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メルカトルさん
平均点: 6.04点 書評数: 1901件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.1001 7点 とらわれびと- 浦賀和宏 2019/10/03 22:47
大学構内で発生した連続殺人。被害者はみな男性で、腹を切り裂かれて殺されていた。犯人を捜していた被害者の姉は、「妊娠」した男が次々と失踪するという奇妙な事件に出くわす。非日常の犯罪は「笑わない男」の指摘で予想もせぬ真相を明らかにする。圧倒的眩暈感!鬼才、浦賀がついに恐るべき真の姿を現した。
『BOOK』データベースより。

これですよ、これこれ、私が浦賀和宏に求めていたものは。誰も扱わないような案件をミステリとして昇華しようとする姿勢は流石だと思います。しかし、好みが分かれるだろうなあ。私の様に諸手を挙げて喜ぶ者もいれば、何これ?と足蹴にする方もおられるでしょう。本格ミステリだけど半分は壊れた人々の物語ですからね、後味も宜しくないですし。でもそれが作家浦賀和宏だから仕方ないです。

もう冒頭から萩原良二を登場させた時点で、期待度マックスですわ。内容はそれに見合った異様な事件の連続で、しかも安藤直樹の周りの人間が関わっているため興味は尽きません。ただ、ツッコミどころを論えばいくらでも出来るのですが、そんな些細なことを気にしなければ、きっと誰もが楽しめると思います。まあ、シリーズを順に読んでいる方がより満喫できますけどね。
一番瑕疵となりそうなのは安藤、金田、飯島の三人の父親に関する記述で曖昧な部分があったことですね。あと、安藤直樹はほとんど出てきません。しかし、そこはそれキッチリと役割は果たしますよ。しかし作家という職業に人は色々考えますね。ちょっとごちゃごちゃした感じは否めませんが、らしさはよく顕れていて出色の出来だと思います。

No.1000 7点 ヒト夜の永い夢- 柴田勝家 2019/09/30 22:48
昭和2年。稀代の博物学者である南方熊楠のもとへ、超心理学者の福来友吉が訪れる。福来の誘いで学者たちの秘密団体「昭和考幽学会」へと加わった熊楠は、そこで新天皇即位の記念行事のため思考する自動人形を作ることに。粘菌コンピュータにより完成したその少女は天皇機関と名付けられるが―時代を築いた名士たちの知と因果が二・二六の帝都大混乱へと導かれていく、夢と現実の交わる日本を描いた一大昭和伝奇ロマン。
『BOOK』データベースより。

南方熊楠と愉快な仲間たちが天皇機関という、自らの意志を持ち人間すら超える脳髄を有する少女人形を陛下にお披露目すべく奮闘する物語。
シリアスな面とコミカルな面が絶妙にマッチした筆致は素晴らしく、一種酩酊するような夢の世界へと導いてくれます。個人的には第一部が最もワクワクしました。第三部では天皇機関対○○○という図式が完成しますが、あっさり片が付きすぎて拍子抜けでした。もう少し盛り上げても良かったのではないかと思いますが。で、結局オチはそれかいって感じですが、全般的に読み応えのある佳作ではないでしょうか。


【ネタバレ】


主な著名登場人物は熊楠始め、千里眼事件の福来友吉、宮沢賢治、平井太郎(江戸川乱歩)、佐藤春夫、西村真琴、岡崎邦輔、堀川辰吉郎、岩田準一、北一輝など。
特に宮沢賢治と南方熊楠の邂逅が印象に残ります。凄く素敵なエピソードだったと思いますね。勿論重要なシーンでもあります。

No.999 5点 日本探偵小説全集(4)夢野久作集- 夢野久作 2019/09/26 22:14
掌編、中編、長編の三作で構成された作品集。

『瓶詰の地獄』 短いながらある禁忌をテーマに掲げた、暗示に満ちた作品だと思います。なかなか面白い構成で、まあまあの印象ですかね。

『氷の涯』 正直読み難過ぎて内容が全く頭に入ってこなかったことしか、印象にありません。いつの間にか十五万円事件が起こっていて、主人公が推理を巡らしますが、これも想像レベルで、伏線を回収して真相を解明するといった本格物と考えると裏切られます。

『ドグラ・マグラ』 勿論これがメインですね。意を決して再チャレンジを試みましたが、やっぱり返り討ちって感じです。考えない脳髄、胎児の夢など興味深く読みましたが、事件のあらましを辿る辺りは退屈で仕方ありませんでした。
最後まで読んでも果たして自分の解釈が正しいのかどうか判然としません。まあ私ごときが一度や二度読んだくらいで十全に理解できてしまったら、奇書とは呼べないでしょう。
根幹と言うか本質は意外と単純だったのかもしれませんが、後付けで様々な要素を盛って盛って、そこに枝葉が勝手に広がって複雑怪奇なカオスを生み出したような印象を受けました。怪奇幻想精神科学小説とでも呼べば良いのか、それすら判りませんが、好きな人は大好きなんでしょうし、興味本位で読もうとする人は結構な確率で挫折するんでしょう。そんな小説です。

No.998 6点 探偵はぼっちじゃない- 坪田侑也 2019/09/17 22:17
緑川光毅は中学3年生。受験生なりに楽しく学校生活を謳歌していた。しかし、心の底では満たされない思いが、ゆっくりと魂を食い荒らしてゆく…そんなとき、ふいに同級生の星野温が声をかけてきた。「一緒に探偵小説を書こう」。新任教師の原口は、理事長の息子という立場を持てあましながらも「よき教師」であろうと日々奮闘していた。ある日、自殺サイトに自校の生徒が出入りしていることを知り、それが誰かを突き止めて救おうとするが…。それぞれの屈託多き日々に降りかかった「謎」が出会ったとき、何が起こるのか。第21回ボイルドエッグズ新人賞受賞作。
『BOOK』データベースより。

作者は15歳でこの作品を描いたというが、こっちはそんなこと関係ない。何しろ身銭を切って本を買っているのだから。と云う目線で読みましたが、文章がこなれていない、稚拙さを感じるなどを除けばまあ合格点なんだろうなと思います。
プロットなどは折原一を彷彿とさせます。ただ、緑川の書いた作中作がかなりショボいのが気になりました。そして、新しさを感じさせないのは致命的かと。主人公が中学3年生で、作者がこれを書いたのも同じ年齢ということで、若い感性は十分に伝わってきますが、一方教師二人の描写にはやはり無理があるような気がします。

全体的に展開がスローで、なかなか本題に入らないのにはイライラしました。50ページ、つまり星野が登場するところから次第に面白くなってはきますが、サスペンスフルとは言い難く、甘目に採点してこの点数に。
しかし、本編よりあとがきのほうがよく書けていたのには苦笑を禁じ得ませんでしたね。

No.997 6点 彼岸の奴隷- 小川勝己 2019/09/14 22:51
首を切り落とされた女の死体が発見された。捜査一課の蒲生巡査部長は、所轄の和泉と組み、捜査を始める。だが、事件が和泉の過去に関係していて…。愛情を込めた殺意がいま、暴発する!狂気のクライムノベル登場!横溝正史賞受賞第一作。
『BOOK』データベースより。

冒頭こそ普通のミステリかと思いましたが、この作品に普通の感覚など通用しません。ほぼ全編エログロとバイオレンスのオンパレード。これはなかなかですよ。刑事もヤクザも男も女も誰も彼もが狂っています。そちら方面が苦手な読者は注意が必要です。逆にエログロ、バイオレンスをこよなく愛する人には必須アイテムですね。特に鬼畜系やカニバリズム愛好家(いないだろうけど)にとってはこれ以上ない逸品と言えそうです。
内容の割にはリーダビリティに優れており、サクサク読めます。ただ耐性のない人は途中で挫折するか気分が悪くなるかもしれません。私は面白く読めましたけど。

頭部と手首が切断された理由は、イカレた人間が犯人なので驚くようなものではありません。しかし、ミステリとしてプロットがなかなか良く出来ていて、こんな小説にこんなトリックが?と思うような手法が隠されており、流石横溝正史賞受賞者だけのことはあるなと感じました。まあ、強烈な読書体験は出来ますよ。読まないほうが身の為と云う気もしますけどね。

No.996 6点 海野十三全集 第2巻 俘囚- 海野十三 2019/09/11 22:27
日本SFの始祖の一人と言われる海野十三の作品集。
その昔、何かの本(アンソロジー)で『振動魔』を読んで痛く感銘を受けた記憶が今でも生々しく、この度本作品集を手に取ってみた次第です。ごつい箱入り、パラフィン紙にくるまれたハードカバー、11ページに亘る高橋康雄による『海野十三と「新青年」』の解説小冊子付きの謹製版。

SFにしようか本格にしようか迷った挙句、どちらかと言えばミステリの色が濃いと思われたので本格に一票投じました。しかし、やはり全体を通してSFの要素が強く感じられ、来歴によるものと思いますが、多くが化学あるいは科学、医学といったギミックがトリックに採用されています。
個人的には『俘囚』『三人の双生児』がツートップで、さらに『赤外線男』を加えたこれらの作品は、後世の作家たちに少なからず影響を与えたのではないかと、勝手に想像しています。京極夏彦の代表作や鮎川哲也の有名作には明らかにその傾向が見られます。1930年代にこのような奇想を湛えた諸作が存在したこと自体驚きですが、日本人ならではの気質のようなものが大いに関係しているのではないかと感じました。本来日本人にはこうしたある種変態的な嗜好があったと思われ、それはその後のミステリ作家に脈々と受け継がれ、さらに手の込んだ同じ傾向の作品が現在でも時々生まれているようです。

私はことミステリ文化に関してだけは、日本に生まれてよかったと心から思っています。何故なら日本のミステリが世界一だと勝手に信じているから。
本作品集を読むにつけ、それを痛感します。

No.995 6点 ミステリなふたり- 太田忠司 2019/09/05 22:41
密室、猟奇殺人、ダイイングメッセージ、アリバイトリック、吹雪の山荘、雪上に残され途中で途切れた足跡、意外な犯人などなど、本格のガジェットをこれでもかと詰め込んだ連作短編集。さらに最終話ではこれは!と思うような仕掛けが施されています。
それぞれが程よく余計な猥雑物を排して、スマートに纏め上げており、シンプルイズベストを地で行くような好編が並びます。妻で警部補の景子が家に事件を持ち帰り、それを夫でイラストレーターの新太郎が謎を解くという図式はほぼ固定されており、探偵役はもっぱら夫のほうです。一方景子は現場で部下に対して大変手厳しい態度で接して、氷の女、鉄女などと陰で呼ばれています。その態度がどうしても好感が持てないんですよね。はっきり言ってこのような女性が上司だと萎縮してしまい、いくら警察がタテ社会と言え、反感を買い多くの敵を作る結果にしかなりません。それでいて、自分が何か手柄を立てる様な活躍をするでもなく、只々夫頼りというのがちょっと許せません。
仕事中と夫婦の時間のギャップがあり過ぎで、それがまた良いんじゃないと思えるような奇特な人間だったら7点以上だったかもしれませんが、残念ながら私はそこまで寛容な人ではありませんのでこの点数で。

でも、謎は魅力的なものばかりで素晴らしいと思います。トリックにそれ程の意外性はなく、手品のネタを明かされた時のような残念な感じは残りますけど。

No.994 5点 汎虚学研究会- 竹本健治 2019/09/02 22:16
聖ミレイユ学園で相次ぐ惨劇―ウォーレン神父は校庭で落雷に遭い焼死し、ベルイマン神父は密室と化した温室で、自然発火としか思えない焼死体で発見された。理解不能な怪事件に挑むのは「汎虚学研究会」の部員たち。だが部長だけは度々見る「狂った赤い馬」の悪夢に悩まされ、推理どころではなく…。少し浮世離れした少年少女たちが解き明かす凶々しき真相とは?
『BOOK』データベースより。

ミステリーランド叢書の一冊、『闇の中の赤い馬』に4短編をプラスした新書版、汎虚学研究会のメンバーが活躍する連作中短編集。
まあ出来としては可もなく不可もなくと言ったところでしょうか。『闇の中の赤い馬』は密室物で正直バカミスの部類に入るのではないかと思います。大掛かりなトリックにはかなり無理があり、動機としても弱いと言わざるを得ません。しかし、話の端々に蘊蓄や衒学趣味が見られ、いかにも竹本らしい印象は受けます。今ではもう懐かしさすら覚えるような、不思議な感覚に陥ったりして。久しぶりの竹本作品でしたので、やや厳し目に点数は付けました。

短編はそれぞれカラーが違いますが、幻想味やホラー、何が言いたいのかちょっと分からないようなオチのない作品やら色々です。中でも進化論に関する理論は私自身疑問に思っていたことであり、その意味でやや腑に落ちたところもありました。そこは興味深く読めましたが、全体としてまあまあとしか言いようがありません。

No.993 6点 奇病探偵 眠れない夜- 牧野修 2019/08/31 22:57
気弱な青年の森田彼岸が潜り込んだJCDC―日本疾病管理予防研究所は、感染症については国内NO.1の研究所。だが所長の伊丹桜をはじめ、田崎美女らトップの研究者は、美人だがエキセントリックな言動で彼岸を圧倒する。しかも彼女たちは、さまざまな社会悪の原因となる特殊な“奇病”を追い、排除する奇病探偵でもあった!蔓延する自殺衝動、とある地域で急増するゴミ屋敷、とつぜん凶暴化する人々…。次々に研究所に持ち込まれる難事件を、田崎たちは周囲や彼岸に多大な被害を及ぼす、過激な手法で解決してゆく。だがその活躍を目にするうち、彼岸には疑問が生じる。どうして彼女たちはここまで手際よく対処できるのか。なぜ自分のような素人がこの研究所に受け入れられたのか―?やがて彼の危惧は最悪の形で具現化して…!?鬼才が描く傑作バイオニックサスペンスホラー!
『BOOK』データベースより。

六編から成る連作短編集。
勿論架空のものですが、奇病の裏に潜む特殊な病原菌の謎を追う、大袈裟に言えばバイオハザード的な物語です。内容が濃く異常なわりには文体はとてもライトで、表紙の印象でかなり損をしている感じがします。日本疾病管理予防研究所の所長や所員たちは非常事態にも決して狼狽えることなく毅然としており、しかもそれぞれのキャラも良い感じで立っていて、その意味ではライトノベルに近いと思います。また、タイトルは探偵と謳っていますが、ミステリ的要素は内包していますけれど、正統派の本格物とは別物と思って頂いた方が賢明かと。

最終話で例によってそれまでの事件を振り返り、意外な真相が浮かび上がると言うより、やっぱりそうだったのねみたいな纏め方をして、綺麗にハッピーエンド(?)に持って行っています。この作者は結構変幻自在な作風を見せる作家で、これはこれで十分面白かったと思いますね。世間的認知度は非常に低いですが、この人の実力は侮れないですよ。

No.992 4点 空を見上げる古い歌を口ずさむ- 小路幸也 2019/08/28 22:47
「みんなの顔が“のっぺらぼう”に見えるっていうの。誰が誰なのかもわからなくなったって…」兄さんに、会わなきゃ。二十年前に、兄が言ったんだ。姿を消す前に。「いつかお前の周りで、誰かが“のっぺらぼう”を見るようになったら呼んでほしい」と。第29回メフィスト賞受賞作。
『BOOK』データベースより。

竜頭蛇尾とはこの事。フランス料理のコースを注文したら、豪華な前菜の後にメインディッシュとしてお茶漬けが出てきたようなものと言っても良いでしょう。
のっぺらぼうから始まって、奇妙な事件の数々をどう着地させるのか、期待に胸を膨らませていましたが、結局何も分からずに終わってしまうという、ミステリとしてはあり得ない展開に唖然としました。そうです、これはミステリではなく云わば伝奇小説のようなものなのです。それを知っていたら読まずに済んだのにと、今更ながら後悔しています。
突き詰めれば、作者が解説を怠り、これはこういう事なんだと断定してしまえば、読者はそれに従うしか方法はない訳で、それで納得がいくわけがないです。
はっきり言ってメフィスト賞には相応しくない作品だと思います。まあ話としては面白くないこともないですが、あまりにスッキリしない結末にガックリ肩を落としてしまう自分は悪い読者なのでしょうかね。

書き忘れていましたが、クワガタのあの突起物は角ではなく、大アゴですから。そんな誰でも知っているようなことも知らないとは、作家さんも編集者さんも知識量が少なすぎるんじゃないですか。所詮メフィスト賞も玉石混交なんですね。

No.991 5点 キャラねっと 愛$探偵の事件簿- 清涼院流水 2019/08/25 22:43
全世界で大人気のオンライン学園R.P.G.「キャラねっと」。学園生活をバーチャルに体験できるその仮想世界は、カワイイ妹のために俺がつくったもうひとつの現実。すべてはカワイイ妹のため。だが、あの小僧が現れてから俺の世界、そして妹への愛が壊れ始めた…「密室連続殺人」から始まった「キャラねっと」での不可解な3つの大事件に「探偵アイドル」が挑む。流水大説新境地!読者を巻き込むデジタル世代本格ミステリ。
『BOOK』データベースより。

Amazonでのあまりの評価の高さに驚きました。少数意見とは言え、R.P.G.世代のゲーマーには持って来いの作品かも知れませんが、ゲームに関心のない私にはそこまでとは思いませんでした。ただ、流水大説の無駄な壮大さが消えて、かなり読みやすくなっていることは確かです。キャラも馴染みやすく、肩の力を抜いて読めますが、一方で事件発生までとそこから解決までが若干退屈で冗長な感は否めません。

三作の中編で構成されていますが、いずれも『スニーカー』に連載されたものなので、説明が重複する点が多く、通して読んだ場合結構な水増し感を覚えます。又、ノベルスで570ページという長尺の割には内容はかなり薄いように思います。どちらかと言えば、不可能性の高い事件の不可思議性や緻密な推理よりも、キャラクター小説、或いは青春小説としての意味合いのほうが高いので、本格志向の読者には不向きでしょう。

No.990 6点 カモフラージュ- 松井玲奈 2019/08/19 22:21
油断していると、次々予想を裏切るメニューが出てくるような短編集。
――島本理生(作家)
明太子スパゲティをこのうえなくおいしそうに書ける人。信頼せざるを得ないのである。
――森見登美彦(作家)

あなたは、本当の自分を他人に見せられますか――。
恋愛からホラーまで、松井玲奈が覗く“人間模様”。鮮烈なデビュー短編集。

アイドルグループSKE48の元メンバー、W松井の片割れで女優の松井玲奈(ゲキカラ)の作家デビュー作。
滑らかな文章で描かれる短編はホラー、不倫、潔癖症、過食などをテーマにしながら、「食」が共通のキーワードとして取り上げられています。本作品集は彼女の小説家としての素養が垣間見られ、十分お金を取れるだけのものを有していると思います。ただ、個人的には低刺激なのとオチがないのが不満点ではあります。そりゃプロ並みのエッジを効かせた過激な内容を期待するのは無理というものでしょうけど。しかし、例えば『ジャム』の、主人公の少年の父親が三人に増える不思議な現象などの奇想はなかなか素人では思い付かないものでしょう。他の作品は何となく先が読めたり、あまり紆余曲折が無かったりしますが、丁寧な描写で静かに時間が流れるうちに読み終わってしまうような、そんなひと時を過ごせます。それで十分じゃないですかね。

No.989 5点 鏡姉妹の飛ぶ教室- 佐藤友哉 2019/08/17 22:33
誰もが三百六十五日分の一日で終わる予定でいた六月六日。鏡家の三女、鏡佐奈は突然の大地震に遭遇する。液状化した大地に呑み込まれていく校舎を彩る闇の色は、生き残った生徒たちの心を狂気一色に染め上げてゆく―。衝撃の問題作、『クリスマス・テロル』から三年の沈黙を破り、佐藤友哉が満を持して放つ戦慄の「鏡家サーガ」例外編。あの九〇年代以降の「失われた」青春のすべてがここにある。
『BOOK』データベースより。

始めにキャラありきで、それをベースにストーリーや構成に嵌めこんでいった感じの小説。ですので、各キャラは十分立っていますが、例外編と云うだけあってサーガでもなく単なる番外編ですね。
復活した佐藤友哉はもうミステリを書く事を放棄してしまったのでしょうか。その後の執筆活動を鑑みると、やはりその感は否めないと思いますね。純文学の世界へと飛び立ったと言っても良いでしょう。これまでもミステリ作家としてデビューしながら、段階的にファンタジー、ホラー、純文学などのエンタメに移行していった作家は幾人も見てきましたが、彼もその一人なのです。

作品としてはパニック小説に近い、青春小説の群像劇ですかね。取り敢えず地震で地盤沈下した教室で生き残った鏡姉妹を含む生徒たちの、生死を賭けた戦い模様をそれぞれの立場から描いており、泥臭い男女の駆け引きや心理描写が読みどころでしょう。しかし、どの辺りで盛り上がったら良いのかイマイチ分からない、掴みどころのない作品でした。もう少し何とかならならなかったものかと私なんかは思ってしまいますが、いずれにせよ中途半端でキレのない印象を受けました。

No.988 5点 クリスマス・テロル invisible×inventor- 佐藤友哉 2019/08/14 22:45
そこで出会った青年から冬子はある男の「監視」を依頼される。密室状態の岬の小屋に完璧にひきこもり、ノートパソコンに向かって黙々と作業をつづける男。その男の「監視」をひたすら続ける冬子。双眼鏡越しの「見る」×「見られる」関係が逆転するとき、一瞬で世界は崩壊する!「書く」ことの孤独と不安を描ききった問題作中の問題作。
『BOOK』データベースより。

これが例の密室本の一冊だったとは読み終えるまで知りませんでした。知っていたら読まなかったと云うとそうでもないですが。
物語自体は面白かったですよ、なかなかの書きっぷりも良いですしね。一体どう収拾を付けるのか不思議なほどの謎は非常に魅力的で、これが合理的に解決されたらさぞ傑作になったのにと思います。そう、トリックがあまりにもショボいんですよ。しかも丸パクリではねえ、納得できません。


【ネタバレ】


終章が問題になったノベルス版、リアルタイムでこれを読んだ方はさぞかし驚かれたことと思います。しかし、その後に出た文庫版を読了した我々はその後の佐藤友哉という作家を知っていますので、何も感慨を抱くことはできません。己の置かれている立場をネタに「テロル」を仕掛けたのは成功に終わったようですが、それが作家のあるべき姿だったとはとても言えないですね。まあ、そういう本の売り方もあるという、禁断の手法。それで復活したから良いじゃないかとも言えますが、姑息ですね。
でも、自ら書いた解説は面白かったです正直。
評価が割れているのも納得の出来でした。

No.987 6点 栞と紙魚子の生首事件- 諸星大二郎 2019/08/11 22:26
一応ジャンルとしてはホラーです。絵は何と言うかへたうまな感じで、本気で書けばプロの漫画家だから無論上手いんでしょうが、故意に適当に描いているような印象を受けます。ただ、主役の女子高生二人組にしても変に美化せず、どこにでも居そうな雰囲気を出している辺りはセンスでしょうかね。しかも、二人のスタイルの微妙な違いや制服姿の自然な感じというか、腰が異様にくびれていたりせず、むしろダボッとした野暮ったさがリアリティを与えています。

ストーリーは総じて脱力系で、本当は怖い話なんだろうけど何故か笑えるみたいな感じです。例えば『生首事件』、たまたまゴミ捨て場で見つけた生首を興味本位で家に持ち帰った栞は古書店の娘である紙魚子の持ってきた『生首の正しい飼い方』なる本を参考に、水槽で生首を飼うという無茶苦茶な展開で、大したオチもありません。しかし、こんな誰も考えないような事ばかり書き続ける作者の、まさにコロンブスの卵的な発想には目を見張るものがあります。絵自体の迫力もまあそれなりで、楽しめるのは間違いないと思います。兎に角栞と紙魚子ののほほんとしたボケぶりを堪能出来、再読に耐え得るところが良いんじゃないでしょうか。

No.986 7点 夜よ鼠たちのために- 連城三紀彦 2019/08/10 22:31
脅迫電話に呼び出された医師とその娘婿が、白衣を着せられ、首に針金を巻きつけられた奇妙な姿で遺体となって発見された。なぜこんな姿で殺されたのか、犯人の目的は一体何なのか…?深い情念と、超絶技巧。意外な真相が胸を打つ、サスペンス・ミステリーの傑作9編を収録。『このミステリーがすごい!2014年版』の「復刊希望!幻の名作ベストテン」にて1位に輝いた、幻の名作がついに復刊!
『BOOK』データベースより。

読めば読むほど味の出る逸品揃いの短編集。
雰囲気はやはり連城だけれど、思ったよりずっと本格寄りの作品が多く、いずれ甲乙付けがたい魅力を持ったものばかりです。表題作を始め、ほぼ全篇反転が味わえます。しかも相当じっくりと推敲されたと思われ、なかなか先が読めません。今現在こうした男女間の隠微な関係性を浮き彫りにした作風と本格ミステリを合体させたような作品を描く作家が見当たらなくなってしまったのは、残念な限りです。しかし、違った形で同じようなテーマに挑戦している人は多分多いと思います。されど、その違いは歴然としており、恋慕或いは慕情、男女のもつれるような機微を書かせたら連城の右に出る者はいないのではないでしょうか。少なくともミステリ界に於いては。

No.985 4点 少年たちの密室- 古処誠二 2019/08/06 22:34
東海地震で倒壊したマンションの地下駐車場に閉じ込められた六人の高校生と担任教師。暗闇の中、少年の一人が瓦礫で頭を打たれて死亡する。事故か、それとも殺人か?殺人なら、全く光のない状況で一撃で殺すことがなぜ可能だったのか?周到にくみ上げられた本格推理ならではの熱き感動が読者を打つ傑作。
『BOOK』データベースより。

評価が高かったので読んでみましたが、私の感性には合いませんでした。高評価の方を否定するつもりは勿論ありませんが、どこが面白いんだろうなあとは思います。まず、回りくどい文章が気になりました、もっとストレートに書けよって。持って回ったような表現が多すぎて、情景が浮かんでこなかったり、頭の中をスルーしてしまうような感覚を覚えました。元々救いのない内容なので、読後どんよりと暗い気持ちになります。そこには一片の感慨もありませんでした。おそらく私が圧倒的なマイノリティーなのだろうとは思いますが、傑作とはどうしても思えません。

地震後の地上の惨状も描かれていませんし、ひたすら閉塞感に襲われて気持ちのいい読書体験をすることができませんでした。「心震える本格推理の傑作」らしいですが、好きになれませんねえ。結局悪事を働いた人間に明るい未来はないと言いたかったのかどうなのか、私には判断できません。

No.984 6点 Killer X- クイーン兄弟 2019/08/02 22:45
大雪に閉ざされた山荘に招かれた6人の男女。同窓会と思いやって来た彼らを待っていたのは、変わり果てた恩師の姿だった。下半身の自由を失い、大きな傷を負った顔は、不気味な仮面に覆われていたのだ。頻発する“突き落とし魔”事件との関係は―。外界から隔絶された世界で、謎の殺人鬼が牙を剥く!実力派作家2人がタッグを組んだ、超絶的本格ミステリ。
『BOOK』データベースより。

なかなか事件が起こらず、じりじりした気分を強いられます。緊迫感が最後まで持続できていない印象はありますが、何か仕掛けがあると感じたり不自然な描写が見られるので、ミステリとしては最後にドカンと落とし穴に落ちたりするんだろうなとは予想出来ます。まあ、文章が一人称でしかも日記形式で書かれている為、余計にそう感じるのでしょう。
終盤漸く事件が怒涛の様に起こり、すぐに解決編に雪崩れ込みますが、その騙しのテクニックには驚きを禁じ得ません。アンフェアギリギリの細かな伏線が張り巡らされて、なるほどと納得させられます。ただ、一ヵ所ある人物の言動に明らかな矛盾があったのが若干の瑕疵かもしれません。

全体としては正統派の本格ミステリ(吹雪の山荘の典型的なパターン)でありながらも、another sideを取り入れるなどの工夫も凝らされています。ただ、事件が起きるまでがやや単調で、個人的には少々退屈さを覚えましたし、最後スッキリとした纏まりに欠ける気がしたので減点しました。

No.983 6点 念力密室!- 西澤保彦 2019/07/29 22:36
売れない作家・保科匡緒のマンションで起こった密室殺人。そこに登場する“チョーモンイン(見習)”神麻嗣子。美貌の能解警部…。「神麻嗣子の超能力事件簿」の最初の事件である表題作をはじめ、“密室”をテーマにした6作品を収録!奇想天外の連続に驚き続けること確実な、シリーズ初の連作短編集。
『BOOK』データベースより。

連作短編集ですが、ほとんどの舞台がマンションで、鍵が掛かっていたとかいないとか、チェーンが掛かっていたとかいないとか、死体が移動していたとかいないとか同じようなシチュエーションで、もう少し目先を変えて欲しかったというのが本音です。密室は全てサイキックで片付けられ、トリックは最初から否定されていますので、もっぱらホワイダニットに特化していると言えるでしょう。
それよりも、保科、神麻、能解の三人の微妙な三角関係のほうに興味を惹かれます。シリーズ第三作、これを最初に読んで良かったのか悪かったのか定かではありませんが、第一話で主役三人の最初の出会いが描かれているので時系列的には正解の様な気もします、これが怪我の功名なら良いのですが。

マイベストは『乳児の告発』。全体的に予定調和的な物語が多い中、これだけは意表を突かれました。ミステリらしい仕掛けが見事に決まっています。
本作品集はSFでもなければファンタジーでもなく、十分本格ミステリの範疇だと思いますが、密室という言葉に反応する方には残念ながらお勧めできません。それでも西澤らしい作品であるのは間違いないです。キャラの良さと性格描写だけでも読む価値ありでしょうかね。

No.982 8点 九十九十九- 舞城王太郎 2019/07/26 22:17
あまりの美しさに、素顔を見せるだけで相手を失神させてしまう僕は加藤家の養子となり、九十九十九(ツクモジュウク)と名づけられた。九十九十九は日本探偵倶楽部(JDC)に所属する探偵神でもある。聖書、創世記、ヨハネの黙示録の見立て連続殺人事件に探偵神の僕は挑む。清涼院流水作品の人気キャラクターが舞城ワールドで大活躍!

名探偵九十九十九が難事件を次々と華麗に解決するという、私の期待を大きく裏切ってくれました。しかし、その期待以上の小説でもありました。正直、一から十まで全てを理解できたとはとても思えませんが、決して難解なのではなく混沌としているのです。
清涼院流水を始め実名の作家の名前が登場したり、主人公が過去へ未来へ行き来したり、メタな展開には眩暈がする程です。しかも、一人称で書かれた文章は誰あろう九十九十九本人の手によるもの。禁忌として決して触れてはならない探偵神の内面を抉るように描かれており、さらには同時に三人の九十九十九が現れるという荒唐無稽ぶりを見せる。しかし、必ずしも破綻することのない世界を構築している手腕には脱帽せざるを得ません。これが舞城王太郎の底力なのでしょうか。
最早JDCも探偵も超越した独自のワールド、しかしそれらがなければ成立しない世界。何だかんだ書いても、おそらく私の駄文では一ミリも雰囲気すら味わえないであろう暗黒に屹立する異形(偉業)。読まなきゃ判りません。

それにしても文庫版の装丁・・・。

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ひとこと
「ミステリの祭典」の異端児、メルカトルです。変人でもあります。色んな意味で嫌われ者です(笑)。
最近では、自分好みの本格ミステリが見当たらず、過去の名作も読み尽した感があり、誰も読まないような作品ばか...
好きな作家
島田荘司 京極夏彦 綾辻行人 麻耶雄嵩 浦賀和宏 白井智之 他多数
採点傾向
平均点: 6.04点   採点数: 1901件
採点の多い作家(TOP10)
浦賀和宏(33)
アンソロジー(出版社編)(29)
島田荘司(25)
西尾維新(25)
京極夏彦(22)
綾辻行人(22)
折原一(19)
日日日(19)
中山七里(19)
清涼院流水(18)