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tider-tigerさん |
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平均点: 6.71点 | 書評数: 369件 |
No.169 | 8点 | 夜の終る時- 結城昌治 | 2017/06/17 20:16 |
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前半警察小説、後半はクライムノベルになるのか?
安田刑事の視点で警官殺しの犯人を追う第一部は無機質に淡々と綴られていく。視点を犯人に移しての第二部は文章もガラリと変わって、うーんこの変調がたまりませんな。いつのまにか犯人に感情移入してしまう。 異質のものをまとめる二部編成。ドイルの恐怖の谷は少々不細工というか強引であったが、本作ではうまくまとめて効果を上げている。その他の点も完成度の高さでは結城昌治作品の中でも随一ではなかろうか。私は真木シリーズに愛着があるが、採点は本作が上かな。 簡潔だが、スカスカではない文章。 最初の数頁で展開される短いセリフばかりで構成された会話では署内での立ち位置や能力などがきちんと見える。さりげなく伏線も挿入。無駄口叩かず口を開くときには必ず意味がある。そこに味わいも加味できるのが結城昌治。 徳持刑事が扼殺された時点で犯人がなんとなくわかってしまったのだが、この点が本編で言及されていない。あれは作者から読者へのヒントというわけではなかったのか? 問題点 コーラ→どうやって毒を混入した? 死体発見→あいつはきっと殺されてる、死体を探しに行こう! その刑事はあてもなくなんとなく探しに行ったら死体発見! そんなバカな。 以上の二点をもう少しスマートに処理して欲しかった。 ラストは秀逸。 なんて残酷な終わり方なんだろう。 タイトルにその救いの無さが表れている。その瞬間が非常に簡潔に、粋に決まっている。 |
No.168 | 7点 | 鬼畜の家- 深木章子 | 2017/06/17 20:13 |
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深木章子女史の作品二冊目を読破。
こちらが作者のデビュー作です。 おそらく私は作者の思惑通りに読まされていたと思う。この人物配置だと、あいつがああで、こいつはこうでと人物像や一筋の展開が見えていたのだが、だいぶ外していた。ただ、そんなにうまくいくかなと疑問には思った。ちょっと強引な気がする。 小説としてのうまさは前回書評した『衣更月家の一族』が勝っているように感じた。衣更月家は細部の良さ、他にも手札を隠し持っている可能性や進化の可能性を見事に示した二作目だったと思う。また、鬼畜の家では誤用とまではいわないが、ちょっとひっかかる言い回しが散見された。人間の描き方は、あまり変わっていない。本作でも類型から先に踏み込むことをあえてしていないような気がした。 本作はどんどん読めるが、深くのめりこむことはできなかった。途中までは。 終盤の畳みかけは非常によかった。いくつか違和感があったが、それらが納得できる形で解消されたし、意想外の展開もあった。鬼畜の人物像もよかった。人格障害だのなんだのと言い訳せず、自分は鬼畜だと言ってのけるその潔さ。そして、好むもの、嫌悪するものに一貫性があり、筋が通っていた。 鬼畜は勝負に負けた。死をもって償うより他にない悪人。 とっとと絞首台に向かって欲しい。でも、なぜか軽蔑はしていない。 |
No.167 | 7点 | 緋色の記憶- トマス・H・クック | 2017/06/09 22:48 |
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あの人はバスに乗ってコッド岬の小さな村にやって来た。その深緋色のブラウスを着た美しい美術教師が妻子ある同僚を愛してしまったことから、やがて『チャタム校事件』と呼ばれる悲劇が起きてしまう。
まだ少年だった当時を回想する老弁護士。チャタム校事件の真相とはどのようなものだったのだろうか。 槍ヶ岳山頂を目指しているのだが、ガスで頂上がまったく見えない。ただガスの切れ目からところどころ稜線の一部が顔をのぞかせる。風でガスが移動するたびに山の形が違って見える。こういう掴みどころのない話です。 そして、気付いたら槍ヶ岳ではなくてなぜか隣の奥穂高にいた、とでもなれば凄かったのですが、残念ながらそこまでの威力はありませんでした。 正直なところ真相に意外性はあまりなかったのです。が、別にそれはどうでもいい。淡々となにも起こらず終わっていたとしても、読んでよかったと思える作品だったでしょう。 悲劇に向かってゆっくりと進んでいく話としてトレヴェニアンの『バスク、真夏の死』が思い浮かびました。どちらもとても美しい物語です。 本作に関しては誰が誰を愛しているのか、明確なようでいて深読みも可能なところがいいです。『あの人』『あの女(ひと)』という代名詞が散見されますが、いい感じです。銀河鉄道999みたいです。 とある誤解に関しては、ちょっと強引かなあという気もしました。誤解したとしてもそこでなぜ独断専行してしまったのか。 個人的に意外だったのは作中人物の気持でした。 作中の自由派の連中は嫌いではありませんが、かなりイライラさせられました。 そして、できるだけ公平正確であろうとした校長の「危惧という言い方は当たらない」このつまらないセリフがなぜか印象に残っています。 作者は自由と規律を対比させて、なおかつどちらも尊重しているように思うのですが、時代も変わってきておりますので、語り手やチャニング先生、レランド先生のように自由に価値を置く生き方に反発を覚える向きも少なくないのではないかと思います。 結果だけを明示して過程を曖昧にしたり、登場人物を対比させたりしながら、読者の読むスピードまでコントロールしようとする書き方に思えました。 解説にある『雪崩をスローモーションで映したような』この譬えはわかります。 が、自分は本作を読んでいると映像ではなくて絵が浮かんでしまうのです。 本作は映画ではなくて紙芝居なのです。 そして、絵が浮かぶたびに立ち止まってしまうのです。 美しい絵であれ、残酷な絵であれ。 なにを言っているかわかりませんね。すみません。 ミステリとしては弱いと思うので7点とします。 以下 ネタバレ 原題とはかけ離れた邦題『緋色の記憶』 緋色についてはいくつかの意味がありましょうが、私としては(こんな風に感じる人はあまりいないかもしれませんが)、緋色は彼女のスカートの色だと思いたい。主人公が独身を通した理由は複数の要素があるのでしょうが、もっとも大きな理由は愛しかけていた女性を『殺して』しまったことへの償いだと。 |
No.166 | 8点 | 猫たちの聖夜- アキフ・ピリンチ | 2017/05/21 12:22 |
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雄猫のフランシスは飼い主とともにこの街に引っ越して来た。飼い主はボロ屋の改装に躍起になっている。そして、フランシスは連続殺猫事件に遭遇する。
1989年度のドイツミステリ大賞受賞作。作者はトルコ人でドイツ在住とのこと。 これを読んだところでドイツミステリへの理解が深まるとは思えず、また、邦題と表紙絵がここまで内容と解離した作品も珍しい。猫が好きな人にお薦めしたいが、猫が好きな人にはお薦めしづらい部分がかなりある。少なくともほのぼのとした猫のお話などではない。非常に重たく哀しい物語。 猫の世界で起きた事件を猫が解決するミステリだが、他にも寓話、SF、ホラーなどの要素が同居する。事件の背景に人間は介在するも、事件の解決に人間はほとんど介在しない。 とてもユニークな作品。語り口がいい。キャラもなかなかいい。事件の背景が読ませる。ハウダニットに関しては捨てている(猫がアリバイだとかのトリックを駆使するのはちょっと馴染まないですしね)。フーダニットはもう少し容疑猫がいないとなあ。で、本作の肝はホワイ。なんというか、とんでもない話であります。伏線はあちこちに張られているが、誰しもちょっとポカーンとしてしまうような動機。しかし、私は納得できた。犯猫の心情も理解はできる。凄い。 人によって評価が大きく分かれそうな作品だし、説教臭いのが少々鼻につく、強引などなど欠点もあるが、美点と衝撃がそれに優る傑作ではないかと、そんな風に思う。 猫たちの聖夜 原題はFelidae ネコ科 という意味のドイツ語らしい。 もう、圧倒的に原題の方がいいんですよ。内容とばっちり合っているうえになんとカッコいいんだろう。でも直訳すると『ネコ科』これは確かにまずいなあ。 動物一人称小説は視点動物に知性と言葉を与えつつ、知識を欠落させておくのがよく使われる手だが、本作は猫にコンピューターを使わせるなど人間並の知性、知識を与えて思考させつつ、猫の世界や行動をきちんと描いている。 以下本文より 主人公が他の猫と遭遇し、話しかけようとしている場面 ~ぼくは窓敷居からバルコニーに降り、さらにたたきに降りた。そしてゆっくりと、ことさらさりげなさを装って、ぶらぶらと歩いていった。以前、オシッコ場で目と目を見交わした仲だよな、といったふうに。とっくに気づいているくせに、やつはみごとなほどに平然としていた。~ 猫の性質、行動を作者はきちんと理解したうえで描いていることがこの文章を読めばわかる。読者に猫の世界を覗いているかのように錯覚させる力がある。猫→人間と読み替えることを妨げる。 2017/06/09 追記 ※ネコ科を意味するFelidaeという単語はドイツ語ではなくラテン語だそうです。訂正しておきます。 また、ドイツミステリ大賞受賞作だと書きましたが(本の帯にもそう書いてあるのですが)、受賞していないという説もあるようです。 |
No.165 | 7点 | 衣更月家の一族- 深木章子 | 2017/05/07 11:14 |
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前職弁護士、デビュー還暦と気になっていた作家だが、積読だった。読んでいて思い浮かんだ作家は連城三紀彦、真梨幸子などイヤミス勢、それからなぜか清張。
三つの事件がそれぞれ別系統の話であり、それぞれに良さがあって面白い。不自然だなと感じることはあっても(それを作者は百も承知で)後からその不自然さが解消されてくるのも読んでいて気分が良かった。違和感を与えて解消していく書き方は好み。 状況に御都合主義がいくつか目についたが、登場人物の思考、行動には(おおむね)納得できた。全体の絵はあまり好みではなかったが、一つ一つの事件や細部が良く、リーダビリティも高い。 ☆廣田家の殺人 文章は飾り気なし、行間を読ませるような奥行きもなし、ただただ内容で読ませていく。その淡々とした、堅実な話の運び方に魅かれる。独立した短編として読むなら三つの殺人の中でこれがもっとも完成度が高いと思った。 ☆楠原家の殺人 宝くじ騒動は笑った。 ~いまや、「宝くじ」と聞いただけで不愉快になる。~ 視点人物があまり感情的にならず淡々と綴られているので余計おかしみが増す。 マンタがいい奴過ぎる。麻貴の適度な馬鹿さ加減もいい感じ。適度な馬鹿さ加減というのはけっこう書くのが難しいと思う。いい人間とはいえないが、なんか憎めない。 この殺人事件を最初に持ってくればよかったのに……キャチーな導入に奇抜なアイデアもある。時系列的にも自然だし。作者がそうしなかったのは、やはり狡猾だからでしょう。 ☆鷹尾家の殺人 最初は面倒くさそうな話だなあと感じたが、結果的にはこれに一番引き込まれた(魅きこまれたとはニュアンスが異なる)。個人的にはしょうゆご飯のおにぎりがツボだった(よく祖母ちゃんに作って貰ってました)。クライムノベルというか、転落の物語というか。視点人物の耕介はしようもない奴なんだけど、なんか可愛いところがある。耕介と麻貴には幸せになって欲しいと思う。 非常に不自然だと感じたことが二つあった。一つは解消。もう一つはまあ納得しておきますかといったところ。 法律はもちろんだが、広く社会や人間を知っているんだなという印象をこの作者には抱いた。若くしてデビューすると、こういうところが弱点となってリアリティに欠けた話を書いてしまいがち。還暦デビューは伊達じゃない。社会経験も伊達じゃない。 人物描写はキャラが立っているとは言い難く、それほど深みもないが、この作者は個人、個性を描くことよりも、こういう集団に所属する~な人はこういう傾向があると、敢えてこういう人間の書き方をしているような印象。人間の業のようなものを主眼において描いているような気がする。そのうえで細かな部分にも目端が利いている。類型的であるが故に納得度は高い。 購入済み作品がまだあるので近々読んでみます。 不満は二つ。 大技については好みでなかった。 衣更月辰夫の事件についてもなんらかの新事実が発掘されると期待していたのにそれがなかった。 虫暮部さんの御指摘はその通りだと思います。 計画段階で気付いて対策しなくてはいけませんね。 |
No.164 | 5点 | 殺人者たちの王- バリー・ライガ | 2017/05/03 12:13 |
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服役中の連続殺人者ビリー・デントが脱獄してから二か月が経った。ビリーに殺人の英才教育を受けて育った一人息子ジャズにニューヨークで発生している連続殺人事件の捜査を手伝って欲しいと依頼があった。捜査を進める過程で徐々に忍び寄る影。これら一連の事件はジャズの過去にも密接に関係している? そして、犯人からジャズの元へ『ゲームへようこそ』とのメッセージが。
殺人鬼の息子ジャスパー・デントシリーズの二作目。原題は『GAME』邦題は殺人者の王。英語タイトルと日本語タイトルがかけ離れている作品はちょっと警戒してしまう。 売るための必要性もあれば、そのまま訳すと都合が悪い場合などいろいろありましょう。このGAMEもおそらく悩んだのでしょう。ダブルミーニングかなあと予想しましたが、やっぱりそうでした。これは普通に訳しようがない。 ここでネタバレしてしまったのは、ダブルミーニングにあまり意味がなかったので。 これは意味というか、驚きや感心をもたらして欲しかったところ。 前作よりも面白くなっている部分はあるも、総合的な評価ではやや落ちる印象。 相変わらずリーダビリティは高い。キャラもなかなかいい。 青春小説部分は前作と同じくらいの出来栄え。殺人事件は前作よりも込み入っており、工夫がみられる。そして、前作よりもスリルがあった。些細な点だが、ニューヨークに対する主人公と彼女の感じ方の違いなども面白かった。エンタメとしてはこちらの方が出来がいい。 ただ、前作は素直にジャズを応援できたのだが、本作ではちょっと鼻につく部分があった。 さらに問題あるのはリアリティ。前作はどうにか呑み込めたが、本作はいくらなんでも緩すぎる。もっとも引っかかったのは連続殺人鬼の息子を殺人事件の捜査に駆り出すという点。いろいろな観点からあり得ない。そこをどう納得させるかに注意が払われていない点が大問題。他にも緩い部分がいくつかあって「こういうことは本当に起こるかもしれないな」とはとても思えず興覚めしてしまう。このへんは読む人によって評価も変わろうかと思われまする。 それから終わり方。前作は露骨に次の展開を示唆するという汚い終わり方ではあったが、本筋の事件はきちんと片が付いていた。こっちは、まだ話が終わってないじゃないか! これを単独の作品として出版するのは酷い。 蟷螂の斧さんがいきなり次作の『ラストウインターマーダー』から読んでしまったと書評されていたが、え? 大丈夫でした? 内容は理解できましたでしょうか? いまさらながら心配になってしまった。 そんなわけで、次作もそのうち読んでみます。 |
No.163 | 6点 | 濃紺のさよなら- ジョン・D・マクドナルド | 2017/05/02 08:25 |
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チューキーに紹介されたその女はひどく傷ついていた。女の名前はキャシィ。父親が第二次大戦中に不正な蓄財をしていたらしいのだが、詳細は不明。父は除隊後に人を殺して服役、獄死してしまった。そんなおりに近づいてきたアレンという男にキャシィは篭絡され、父のお宝も奪われてしまった。そいつを取り返して欲しいというのだが……。
ヨットを棲み処としているトラヴィス・マッギー氏(40)は無職のような暮らしぶりだが実は有職者である(なにせカラーシリーズですから)。トラヴは取り返し屋を生業としている。すってんてんになるまでは仕事をしない主義だが、今回は友人の頼みとあってキャシィのために重い腰を上げる。 取り返し屋トラヴィス・マッギーシリーズ、カラーシリーズの第一作。 ※水上生活者というのはかつては日本にも大勢いて、社会問題にもなっていたようですが、トラヴィス・マッギーの生活はそういうのとは異なります。 どうしてこんな男に引っかかるのだ? 太古から現代まで変わらぬ普遍的な問題に精神医学の面からも触れている。それが教科書的にならず、自然に物語の中に組み込まれている。 そういう男に引っかかった女をバカだねと突き放さずに包み込むトラヴ。そして、事件を通じて彼自身も心に傷を負う。その心の痛みが読み手にダイレクトに伝わってくる。格闘シーンもいいし、細部にリアリティもある。 文章もいい。肩肘張らず、わかりやすいが陳腐でもない。 ~わたしはテラスへ出て、自分で弱い飲み物を一杯つくった。ジェリーとジョージが怒鳴りあっているのが聞こえた。節は聞こえるが、歌詞までは聞きとれないといったところだ。~ 反面、各場面はとても面白くてリーダビリティも高いのだが、プロットは非常に単純。優れたストーリーテラーだという人もあるようだが、本作にはそういう印象はない。これはトラヴィス・マッギーに自己を投影して楽しむキャラ小説、ヒーロー小説ではないかと。 本作は先に書評した初期短編集よりも下手くそに見える。 例えば、三人の男が船で北海道に行く話を書くとする。書くことはいくらでもある。その中でなにを削ってなにを書くか、それらをどのような順序で語っていくか、それぞれをどのような比重で語るのか。 初期短編集や初期の長編に見られたバランス感覚が本シリーズにはない。大袈裟に言えばペラペラのトタン屋根を江戸城の大黒柱で支えるような構造。過剰なトラヴィス・マッギーの語りが面白くもあり、また、小説のバランスを著しく崩してもいる。 真面目で基本性能が物凄く高い作家だと思うのだが、本シリーズはどこか調子が狂っている。 アメリカ人の生活が描かれ、アメリカ人の理想が色濃く反映され、アメリカの男かくあるべしと。自由と正義の国アメリカ。ヒーローの国アメリカ。これがアメリカ人の心を鷲掴みにしたのではないかと、アメリカ人のための小説、そんな風に感じる。マッギーシリーズが日米で人気に大きな解離があるのはこのへんに原因があるのではなかろうか。 この人は一人称よりも三人称の方が力を発揮できる作家ではないかと思っている。 そして、力を発揮しない方が人気が出る、偏りがある方が人気が出る、そういうことも往々にしてあるのが小説だと思う。 |
No.162 | 6点 | 未来いそっぷ- 星新一 | 2017/04/26 14:05 |
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斎藤警部さんに便乗して、中学生の頃に読んだはじめての星新一作品を。
といっても、この人って書くことはあまりないんですよね。 同じ文体で優れたアイデアを基に質の高いショートショートを書き続けた人。あれだけ作品がありながら星新一傑作集みたいなものはあまり編纂されておりません。怪物です。真似しようがない作家の一人だと思います。ほぼ良作揃いの作品の中に数多の傑作(例えば『暑さ』とか)。 一時期、星新一なんて子供が読むものなどと思い違いもいたしておりましたが、今となっては恥じ入るばかり。畏敬の念しかありません。 本作『未来いそっぷ』のことを少しだけ書いておきますと、中学生だった自分は『ある夜の物語』を読んで泣いてしまいました。後年、家庭教師のアルバイトをしていた時に生徒にこれを読ませました。その子も泣いてしまいました。その子は友だちにこれを読ませて、そしたら、その子も泣いてしまったそうです。 |
No.161 | 6点 | 法医学教室の午後- 評論・エッセイ | 2017/04/26 13:42 |
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横浜市立大学の法医学教室に在籍している著者が監察医の仕事をしていく中で出会った物言わぬ死体の隠されたドラマを描く。
法医学の専門知識よりも、人間ドラマに重点を置いて書かれたエッセイ集です。 小説のように読める作品もけっこうあり、謎解き要素のある話、悲哀を感じさせる話、申し訳ないけど笑ってしまうような話、奇妙な味系の話、こんなものを読まされても……的な話(苦笑)と、いろいろあって楽しめます。 法医学そのものに興味ある方には他の本(上野正彦氏 死体は知っているなどなど)を薦めますが。 妙にたどたどしい文章も朴訥とした味わいと好意的に評価しておきましょう。 |
No.160 | 6点 | コーマ―昏睡- ロビン・クック | 2017/04/22 20:19 |
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医学生のスザンヌ(スーザンだったかも)は担当した患者が初歩的な手術だったにもかかわらず脳死状態になってしまったことに不審を抱き、医学生の身分でありながら調査を開始する。うるさがられ、疎んじられながらも彼女は突き進み、ついに恐るべき事実を発見する。
いつ頃か定かではないが(1990年前後だったような)、書店にはこの作者の本がズラッと並んでいた。おそらく本国では相当の売れっ子だったのではないかと思うが、日本ではあまり売れなかったのか今となってはほとんど話題にならないような気がする。 医療サスペンスの先駆けといえる作品ではないかと思う。これ以前にも似たような話はあったのかもしれないが。作者が医師だけに背景描写にはリアリティがあり、現代にも通ずる問題を扱っている。かなり怖く、面白いのだが、大きな不満が二つ。 一つ、ヒロインが独善的であまり好きになれない(後半の頑張りでやや持ち直す)。 二つ、終わり方があっけない。 医療ミスを疑わせる事例が連続して発生し、主人公が調査するという骨子は『チームバチスタの栄光』と同様。それぞれに良さがあるので、読み比べてみると面白いかもしれない。 ちなみに本作はマイクル・クライトンの監督脚本で映画化され、ヒットしたらしい。 |
No.159 | 7点 | ジョン・D・マクドナルド短編傑作集〈2〉牡豹の仕掛けた罠- ジョン・D・マクドナルド | 2017/04/18 23:18 |
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パルプマガジンに掲載された作者初期の短編から選りすぐられた作品集です。
原題は『The Good Old Stuff』 サンケイ文庫から『死のクロスワードパズル』と本作、分冊で出版されました。 絶版にしてamazonでさえ登録ありません。 はじめて読んだジョン・D・マクドナルドはこれでした。平成になったばかりの頃だったように思います。面白いけど、残るものがあまりないと、こういう印象でしたが、未だに愛着のある作品集です。エド・マクベインの本性が酔いどれ探偵だと思うのと同じように、ジョン・D・マクドナルドの良さがこの初期短編集には如実に出ているように思うのです。 ジョン・D・マクドナルドについて、miniさんがB級だが一流と仰ってましたが、非常によくわかります。 テーマがない、人物造型に深みがない、娯楽に徹して高尚とはいえない作風。 それでいて、チャンドラーよりもロスマクよりも小説書くのがうまいです。 (非難は覚悟しております) 楽しく読める。特筆すべき点がない(私はしばしばこの表現を悪い意味で使いますが、この場合は良い意味です)。書くべきことをきっちりと書いている。物語、人物描写、情景描写、背景描写が過不足なく、うるさくなく、混然一体となって淀みがない。怖ろしいことです。 例えば、女の子とドライブに行きます。当然、目的地に到着することだけがドライブではありません。いい音楽をかけて、楽しく会話して、恋人岬なんかに寄り道して、言われなくても気配で察してトイレ休憩、そういったものを総合してドライブといいます。ジョン・D・マックはすべて高いレベルでこなします。しかも自然に流れていくのです。 わかりやすいが陳腐ではない文章表現。ビシュッとかシュパパとかの一流作家が敬遠するような擬音をためらいなく使用したりする大胆さ、気取りのなさ。リーダビリティの高さは抜群です。さあ背景説明するぞと意気込んだりしません。犬が気付かないうちに注射をすませてしまう獣医さんみたいな感じです。きっちりと書かれて完成度が高い。もちろんストーリーも面白い。現代視点では月並との御意見もありましょうが。 あえて短所を言えば、ドライブの目的地がロスマクが姫路城だとするとジョン・D・マックは熱海秘宝館だったりする。だから、ロスマクよりも下みたいに思われてしまう。 (私はロスマク好きです。それから熱海秘宝館も三回も行ってしまうくらい大好きです。念のため) 以上、ジョン・D・マクドナルドの凄さを自分なりに書いてみました。 収録作 死者の呼び声 本番、七分まえ 牝豹の仕掛けた罠 湖面の虹 夜明けのチェックアウト ブリキのスーツケース 残された六番ピン 若妻の失踪 以上、駄作なし。ありがちなネタもけっこうありますが、面白い。 |
No.158 | 6点 | 構想の死角- リチャード・レビンソン&ウィリアム・リンク | 2017/04/16 20:02 |
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ベストセラーとなったミステリのシリーズを共作で書いていたジムとケン。だが、ジムはこれからは一人でやっていきたいと主張。それにより、いくつか問題を抱え込むことになりそうなケンはジムを殺害する。アリバイ工作を施し、罪をシンジケート(マフィア)になすりつけようとするケンだが、コロンボ警部の登場ですべての歯車が狂いはじめるのだった。
コロンボはドラマで観るものだろうと思っていたが、本作はこのノベライズ版を読んで良さがわかった作品。 描写に活きや伸びがなく、画面の中で起きていることの説明以上にはなっていないなど欠点も目立つが、登場人物の心の機微、ドラマ版では影の薄かった被害者の妻視点で描かれた部分等なかなか面白かった。また、ドラマ版だと動機がわかりにくく、犯人がなぜ自白してしまうのかがいまいち理解できないのだが、ノベライズ版ではこの点が改善されて、犯人の人物像もはっきりと浮かび上がる。コロンボが同情まではしないが、犯人に憐憫を覚えるのも理解できる。描き方は下手だと思うが、ドラマ版を補完するものとしては有用。 ミステリとしては、二つの殺人を比較して犯人を貶めていく流れそのものは面白いと思うのだが、第一の殺人ははたして優れた犯罪計画といえるのか? かなり大きなリスクがある。そのリスクを低減させるための工夫があって然るべきだったのでは。 コロンボ警部「あたしはね、あんたに会ったとたん、こいつが犯人だと思ってたんだ」(原文ママ~この文章日本語としておかしくありません? 大事なセリフなのに) コロンボの捜査法の際立った特徴は上記のセリフに集約されている。 コロンボシリーズの肝は倒叙ものからさらに発展?して、コロンボ警部も最初から犯人を知っている(確信している)ことではないかと。故にこのシリーズは心理的な駆け引き~細かなことでつついて、平衡を失った犯人を罠に嵌める~が特徴的で面白いものとなる。 リアルの世界ではこういう刑事がいそうな気がするが、ノベルの世界では珍しいタイプでしょう。読者も探偵も最初から犯人がわかっているミステリ。犯人を「はじめジワジワなかパッパ」で、こんがりとイジメ抜くミステリです。 |
No.157 | 6点 | キャンティとコカコーラ- シャルル・エクスブライヤ | 2017/04/08 11:07 |
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タルキニーニ警部の愛娘ジュリエッタはアメリカで暮らすのはあくまで一時的なもので、アメリカ人の夫ともどもヴェローナにすぐ戻ると約束していた。なのに、いっこうに帰って来ない。タルキニーニは怒りと悲しみのあまり単身アメリカに乗り込んだ。そして、過剰な空想力とシマリスの×(お尻の穴)なみに狭窄した視野をもって、アメリカの上流家庭をひっかきまわす。その過程でとある交通事故に関わり合い、良かれと思ってやったことが裏目に出て殺人事件発生、タルキニーニはたちまち窮地に陥る。
イタリア(キャンティ)とアメリカ(コカコーラ)の文化摩擦を絡めつつ、愛と犯罪の物語が綴られる。愛と犯罪の物語とはいっても『郵便配達夫はいつも二度ベルを鳴らす』みたいなものではない。 例えば……タルキニーニは刑務所から出たばかりの青年と出会い、どんな罪を犯したのかを尋ねる(こんなことを聞くこと自体アメリカ人なら考えられない)。青年は雇い主の顔をぶん殴ったと答える。以下、会話を抜粋 タル「仕事はなに?」 青年「なにも。刑務所に行くまえは化学製品の工場で技師をしてましたけど」 タル「技師がなんでまた暴力なんて」 青年「同じ職場に恋人がいたんです。彼女が社長の腕の中にいるのを見ちゃったんですよ」 ロメオ(タルキニーニ)は嬉しくなった。 タル「おやおや、愛情の物語だ!~後略」 タルキニーニの持論は「すべての犯罪の底には愛の物語がある」そして、犯罪の裏に愛の物語を発見すると「嬉しくなってしまう」ちょっと頭のおかしいおっさんである。だがしかし、読者はいつのまにかこのおっさんが大好きになってしまう。 ※かなり傍迷惑なおっさんなので、こんな奴は嫌いだという方ももちろんいらっしゃるでせう。 タルキニーニの偏見を相対化したり、助長したりといった、この手の話に必要な役者はきっちりと揃えられ、お約束的なギャグを随所に挿入するなど、作り方はある意味堅実。よくある話であり、普遍的な話である。 文化摩擦といえば、シムノンもコカコーラを引き合いに出してアメリカの薄っぺらな文化を揶揄していたが(メグレ、ニューヨークへ行く)、フランス人はコカコーラに良くも悪くもなにか特別な思い入れがあるのでしょうか。もっとも文化摩擦とはいってもタルキニーニのキャラのお陰でギスギスした雰囲気はない。 ミステリ度は以前に書評した『ハンサムな狙撃兵』より若干高めだが、ガチのミステリファンを楽しませるほどの力はない。やはり愛と笑いに比重が置かれている。それから、本作も締めの一文が良かった。ユーモアミステリが好きな方にはお薦めします。 個人的な感想としては、サラッと読める割には何度も読み返したくなる本。いやあ、このシリーズは面白い。三冊しか邦訳が出ていない(出てませんよね?)のは残念です。 |
No.156 | 7点 | 半七捕物帳 巻の六- 岡本綺堂 | 2017/04/08 11:05 |
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先月上旬にようやく全六巻を読破。
六巻の書評というより、全体像のまとめとして書いておきます。 半七捕物帳は新聞記者である私が隠居した半七老人を訪ね、昔日の捕物話を語って貰う形式です。 私が半七老人の家に行く。半七老人が江戸の風物についてちょっと語る。さて、こんなことがありましたと捕物話に移る。推理の材料がすべて出揃う(あくまで半七にしてみればで、読者にとっては材料が出揃ったとは言い難いことも多い)。「さてさて、もうおわかりでしょう」と種明かし。くどくど述べずにサラッと真相をまとめ、後日譚も数行で流すことが多い。この締め方が粋です。 濃淡あれど、最初に話した江戸風物の話が事件に関係しています。 巻が進むにつれて怪談色が薄れていくのはちょっと寂しい。 まだ通しで一回ずつ読んだだけですが、今後何度も読み返すことになるでしょう。 将来的には評価が変わっていくやもしれません。 ですが、現時点では二巻がベストだと思っています。 一、二巻は大傑作。三巻はやや落ちるが傑作。四~六巻は三巻よりやや落ちるも秀作といった印象。 著名人が半七のお薦め作品を聞かれて、「全部お読みくださいとしか言いようがない」と回答していましたが、少し補足して「順番通りにすべてお読み下さい」と、私はこれがベストな読み方のように思います。 半七傑作選のようなものも出版されているようですが、人によって選ぶ作品がかなり異なるのでは。少なくとも一巻、二巻には駄作はおろか、平凡な作すら存在していないと思います。 シャーロックホームズから着想を得て、半七に仕上げる。こういう作品があるからこそ、「巧みなパクリは高等テクニック」だとか「パクリは芸術の必然」などと言いたくなるわけです。 クリスティ精読さんが世界に誇るミステリと仰っていましたが、まったくその通りだと思います。こういうのをどんどん海外に紹介して欲しいものです。 |
No.155 | 5点 | メグレ再出馬- ジョルジュ・シムノン | 2017/03/21 19:27 |
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刑事となったメグレの甥は麻薬取引の現場に張り込みの際、ドジを踏んで殺人の濡れ衣を着せられる。すでに引退してパリ郊外の田舎に引っ込んでいたメグレだったが、甥を窮地から救うためにかつての職場に舞い戻る(もちろん復職するわけではありません)。だが、かつての名警視など現警視にとっては靴の中の石のようなものなのであった。
ミステリとしてはいまいち冴えず『まだ名作じゃない』って感じの本作。黒幕との最後の対決でメグレは黒幕に関して大胆な推理を披露しますが、これがちょっと強引過ぎる。メグレの推測が想像、もしくは妄想の域に達してしまっているような。ただ、この場面は後年の名作『メグレ罠を張る』に繋がっているような気がしないでもありません。 本作では説得力に欠けたメグレの妄想も『メグレ罠を張る』では、相変わらず根拠は不明でも異様な迫力と説得力を伴って進化し、名場面が生まれたように感じました。 本作の採点は5点だけど、好きな場面がけっこうありました。メグレとリュカのプロフェッショナルらしい素っ気ない会話にうっとりと聞き入る甥っ子、息子のことを心配するあまりメグレの邪魔をしてしまう義妹、メグレを浮かれたおのぼりさんだと勘違いした娼婦、彼らに対するメグレの視線。メグレは甥や義妹の欠点を冷徹に見透しながらもその欠点を憎みはしません。ものすごくイライラはしていますが。 「リュカ、きみには言える、きみにだけは~」 いやあいいねえ、5点のくせに。 |
No.154 | 8点 | 火蛾- 古泉迦十 | 2017/03/14 23:57 |
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ヒジュラ歴六世紀(西暦千二百年頃)ムスリム聖者の伝記録を編纂すべく取材旅行に明け暮れていたファリードは謎多きとある教派の関係者への取材を取り付ける。
その男はアリーという名で、アリーという男について語りはじめる。 イスラム世界でミステリをやりましたと、そういう話です。 登場人物はファリード以外はすべてムスリムの修行僧。 こういうわけのわからないものが飛び出してくるのがメフィスト賞の面白いところ。 容疑者が少なくて犯行もさほど複雑ではなさそうなのに、蝋燭の灯りだけで鍾乳洞を歩かされているような気分を味わえる。 ミステリでいうところの尋問シーンが宗教問答になっていたりして、登場人物たちにとって殺人事件は些細な出来事であるようなのです。ところが、だんだんと殺人事件は極めて重要な意味をもつことがわかってくる。些細だけど重要、いや、これが矛盾ではないのです。 突飛な話のようでいて、宗教問答から事件の全容が明らかになってくる構成は実は非常に論理的。 宗教とミステリの美しい融合、いや、もしかすると作者の狙いは宗教をミステリの枠で語ることだったのかもしれない。だが、ミステリとしても、特にホワイダニットに関しては傑作認定したい。 タイトル「火蛾」のイメージも美しい、おまけで装丁もいい。 宗教に興味のない方にはお薦めしません。 |
No.153 | 6点 | 因果鑑定- 林幸司 | 2017/03/14 23:50 |
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精神科医の因果穂(ちなみ・かほ)は鑑定料目当てに夜間の当直や精神鑑定のバイトに明け暮れている。そんな果穂の元に精神病院内で起きた患者間の殺人事件の精神鑑定の依頼が舞い込んだ。
少し前に書評した『ドキュメント精神鑑定』の著者(本業は精神科医)による精神鑑定ミステリ。 ~著者のコメント~ 鑑別診断は医師の最も大事な仕事。その過程は犯罪捜査に通じるところがあり、いつかはミステリーに仕立ててみたいと思っていました。本業を生かした精神医学を舞台にしていますが、華美で怪しい流行概念や言った者勝ちの精神分析ネタには依存していません。知的バトルが興奮に直結する、徹底した娯楽作品であることを保証します。 以上 amazonより 精神鑑定の場面が登場する作品はあるが、精神鑑定を中心に据えて組み立てられたミステリというのはあまり記憶にない。私が知る限りでは本書以外では一冊だけ著名な精神科医の作品があったが、それは残念ながら酷い出来だった。 本書は欠点も多いが、内容や方向性は悪くない。 問診と種々のテストから堅実に事実に迫っていく展開は地味だが興味深く読めた。 (個人的にはもう少し突っ込んだ医学的解説が欲しかった) 証人尋問におけるバトルは非常によかったし、仕掛けもなかなか効いていた。 ただ、小説を書きなれていない感がありあり。 まず三人称なのか一人称なのか判然としない書き方で、これが少々読みにくい。 また、場面転換が雑でなにが起こっているのかわかりづらい。特に序盤が酷い。 主人公が読者に軽薄と受け取られてしまいそう。娯楽作品ということを意識し過ぎて(あまり身近ではないテーマを扱ったがゆえにキャラくらいは身近な存在にしようとして)軽快と軽薄をはき違えたのでは。 『ドキュメント精神鑑定』において感じられた筆者の真摯な態度や思いやりが本作品の女医からはあまり感じ取れず、残念だった。 本業が忙しいとは思うが、精神鑑定ミステリを再び世に出して欲しい。 高度に専門的な知識と高度な小説技術を要すると思われ、それでいて派手な展開にはなりにくく、需要もそんなにはないと思われる。心の闇とか多重人格とか精神分析とかに書き手と読み手の興味が向いてしまうのは仕方ないのかもしれない。 個人的には興味ある分野なので伸びて欲しいと思うのだが。 |
No.152 | 8点 | 太陽黒点- 山田風太郎 | 2017/03/09 21:38 |
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異論は大いにあると思いますが、中井英夫の『虚無への供物』に近いところにいる作品ではないかと、そんな風に思っています。
ミステリとして、いや、小説としてもちょっとどうかと思う部分はあります。 作者本人は失敗作だと言っていたそうですが、それでも大いに心動かされるものありました。衝撃といった方がいいかもしれません。 ※注意 私が所持しているのは、「廣済堂文庫 山田風太郎傑作大全24」です。 ネタバレにもいろいろな手口ありますが、本版は裏表紙という意表をついたものでした。「はじめの一歩」風にいえば見えないパンチというやつですな。しかも、もろバレに近い。気をつけて下さい。ちなみに解説もネタバレしてますが、こちらは予告あります。手遅れでしたが。 どうでもいいけど、本サイトに「書評者のハンドルネームでネタバレ」というのがあります。某有名古典です。個人的にはこういうイタズラは大好きだし、思わず吹き出してしまったのですが、未読の方はお気を付け下さいませ。 ※以下、なるべくネタバレしないように書くつもりですが、なにかに気付いてしまう方もいるかもしれません。 物語の面白さ、そして、緻密さや人物描写、会話など楽しめました。 ただ、先進性は認めるものの、ハウダニットに関しては正直なところさほど感心しませんでした。かなり無理があります。成功したのが奇跡といえるくらい。 ハウよりもむしろ自分はホワイが興味深かったのです。丁寧に構築され、さらにその筆力でねじふせられました。非常に観念的で現実的ではない動機ですが、小説としてはありだと思います。 犠牲者の選択について、これも多くは書けないけれど、間違ってはいないと思いました。むしろ、あれで良かったのではないかと。 壮大かつくそ無駄な見立て。それは自分(読者)を刺すものであって、作中の被害者は誰だっていいんです。 資料を書き写すのではなくて、作者自身の口から吐き出された言葉、しゃべり過ぎだし小説としては不格好だと思います。でも、そこが胸を打つのです。 |
No.151 | 7点 | 貧乏同心御用帳- 柴田錬三郎 | 2017/03/07 22:18 |
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九人の孤児を養う貧乏同心大和川喜八郎を主人公に据えた捕物小説集。
以前に書評した捕物小説のアンソロジー『捕物小説名作選一』に収録された『南蛮船』を頭に『埋蔵金十万両』『お家騒動』『流人島』の四編を収録した短編集。 すべて町家ではなく武家で起きた事件を扱っており、犯罪というにはスケールの大きな話ばかりで捕物という感じではない。 特筆すべきは収録作四編すべて面白いということ。 肩のこらない時代劇。素直に物語を愉しむべき作品でしょう。 「この一冊で終わりなの?」と、もの寂しさ感じ、九人の孤児たちにもう少し活躍の場を与えて欲しかったなと思うのは私だけではないだろう。 |
No.150 | 6点 | さよなら、シリアルキラー- バリー・ライガ | 2017/03/07 21:34 |
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100人以上を殺害した稀代のシリアルキラーであるビリー(現住所は豚箱)を父に持つ高校生ジャズ。子供の頃からビリーに殺人術やら隠蔽術やら人心操縦術やらと殺人の英才教育を受けて育ったジャズは普通の高校生になろうと欲すも、ときおり顔面を覗かせる内なる殺人者との葛藤に苦悩している。
多くの冷ややかな視線や僅かながらの温かい支援の中でジャズは自分が殺人者ではないことを証明すべく、習い覚えた知識と技をもって街で起きた殺人事件に挑む。 殺人鬼の息子ジャスパー(ジャズ)三部作の一作目。 殺人者に育てられた少年という設定をどう料理するかに注目したが、リアリティにはさほど重きを置いていない模様。ジャズの周囲は(父親の仕出かしたことを考えれば)なんとも平穏な環境が保たれている。 シリアルキラーの誕生の過程や生態に肉薄するようなものではなく、またグロで客寄せという風でもない。悪の道に陥りそうな青年が仲間の助けを借りて人間らしく生きようとする姿が描かれている。 キャラはまあまあいいし、読みどころもけっこうあって悪くない。青春小説のツボはきっちり押さえ、さほど驚きはないものの手堅いプロットでリーダビリティも高い。ただ、せっかくこの設定なんだから殺人教育を受けた少年ならではの視点がもう少し欲しい(それ以前に快楽殺人鬼は教育で生み出せるものかどうか疑問だが)。 ジャズが殺人鬼の仕事について語るが「この犯人は秩序型だ」って、おまえはFBI心理捜査官かい! このへんは作家として想像力を働かせないと。専門家視点ではなく、もっと張本人っぽい視点、張本人っぽい言葉を盛りこんで欲しかった。 正義と悪の戦いという単純な図式、群れからはぐれた俺とその仲間たち、アメリカ的な作品だと思う。 しかし、この終わり方は汚い。次作を読まざるを得ない。 ↑読みたくないわけではなく、けっこう楽しみにしている。 |