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[ SF/ファンタジー ] ウェイティング |
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フランク・M・ロビンソン | 出版月: 2003年12月 | 平均: 5.00点 | 書評数: 1件 |
![]() KADOKAWA 2003年12月 |
No.1 | 5点 | 人並由真 | 2024/12/21 04:24 |
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(ネタバレなし)
まもなく21世紀を迎えるサンフランシスコ。路地で中年の医者ラリー(ローレンス)・シェイが、惨殺された。青春時代にシェイとともに馬鹿騒ぎの遊興サークル「自殺クラブ」に所属し、今も当時の仲間たちと付き合いのあるテレビ局のニュース・ライター、アーティ(アーサー)・バンクスは、友人の変死を調査するうちに、シェイの周囲で事故死したひとりの老人ウィリアム・タルボットの死亡記録を認める。そこでアーティが知ったのは、60歳代のタルボットの肉体が、生物学的にまだ30歳代の若さを保っているという驚異の事実であった。やがてアーティは、現人類ホモ・サピエンスとは別途に、3万5千年前に生きていた「旧人類」の末裔たちが現代でも己の種を自覚しながら人間社会に潜伏して暗躍し、現人類の滅びの時を待っている(ウェイティング)という脅威に直面する。 1999年のアメリカ作品。 『タワーリング・インフェルノ』(同邦題の原作小説版)の作者コンビ、スコーシア&ロビンソンの片方(後者)が単独で著したSFスリラー。 サワリの文芸設定だけ聞くとちょっと面白そうだし、あの小説版『タワーリング・インフェルノ』(←これは若い頃に、ほぼリアルタイムで読んだ)の片割れの作者の(比較的)近作という事実にも興味を惹かれ、手にとってみる。 ちなみに角川文庫の表紙の、ゴールデンブリッジの上に立ってサンフランシスコの市街を睥睨する人影はなかなか刺激的で、「お、こいつがその旧人類の一人か? 現人類を冷ややかに見下ろす幹部クラスの大物か?」と期待したが、実際には何の関係もない。主人公の学生時代のサークル「自殺クラブ」の度胸試しで、メンバーが高い橋の上に登っているだけの図だった。わしゃ怒るよ、角川の表紙サギ(!)。 3万5千年前に、人類の進化の系図からホモ・サピエンスと袂を分かった旧人類がその後も現代まで命脈を保ち続けているという大ボラ自体は、ちょっと我が国の山田正紀風にワクワクできていいのだが、じゃあその連中がどうやって統率されているのか、とか、3万5千年という悠久の時のなかで現人類ホモ・サピエンスとの交配はどのような過程を経たのかとか、種の因子の薄い濃いは、旧人類が隠れ潜む人間社会のなかでどのような意味を持つのかとか……などなど、生物学にシロートの自分が読んでいても結構な疑問が湧いてくるのだが、作者はその辺あまりマジメに応える気が無い。江戸時代の諸藩のどっかに、数代前からの草(潜入忍者)が潜伏生活を送っている、程度の描写しかない。この辺は、キングやクーンツなど細部にリアリティを書き込める大家との筆力の差が、明白に出た感じ。 主人公の周囲の人間が続々と命を奪われていき、どうやら旧人類はテレパシーとまではいかない外的な暗示によって人の心を操作できるらしいといった描写がされるのだが、実際には心の声が聞こえるような叙述で敵の攻撃や精神操作が描かれ、なんだ結局は従来のテレパシーじゃないの? という感じで、あまり緊張感がない。 ストーリー的には随所にどんでん返しもあるのだが、結構、先が読めてしまったり。それらも含めてロビンソンは単独の作家としては、あまり描写が、小説がうまくない印象。終盤、主人公アーティがさる大きな作中の事実に気づくくだりも、なんでそうなったのか、よくわからないし。 つーわけで、大ネタはそれなりに面白くなりそうなところ、あまり弾まなかった一作であった。そもそも大設定からして、これなら旧人類の復権という『ウルトラセブン』のノンマルトみたいなSF設定にする意味もなく、フツーの人類危機の侵略SFみたいにミュータントでいいよね、という思い。 評点はこんなものかな。まったく楽しめなかった訳ではなかった。 とはいえスコーシアとの合作の小説『タワーリング・インフェルノ』は普通に面白かった遠い日の記憶があるので、ほかに何冊か出ている合作作品の方なら、もうちょっとイケるかもしれない? その辺もそのうち、手にとってみることにしよう。 |