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[ 本格 ]
愛と悲しみの探偵
ニール・ケリー教授
S・F・X・ディーン 出版月: 1988年06月 平均: 6.00点 書評数: 1件

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早川書房
1988年06月

No.1 6点 人並由真 2022/06/17 15:21
(ネタバレなし)
 アメリカ東部のオールド・ハムトンの町。「わたし」こと「オールド・ハムトン・カレッジ」で17世紀の英国文学を研究する50代半ばの教授ニール・ケリーは、長年の友人レイシー夫妻の娘で教え子でもある20歳の女学生プリル(プリシラ)から求婚される。7年前に愛妻ジョージアを癌で失い、二人の娘をすでに嫁がせたニールにとって、プリルは名付け娘でもあった。優秀な学生で、真剣で情熱的な愛情を向けるプリルに本気で惹かれている自分を見つめるニールは、彼女とふたりだけの場で婚約を交わす。だがその直後、大学の図書館でそのプリルが何者かに殺害された。大学の理事長であるレイシーとその妻バーバラの依頼を受けて、ニールは公式な立場から犯人捜しに乗り出すが。

 1982年のアメリカ作品。作者のシリーズキャラクターとなるアマチュア名探偵、ニール・ケリー教授ものの第一弾。MWA処女長編賞、CWAゴールデンダガー賞、それぞれの候補になった作品だが、ともに受賞は逸した。
 
 ポケミス巻末の解説によると作者ディーンは自ら大学教授が本職であり、それだけに伝統あるキャンパス内の描写は克明。
 自作のミステリに関しては「インターフィクション」なる造語のもとに、謎解きミステリの枠内で小説成分の比重を多くした作風を心がげているとのこと。
 なるほど、実際に本作を読んでも、最初のページで一人称ニールの視点から若い恋人プリルの死が語られる一方、そのあと誠実で微笑ましい年の差ロマンス(体の関係などもない)の経緯が延々と綴られ、やがて生じる悲劇に向けて読者の情感を盛り上げていく。ある意味でかなりあざとい作劇が図られている。
 
 言ってみれば、アマチュア名探偵シリーズを書き始める構想の上で、いきなり87分署の名作『クレアが死んでいる』からスタートしたような戦略で、やはりあざとい。
 しかし(愛らしいヒロインのプリルにも、彼女を失って心傷つくニールにも悪いが)こういう残酷な文芸設定で開幕する名探偵シリーズものを一度読んでみたいという悪魔的な心境の自分がいるのも認めざるを得ない。そういう腐ったミステリファンの心の隙を突いてくる文芸設定、やはり、あ、あざとい。

 小説的な部分での勝負を自負するだけあってストーリーの幅は広がり、それにあわせて登場人物もべらぼうに多い(登場人物メモを作成したら、B5のメモ用紙を三枚も使った)が、文章そのものはかなり平明。
 翻訳はカーの『火よ燃えろ!』(HM文庫版)なども訳した人だと確認してちょっとビックリしたが、こちらも読みやすい。
 
 ミステリとしては中盤など、状況の細部を細かく分析し、ロジカルに関係者の行状を探るニールの推理などなかなか切れ味があるが、終盤、肝心のフーダニットの真相明かしについては、どちらかといえば足で情報を稼ぎ、探偵ニールにも読者にも秘められていた案件から事件の真実を語るもの。パズラーとしては食い足りない感はあるが、その辺も小説としては悪くはなかった。
 ただ一方で、作者がミステリのセンスや技巧、熱量で勝負したというよりは、筆力でまとめた感じも強い。最後の最後になって真相を明かされ、<そういう事情で、愛らしい若いヒロインは殺されたのか>と、改めてかなり寂寞めいた思いになった。
 その辺は作者の狙いとはたぶん違うものだと思う。

 ちなみにこのシリーズの翻訳紹介は、第一弾がこれほど印象的な開幕編なのに、なぜか先行して第三作が先に紹介され(同じポケミスの『別れの儀式』)、結局、この2冊のみで打ち止めとなった(原書では少なくとも6冊はすでに刊行)。
 さらに第二作は本作『愛と悲しみの』の後日談的な設定でもあるみたいで、そっちも読みたいと思ったが、前述のように未訳。
 完全にハヤカワの商売の戦略ミスだろ、これは。
 
 評点はトータルとしてはなかなか面白かったものの、前述の終盤の謎解きの組み立てに際して、悪い意味でちょっと切なさを感じる面もあるので、こんなところで。


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S・F・X・ディーン
1988年06月
愛と悲しみの探偵
平均:6.00 / 書評数:1