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[ サスペンス ]
死美人
ボアゴベ作品の翻案
黒岩涙香 出版月: 1926年01月 平均: 6.00点 書評数: 2件

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ノーブランド品
1926年01月

旺文社
1980年03月

河出書房新社
2018年11月

No.2 6点 クリスティ再読 2022/12/22 17:35
評者が読んだのは、江戸川乱歩現代語訳の方(小山書店→桃源社→河出書房新社)だから、おっさん様の旺文社文庫の涙香テキストとは別のもの。

この現代語訳は江戸川乱歩全集などに収録されないことで有名なテキストなんだけども、要するに代訳。実際に訳文を書いたのは、ジュブナイルのリライトの大部分をやった氷川瓏。乱歩は「あとがき」を寄せているし、プロデューサー的な立場だったとは言えるんだろうけどもねえ。(桃源社版では他の涙香作品の評も併録)

考えてみれば、このテキスト、

・ガボリオ―が創造した名探偵ルコックを使って勝手に
・ボアゴベが後日譚を創作
・黒岩涙香が翻案(自由訳)それを
・江戸川乱歩がプロデュース&自分名義で
・氷川瓏がゴーストライター

とスゴいことになっている....まさに伝言ゲーム。吉川英治の「牢獄の花嫁」は涙香をさらに時代劇にアダプトしていたりする。それだけ涙香の影響力に赫赫たるものがあったわけだ。乱歩自身も涙香アダプトは「幽霊塔」「白髪鬼」でやっているし、「死美人」と同じ経緯のボアゴベ→涙香の現代語訳「鉄仮面」も代訳。かなり強いこだわりを乱歩は涙香に抱いていたことがうかがわれる。

でも内容、結構面白い。真犯人の伏線がかなりあからさまなので、途中でバレているようなものだけど、裁判が終わってからの零骨(ルコック)老先生の孤立無援の奮闘ぶりがナイス。本当に「幻の女」みたいに、食いついた手がかりが、先回りした犯人によって次々と消されていくサスペンスがある。スリラーとしてはかなり上出来。いろいろと臨時の「手先」を雇って捜査するあたり、フーシェ・ヴィドック以来の「密偵警察」のカラーが色濃く残っているのを味わえる。

確かに「幻の女」風味のサスペンスは横溢するんだけども、面白いのは「獄中で絶望する死刑囚」<>「必死の捜査」というカットバックができないあたり。死刑タイムリミット物であっても、カットバックというのはグリフィス映画の発明品なんだろうね。
キャラの名前を全部日本人風に改めた涙香訳を踏襲しているのは言うまでもないが、「お毬」ならマリーだろ、とか、「類二郎」ならルイだろ、とか「鳥羽」ならトレヴァーだろ、とか語呂から本名が推測できる。でも倫敦・巴里はともかく、瀬音(セーヌ)川、という宛字には思わずニンマリ!

現代語訳は平明で「乱歩調」は当たり前だけど全然なし。リーダビリティは高い。前から気にはなってた人なので、氷川瓏、やります。

No.1 6点 おっさん 2013/06/11 11:07
『ミステリマガジン』今年の7月号は、自社本の映画化に合わせた<『二流小説家』特集>。
なんですが、外国作品の舞台を日本に移し替えて映画化、これは“翻案”であるという視座から、なぜかフランス作家カミのコントの翻訳ヴァージョン&翻案ヴァージョン(訳者の高野優氏、頑張る)や、翻案といえばこの人、元祖・黒岩涙香の短編(エミール・ガボリオの原作にもとづく「紳士の行ゑ」)まで併録されているカオスぶり。その発想はなかったw

涙香といえば・・・
筆者にとっては、学生時代、創元推理文庫の『日本探偵小説全集1』で接した、創作短編「無残」の読みづらさ――句点の無い文語体の文章、改行の無い会話がページにぎっしり――がトラウマになってしまい、長く、敬して遠ざける存在でした。
旺文社文庫で買えた涙香作品(『幽霊塔』『死美人』『鉄仮面』)は、とりあえず押さえてはおいたんですけどね。

そんな“積ん読”の涙香本のなかから、後年、ともかく目を通してみたのが本作品。『本格ミステリーを語ろう!〔海外篇〕』(原書房 1999年刊)で、芦辺拓、小森健太朗の両氏が、フォルチュネ・デュ・ボアゴベの『ルコック氏の晩年』La vieillesse de Monsieur Lecoq(1878 未訳)≒『死美人』(1891-92 『都新聞』連載)を高く評価しているのを知ったのが、きっかけになりました。

そのときの感想は――
なんだ涙香、長編のほうが読みやすいじゃんw そもそも文章の密度がぜんぜん違う、ただ面白いことは面白いけど、“本格”の文脈でどうこう言う話じゃないし、その出来も、あくまで歴史的価値をかんがみ、という留保つきの評価だよなあ――というものでした。
読み返しで、その印象は変わるや否や?

巴里(ぱり)の裏町、雪の降りしきる深夜。巡回中の警官が、大きな籠(つづら)を運んでいた不審者を捕えるも、その主人とおぼしい紳士はとり逃がす。
籠の中から見つかったのは、奇妙にも歌牌(かるた)の札ごしに胸を一突きされた、美女の死体。
拘引した曲者が聾唖者だったため、取り調べは難航するが、巴里警視庁の往年の大探偵、零骨(れいこつ)先生の助力で、犯行現場が突きとめられる。しかしその家――死美人の住家には、別に、頭を一撃された男の死体があったのだ。
そして、二重殺人の容疑者として捜査線上に浮かんできたのは・・・意外にも・・・!
暗躍する怪漢、さらわれる証人、仕組まれた罠――最愛の息子を救うため、警察本署と裁判所を向こうにまわし、いま、零骨先生の、晩年にして最大の闘いが幕を開けんとす。

うん、やはり波乱万丈です。涙香の筆も走りに走って、いま読んでもまったく退屈しない。
でも・・・いろいろ釈然としないw
魅力的な導入部からして――真相を知って振り返ると、なぜ犯人がそれほどの危険を犯してまで、死体を現場から運び去ろうとしたのか、その意図がよくわからない。犯行の動機からすれば、被害者の身元を隠す必要は、まったくない(むしろ、身元がわからないままでは、犯人にとって不都合な)わけですしね。
思わせぶりな、歌牌ごしの刺殺という謎の種明かしも、竜頭蛇尾。

原書との対応を調べた小森健太朗氏によると、本作は「(・・・)圧縮はされていても、相当程度に原作に忠実な訳文であって、決して原作を自由に換骨奪胎したものではない」(東京創元社『英文学の地下水脈』第四章の「註」を参照)とのことですから、原作者ボアゴベ自体に、さして論理性や必然性へのこだわりはないのでしょう。

本書からうかがうに、原作のミステリとしての(歴史的)価値は、以下の三点だと思います。

①先輩作家ガボリオのシリーズ探偵ルコック(零骨先生www)を借りて、長編“パスティーシュ”を試みたこと。
②無実の容疑者、その死刑執行まであと何日――という“タイムリミット・サスペンス”を探偵小説に導入したこと。
③“意外な犯人”パターンの典型を確立したこと。

たいしたものですが、そのそれぞれに、突っ込みどころがあるw 

①については――え~っと、ルコックって、こういうキャラクターだったっけ? 老探偵という設定もあって、受ける印象は、むしろ『ルルージュ事件』のタバレですね。しかしガボリオは、ルコックにしてもタバレにしても、具体的な“推理”で主役キャラを立てることが出来るのに、ここではそれは無いんです(冒頭の、“死美人”の住家を暴きだす捜査法は、いちおう『ルコック探偵』へのオマージュではありますが・・・)

②が一番、評価できるポイントでしょう(なので本作を、ひとまず「サスペンス」でジャンル登録した次第)。しかし、あえて言えば、その魅力的な設定に比して、死刑宣告を受けるキャラクターに、もうひとつ、読者をドキドキさせるだけの魅力が無い。最後に語られる、彼が口をつぐんでいた理由にいたっては・・・う~ん、莫迦じゃないの。それじゃ死刑になってもしょうがないよ、自業自得。

③の“犯人トリック”は、でも途中で作者が底を割ってしまう。結末の意外性より、邪悪な犯人の姦計を基礎とする、中段のスリラー要素で勝負するほうを選択したわけで、それはそれでアリです。
しかし、前段、犯人の心理を(その人物が“犯人”であると悟らせないように)瞥見させる手法――これもガボリオの『ルルージュ事件』から学んだのでしょう――を試みたりしているだけに・・・ちょっともったいなくも思える。
ギリギリまで悪漢の正体を伏せたままで進行させたらどうなっていたろう――1907年に、いまなお古典として残るアノ長編を書いた、某有名ミュージカルの原作者wも、ボアゴベのオリジナルを読んで、そう感じた一人だったかもしれません。


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