皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
[ クライム/倒叙 ] おかしなおかしな大泥棒 「チェス泥棒」ウェブスター・ダニエルズ |
|||
---|---|---|---|
テレンス・ロア・スミス | 出版月: 不明 | 平均: 7.00点 | 書評数: 1件 |
|
No.1 | 7点 | 人並由真 | 2024/02/13 05:57 |
---|---|---|---|
(ネタバレなし)
1966年12月。アメリカのイリノイ州。高給取りの会社員で31歳のブ男ウェブスター・ダニエルズは、突然脱サラした。かたや大学時代からの恋人だった彼の妻リーナも現在のウェブスターが男性として退屈だと言い放ち、強引に離婚する。だが実はそんなウェブスターにはゆるい日常から抜け出て、上流階級の金品を狙う怪盗という第二の人生を歩むというひそかな目標があった。ウェブスターは盗みに入った不動産界の大物ユージン・ウォーカーの自宅から、かなり大量の汚職の証拠を発見。ウォーカーを脅迫して仲介役を求め、地元の上流階級の面々に仲間入りする。こうしてさらに金持ちたちの情報を得るウェブスターは、盗みの現場にチェス関連のアイコンを残していく謎の「チェス泥棒」として、どんどん活動の幅を広げていくが、ひょんな縁から「シカゴの社交界の魔女」と称する24歳の美女ローラ・デヴローが彼の恋人、そして盗みのパートナーとなる。荒事をギリギリ避けながら順調に怪盗稼業を重ねていくウェブスターとローラだが、そんな彼らの前に、52歳の辣腕保険調査員デイブ・ライリーが立ちはだかった。 1971年のアメリカ作品。 作者テレンス・ロア・スミスに関しては、本邦にこれ一冊しか翻訳されていないし、しかも本作も1973年の映画化&日本での公開に合わせてその流れで翻訳刊行されたもの。角川文庫版は昭和48年1月10日の初版。 原題「The Thief Who Came to Dinner(夕食に来た泥棒)」で英語のウィキペディアを検索すると、作者の生年は1942年。1988年12月7日に自動車事故で46歳の若さで亡くなったらしい。 (ところで父親がチャールズ・メリル・スミスというが、まさかあの「ランドルフ師」シリーズの作者か?! だとしたら、初めて知った! ←すでにどっかでその情報読んでいて、すっかり忘れてる可能性も大だが・汗。) 内容はかなり軽妙なクライムコメディ(70年代前半、ポルノ解禁後の~21世紀の今となっては、明るくゆるい~セックス描写も横溢)で、評者の狭いミステリ読書遍歴の中からあえて近いタイプを探せば、エヴァン・ハンターのケッサク『ハナの差』辺りか。あと、ウェブスターとローラ、主人公カップルの関係はジェラルド・A・ブラウンの秀作『ハロウハウス11番地』なんかも思わせる(向こう程シリアスではないが)。要はね、青木雨彦さんの「夜間飛行」「課外授業」のネタ本の世界だよ……といって、世代人以外に通じるだろうか。まあいいや(笑)。 主人公ウェブスターの怪盗稼業がホイホイうまくいきすぎるのは、正に、これはそういうリアルファンタジーだから、で済むハナシで、ここで怒ってもしょうもない(それでも終盤にそれなりのピンチに陥るが)。 むしろこの時代のエンターテインメントノワール・ミステリとしては、あっけらかんとしたポルノ描写(盗んだ宝石を欧州の故売屋に届けに行くセスナ飛行機のなかで、ローラとエアセックスをするくだりに艶笑)とか、ほかの主要人物もふくめて、男女たちのくっついたりくっついたりの連続とか、どこかオフビートなノリの良さに心地よさを感じる。 くわえて中盤から登場する敵役の保険調査員ライリーが後半には第三の主人公といえる比重になっていき、その枯れた中年キャラクターもなかなか魅力的。ウェブスターとライリー、最終的にどっちがどう勝つの? 結局主人公は捕まるの? 死ぬの? という興味で順当にグイグイ引っ張っていく。 ラストがどう決着するかはもちろんここでは書かないけど、まあね、うん、という感じに落着。個人的には不満はない。 まあヒトによっては軽い読み捨て娯楽作品、程度の一冊かもしれないけど、細部の随所の小説的な味わいもあって、こーゆーのも評者はスキだったりする。 ちなみにウェブスター主役の続編は1975年にもう一冊書かれたらしい。もちろん未訳だけど(うー)。 なお映画は主人公の名前を「ウェブスター・マッギー」に変えて美男ライアン・オニールの主演で映像化。 原作では序盤からブ男と何度も自他ともに連呼されて(ハゲでもみあげでヒゲの男だ)、盗みで儲けたカネで植毛したり、小規模な整形をしたりして容姿を少しずつ整えていく主人公のキャラなので、まるでイメージが違う。評者は映画はまだ未見だけど、先に映画から観てそのイメージでこの原作を読んだヒトはかなりアレだったのではないかと。 (まあローラ役が、黄金期のジャクリーン・ビゼットというから、今からでも観たい! という気には改めて、なってきた。ただし日本語版DVDもまだ出てないらしいが。) あと翻訳はフォーサイスの篠原慎なので一流の座組だが、本当に地の文までちゃんと全部訳してくれているのか? と思うくらい、省略法の効いた(一応いい意味で)叙述で、ポンポン弾んでスイスイ流れるように話が進んでいく。のちの「超訳」めいたことだけはしてないことを願いたい。いやまあ、まったく疑う根拠はないんだけど。 最後に、小説は冒頭からレン・デイトンやスタウトの引用で始まり、各章の最後に当時の現代ミュージックの曲名をイメージ的に入れるなどけっこうオシャレな演出。洋楽の方は全然詳しくない評者だけど、そっち方面がスキな方は機会があったら覗いてみてください。 |