皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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[ パスティーシュ/パロディ/ユーモア ] わが愛しのワトスン |
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マーガレット・パーク・ブリッジズ | 出版月: 1992年09月 | 平均: 6.00点 | 書評数: 1件 |
文藝春秋 1992年09月 |
No.1 | 6点 | 人並由真 | 2021/03/29 04:43 |
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(ネタバレなし)
19世紀のイギリス。「私」こと、1854年1月6日生まれの少女ルーシーは14歳のある日、自宅で、激情に駆られた実父が実母を弾みで殺害する現場に立ち会った。そのまま家を出たルーシーは、オクスフォード大の学生寮の<兄>のもとに転がり込み、ひそかに数か月を過ごすが、やがて出奔。男装して、生きるための経験をロンドンの裏社会で積んでいく。少女時代から常人ならぬ読書家で、独学で天性の叡智を磨いたルーシーは、男性「シャーロック・ホームズ」として諮問探偵を開業。運命的に出会った親友ジョン・ワトスンにも本来の性別を秘匿しながら名探偵として活躍し、そしてライヘンバッハの滝からも帰還した。そんなルーシー=ホームズも今では50歳代。ワトスンの三度目の妻との死別を慰めるが、そんな彼らのもとに一人の若き赤毛の美人の依頼人が来訪する。彼女は若手女優のコンスタンス・モリアーティ。あの犯罪界のナボレオンの遺児であった。 第10回「サントリーミステリー大賞」特別佳作賞・受賞作品。 原稿は1957年4月生まれのアメリカ女性マーガレット・パーク・ブリッジズによって英語で書かれて同賞に応募され、受賞後に翻訳されて日本で刊行された。 判断に迷うところもあるが、作品が英語で書かれたことから登録はとりあえず海外作家(作品)としておく。 作者ブリッジズは本業は広告エディターで、アマチュア演劇人としても活躍。評者は現状では、これ以外の著作は確認していない。 ホームズはあるいはワトスンは女だった、というのは古来から知的遊戯的に提唱されるシャーロッキアンの学説(悪ふざけ)だが、これは本気でその設定で、一応はマジメな作りで長編を仕立ててしまった一冊。パスティーシュとパロディが相半ばしたような作品だ。 というか私的に連想したのは、アメリカンコミックの大手ブランド「DCコミックス」の<エルスワールド>路線で、これはスーパーマンやバットマンの正編世界を離れて「もしバットマンがバイキングだったら」「もしバットマンが西部の時代にいたら」「もしキャル・エル(クリプトン人としてのスーパーマンの本名)が、スモールヴィルのケント夫妻でなく、子宝に恵まれなかったゴッサムのウェイン夫妻に拾われていたら」……などなどの<ホワット・イフ>的なパラレルワールド設定での外伝を語るもの。 本作は、そういったDCコミックスの「エルスワールド」路線と同種の<「もしホームズが実は女性で、その事実を隠しながら実績を重ねていたら」というパラレルワールドでの物語>と受け止めるのが、いちばん分かりやすい。 もちろん要は戯作の類だが、21世紀の今では割とありふれているジェンダー変換もの(ゲームだの漫画だのラノベだのに、山のようにあるネ)の先駆として、筋運びそのものは、けっこう生硬かつマジメに進んでいく。 (一部のご愛嬌的な展開はあるにせよ。) そういう意味ではうわついた内容ではなく、手堅く楽しめるパスティーシュ&パロディといえる。 特に後半、さる事情から<女性の素顔>になった(逆説的な変装)ホームズの行状はなんとも言い難い味わいで、本作独自の奇妙な感触になじんでくると、これはこれでオモシロイ。 悪役キャラの悪事が広がっていかず、最後までせせこましいとか、そもそもこの大設定なら、もっと原典世界で踏み込むネタがあるんじゃないか、という弱点も感じたが、まあその辺はボチボチ。 ちなみに冒頭の<「ホームズ」の実父の実母殺し>のエピソードだが、この<名探偵の語られざる秘話>ネタは、ニコラス・メイヤーの『シャーロック・ホームズ氏の素敵な冒険』の中にも登場したのを覚えている。 もちろんドイルの原典世界で直接は叙述されていない文芸だが、シャーロッキアンの学説でそういう観測に行き当たるらしい? というのを以前にどっかで読んだような記憶がある。たぶんちょっとしたシャーロッキアンなら鼻で笑うような常識なんだろう。そのうち資料にでもいきあたったら、確認してみることにしようか。 |