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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ] のろわれた潜水服 |
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フォルチュネ・デュ・ボアゴベ | 出版月: 不明 | 平均: 7.00点 | 書評数: 1件 |
No.1 | 7点 | おっさん | 2013/06/18 18:01 |
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すみません <(_ _)>
最初にあやまってしまいますが、今回は反則です。 先日、フランスの大衆作家フォルチュネ・デュ・ボアゴベの原作にもとづいた、黒岩涙香の翻案『死美人』をレヴューした直後、思いがけずネットオークションで発見、落札したのが本書『のろわれた潜水服』(作者名表記はフォルチュネ・デュ・ボアゴベ「イ」。ただし本サイトには、慣例のボアゴベで登録)なんですが・・・ じつはこれ、<中一文庫>といいまして、つまり小学館の学習雑誌『中学生の友一年』(昭和37年8月号)の付録なんです。四百字詰原稿用紙で、概算百四十枚 ^^; ユニークな小道具を使ったトリックで知られる、原作『潜水夫』 Le Plongeur(1887)は、やはり涙香が、『海底之重罪』(1889)として翻案しています。 ミステリ入門期に、渡辺剣次の好ガイド『ミステリイ・カクテル――推理小説トリックのすべて――』(1975)で、「アリバイくずし小説としては、おそらく世界で最初に書かれた作品」として紹介されているのを見て以来、機会があったら目を通しておきたいと思っていたのですが(まあ1866年作の、ガボリオ『ルルージュ事件』を読んで、ボアゴベのこの作を、世界初のアリバイくずし小説とするのは誤まりだとわかったわけではありますが・・・)いかんせん『海底之重罪』の古書価は高い。とっても高い (>_<) それがまさか、こんな「翻訳」で読めるようになるとは! 訳者は、怪奇幻想系の短編の書き手であり、ジュニア・ミステリも手がけた氷川瓏。また江戸川乱歩の側近としても知られ、乱歩名義で涙香の『死美人』をリライトしたのは、公然の秘密。前記、渡辺剣次氏の実兄というのも、筆者には感慨深いものがあります。 いつ読むの? 今でしょ! 1846年、夏。フランスの、地中海に面した湾で、ボートで密入国しようとした男が逮捕されるが、男はかたくなに沈黙を守り、一年の禁固刑に服する。 パリの貴族クラブ会員、セルボン子爵はこの男に興味を持ち、彼が釈放時に、当座必要な金を受け取れるよう、手配してやる。こうしておけば、礼を言いに来た男の口から、珍しい身の上話を聞けると考えたのだが・・・預けた金を受け取った男は、そのままどこへともなく姿を消してしまう。 その一年後。冒険好きが高じたセルボン子爵は、ふとしたことからモンマルトルの空家に忍び込み、結果、そこで起きた殺人事件の容疑者として拘引される羽目になる。 すると、子爵の無実を訴え、自分が犯人であると名乗り出てきた男があった。裁判にいたるも、いっさいの釈明をせず、ただ刑に服そうとする彼にかわって、いま、すべてを知る神父が、証人台で語りだす。 「(・・・)被告はすでに死刑を受けるかくごでおります。(・・・)わたしも弁護はいたしません。ただ、なぜバンコルボを殺さなければならなかったか。ここまでにいたった事実だけをお話したいと思います」 この「第一章 深夜の決闘」のあと、「第二章 海底の金塊」「第三章 海の悪魔」は、ガボリオ流のフラッシュバックによる過去パートになります。 前述の「ユニークな小道具」を使った偽「アリバイ」の挿話があるのも、ここです。島田荘司ばりの伏線(犯行当夜、羊飼いが目撃した「ふしぎな化け物」)も張られているのですが、直後に(十中八九、気を利かせた訳者が)丁寧な補足説明をしているので、トリックはすぐにわかってしまう。最終的な解明も、偶然、証拠が発見されたことによるもので、推理ないし探偵活動によるアリバイくずしが導くものではありません(先輩のガボリオと違って、ボアゴベには、おそらく謎解きのプロセスを書く才は無い)。 しかし、海底の大金塊をめぐる雄大な復讐譚――舞台も地中海から大西洋へ、さらにはアフリカ海岸、イタリアのベスビアス火山へと移り変わる――として、その波乱に富んだ展開は興味津津です。敵役も、堂々たる悪漢ぶりで、筆者は荒木飛呂彦の漫画『ジョジョの奇妙な冒険』Part1「ファントムブラッド」、あれに出てくるディオ・ブランドーあたりを想起しました。 「第四章 正義の剣」で、ストーリーが現在の法廷場面に戻る、サンドイッチ型(現在――過去――現在)の構成も成功していると思います。 あらかじめ、“現代”における情報や謎を提示することで、ドラマとしての“引き”をつくっておく。 冒頭の密入国者のエピソードがそうですし、あるいは深夜、モンマルトルの空家の窓越しに見える、ひざまずき祈り続ける男の姿――その前には「よろいかぶと」に似た不思議な物が(ネタバラシ:「潜水服」だよっ)、というシーンがそう。 そのへんの手際は、もしかしたらガボリオや、のちのコナン・ドイル以上かもしれません。 これは是非じっくり、完訳を読んでみたいものです。 抄訳ものを、完訳で埋めていく路線にも意欲的と聞く、論創海外ミステリあたりでどうか? この極端なダイジェスト版で採点するのは、いかがなものか――という気もしますが・・・長尺のストーリーを効果的に中編サイズにまとめてみせた、氷川瓏のダイジェスト技術にも敬意を表して、それ込みの7点とさせていただきます。 (追記」本サイトの掲示板で、フランス・ミステリの探究に意欲的な、空様より、『のろわれた潜水服』の原作は "Une affaire mystérieuse"(1878) であって、従来言われてきた "Le plongeur(1889)" ではないという、貴重なご指摘をいただきました。新発見の経緯については、掲示板の #31833 をご覧下さい。(2021.12.12) |