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[ 法廷・リーガル ]
死との契約
スティーヴン・ベッカー 出版月: 1966年01月 平均: 8.00点 書評数: 1件

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早川書房
1966年01月

No.1 8点 人並由真 2021/11/22 16:57
(ネタバレなし)
 1964年、アメリカ南部のある州。小さな町ソールダッド・シティの70歳代の判事で「わたし」ことベンジャミン(ベン)・モラス・ルイスは、1923年当時、自分が新任判事に就任した29歳の時に起きた殺人事件と、その後の裁判の経過について回想する。それは当時、町で最高級の美女と称されていた奔放な27歳の人妻ルイーズ・トールボットが殺された事件だった。

 1964年のアメリカ作品。
 ハヤカワノヴェルズ初期の一冊だが、初めての邦訳は「日本語版EQMM」が「ミステリマガジン(HMM)」に改名・改組(1966年1月号から)した直後の、66年6~9月号に4回に分けて連載。それから書籍化された。
 21世紀の現在ではほとんど語られず、評者自身も記憶から失せていた作品だが、最近、何かの流れでこの時期のHMMの書誌をリファレンスしていて、そういえばこんな長編が当時、連載されていて、まだ未読だったなあ、と思い出した。
 それで、見方によっては本作は、新体制になったHMMの初期看板作品のひとつを務めた作品ともいえるわけで、これはそれなりに面白いかも? と期待を込めてAmazonで古書を注文してみる。帯はないけど、それなりに状態がいい本が安く買えた。

 内容はあらすじの通りで、1920年代のアメリカ南部の州(具体名は最後まで明らかにならない)の小さな町ソールダッド・シティが舞台。そこである日、美貌の人妻ルイーズが殺され、嫌疑は夫でやり手のブローカーである30歳代前半のブライアンにかかる。ブライアンは数年前に浮気して性病にかかり、その病根を妻ルイーズにも感染させ、彼女を妊娠できない体にした過去があった。ルイーズはその後、夫に愛憎の念を抱きながら自分も不倫を続け、こじれた夫婦間のもつれからブライアンが計画的な殺人を行ったのでは? と目され、告訴される。担当判事は主人公の若者ルイスではなくずっと高齢の先輩だが、ルイス自身も密接に裁判に関り、だが事態は後半に至って、予期しない方向に二転三転の展開を見せていく。小説そのものは全四部の構成だが、中身の紙幅の緩急のつけ方で、強烈な加速感を読み手に抱かせる手際もよい。

 登場人物は名前のあるキャラクターだけで70名前後に及び、そのうち主要な人物は20~30人前後か。1920年代のアメリカ現代史にからむ世相をつまびらかに語りながら、スモールタウンの群像劇をみっちり描きこんでいく作者の筆遣いはこの上なく達者で、さらにもうひとつのサブ的な主軸ストーリーとして主人公ルイスとその婚約者である女性教師ローズマリー・ベルグキストとの関係の一進一退などもからむ(ルイスの実家や親族などのそれぞれのキャラクターを立てた描写も秀逸で、各自の存在感は並々ならぬものがある)。

 緊迫した法廷ミステリではあるが、同時に広義の小説、人間ドラマとしての価値が高い作品で、終盤では本作の主題となる「人類社会の法と正義」というテーマが圧巻のボリュームで浮き彫りにされる。
 読みごたえは満点、ストーリーテリングの妙も際立っているが、さらにリーダビリティも最高で、一晩、ほぼ徹夜で読了してしまった。
 改めて21世紀での現在では忘れられてしまった、リーガルミステリ&人間ドラマの優秀作と、太鼓判を押したい。
 
 心に残るシーンは、感銘する場面も人間の愚かさや切なさを実感させる叙述もふくめて山ほどあるが、個人的には本作の主要キャラクターのひとりにして妻殺しの容疑者とされたブライアン(もちろん彼の真実に罪科についてはここでは触れない)の終盤の一言がすごく印象に残った。強烈なリアリティがあり、その視線の行く先が心に沁みる。いろんな意味で。

 とても面白かった。そして良かった。9点手前のこの評点で。


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スティーヴン・ベッカー
1966年01月
死との契約
平均:8.00 / 書評数:1