皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
人並由真さん |
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平均点: 6.33点 | 書評数: 2106件 |
No.1566 | 8点 | 月灯館殺人事件- 北山猛邦 | 2022/08/03 06:06 |
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(ネタバレなし)
2016年11月。奥羽山脈の森の中にあり、冬には豪雪で外界と閉ざされる洋館「月灯館」。そこは「本格ミステリの神」と呼ばれた巨匠ミステリ作家、天神人(てんじんひとし)が買い取り、ミステリ作家たちの執筆活動の場として用意した、本格ミステリ作家たちのためのトキワ荘だった。2年前の第一作が反響を呼びながらも、その後の新刊を上梓していない22歳のミステリ作家・弧木雨論(こぎうろん)は、そこでお世話になればいいという編集者の紹介を受けたのち、くだんの月灯館に赴く。だがその直後、館では不可解な血の惨劇が。 スラスラ読めるが、終盤で、そして……。 あ~~~~……。 とにかく、あんまり何も言わない方がいい作品である。さっさと読んでしまって良かった。 とはいえ正直「はあ!?」とも思ったところもあり、webなどで先に読んだ他のファンの読解を拝見して、う~ん……と唸らされる(アア、ソウイウ、イミダッタノネ)。 ただまあ、ギリギリな部分はあるし、さらに今回は……(中略)。自分は支持派につくけれど、アンチ派の人もそれなりに出そうで、たぶんその論拠は(中略)と(中略)の二点に置かれそうな気もする。 すでに巷のネットでは大騒ぎになりかけていて、今年のベストワン候補との声も多いようである。 (ただし、先述の通り、否定派も相応に生じそうと観測するが。) いずれにしろ、アレコレ、色々とスゴイ作品。 で、できればこれまでの主要な北山作品、具体的には特に「城シリーズ」は嗜んでいた方が良い(この話題はギリギリここまで)。 ともかく、ネタバレを食らわないうちに、とっとと読んじゃうのをお勧めします(笑・汗)。 |
No.1565 | 8点 | 平凡すぎて殺される- クイーム・マクドネル | 2022/08/02 15:53 |
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(ネタバレなし)
英国のダブリン市。ボランティアで、複数のホスピスで耄碌した老人患者たちと対面し、彼らが会いたい親族や知人のふりをして相手の心に安らぎを与える活動をしている28歳の青年ポール・マルクローン。そんなポールはある日、ある病院でマーティン・ブラウンなる末期ガンの老患者から、予想もしていなかった別人と認識され、刃物で刺される。その直後、ブラウン老人は病死するが、実は彼は暗黒街の殺し屋ジャッキー・マクネアの変名であり、30年前に起きた大富豪の新妻とハンサムなギャング青年の失踪(駆け落ち?)事件の関係者だったことが判明した。ブラウン(マクネア)老人の死の際に、彼が最後にポールに何かを言い遺したのではないか? そう思った(?)何者かがポールの命を狙い始めた。 2016年の英国作品。当時、テレビのコメディアンで脚本家でもあった作者の、デビュー長編。 翻訳者の方が原書で読んでこれは面白いと判断し、東京創元社に営業をかけて翻訳にこぎつけたユーモア・サスペンス・ミステリ。 ポールと、彼にブラウン老人の世話を願い出た30歳の可愛い看護師ブリジット・コンロイ(ポールを妙な事態に呼び込んだ責任の一端を感じてる)がコンビを組み、謎の敵(中盤で黒幕の正体はわかる)から町中を逃げまくる。一方で警察側の複数の捜査陣ももう一系列のメインキャラクターとなって物語が進行する。さらに最後までストーリーの奥には、ある大きな謎が潜んでいる。 ウェストレイクかエヴァン・ハンターのクライムサスペンスコメディを思わせるような内容で、いくつかのデティルを除いて、あまり評者の思うイギリス作品っぽさはない。そのまま舞台をニューヨークに転じてもまったく普通に成立しそうな内容だ(それだけ、20~21世紀における、英国内でのダブリンという都市の独特の個性が語られているとも、いえるが)。 文庫版で500ページ近く。このタイプの物語としてはかなり厚めだが、主人公ポールとブリジットも、また捜査陣側もそれぞれ思いつく限りのできることをやりまくる感じで、描写にムダはない。しかもそれぞれのシーンや局面に大小の見せ場を設ける作法なので、長いストーリーながら普通以上に面白く読める。 (脇役ではポールの友人フィル・ネリスの養母で、ポールとも付き合いの長い暗黒街の中堅ボス的な女丈夫リン・ネリス、そしてポールを匿う80歳代の女性ガンマン、ドロシー・グレアムが特にステキ。ほかにも魅力的かつ印象的なキャラクターが続々と登場する。) 例えればグラム数の多めな厚焼きハンバーグのような作品。先に書いたウェストレイクかハンターのような題材を、フォーサイスや初期カッスラーのようなボリューム感で綴った手ごたえ。 Amazonのレビューを読むと「面白かった」「読みにくかった」と毀誉褒貶(ホメる前者の方がいくらか多い?)だが、それもさもありなん、という感慨である。評者は普通にとても面白かった。 (なお後半~終盤は、デティルや真相の説明が、結構省略されたところもあるが、まあ作者の方で出した暗示的な叙述をもとに、読み手の想像で補えるものも多いとも思う。) しかし驚いたのは(これは書いてもいいと思うが)、作品の内容から一本きりのユーモアサスペンス、単発作品と思ったのに、原書ではしっかりシリーズ化。さらに某メインキャラの活躍図を枝分かれ的に派生させて語るスピンオフシリーズまで出ているそうで、これは翻訳でも続刊が楽しみ。 かなり馬力のある作家のようなので、今後の作品内外の展開に期待したい。 【追記】 人物一覧リストを作っていて、原語そのままか、カタカナ表記の事情か、同じファーストネームのキャラ同士が多く出過ぎるのが気になった。 ・ゲリー(暗黒街の大物/警察の鑑識) ・ジャネット(主人公の母/警察副長官の秘書) ・ミッキー(ミック)(配達人/殺し屋) ……まだあったかも。登場人物が60人強で、そんなに特殊な名前でないので作中でネーミングがダブるのは、ある種のリアルと言えばリアルだが、一方でその辺は作者のさじ加減で調整し、読み手が無駄なストレスを感じないようにしてもよいとは思う。それともこーゆーのは、悪い意味で、こちらがこだわりすぎか?(苦笑) |
No.1564 | 7点 | 記憶の中の誘拐 赤い博物館- 大山誠一郎 | 2022/07/30 00:50 |
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(ネタバレなし)
警視庁管轄の犯罪資料館「赤い博物館」館長の「雪女」緋色冴子を主役探偵にした連作短編シリーズの二冊目。 本当に最初から文庫オリジナルで出してもらっていいのか? おい、という感じである(汗)。 全5編、一本一本多少の出来不出来はあるが、翻訳ミステリでいうならホックのレオポルド警部ものレベルの連作で、個人的には十分に面白かった。 第一話「夕暮れの屋上にて」の真相と結着で、今回の一冊の方向性がなんとなく見えたような気もしたが、実際のところは(以下略)。 ベスト編は表題作(第五話)と第二話の「連火(れんか)」辺りか。残りの二つもそれなりに良かったが、ちょとだけ落ちる。 犯人に関してはとんがった(善人とか異常者とかの尺度とは全く別で)キャラクターが多くなった印象だが(ここまでは書いてもネタバレにならないだろう)、意外な動機や犯罪の真実についてのサプライズを追う上でそれは順当なものかも。 できればまだまだ、シリーズの継続を願う。 |
No.1563 | 7点 | 入れ子細工の夜- 阿津川辰海 | 2022/07/29 21:56 |
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(ネタバレなし)
作者の第二短編(中編)集。 ちなみに現状の評者は、好評の前短編集『透明人間は密室に潜む』はまだ未読である。 ミステリ専門誌「ジャーロ」に掲載された四本の中編作品(ほとんどノンシリーズもの)を収録。いずれもパズラーとしての要素に相応の高い比重を置いている。 あまり多くは言えない(言いたくない)が、最初の作品が秀作すぎて、良い意味で絶句。残りの3本にも期待が高まる。 続く二本目も「大学の入試試験にオリジナルのフーダニットパズラーが出題されたら?」という設定で、全国的な狂騒を描きながら同時にユカイな謎解き作品を提供。 三本目は、う~ん……たぶん作者的にはこれが一番自信作で力作なのだろうし、やりたいこともわかるのだが、評者はくどくて起伏感を減じ、昼食後に読んだらうっすら眠くなった。すみません(汗)。 四本目は、プロレス愛好家の複数の大学サークル関係者の中で起きた殺人事件で、ネタはともかくミステリとしては一番マトモ。終盤のオチも面白いが、この一冊の中で読むと、思う所もあり。 長編(葛城シリーズ)などとはまた違った持ち味で楽しかった。特に1~3本目は、本人が筋金入りのミステリマニアである作者自身ならではの素養が盛り込まれて、その辺も実に楽しい。 本サイトではまだ前短編集に比べてあまり読まれていないようだが、たぶん楽しめる人もそれなりにいると思う。 |
No.1562 | 7点 | 匿名作家は二人もいらない- アレキサンドラ・アンドリューズ | 2022/07/29 04:12 |
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(ネタバレなし)
21世紀のニューヨーク。クリエィティブな人間を目指しながらも中途半端で、出版社の編集アシスタント職に就く26歳の女性フローレンス・ダロウは、肥大する自意識と承認欲求の結果、職を失う。そんな彼女に舞い込んできたのは、映像化もされた超ベストセラー『ミシシッピ・フォックストロット』の作者で性別も年齢も未詳な謎の覆面作家モード・ディクソンの秘密のアシスタントとならないか? という話であった。 2021年のアメリカ作品。出版業界を舞台にした、物書きを営む登場人物たちによる、ちょっと(中略)なサスペンス。 500ページ以上の長めの一冊だが、文字の級数は大きめで会話も多いのでリーダビリティは高く、二日で読了した。 強い野心を秘めた若い女性フローレンスと、謎の作家モード。この二人が主人公で、双方が出会う中盤から物語は大きく動き出すが、すでに読者はタイムラインを先取りした物語冒頭のプロローグで、ストーリーがどういう方向に向かうか、何となくの暗示を与えられている。 巻末の訳者あとがきによると、作者は影響を受けた作家にハイスミスの名をあげているらしい。評者なども本編を通読後にその情報を読んで成程ね、と思ったが、一方で読んでる間はハイスミスの名前は念頭に浮かばず、むしろ別の20世紀の欧米の某・女流作家の影ばかり意識した(その作家の名前を出すと、本作の途中からの展開を少しネタバレしかけないので、ここでは割愛。まあ読んだ人は、なんとなく通じてくれるかもしれない?)。 単純に面白かったかと言えばイエスの作品だが、そんなに新鮮さや本作固有の文芸的な深みなどはあまり感じない。 ただし主人公フローレンスの持つ、凡人より本当にちょっとだけ秀でた己の才能を過剰評価してもっともっと世の中に認められたい、金が欲しい、成功したい、成りあがりたいというあがきには確かな普遍性があり、その芯を外さなかったことでそれなりの佳作~秀作にはなっている。 ちょっと意地悪な意味で、色んなタイプの読者に読んでもらいたいような作品だ。 読み終えていろいろと思うこともあるが、まあ、それはそれで。 |
No.1561 | 7点 | 幻の墓- 森村誠一 | 2022/07/27 13:55 |
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(ネタバレなし)
東都大学山岳部の好青年・名城健作と、同じ部員の美青年・美馬慶一郎。幼馴染で親友同士の彼らは、ともに父親をそれぞれの所属する企業の謀略でおそらく殺害され、さらに母親の命まで奪われた立場だった。名城と美馬は宿敵の会社に入社して標的に復讐する計画を練るが、一方で彼らそれぞれの直接の標的の企業では入社はありえないとして、交換殺人作戦を企図し、お互いの仇の会社に入社。ふたりは、標的と定めた2グループ、総数9人の人間を全員殺そうとする。 廣済堂文庫版(1993年11月の初版)で読了(評者が読んだのは、94年の第3版)。 巻末解説(文芸評論家の下里正樹)によると、刊行は次に執筆した第二長編『大都会』の方が先になったが、実は本作の方が最初に完成させた処女長編だったらしい(いくつかの出版社に持ち込んだものの売れず、『大都会』刊行後に、その元版の版元の青樹社から出してもらったそうである)。元版はその青樹社から67年11月に刊行。 というわけで森村の実質的な長編第一作が本書だそうで、そういう興味のもとに読んでみる。 名城の標的4人、美馬の標的4人の名前が比較的序盤でリストアップされ、すぐに前者にひとり追加。 オムニバス連作短編風のエピソードっぽい感じで、その仇全員を少しずつ切り崩していく主人公たち(とその協力者)の復讐作戦が語られるが、これが実にエグい。 大藪春彦か西村寿行がハメを外したときのような感じで、申し訳程度に内面の葛藤(主に名城の方)が挿入されるのもかえってなんというか。 途中でウエエエ~、さすがにこれは、となるくだりが出てきてドン引きしたが、それは(中略)。しかしそれもつかの間、さらにまた……(中略)。 この手の悪趣味な露悪小説は、出版不況の21世紀の中である意味でやむなく熟成された感があったが、改めて昭和は昭和でクレイジーな時代だったとも思い知る。 (まあ60年代後半~70年代前半といえば、いわゆるトラウマ劇画全盛の時代だしな。) 一方で後半の、ある大型ホテルを舞台にしたいやがらせ作戦なんかは、フツーに痛快でストレスなく面白い(巻き添えを食った罪もない一般人は、ちょっと気の毒だが)。 で、面白いのはそんな中でも、仇と目された連中がかつて主人公の父親たちを殺害する際に使用した奇妙な? 殺人トリックやギミックが用意されていること。特に交通事故死に見せかけた方は、本当にそんなことできるんかいな? という思いだが、実際の実行図がなかなか魅力的なのは、間違いないものだった(作中の被害者には悪いが)。もう一方の(中略)を利用した殺害方法もなかなか印象に残る。 しかしトータルとしては大変な熱量の力作で、得点的に評価するなら間違いなくこれまで読んだ森村長編のなかでダントツに面白かった。これが売れなかったという事実は、作者の作家魂に相当な屈折の念を宿したことは察してあまりある。そこからのスプリングボード的な憤怒の情念が、のちの多作量産(その中には、確かに秀作もいくつもある)のパワーに転じたことも偲ばれる。 登場人物は、劇中の誰もがその与えられた物語ポジションに応じた役回りを演じている感じのキャラクター描写で、そういう感触は、のちのちの森村作品っぽい。 それでも主人公の一方の名城は邪悪な復讐者になりきれない普通人の親近感がどこかにあるし(とはいえ相応に凶悪なこともするが)、かたやもうひとりの主人公、美馬の方にはニヒルなデモーニッシュな魅力もなくもない。 (まあ一番かっこいいのは、後半に登場してゆえあって二人を支援してくれる、ある世界での大物・大川老人だが。) 終盤のどんでん返しはその迫力に息を呑む一方、こんな人物の動きや存在が主人公チームの視界にまったく入らなかったのか? どこかで警戒する要素が生じていたのでは? と違和感を覚えたが、そこがあえて言えば本作の相応の弱点。 とはいえストレートな青春ドラマで復讐譚ではなく、さらにミステリらしい作劇にこだわった情熱には問答無用に惹かれる部分もある。 改めて作家や作品って、実作を自分の目で読んでみなければわからないね。森村誠一という作者の名前だけでバカにしていた、往年のSRの会の前世代連中の方が(以下略)。 |
No.1560 | 6点 | 素肌(すはだ)- カーター・ブラウン | 2022/07/26 16:14 |
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(ネタバレなし)
おなじみカリフォルニア州の一角パイン・シティ。「おれ」ことアル・ウィーラー警部は、上司のレイヴァーズ保安官に呼び出され、2億5千万ドルの財産を誇る富豪で、ニューヨーク在住の美貌の未亡人リン・サマーズと対面する。サマーズ未亡人の願いは、愛娘でまだ17歳のアナベルがナイトクラブの歌手リッキー・ジョーンズと駆け落ちして、このシティにいる、男が財産目当てなのは明白なので、あちこちのホテルやモーテルで娘と同衾しているリッキーを未成年を抱いた強姦罪で立件し、逮捕してほしいというものだ。未亡人はリッキーと娘の所在などを探るために私立探偵アルバート・H・マーヴィンを雇っていたが、実はウィーラーはついいましがた、何者かに殺されたその探偵の死体に会ってきたばかりだった。 1960年のクレジット作品。 アル・ウィーラーものの第14番目あたりの長編。 全体的に良くも悪くも、フツーの一匹狼捜査官ハードボイルド風警察小説、という感じ。 何十年か前に絶対に読んでるはずのウィーラーものの一冊だが、たぶんこれは、とにかく際立って特化したところがないので、かなり早めに内容を忘れただろう。 なお評者は今回(まちがいなく大昔の前回も)、1967年刊行の第3版のポケミスで読了。単純に考えれば4回以上重版されているわけで、本作はウィーラーの事件簿の中でも、かなり売れた方だろうな。 田中小実昌の脂ののった時期の翻訳も踏まえて、本文は最高に快調。 レギュラーキャラの検視官ドクター・マーフィが探偵マーヴィンの死体を検死した際、汚れた手を洗う図を見たウィーラーが「やっぱり、(死体を扱う検視官としての)プロの洗い方はちがう」と感心する? 地の文なんか、ごくさりげないものながら爆笑させられた。 事件の謎解きとしては、当時としてはもしかしたらきわどい方向の主題を扱っていたかもしれないが、俯瞰的に欧米のミステリを見回してみればそんなでもなかったか。1960年なら、こーゆーのもあるかも? 最後の最後で、意外な御褒美としてウィーラーの部屋にやってくる某サブヒロインの描写がちょっと印象深い。 ウィーラーシリーズの中では、正に中の中というところ? |
No.1559 | 5点 | クロームハウスの殺人- G・D・H&M・I・コール | 2022/07/25 07:11 |
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(ネタバレなし)
(たぶん)20世紀前半の英国。30代前半で独身の大学講師ジェームズ・フリントは、ウェストミンスター図書館から借りた書物の中に、中年男が年配の男に銃を向けている写真が挟まっていることに気づく。フリントはその直後、写真をうっかり焼却してしまったと思うが、そこに写真の当人らしい中年男性が登場。図書館の司書から情報を得たと称する男性は、写真が演劇中のスナップであることを匂わせ、写真が焼却されたと聞くと名も名乗らず帰っていった。気になるフリントは、図書館の司書から当該の本を自分の前に借りだした男の名を聞きだすが。 1927年の英国作品。 序盤の掴みはそれなりに面白い(結局、フリントが燃やしてしまったと思った写真は、勘違いでそのまま彼の手元に残っていた)。そこから少し前に世間を騒がせた殺人事件とその裁判の結果に、ストーリーは繋がっていく。 しかし物理的に確かにページは進み、内容も一応は理解できているとは思うのだが、ちっともドラマ的には進展を感じられないストーリーという手ごたえで、中盤の展開に関しては本当に退屈。 名前のある登場人物は故人を含めて60人前後に及ぶと思うが、話の接ぎ穂的にキャラクターをどんどん登場させて、送り手の方で作品があまり薄くなり過ぎないよう、紙幅を稼いでいる感じであった。 (後半、犯罪現場の邸宅のもと隣人、ヴィーシー大佐が出てくるあたりで、ようやくちょっとばかし面白くなったが。) あと、脱力もののアリバイトリック(当時の作者たちはマジメだったのだとは思うが)は正直ともかく、もう一つの大技トリックの方はそれなりに良かった。まあほとんど一世紀前だからアリだという気分も大きいが。 個人的には、クロージングの妙なサービスは悪くはない。な~んか、いかにも本書が刊行された時代なりの(中略)観の一端を覗くようで、これはこれでまあ、ありかと。 ものの見事に「退屈派」の代表のような作者で作品だけど、まあなんかそんなにはキライになれない。 |
No.1558 | 7点 | ザ・ルーキーズ 命がけの青春- クレイル・パーカー | 2022/07/23 06:43 |
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(ネタバレなし)
1972年のアメリカのとある都市。貧困と差別、不順な行政に不満を募らせた市民たちの慢性的な憤怒の念は、パトロール警官を攻撃する暴徒の続発という形で顕在化していた。30代半ばの若手ながら才気に富む警察署長ニール・モントゴメリイは、13歳の息子タッドの漏らした言葉をヒントに市警の人事改革を発想。新人警官募集枠の要綱を緩め、市民や犯罪、事故などに柔軟に対応できる、新たな人材の育成を考える。そして採用された35名の警官たち。そんな彼らルーキー警官たちの前には、絶えず猥雑で、そして時にあまりに劇的な職務が待っていた。 1973年からアメリカABCネットで2年間放映、日本では1975年からフジテレビで半年分のみ放映された、20~30代の新人警察官たち(ルーキーズ)を主人公にした、ポリスものの海外テレビドラマ『ザ・ルーキーズ 命がけの青春』の公式ノベライズ。 主人公である新人警官グループのメインキャラが、ユダヤ系の元学生運動家で、ワイズクラックが豊富なウイリイ・ギリス(本レビュー内でのカタカナ名の表記は、この小説版に典拠。他のキャラも同じ)。 で、このウイリイの声のアフレコを、あの『ウルトラマンレオ』のおゝとりゲンこと真夏竜が担当(たしかこれが初めての吹き替え仕事のはず)。 当時の評者はその興味から本番組を観たかったが、なんやかんやあってほとんど視聴した記憶がない(別の番組と重なったか、あるいはチャンネル権を親に譲ったか)。さらに関東では再放送の機会も少なく(もしかすると、一度もない?)、もちろんソフト化もされておらず、なかなか観るチャンスがない。 ネットで番組名などを検索すると、レアな作品として気にかけている海外テレビドラマファンはそれなりにいるようだが。 というわけで今年になって、たしかノベライズは一冊出ているはずだと記憶を再確認して、ネットで購入。状態のいい古書がそこそこ~それなりの値段で、入手できた。 ノベライズだから当たりはずれも大きいだろうと予見はしていたが、これは意外に? アタリ。メインの主人公4人の新人警官の挙動の描写を軸に、研修期間のデティルなども(ノベライズとしては)かなり丁寧にユカイに書き込まれている。 (巡回中に、ポリ公め、と挑発にかかる市民の悪口雑言に耐える特訓のため、先輩警官から長時間の悪口に晒されるくだりなど、気の毒な一方で実に笑える。昔読んだ、寺田ヒロオの野球漫画での「殺人ヤジ」とかを思い出した。) 登場人物の相関ドラマも意表をついており、特にくだんのメインキャラクター、ウイリイの在学中の彼女キャシイが、成り行きからハンサムな青年署長のニール(奥さんと死別して独身)と縁ができて、次第にウイリイほったらかしで距離を狭めていくあたりなど、なんか普通に87分署もののサイドストーリー的な趣である。つーか洋の東西を問わない、ちょっときわどい? 大衆小説の面白さだね。 読み始める前は、たぶんしょせんはノベライズであろう? と、どこか舐めた部分も心の片隅に何%くらいかはあったのだが、実際には一編の警察小説(というか警官日常小説+捜査ミステリ)として、結構なレベルで楽しめた。 (後半での、とある強力犯罪事件は、プロットそのものはシンプルだが、その部分に至るまで語られた劇中キャラクターの描写との掛け合わせで、なかなか読ませる。そして……。) で、このノベライズの翻訳者は「上田純一郎」というヒトだが、あまり聞かないなあ、どういう御仁だ? と思って奥付を見ると、実はあの高橋三千綱の別名だとのこと。 なるほど、日本語での小説(ノベライズ)としては達者な出来になるのも当然だと思う(厳密な意味で、全域の文章が的確で正確な翻訳かどうかなどは、もちろん未詳だが)。 まあ、もともとは、なかなか観る機会のない海外ドラマの雰囲気をせめて別メディアで味わおうという程度の思いで手にした一冊だが、実際のところでは、そんな消極的な期待値を十分に上回って楽しめた。 (もしかしたら、翻訳の時点で、あれこれ小説的に面白くなるように潤色しているのか? とあらぬ疑いを抱いたりもしているが。) 評価は6点に収めようかと思ったんだけれど、得点的にはとにかく良い方向にいろいろ裏切ってくれた内容だったので、この点数で。採点が甘いのは、百も承知である(笑・汗)。 |
No.1557 | 6点 | 明日まで待てない- 笹沢左保 | 2022/07/22 05:27 |
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(ネタバレなし)
昭和中期の風俗「日曜族(目黒族)」。それは日曜日に高級飲食店「レストラン・メグロ」に集い、成り行き任せのガールハントや男漁りを楽しむ、生活に余裕のある男女たちの通称だ。そんな日曜族の一人で、新妻との夫婦生活が不順な32歳の二本柳優介は、昨日出会ったばかりの美女・城戸由香子を仕事場のマンションに連れ込むが、そこに精神科医と称する松平浩という男が来訪。松平は彼の所属する精神病院「戸畑精神科」のかつての患者、しかし正体不明の人物が、二本柳の生命を狙っているらしいと警告した。突然の事態に驚く二本柳だが、しかし彼には思い当たる節があった。 1965年に刊行された、比較的初期の笹沢長編の一本。徳間文庫版で読了。 評者は寡聞にして「日曜族」のことは今回初めて知ったが、実際に現実の昭和四十年前後の東京などで流行した、男女の性風俗らしい(ちなみに年下の家人に聞いてみたら、意外にもその呼称ぐらいは見知っていた)。いや、勉強になった。 異常者(?)「姿なき狂人(作中の通称)」に身をおびやかされる主人公という、いささか煽情的かつショッキングな序盤で開幕。さらに冒頭から登場するメインヒロイン格の由香子もまた訳ありの態を見せ、小気味よいテンポでドラマの裾野が広がっていく。 (それでも途中、主人公の調査活動の迂路で、いささか話がダレないでもないが・汗。) で、中盤でダイイングメッセージ? なども登場するが、これは(中略)も含めて大方の予想がつくもの。さらに最後の最後で明かされる人間関係のサプライズも、やはりまんま思ったとおりであった。 ただし「姿なき狂人」の正体に関しては、その実相まで踏まえてかなりのインパクトがあった。歴代笹沢作品のなかでも、ある意味においてトップクラスの感慨を呼ぶ犯人像ではあろう。 読みやすい、早めに通読できる作品をと思って、二時間半ほどでいっき読みした一冊。秀作まではいかないが、佳作ぐらいにはなっているであろう。評点は0.25点ほどオマケして。 |
No.1556 | 6点 | 私が見たと蠅は言う- エリザベス・フェラーズ | 2022/07/21 09:15 |
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(ネタバレなし)
1942年の春。大戦下のロンドン。女流画家ケイ・ブライアントは、知己である刑事コリー警部補に再会。彼とともに、3年前の殺人事件のことを思い出す。その物語は、今は空襲のために消失してしまった十番街のアパートの一室の床下から、拳銃が見つかったことから始まった。 1945年の英国作品。 評者はフツーに新訳のHM文庫版で読了。本来は部分的にユーモアミステリの趣がある? 本作だが、旧訳のポケミスで読むとなんとなく怪奇ミステリっぽい雰囲気があるとのネットの評判。そんなウワサが気になって、まずは読みやすいのであろう新訳で手にとってみた。 作者が持ちキャラのトビー&ジョージものを封印してノンシリーズ路線に移行した、その第一弾だそうだが、メリハリのある展開、決して多くない頭数の登場人物を使い分けた作劇と、読み物としてはとても面白い。 ちなみに文庫版の紹介文(「住人たちはそれぞれ勝手に推理」「二転三転する真相」など)から、多重解決っぽい内容を期待したが、実際の中身は当該の登場人物数人が常識的な判断を当たり前に(ややドヤ顔で)言い合っているだけで、実に歯ごたえがない。まあ素人探偵気取りの連中が嬉しはずかしで浅い物言いをし合うというのはリアルと言えばリアルではある。 いろんなヨミ(読み)で、犯人はたぶん……と思ったら、ズバリ正解だったが、なぜ拳銃がそこに隠されたかについての真相は、個人的にはなかなかイケるとは思う。そっちはさすがに予想もつかなかった。いやまあくだんの該当の人物に、だったらあーしろよ、こーしろよと言いたくなる部分もないではないが、グレイゾーンで看過できる範囲ではあろう。 (ちなみに読み返してみると、関連する部分の叙述はやや際どいが、ぎりぎりセーフだと判定。) 全体的にテクニカルなミステリを書こうとする作者の意欲を実感し、そこにある種のロマンを感じる好編。たぶんこれまで読んだフェラーズの作品の中では、一番スキだ。 それでも評点は7点……に……ギリギリ……いかないなあ(先行レビュアーの中では、評点をつけ直したらしい臣さんのご心情が痛いほどわかる)。 まあ6点の最大上限という感じで。 |
No.1555 | 8点 | 神薙虚無最後の事件- 紺野天龍 | 2022/07/20 07:02 |
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(ネタバレなし)
東雲大学の広報サークル、別名「名探偵倶楽部」に参加する「僕」こと薬学部二年生の瀬々良木白兎(せせらぎはくと)は、同じ大学の一年生、御剣唯に出会う。その彼女が持ち込んできたおよそ20年前に刊行された書物「神薙虚無(かんなぎうろむ)最後の事件」。そこにはいまだ解明されぬ謎が秘められていた。そして。 敷居が高そうかな? と思いながら手元に置いておいたが、メルカトルさんのレビュー(意外に軽いタッチ、後半でヒートアップなどのご主旨)に背中を押されて、イソイソと読み始める。 (あと、くだんの小説版『スパイラル』を未読でも大丈夫、というのにも安心させられた。ありがとうですw) ……いや、とても良かった&面白かった。現在まで読んだなかでの、今年の国内新刊ベストワン。 過去の事件の方は存外にシンプルだが、推理合戦の多重解決ものとして必要十分なレベルではある(そのほかにも、なぜ? どうやって? などの謎は山のように多いし)。 一つ目の意外に堅実な推理と二つ目の(中略な)推理、その二つの並び順でのコントラストもイイです。仮説を語るキャラクターとのマッチングもうまく演出してあると思う。 最後の大ネタはその手で来るか、という正直な感慨であったけれど、それがすんなりと心地よく受け入れられる辺りも本作の持ち味であろう。この辺は(中略)の趣向を巧妙に作劇に溶け込ませた文芸の勝利だね。 評点はとりあえずこの点数だけど、一瞬二瞬、何回かもう一点つけようかとも本気で思った。本作の総体の印象を語るとある種のネタバレになりそうなので控えるが、とにかく(中略)謎解きミステリの優秀作。 もちろんシリーズ化は「名探偵倶楽部シリーズ」の公称のもとに期待しております(これなら、特にネタバレになってないであろう)。 |
No.1554 | 7点 | 真鍮の栄光- ジョン・エヴァンズ | 2022/07/19 16:48 |
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(ネタバレなし)
「おれ」ことシカゴの33歳の私立探偵ポール・パインは、ネブラスカの老夫婦フレモント夫妻から、シカゴに行って連絡が途絶えた娘ローラの行方を捜してほしいと依頼を受ける。まずローラの友人だった娘グレイス(グレイシー)・レハークの実家を訪ねたパインは、同家の父スタンリーから得たわずかな情報をもとに酒場「マーティ」に赴くが、そこは裏では娼館を営むいかがわしい店だった。やがてパインの周辺、そして向かう先で謎の殺人事件が続発する。 1949年のアメリカ作品。シカゴ在住の私立探偵ポール・パインものの長編第三弾。 もともと評者は少年時代に小鷹信光の、あまりにも思い入れのこもったポール・パインと作者エヴァンズを語る熱い文章に深い薫陶を受け、その熱気に当てられるように、あまたの40~50年代私立探偵ヒーローの中でも、ポール・パインを独特の位置、ある種の神棚? に置いている。 (そんな小鷹の文章の中でも、日本版「マンハント」に掲載された当時まだ未訳の『悪魔の栄光』(当時の仮題は「魔王への栄光」だったと記憶?)のダイジェスト紹介記事は本当に素晴らしかった。あれで評者は完全にヤラれてしまった。ほかにも「パパイラスの船」での当該のエッセイとか、とにかく小鷹による評者への影響は計り知れない。) とはいっても、実は評者がこれまで読んだパインものの実作は、第四長編『灰色の栄光』と唯一の中編「四月にしては暗すぎる」のみ(汗)。 どちらもとても内容が良かった記憶というか印象だけはあるが、読んだのはともにだいぶ昔で、設定も細部もそれぞれ完全に忘れてる。 (ちなみに『灰色』は、人生で一度のみの海外旅行の際に、目的地のシカゴとの往復の飛行機の中や現地で読んだ。ポール・パインの長編を最初に読むならシカゴしかない、それくらいの儀式に近い思い入れが先行した若さである。) ポール・パインに過剰な思い入れが育まれた原因のひとつは長編4本、中編が1本とシリーズ探偵ながらあまりにもその事件簿の総数が微妙に、絶妙に少なすぎるからで。 たとえばリュウ・アーチャーやマイク・ハマーほどとはいなかくても、マーロウやエド・ハンターくらいにエピソード数があればもうちょっと気楽に読めるのに、とにもかくにも思い入れが熟成されてしまったヒーロー探偵の登場編がたった5本(そのうち2本はすでに既読。さらに『悪魔』は大筋は今でもかつてのダイジェスト記事で部分的に覚えている)では、そんな貴重なわずかな作品を本当に大事にチビチビ読むしかない。 まあそんなこんな状況のなか、さらには例によって自宅の書庫のなかで、すでにもちろん買ってあるはずのパインものの初期三部作の邦訳がどれも見つからない。21世紀になって残りの3冊をそろそろ読みはじめたいと思いつつ、早くもたぶん十年前後が経過していた。 というわけで一念発起。ポケミスのダブりを承知で本作『真鍮の栄光』を改めて古書で購入。本が届いてからほとんどすぐ読んだ。 ちなみに評者のパインのイメージは、33歳(本作の時点)、独身で秘書もなく、ハンサムな都会派探偵という設定の上で当然のごとく? あえていえばマーロウに近い。まあ紋切り型の分類でホントーはそんなカタログ的なもんじゃないのだけれど。 『真鍮』での一人称は「おれ」。パインといえばなんとなく「私」という印象だったが、まあこれは一冊まるまる読んでいるうちに慣れていく。 で、作品『真鍮』の感想としては……なんというかすごく込み入った話。 物語の序盤が失踪した若い娘捜しから始まるのは、私立探偵ものとしてこの上なく王道だが、いなくなった娘ローラに関しては当人が意図的に写真などを自宅や周辺から残しておらず、それゆえにパインも読者も現在の彼女がすでに完全に別人になっている可能性に振り回される。さらにローラの友人グレイスもまた新たな素性を得ていることが早めに暗示され、二重三重のややこしさで、潤滑に読み進めるためには絶対に人名メモの作成を推奨。 とはいえ終盤には相応のサプライズが用意されてるし、そこに至るための伏線や手掛かりも設けられている。 (真相解明のロジックがちょっと強引な部分もあったが、まあ、これはそんなもんかな、という感もあり。) あと大ネタとそれに関する作中人物の感慨には、一種の時代性を感じたりもした。21世紀ならもうちょっと微妙な扱いになるところもあるだろうね? 肝心の主人公パインの描写に関しては、本作の中では事件の筋道を追い、トラブルに巻き込まれ、そして真相を暴く行動派の名探偵ポジションの役割に重きを置いた感じ。 もうちょっと主人公探偵の足場からはみ出した描写にも触れたかったが、存外にそういうのは少なかったかも。 (中盤で、窮地の若い娘をとっさに気づかい、対処するあたりなど、固有のキャラクター描写が皆無ではないけれど。) あと改めて久々にエヴァンズ作品を読んで印象的だったのは、ワイズクラックというかパインの内面での比喩的表現の豊富さ。この辺もたぶん小鷹視点で評価された所以のひとつだろう。 クロージングの数行、客観描写に託す形で主人公の内面を語っておわるあたりとかは『さらば愛しき女よ』のラストをちょっと想起させたりした。 まとめるなら、まだこの一冊では「自分の心の中にいるポール・パイン」には会い切れていない、という感じ。 一方でミステリ要素の濃い一流半のハードボイルド私立探偵小説としては、そのごった煮感(ちょっと違うか)で相応の腹ごたえもあった。 期待していたものとはちょっと違ったが、これはこれで見知った知り合いの別の顔をそっと覗けた感じで悪くはない。 残りの二冊(『血』『悪魔』)にいろんな意味で期待しよう。 【追記】 ポケミス107ページ目で、パインがロイ・ハギンズの作品を読んでる描写が出てきて「おおっ!」となった(笑)。どういう作品を読んでたんだろう。 で、いっしょに読んでるケンネス・パッチェンというのは……詩人か。そーゆー方向への知見が薄いので(汗)。 |
No.1553 | 6点 | 塩の湿地に消えゆく前に- ケイトリン・マレン | 2022/07/18 15:28 |
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(ネタバレなし)
アメリカ東海岸のアトランティックシティ。かつてカジノと観光で栄えた同地は、21世紀になって国のカジノ産業への支援策が大きく減退し、今は雇用も不順な貧しい街になっていた。そこで微弱な? 千里眼と透視能力を持つ十代半ばの高校中退少女エヴァは「クララ・ヴォワイヤン(クレアボヤンス=透視能力からのネーミング)」の名前で、育ての親である叔母デズミナ(デズ)のもとで、流行らない占い師稼業を営んでいた。そこにある日、失踪した姪を探してほしいと、ひとりの男がやってくる。 2020年のアメリカ作品。 どことなくトマス・H・クックを思わせる? 邦題と、ポケミス裏表紙のMWA最優秀新人賞受賞作というキャッチが気になって手に取った。 (そうしたらまだ積読のうちに、HORNETさんの酷評が先に目につき、これは……と違う意味で興味をそそられたりする・笑&汗。) で、読んでみたが、個人的にはそれなりに波長が合ったのか、一晩でほぼ一気に読了。 冒頭から、すでに殺されてシティの湿地に沈められたらしい女性の被害者たちの霊魂の視点っぽい、グルーミーな雰囲気のプロローグで開幕。さらにふたりの主人公の内のひとりクララの超能力設定からして、これはスタンダードな謎解きミステリではないと読み手に主張してくるような作品である。 とはいえ物語の舞台となるシティ全体を覆う不況のグレイムード、そのなかであがくクララともう一人の主人公リリー(もともと芸術関係の仕事で身を立てようとニューヨークで奮闘していたものの、訳ありで挫折。今は生活のためにシティのカジノのスパで受け付けほかの事務職についている)の粘着的な描写にグイグイと引き込まれていく。 さらにこの二人の主人公の描写の合間に、どんどん作中で数を増していく被害者たち死者のパートや、さらに第三のキーパーソンといえるとある登場人物の叙述も意味ありげに挿入され、作品全体の奇妙な立体感と構築感は並々ならない。 何より本作の主題となるのは、国策、地方行政、それら双方の錯誤の累乗で財政的に破綻した地方都市の息苦しさ、重苦しさだ。 それは図書館で、専門分野の研究者の常勤などが不可能になり、市民サービスが低下していく辺りにも見出せる。 (正直、近年の日本そのものだね。) 小説全体のヘビィな手ごたえが独特の魅力を放つ作品であったが、一方でミステリ(謎解き作品)としては相応にブロークンな作り。この終盤は、本作ではマトモな決着をつけたら負けだと作者が考えたのかもしれない? 怒る人は怒るだろうし、いやむしろ、そういう反応が当たり前でもあるのだが、一方で本作のようなタイプの作品には、こういう仕上がりが確かに合っているように思えたりもする。 万人にお勧めできる作品では決してないし、先のHORNETさんのお怒りもとてもよくわかるような気がするが、もしかしたら現在形のアメリカミステリ文化の広がりをちょっとばかり実感できる一冊じゃないかな、という感じもしないでもない。 個人的には、読んでおいて良かったとは思う。 |
No.1552 | 6点 | 風琴密室- 村崎友 | 2022/07/17 05:27 |
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(ネタバレなし)
廃校になった母校の小学校の校舎。地元の役場の方針でその校舎を再活用するため、掃除のバイトをすることになったのは「ぼく」こと現在、高校二年生の夏目凌汰(りょうた)であった。そんな凌汰は幼馴染の友人たちとともにバイトの作業中、久々に村に戻ってきた旧知の者と再会。一同はそのまま無人の校舎で一夜を過ごす。だがそこで謎の怪事件が勃発。それは数年前の凌汰の記憶のなかの、とある悲劇を思わせるものだった。 もともと寡作の作者(これがデビュー16年目にして6冊目の著作)だが、評者は2015年の長編ミステリ『夕暮れ密室』のみ既読。 同作の「なぜ(中略)の密室~殺人現場が生成されたか?」の謎解きの真相は、なかなか印象深いものだった(もちろん詳しくはナイショ)。 そんなわけで同作に続く、その路線の青春ミステリ風新本格作品をこの作者には期待していたが、ようやっと7年目にして当該作の本作が登場。 内容は活字が大きめな上に紙幅もそんなにないし、文章も平易。事件もどんどん起きるのでスラスラ読める。 ただしミステリとしての最大の仕掛けは今回は完全にファール。というより、読了後にネットでのほかの人の感想を伺うと、意外に引っかかったという人が多いのに驚いた。 一方で一部の人は当たり前に「(中略)はわかるよね」と述懐しており、この作品に関しては評者も完全にごく当然の(中略)だったという感慨。そもそも……(以下略)。 密室トリックは豪快といえば豪快だが、まあ昭和の時代に某多作作家のひとりが思いついたアイデアのバリエーションだし、あまりときめきもない。 で、ラストの(中略)もほとんど当初から見え見えで、その辺もう~ん……(汗)。 実のところ、こうやって私的な感想を並べていくとあまりホメるところは残ってないのだが、トータルとしてはなぜか嫌いになれないという妙な魅力のある作品。設定としてはお約束のクローズドサークルものだが、友人たちと廃校になった母校に泊まり込むという王道の文芸に、自分も人並の郷愁を感じたりするからかもしれない。 (ただし、電話が不通になる反面、スマホで外部の世界とネットで通じ、情報の検索はできるという描写がある。それならメールやSNS、掲示板などの経由で外部に事件の発生は知らせられるはずなのに、登場人物たちがそれをしないのはかなりヘンだ。) 良かったところ、狙ってハズしたところ、う~ん、ちょっとね、というところ、全部の総和で評点はこのくらいで。 また次のこの路線の作品を、気長にお待ちしています。 |
No.1551 | 7点 | 情熱の砂を踏む女- 下村敦史 | 2022/07/16 06:34 |
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(ネタバレなし)
女子大生・新藤怜奈は、スペインで見習い闘牛士となって活動していた兄・大輔が実演の最中に死亡したことを知る。スペインに渡った怜奈は、兄の友人かつ闘牛士仲間カルロスの家族、また兄の恋人マリアの家族の世話を受けながら、兄が命を燃やした闘牛の世界に次第にのめりこんでいく。だがそんな兄の、そして闘牛界の周辺では、怪しい犯罪の影が。 数年ぶりに、この作者の作品(新作)を読んだ。 先に言っておくと、Amazonの現状の二つのレビューはかなり低評で、ほかにもネット上では芳しくないレビューも散見する。 (おかげでTwitterを覗くと、作者自身がかなりヘコんでるようなのが何とも……。) ただ個人的には、トータルとしては結構楽しめる作品であった。まあそのほとんどがミステリというよりは、闘牛というあまり国産のフィクションの中で題材になったことのない世界をしっかり描いた、その新鮮さとある種のダイナミズムによる部分が大きいのだが。 (ちなみに評者は海外ものでも、闘牛界を舞台にした作品って、ほかにはカーター・ブラウンのメイヴィス・セドリッツもの『女闘牛士』ぐらいしか知らない~しかも内容はほとんど忘れてるし。) とはいえ終盤、波状攻撃がごとくミステリ要素がコンデンスに飛び出してくるのはなかなか豪快であった。特にある殺人の動機というかホワイダニットに関しては、かなりスサマジイもので、このひとつはちょっと馬鹿馬鹿しいと思いつつも、評価したい。 で、本作を嫌う人の多くは、主人公の怜奈の行動が納得できないとか、考えていることとやることが違うとかいうこと、さらには生活費の問題とかのリアリティの欠如についてのようである? うーん、個人的には、くだんの前者、怜奈の内面の右往左往ぶりに関する文句はわからないでもないが、まあグレイゾーンでそんなには気にならない。兄の命を奪った闘牛に当初は反発しながら、同時にソコに関心を深めていく心の矛盾めいたものは、結構普遍的にありそうな感じもするので。 ただし一方、スペインでの生活に関しては後半に少しバイトの話題なども出るものの、お世話になっている一家での食費の問題とか、さらには日本とスペインを行き来する旅費の問題とか、さらには少し前まで本格的に習っていたというバレエの月謝や大学の学費の件とか、その辺の案件の説明について雑すぎるのは確か。ここら辺は、ほかの人のレビューを目にするまでもなく気になった。 これが昭和30年代の「宝石」系若手作家の作品なら苦笑で済ませるところだけどね、21世紀の作品としてはちょっと脇が甘すぎるでしょう。 (こーゆーのって作家が見落としても、編集者の方が忠告すべき部分だよね。今回は担当さんに恵まれなかったのか?) ただまあ、減点法でいくと結構キビシイところもあるものの、先に書いたように、一種の業界もの、女子主人公の奮闘ものとしてはかなりオモシろく読めた。 (やはりネットのレビューで言ってる人もいるように、最後のややトンデモなオチは要らなかった気もするが。) 菊池寛の名文句「要は小説は面白くって、タメになる読み物のことだ」に従えば、これ一冊でかなりスペインの闘牛界のことは勉強できます。巻末に山のように参考資料の書名が並べられているので、そういう方面では信用していいでしょう? きっと。 |
No.1550 | 7点 | 沈黙の家- 新章文子 | 2022/07/14 16:32 |
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保科家の姉弟。29歳の少女小説家あゆみと、その弟で23歳の会社員・新太郎。ふたりは京都の成功した乾物屋の主人だった父と母を逆恨みした若者に殺され、東京に出てきた。姉弟は高級アパートに入居するが、あゆみは隣人で中年作家の船原宇吉に、相手に妻や複数の情人がいるにも関わらず、思慕を傾ける。一方、京都で四十過ぎの教育者・坂崎丈之と同性愛の関係にあった新太郎は、東京で生活の刷新を図り、女性と交際を始めるが。 作者の5作目の長編。1961年12月に書き下ろし刊行で、評者はもちろん2年前に復刊された、光文社文庫版で読了。 あらすじからして「濃い」内容で、物語の序盤に限れば犯罪の要素や事件性はとりあえず無いのだが、それが少しずつ世界の位相をずらしはじめ、中盤でいきなりショッキングな展開に急転する。 実に湿気の多い物語だが、筆の達者な作者の叙述は平明でストーリーはサクサク進行。トータルで読むと、ポケミス300~500番のナンバーの時期によくありそうな、垢ぬけたノンシリーズものの海外ミステリのような触感であった。 21世紀の令和の時点から、昭和の中盤を回帰するとなんとなくどこか微温的な雰囲気が頭に浮かんでくるものだが、改めてこの時代には時代なりに際どさや人の心の闇などもひしめいていたということを実感する作品。 しかし少し冷めた視線で外側からこの物語を覗く読者にとっては、この上なく面白い群像劇的なミステリ(またはサスペンス)である。 光文社文庫版の巻末に併録された短編3本も、70年代のミステリマガジンにちょくちょく翻訳掲載された、マスタピースのクライムストーリーを読むようでそれぞれ非常に楽しかった。 白状すると評者は、このように長編のオマケで短編が数本あわせて一冊の本に収録されている場合は、眼目の長編を呼んだところで気力が下がってしまい、添え物の短編は後回しにする(そして時にそのまま放っておくことになる)ケースも少なくないのだが、今回は、これはきっと読まずに放置するのがもったいないな、と予期し、実際に裏切られない出来であった。 短編3本は、ジャンルが言いにくい作品ばかり(あえて言えばサスペンスまたはクライムストーリーか)なので、詳述は控えさせてもらうが、ハマる人には結構ハマる内容だと思う。 まだまだこの作者の未読の作品があるのが、本当に嬉しい。 |
No.1549 | 6点 | 観覧車は謎を乗せて- 朝永理人 | 2022/07/12 13:15 |
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(ネタバレなし)
観覧車のそれぞれのゴンドラの中で進行する6つの物語。急に回転を停止した観覧車の各ゴンドラ内では、幽霊に出逢った青年、観覧車の中から標的を狙撃しようとするスナイパー……それぞれのドラマが進行しようとしていた。 2年前の処女長編『幽霊たちの不在証明』(評者は本は購入してあるがまだ未読・汗)に続く、作者の第二長編。 文庫書き下ろしで300ページに満たない短めの作品。文章も平明でスラスラ読めるが、仕掛けの数はかなり多いハズで、実のところ評者も一読しただけでは、全容をすべて理解しきってはいない(汗・涙)。 アレガアレだったのはすぐにわかるのは当然で、コレとコレもわかるし、ソレとソレもそうなんだろうだが、あと……(中略)とか、終盤のクライマックスを迎えてなおそんな感じ。 すくなくとも読者にわかりやすく、実はここはこうだった、ここは……と送り手や登場人物が言を費やしてくれるような甘い作品ではない。 しかもどうやら(お話やミステリとしての仕掛けにはまったく関係ないものの)、実は6つのエピソードの中に(中略)までが、どうやらいるみたいだし、とことん食わせ物の作者で作品である。 来年のSRのベスト投票までに、時間を置いてもう一度読み返してみたい。評価はまたそこで改めて。 |
No.1548 | 6点 | かくてアドニスは殺された- サラ・コードウェル | 2022/07/11 07:43 |
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ロンドンにある若手弁護士の集う実務組織「リンカーンズ・イン法曹学院」。そこの弁護士のひとりでドジ娘のジュリア・ラーウッドは、イタリア美術の探求ツァーに参加。ヴェネツィアに赴いた。ジュリアの同僚たちやオクスフォードでの彼女の恩師だったヒラリー・テイマー教授は、天然娘の旅路に大事がなければと願うが、やがてテレックスでそのジュリアが殺人の容疑で逮捕されたという知らせが入る。ヒラリーと若手弁護士たちは、ジュリアが旅先からこまめに送ってきた長文の手紙を読み込み、隠された事件の真実を探るが。 1981年の英国作品。 コードウェル作品は初めて手にする評者だが、本サイトでもなかなか評判がいいようなので、このヒラリー教授シリーズの一冊目を読んでみた。 なるほどウワサに聞いていたとおり、これはちょっとひねった(手紙での情報開示を前提にした)『毒入りチョコレート事件』というか『火曜クラブ』または『ブラックウィドワーズ・クラブ』というか。つまりは安楽椅子探偵+多重推理ものであり、後半には青年弁護士たちによる探偵団もの的な趣もある。 まあリアルに考えるなら、(国際電話はお金がかかるからという理由で)ジュリアが連日、書き終えるまでに数時間はかかりそうな長い長い文面の手紙を連日送ってくるというのも、いささか無理がある(笑)。旅行先での結構な時間をその作業に奪われてしまうよね? その手紙の文中に、伏線や手掛かり、人間関係の情報などがみっちり書き込まれており、ミステリの作法としてソレが有効なのは、もちろんわかるのだが。 (なんつーか、招待状を出したら、受け取った人間=十人全員がちゃんと一人も欠けることなくインディアン島に来るぐらいに? ウソ臭い・笑。) とはいえその辺のお約束または様式を踏み越えるなら、軽薄かつにぎやかにワイワイ騒ぎ合う推理合戦(というか仮説や思い付きの放り投げ合い)は何とも言えずに面白い&楽しいし、中盤、ジュリアからの手紙オンリーが情報源というのにムリを感じて? 流れが変わってからもまたストーリーに起伏が生じてヨロシイ。小説の潤い的にたっぷりと仕込まれた、細部の英国風ドライユーモアの面白さもお腹いっぱい。 真相はややチョンボ……という感じがしないでもないが、たしかに整合はされるように書かれているハズだし、そしてそれを了解するならば、殺人実行時の何とも言えないイメージもけっこう鮮烈。 大ネタそのものは、英国の某巨匠がよく使いそうな手ではあるけれどね。 本サイトで聞いていたウワサからイメージしていたものとは、若干違ったけれど、これはこれで確かに面白かった。 なおminiさんが指摘されている、主人公探偵は実は女性ではないか? 説。当初からこちらもその辺は重々意識しながら読んだつもりだけど、う~ん、確かに徹底的にアイマイに書かれていますね。 (翻訳もその辺を自覚的に、ちゃんと演出して訳してあるようにも思える。) 意図的にジェンダー不明? の主役探偵という趣向は、これまでに何かあったかな。あったような気もするが、長編、それもシリーズものではかなり珍しいのは間違いない。 |
No.1547 | 6点 | 伊豆七島殺人事件- 西村京太郎 | 2022/07/10 07:02 |
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(ネタバレなし)
人類の未来の海中文明を展望し、そのための海洋開発実験を続ける大企業、新日本重工。同社は伊豆七島の一角・神津島の海中40メートルに居住空間「海の家」を沈め、海中生活の研究に勤しんでいた。だがその深さ40メートルの海中の施設内で、殺人が発生。しかも現場は広義の密室といえる状況だった? 業界誌「海洋ジャーナル」の青年記者・瀬沼は、成り行きそしてとある人物の請願を受けて、この事件の調査を独自に進めるが。 先日、刊行されたムック「西村京太郎の推理世界」をつまみ食い読みしていたら、本書の高評に遭遇。何より、海中の密室という特殊な趣向が良いとのこと。うん、ソレにはまったく同感。大いに気を惹かれる。 で、本作は、しばし気になる初期の西村作品の一本(それも完全なノンシリーズもの)で、まだ本サイトでも誰もレビューがない。じゃあ、と思い、読んでみる。評者は先日、ブックオフの100円棚で入手した光文社文庫版で読了。 本作の大設定といえる、海洋開発プロジェクト。これには相応の人間が関わっているみたいなので、それじゃ、かなりの頭数の登場人物が出て来るなと覚悟したが、実際にはそんなでもない。 同時に容疑者の方も物語の中盤には、片手の指で数えられるくらいに頭数が絞られる。そういう意味ではかなり読みやすい。 探偵役の瀬沼がトリックを暴いては、また次の障害や不可能性が沸き起こってくるその繰り返しで、このしつこさはなかなか良い。 一方で本作の弱点として、トリックに凝るのは良いのだけれど、作中のリアリティで言うなら、犯人はここまで(あれこれトリックの労を費やした)殺人をしないだろ、とツッコミたくなるところ。あまりに犯罪のコストパフォーマンスが悪すぎる。もっとシンプルに目的を果たすこともできたよね? その辺はホントに、リアリズムだのアクチュアリティだのに目をつぶった、お話フィクションの世界という感じであった。 そういったある種のウソ臭さをミステリの様式美として割り切れる人なら、それなり以上に面白い力作で佳作~秀作だとは思う。 ただ一方で、西村作品を百冊単位ですでに読んでいる人が、本書を初期作品ワースト10の一角に入れてたりする。もちろんその実際のところの判断基準は余人にはわからないんだけれど、本作の評価がヨロシクない人もいるという現実は、まあ理解できるような気もしないでもない。 評価は7点あげようか迷ったけれど、ギリギリのところでこの数字で。 前述のように、ミステリなんて(いい意味で)ウソ臭くていいじゃん、という向きの方なら、もうちょっとストレスを感じずに楽しめるかも。 |