番良かったかも。 (一方で、ポケミス版50ページ下段のルーク主任警部の物言いなど、これがアリンガムの地だとしたらかなり不愉快だが。) |