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おっさんさん |
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平均点: 6.35点 | 書評数: 221件 |
No.7 | 8点 | 裸舞&裸婦 於符 真&贋 狩久全集第六巻- 狩久 | 2014/03/11 14:43 |
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2013年に、東北の皆進社から一挙刊行された<狩久全集>、その最終巻にあたるのが、小説やエッセイ類の未発表原稿をまとめた本書です。
収録作は、順に以下の通り(小説に#を付しました)。 #1.裸舞&裸婦 音符 真&贋 #2.墓周(構想中のストーリーの断片) #3.尺取虫の歌(同上) 4.推測と記憶に基く或るうしろむきの回想(未完の自伝の冒頭) 5.甲虫の歌(少年時代のエピソード) #6.逆転(未完) #7.火星人Q(同上) 8.≪不必要な犯罪≫に関するメモ 9.麻耶子考(1の一部に転用) 10.独断と偏見に基く硬派探偵小説私観(同上) 11.日記 作者の没後、三十年以上にわたって、その存在の有無が取り沙汰されてきた、幻の“第二長編”が編者・佐々木重喜氏の手で発掘され、巻頭に置かれていますが、この『裸舞&裸婦 於符 真&贋作』(らぶ&らふ おぶ きゅう&ナイン)は、厳密には“連作短編集”です。 狩久の死亡パーティに家族や友人たちが集められ、そこで故人(?)の奇妙な二人一役説が語られる、第一部「らいふ&です・おぶ・Q&ナイン」は、基本的に、単発の短編として発表されたものと同一です。 そして、狩久の生死が不明のまま進行する第二部「らぶ&らすと・おぶ・Q&ナイン」ではさきのパートに登場した、金髪の黒人女性が暗躍します。書店で客に、強引に狩久の本を薦める“彼女”の正体とは・・・? 第三部「ばあす&みす・おぶ・Q&ナイン」では、珍妙な手段でまたぞろホテルの一室に集められた関係者を、狩久の小説に魅せられた“宇宙人”が、TVのモニターごしに調査します。なんでも狩久の生い立ちをさぐり、小説作法の秘密に迫ろうということらしいのですが・・・ 第四部「ふぃにっしゅ&う゛ぁにっしゅ・おぶ・Q&ナイン」では、一連の「Q&ナイン」シリーズで作中人物のモデルにされた、編集長(島崎○)と小説家(梶○雄)が、狩久にはた迷惑なシリーズをやめさせるべく協議し、一計を案じます。しかし、それを受けて事態は予想外の方向へ・・・ 最後の第五部「とおく&じょおく・あらうんどQ&ナイン」は、狩久が司会者になっておこなう、作中人物たちの座談会です。そこで、探偵小説の本質は“奇想”だと力説する狩久。どうやらこの作者、「Q&ナイン」シリーズを、完全に探偵小説のつもりで書いたらしいのですが・・・ リアル島崎博氏w は明言を避けていますが・・・これは限りなくボツ原稿の匂いがする。出してあげたいけど商業出版では無理、という判断で、結局お蔵入りしたのではないかな。 作者の思惑はともかく、これを探偵小説として考えず、普通にユーモア小説として受けとめれば、話術はたくみで、退屈はしません。 しかし、あまりに“世界”が狭く、自己愛が強すぎる。 おそらく、短編「らいふ&です――」は、15節のラストで終えるべきだったのでしょう。宇宙人が登場する16節は、本来、蛇足。 でも、その小手先のどんでん返し(もしかして・・・カーの『火刑法廷』を意識したか?)に、作者が淫してしまった。アレをどう発展させるか――というベクトルへ走りはじめてしまったのですね。 そのエネルギーを、残された時間を、亜久子・研吉ものの新作に向けてくれていたら・・・と痛切に思います。 でも。 単体での評価が難しい、そんな怪作も、個人全集のこの位置に置かれ、「日記」と対置されることで、ファンや研究者には、作者理解のための必読の文献になっていることは、間違いありません。 そして、巻末に配された、昭和五十年代の「日記」こそが、私小説風探偵作家と呼ばれた狩久の、まさに白鳥の歌ともいうべき“傑作”なのです。 健康面の不安、生活の苦しさ、それをかかえながら、それでも書くことの喜び、みなぎる自信、激しい失意――軌道修正しながら、新たな目標を定め、人生を悔いないものにしようとする決意。 読んでいて、胸が痛くなりました。かえりみて、自分のなんと怠惰なことよ。 鮎川哲也をめぐるエピソードなど、ここでしか読めない裏話もあって、ミステリ・ファンなら興味津々、というのも勿論ですが、それ以上に、(プロ・アマを問わず)モノを書くという業にとりつかれた人間なら、これは・・・来るものがありますよ。 かくして、日記で構成された「氷山」に始まった<狩久全集>は、作者自身の「日記」で見事に円環を閉じました。 編集にあたられた佐々木氏、そしてこの企画の成立に携わったすべての関係者に、惜しみない拍手をおくります。 パーフェクトな全集でした。 で、と。 <狩久全集>は全六巻ですが、セット販売は全七冊なんですね。あと一冊は何かって? 狩久夫人の著作をまとめた『四季桂子全集』(全一巻)です。ここまできたら、読むしかないですねwww |
No.6 | 8点 | 追放 狩久全集第五巻- 狩久 | 2013/10/11 15:14 |
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本巻は、十数年にわたる沈黙を破り、雑誌『幻影城』で作家再デビューを果たした狩久が、逝去までのわずか二年たらずのあいだに残した、小説とエッセイ類の集成です。
編年体の収録作を、まず小説とエッセイで分けてみましょう(論創社『狩久探偵小説選』収録のものには、アスタリスクを付します)。 前者は――1.追放 2.虎よ、虎よ、爛爛と―― 一〇一番目の密室* 3.不必要な犯罪 4.らいふ&です・おぶ・Q&ナイン 後者は――5.ゆきずりの巨人* 6.我がうしろむき交友録 7.楽しき哉! 探偵小説* 8.著者略歴(『不必要な犯罪』) 9.鮎川さんとの再会 オマケとして、『幻影城』の編集長をつとめた島崎博氏インタビュー「ある探偵小説家の思い出・狩久」が収められ、巻末には、編者・佐々木重喜氏の詳細な「狩久書誌」が配されています。 小説をはさんで、“ゆきずりの巨人”江戸川乱歩にはじまり「昔のままの中川透と同じ人」鮎川哲也に終わるエッセイ群は、“キャラ”を印象づける場面、セリフの選択が、やはりこの人は根っからの作家なんだなあ、と感じさせます。 狩久ならではの<探偵文壇側面史>である、6のような文章(衝動的に「ああ、女が抱きたくなった・・・」と呟く“紅顔の美少年”山村正夫とか、もう最高w)をもっと残して欲しかったなあ。 さて、小説。 記念すべき復帰作の1は、禁忌を犯して未来の地球を“追放”され、宇宙を彷徨するカップルが、辺境の惑星で高度の知性をもつ種族と遭遇する、ファーストコンタクト・テーマのSF短編。 まさに作者の新生面なんですが、あいにく筆者、このお話は昔から苦手なんです ^_^; ナンセンスなアイデアとシリアスなムードが、水と油に思えて仕方がない。いってしまえば「艶笑落語」を、大真面目で「寓話」にしようとしている気配が、ちょっと・・・。 ふと、「麻耶子」や「鉄の扉」(本全集第二巻所収)といった、作者の本質がストレートに現われたであろう、“狩久小説”の傑作を思います。やはり狩久という人は、その素の部分では、どシリアスな、永遠の文学青年だったんだろうなあ。ガチ・モードになると、エンタメ読者相手に、つい襟を正して読ませるような小説を、書いて(書こうとして)しまう。 そのこと自体を、否定しているわけではありません。そんなシリアス狩久の、ミステリ作家としての到達点に、3なる傑作があるわけですから。 この、長編『不必要な犯罪』に関しては、本サイトで、すでに単体でレヴューを済ませていますので、内容・評価は、よろしければそちらをご覧ください。本書では、解説担当の真田啓介氏が、見事な作品分析で、錦上花を添えています。アントニイ・バークリーやレオ・ブルースなど、英国古典探偵小説の愛好家として知られる真田氏と狩久の取り合わせは、一見、意外ですが、『幻影城』世代のファンの愛の深さを、遺憾なく見せつける内容です。 シリアス狩久の真骨頂が、『不必要な犯罪』なら、一転、軽く遊んだときの、戯作に徹したエンターテイナー狩久のトップ・フォームが、2の「虎よ、虎よ、爛爛と」といっていいでしょう。 『宝石』時代のシリーズ・キャラクター、瀬折研吉と風呂出亜久子のコンビを起用し、裏返しの密室(外部から鍵のかかった部屋の外で死体が発見され、犯人は、その部屋の中にいた?)に取り組ませたこの中編は、いまあらためて読むと、怪建築、それを作った人間が、じつは自作の建造物にことごとく仕掛けをほどこしているという設定、“抜け穴”ありきの密室趣向、といった点で、綾辻行人の館シリーズの先蹤かいな、という気もします。 でも、そんな歴史的価値(?)はおいても、そうした稚気満の世界に、さらに虎を連れてきて一緒に閉じ込める(!)という奇想をかけ合わせ、そこから人間関係を膨らませていく力量は素晴らしい。 これはもう、シリーズ過去作「見えない足跡」や「呼ぶと逃げる犬」の、単なるリフレインではありません。完全に一皮むけた狩久が、ここにはいます。 ダークさを裏地にしながらも、表面はあくまでユーモラス。論理展開を重視しつつも、肩の力を抜いて、文章は軽快に。 狩さん、これで良かったんですよ。自信をもってこのセンを伸ばせば、あなたは・・・ でも、エンターテイナー狩久が次に(最後に)向かったベクトルは、思わずアタマをかかえてしまう、短編4なんですよねw 作家・狩久の死亡通知が配られ、葬式パーティに集まった面々。 そこには、椅子にかけた、狩の死体が待ちうけ・・・いや、それは本当に作家だったカリQなのか、もう一人別にいたカリナインではないのか・・・? って、なんじゃそりゃあ。 乱入する、世界の美女軍団。ホントに登場してしまう宇宙人! 狩久の、狩久による、狩久のための小説で、作家自身による作家論として読めば、それなりに興味深いものもありますが、でも正直、小説としては、わけがわからない。ひさしぶりに読み返してみても、これはちょっと、評価不能です。 復帰後の、短期間での著しい成熟。でも、そこにとどまることをみずから拒否し、このあと狩久はどこへ行くつもりだったのか。 この「らいふ&です・おぶ・Q&ナイン」をもとにしたという、公刊されなかった第二長編を読めばそれがわかるのか? でもその長編って、そもそもホントに存在したのか? え~、皆進社の<狩久全集>は、全六巻なんですね。 ということは――はい、<全集>レヴューの次回は、長らく狩久ファンを困惑させてきた、幻の第二長編(見つかりました)を取りあげることになります。 さあ、鬼が出るか蛇が出るかw |
No.5 | 5点 | 堕ちる 狩久全集第四巻- 狩久 | 2013/08/16 13:04 |
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本巻には、昭和三十三年の終わりから昭和三十七年にかけての、いわば狩久・第一期をしめくくる(のち『幻影城』でカムバックし、奇跡の第二期をスタートさせるまえの、最後の)短編小説群がまとめられています。ほかにエッセイ類として、あまとりあ社から出た『妖しい花粉』のあとがき、そしてオマケとして、晩年の作者と親交のあった立石敏雄氏インタビュー「稀代のスタイリスト・狩久」を収録。
順に小説をナンバリングすると―― 1.女の身体をさがせ 2.蜘蛛 3.女は金で飼え! 4.暗い寝台 5.鸚鵡は見ていた 6.堕ちる 7.暗い部屋の中で 8.たんぽぽ物語 9.天の鞭 10.過去からの手紙 11.石(昭和三十四年度版) 12.水着の幽霊 13.覗かれた犯罪 14.雪の夜の訪問者 15.女妖の館 16.ぬうど・ふぃるむ物語 17.流木の女 18.邪魔者は殺せ 19.すとりっぷ・すとおりい 20.別れるのはいや 21.堕ちた薔薇 アリバイ・トリックを据えた謎解きもの(6、12、17、21)を中核に、前巻同様、性愛要素を濃厚に盛り込んだ作品群が並びます。そして、論創社『狩久探偵小説選』で「瀬折研吉・風呂出亜久子の事件簿」に採られたユーモア仕立ての8をのぞくと、あとはこれまで再録されたことのない、珍しい短編ばかりです。 でも、そのぶん出来は落ちるのか? 答はイエスでもあり、ノーでもあります。 狩久のストーリーテリング、小説技術は、まったく衰えていません。いやそれどころか―― 前巻のレヴューで、筆者は表題作の「壁の中」を、「最終節のタネアカシが必ずしも明晰ではなく、そこで文章のリズムまで乱れているような気がして(・・・)」とクサしました。長めのワンセンテンスで一気呵成に真相を解き明かす趣向が、うまく決まっていないように思えたのです。 それが本巻の16になると、「壁の中」よりはるかに長いラスト・センテンスのなかで、説明を二転、三転させ読者を翻弄する、文章のアクロバットが鮮やかに決まっています。この「ぬうど・ふぃるむ物語」、つまるところ初期作以来の、狩久のおなじみのパターンのヴァリエーションでありながら、江戸川乱歩ふうの落としどころに持っていくことで、つくりもの感をプラスに変えています(狩久作品に窺える乱歩の影響については、増田敏彦氏の軽妙な「解説」でも指摘されています)。 ただ全体を通して見ると、技術の円熟を過信したか、いささか安易に自作の焼き直しに走って、新味が乏しく感じられるのも否めないところです。 ひさびさに古巣の『宝石』系列に発表した(しかし声がかかったのが、別冊「エロティック・ミステリー」号というのもw)、表題作6の作中トリックは、狩久ファンなら既視感ありまくりですが、それはまあいい。投身自殺をはかった主人公が、地上に“堕ちる”までのフラッシュバックという独特の構成、シニカルなラストに現出する異形の“風景”、そのイメージ喚起力――そうした部分に作者の資質が光っていますから。 ところが、これをまた、21でリメイクしてしまう。原型の「堕ちる」を際立たせていた、上述の長所をそっくり捨てたまま。解説では、「この二つは(・・・)読みくらべて狩久の小説作法を研究するには格好のサンプルだと思う(・・・)」と最大限に好意的に書かれていますが、筆者が担当編集者ならNGですね、これは。 過去、「落石」や「共犯者」といった代表作を印象づけていた、当事者の男女による閉ざされた「ハピイエンド」が、本巻では「バッドエンド」に移り変わっているのも、マンネリから脱却したというよりは、別なマンネリに落ち込んだ感が強い。 ただ繰り返しになりますが、作者の小説技術は相当に高い。なので、後味の悪いそうした路線のなかでも、15などは、語り(騙り)のテクニックに工夫を凝らした力作には仕上がっています(「女妖の館」という題名は意味不明ですが)。 さて。 そんなわけで、諸手をあげて推薦とはいかない、癖のある巻なわけですが・・・ 集中、筆者が一番気に入ったのは、5です。 死体なき殺人事件、その唯一の目撃者は鸚鵡だった――という風変わりなシチュエーションに、ひねりを利かせた秀作。 もし図書館等で本書を手にとる機会がありましたらw この作だけでも、試しにご一読ください。 |
No.4 | 6点 | 壁の中 狩久全集第三巻- 狩久 | 2013/06/25 17:01 |
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全六巻よりなる、皆進社の<狩久全集>、そのちょうどなかばにあたる本書には、作者が昭和三十一年から三十三年にかけて、商業誌に発表した二十六の短編作品と、同人誌に寄せた一本のエッセイがまとめられています。
前者は――1.原稿魔 2.アミーバになった女 3.孤独 4.見知らぬ恋人 5.海から来た女 6.壁の中 7.赤いネクタイ 8.見えない狙撃者 9.窓から 10.写真を配る男 11.安息の果実 12.奇妙な夜 13.或る情死 14.悪魔の囁き 15.狙われた女 16.偸まれた一日 17.腕のある絨毯 18.不思議な椅子の物語 19.なまめかしい依頼者 20.脅迫記 21.完全な殺人計画 22.夜を偸む女 23.キッス・マークにご用心! 24.ぬうど・だんさあ物語 25.その女を抱け 26.吸血の部屋 後者にあたる、「活版印刷の決定まで」は、結果として、狩久が東京支部の主力メンバーとして牽引してきた『密室』誌に寄せた、彼の最後の文章になりました。 先にナンバリングした、この時期の小説作品の発表舞台に、なぜかデビュー以来の付き合いである『宝石』(業界内のステイタスは高いが、業績悪化による原稿料不払いが恒常化していた)の名前が無いことと合わせて、巻末の解説(塚田よしと)では「(・・・)経済的な事情から、稼げることが確実な媒体に専念せざるを得なくなっ」ていった、「背水の陣の狩久像」がイメージされています。 作者のプライベートに関する憶測はさておき、探偵小説の“鬼”以外にもアピールするため、狩久が従来以上にいろいろなタイプの短編を書いた――トリックを中心とした謎解きものはもちろんのこと、怪談、ファンタジー、性愛小説、コメディ・タッチの戯曲や翻訳を装ったハードボイルドなんてものまで書いた――その軌跡を一望できる巻になっていることは間違いありません。 編みかた次第では、『狩久ひとり雑誌』が出来そうな本ですw ちなみに、本格中心にセレクトされた、論創社の『狩久探偵小説選』との重複は無し、「セックスの匂いの強い」作者の自選集『妖しい花粉』(あまとりあ社)収録作は、5、10、14、18です。 表題作は、かつて「壁の中の女」として、鮎川哲也編『怪奇探偵小説集〔続々〕』(双葉社)に採られた、病床の青年と正体不明の黒衣の女をめぐる、恋愛怪談。悪い作ではありませんが、最終節のタネアカシが必ずしも明晰ではなく、そこで文章のリズムまで乱れているような気がして、じつは筆者の評価は、もうひとつです。 オチのあるファンタジー(?)なら、恋人と喧嘩して車にはねられた女性が、彼の目前でふたつに分裂してしまう騒動記「アミーバになった女」なんかのほうが、好みなんだよなあ。 アンソロジー等には、真面目で重い“代表作”が採られがちな狩久ですが、一転、軽く遊んだときのこの人の良さは、もっと知られてよいですね。 今回、別枠でオマケとして収録された、未発表原稿による「素人ラジオ探偵局 紛くなった切手」(編者・佐々木重喜氏の「解題」によると、NHKラジオの「素人ラジオ探偵局」用に書かれた、放送台本の可能性が高いようです)などは、“日常の謎”をあつかったコミカルなパズラーで、まことに楽しい。 さて。 解説では、集中のベストとして「海から来た女」(「読者の脳裏に“真相”を焼きつける構成の妙」)、「写真を配る男」(「懐かしの江戸川乱歩を彷彿させる語りくち」)、「夜を偸む女」(「官能ミステリの佳編」)あたりが推されています。 構成と話術を重視したチョイスで、そのへん筆者も異論はありませんが、第一巻、第二巻の「落石」「摩耶子」あたりの、他を圧するような清新な傑作ぶり(ある意味、アマチュアの渾身の作)とは違って、円熟期のプロの仕事の好見本、といったところですね。 “多作”の無理が響いたか、特に後半、イタタタタ、作者大丈夫? と感じるお話が無いではありませんが、好プレーばかりではなく、そうした珍プレーも含めて、狩久ファンなら読後感を語り合って楽しめるクロニクルです。 |
No.3 | 7点 | 麻耶子 狩久全集第二巻- 狩久 | 2013/04/26 17:21 |
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<狩久全集>(皆進社)の第二巻には、作者の、昭和二十九年から三十年にかけての成果がまとめられています。
編年体の収録作を、まず小説とエッセイその他に分けてナンバリングしておきましょう。 前者は――1.炎を求めて 2.誕生日の贈物 3.鉄の扉 4.女よ眠れ 5.煙草幻想 6.ジュピター殺人事件(藤雪夫、鮎川哲也の連作担当分も収録)7.十二時間の恋人 8.悠子の海水着 9.煙草と女 10.紙幣束 11.なおみの幸運 12.石(昭和二十九年度版) 13.記憶の中の女 14.或る実験 15.あけみ夫人の不機嫌 16.クリスマス・プレゼント 17.ゆきずりの女 18.ぬうど・ふぉと物語 19.麻矢子の死 20.そして二人は死んだ 21.十年目 22.学者の足 23.麻耶子 24.花粉と毒薬 25.銀座四丁目午後二時三十分 26.黒衣夫人 27.呼ぶと逃げる犬 28.砂の上 29.蜜月の果実 30.白い犬 後者は――31.編集後記(「密室」第十二号) 32.匿名小説合評 33.微小作者の弁 34.〔アンケート回答〕 35.編集後記(「密室」第十三号) 36.探偵小説のエプロン・スティジ 37.編集後記(「密室」第十四号) 38.匿された本質 39.後記(「密室」第十五号) 40.後記(「密室」第十六号) 41.詩人・科学者・常識人 42.対談「圷家殺人事件」 43.酷暑冗言 44.うしろむき序説 45.編集後記(「うしろむき」第一号) 46.編集後記(「うしろむき」第二号) 今回、オマケとして収録されているのは、「初稿版・麻矢子の死」(内容に関しては後述)の、直筆原稿30枚の、写真による復刻です。 なお、論創社『狩久探偵小説選』との重複は、27、33、38、43。作者生前唯一の短編集『妖しい花粉』(あまとりあ社)収録作は、5、23、24、28です。 アンカーをつとめた連作中編の本格もの(6)やユーモア仕立ての密室パズル(27)から、コントと称された、いまでいうショート・ショート(2、7、8、10~13、16、17、21、22、25、30)まで、解説(廣澤吉泰)で指摘されているように、「自由闊達さ」に溢れたさまざまな傾向の作品を、作者は商業誌・同人誌に発表しています。 そんななか。 探偵小説専門誌に発表されながら、探偵小説のモノサシではかりきれない、狩久が愛と性、生と死をモチーフにして、自身の人間観を結晶化したような、ブンガクという表現がおおげさなら、ジャンル・狩久とでもいうべき小説が目につくようになってきます。 テーマと“探偵小説”の折り合いがうまくつかず、いちじるしくバランスを崩した「或る実験」のような失敗作もありますが、ナイーブな少年の復讐譚に帰結する「鉄の扉」や、「その女を、僕が犯して殺したのです」という幕切れの主人公の告白とはまったく裏腹な、悲恋の物語に昇華した表題作「麻耶子」などは、この作者にしか書けない小宇宙を形成し、傑作といっていい出来になっています。 ちなみにこの 23.「麻耶子」(『宝石』昭和三十年六月号)は、当初「麻矢子の死」として『探偵実話』用に書かれたものの、地味であるとされ同誌でボツになった「初稿」(今回、オマケとして復刻されています)にもとづく作品。『探偵実話』には、ヒロインの死にかたをひねった、別作の 19.「麻矢子の死」(マギラワシイネ)が発表されています。 “性”を切り口に人間を描く、という試みは、しかし通俗化と紙一重で、実際このあとになるとブンガク性は後退し、ただのエロミスが増えてくるわけですがw それでも、男に犯され夫を殺された女が、犯人をさぐるため、容疑者を次々に誘惑しその反応(また自分を犯そうとするかどうか)を見ていく「花粉と毒薬」の結末のつけかた――スタンリイ・エリンの影響かと思いきや、エリンが訳されるまえの作品でした――や、海辺で女を犯した男を、残酷な陥穽が待つ「砂の上」(筆者のお気に入り)の対比的な構成には、捨てがたい味があります。 いや、おっさんと違って、「セックスの匂いの強い」作品群はちょっと・・・という向きには、神と探偵作家の対話というユニークなプロローグを配し、倒叙ふうの偽装自殺工作のシニカルな顛末を描いた、「そして二人は死んだ」をお薦めしておきましょう。 本書が単行本初収録。素材の一部に、現在では「不適切」と見なされる要素があるため、今後とも商業出版物への再録は難しいと思われる佳品です。 |
No.2 | 8点 | 落石 狩久全集第一巻- 狩久 | 2013/03/28 15:19 |
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東北の出版社・皆進社から限定300部で刊行された、全六巻におよぶ<狩久全集>。その造本、装丁の見事さ、そしてお値段w についてはアチコチで取りあげられていますから――ここでは中味に的を絞って、各巻ごとに見ていくことにします。
まずは第一巻。『別冊宝石』十四号(昭和二十六年十二月十日発行)に掲載された、コンクール応募作の二篇を皮切りに、小説とエッセイ類が編年体でまとめられています。 わかりやすく、小説とエッセイを分けてナンバーをふってみると、 前者は――1.氷山 2.落石 3.ひまつぶし 4.すとりっぷと・まい・しん 5.佐渡冗話 6.山女魚 7.毒杯 8.仮面 9.黒い花 10.擬態 11.恋囚 12.肖像画 13.幸運のハンカチーフ 14.亜矢子を救うために 15.訣別―第二のラヴ・レター― 16.見えない足跡 へんな夜 18.結婚の練習 19.共犯者 後者が――20.〔略歴〕 21.女神の下着 22.作者の言葉(「佐渡冗話」) 23.≪すとりっぷと・まい・しん≫について 24.執筆者の横顔(狩久氏) 25.羊盗人の話 26.≪訣別≫作者よりのお願い 27.対談「八号合評」 28.グループ便り 29.土曜会記 30.後記(「密室」第十号) 31.一〇号創作感 32.或るD・S論 料理の上手な妻 33.後記(「密室」第十一号) となります。そして、オマケとして、市橋慧氏インタビュー「父・狩久を語る」が添えられています。 論創社の『狩久探偵小説選』に採られたものが多く(1~6、11、15、16、19、そして21、23、32の諸篇)、その意味ではこの巻は、やや新味に乏しい内容と言えるかもしれませんが、逆に言えば、狩久を語るうえで落とせない初期の代表作が詰まっているわけで、それを新発見の資料にもとづく解題(佐々木重喜)や、作家の本質に迫る好解説(垂野創一郎)をガイドにたどり直せる本書は、やはり基本のキです。 さて。 筆者にとって狩久と言えば、まず第一に、表題作の「落石」。国産ミステリ短編のオールタイム・ベストを選ぶとすれば、これを落とすことはありません。 スタイリスト狩久にしては、まだ書き方が生硬だし、プロットにも突っ込みどころはある。“本格”としての核は××××トリックなのですが、そもそも犯人に××××を用意する必然性が乏しいうえ、メリットとデメリットを考えたら、まったく釣り合わないトリックなのです。 しかし・・・荒唐無稽と一蹴できないものがここにはある。それは、論理を超えるキャラクターの熱い思い。血の絆の、有無を言わさぬ説得力。片腕を切断することで映画の主役を勝ち取った、鬼気迫る女優のエピソード、そのイマジネーションの鮮烈さが、単なる伏線の域を超え、読者の常識をねじふせるのです。 おそらく技術的な洗練では達成できない、作家が生涯にひとつ、書けるか書けないかという類いの傑作だと思います。 解題に引用された、狩久自身の文章によれば、「落石」の「ハピイエンド」は「母の希望によるもの」だったそうですが、しかしその、当事者の男女による閉ざされた「ハピイエンド」は、狩久を呪縛していくことになります。名探偵が推理を展開すれば、犯罪者が摘発され、闇は払われ、世界の秩序は回復する――という楽天主義を信じられなかったのは、探偵作家としての狩久にとって良かったのか悪かったのか? ふとそんなことを考えたりもします。 罪と罰の問題意識で「落石」の延長線にある作品としては、「落石」のような神がかった“感動”がないため、ラストの自己満足臭が強くなっているとはいえ―― 仮説の構築と崩壊がクリスチアナ・ブランドを思わせる、手の込んだ密室ものの――「窓から入ってみました。冷たくなっていますよ」というセリフのリフレインが効果的な――「共犯者」がやはり秀作でしょう。いささか小説をアタマでこねくりまわしたがる癖のある狩久の、凝り性の面が、本格ものとしてプラスに働いています。 「落石」と、この「共犯者」、そして、床に臥している病人だからこそ可能な完全殺人を倒叙ふうに描く「すとりっぷと・まい・しん」――狩久の文章センスが光ります。ラスト1行は見事!――が、本書の筆者的ベスト3になります。何をいまさら、ですねw 珍しい作品――これまで単行本未収録だった、乱歩テイストの変身願望譚「黒い花」とか――をピックアップして、大いに版元の売上アップに協力してあげれば良かったのでしょうがw まあ今回は“定番”が強すぎたということで。 第二巻以降のレヴューでは、小味な良品を取りあげていければ、と思っています。 |
No.1 | 8点 | 不必要な犯罪- 狩久 | 2011/05/17 22:50 |
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ときは昭和三十年代。
美術大学の講師を務める画家・中杉が、エキセントリックな新入生・雨宮杏子をモデルに描き上げた傑作≪叢林の女≫。 何者かによってアトリエから持ち出されたその絵が、一週間後、パーティーの席で発見された時、画面の裸女には、細密な女性器が加筆されていた! この奇妙な出来事が契機であったかのように、海辺の町で、容貌の酷似した(しかし性格はまるで違う)雨宮姉妹――<肉体の貪婪>葉子と<精神の貪婪>杏子をめぐる殺人劇が幕を開ける。 まずボート小屋で首をくくられたのは・・・ 特異な短編作家として知られた狩久は、男女の愛のさまざまなカタチを、ときに謎と論理の本格パズラー(代表作「落石」)をとおして、ときに性と欲望の官能ロマン(代表作「麻耶子」)をとおして表現しましたが、晩年に公刊された唯一の長編(昭和51年 幻影城ノベルス)である本書は、知性と感性、そのふたつの狩久の系列を一体化した、文字通りの代表作であり、被害者のネーミングをデビュー作の「落石」と重ね合わせているところからも、自身の総決算を意図した作者の意気込みが伝わってきます。 探偵小説として、中核にある、チェスタトン風の逆説が素晴らしい。本書には、大小いくつかのアクロバチックな逆説(たとえば、冒頭の≪叢林の女≫をめぐる、犯人は絵を、返却するために盗んだというくだり)がちりばめられているのですが、物語のなかばで、計画を遂行するために犯人がとらざるを得なかった、ある行為はその頂点であり、謎の解明とともに、長く記憶にとどまります。 そして残る、複雑な読後感。犯行を成就した犯人が堕ちた、究極の孤独。その悲哀。筆者はアガサ・クリスティー後期の傑作『終りなき夜に生まれつく』を想起しました。思い返すたび胸が痛くなる、あの幕切れを。 愛憎劇をおりなす、レッドヘリングの一人一人まで、生きて呼吸しているのが本書の強みですが、あえて注文をつけるなら―― 雨宮杏子の書き方に、もう一工夫欲しかった。ある時点を境にした彼女の変化が、心理的な伏線として書きこまれていれば、解決の説得力が一段と増したはずです。とまあ、これは贅言。 2010年に出た『狩久探偵小説選』(論創社)は、幸い好評のようですから、本書もどこぞでの復刊を期待したいところ。 できれば花輪和一の挿絵と、梶龍雄の解説は残して欲しいなあ。 |