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[ サスペンス ] さよならの値打ちもない アリステア・キャソン・デューカー |
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ウィリアム・モール | 出版月: 不明 | 平均: 7.00点 | 書評数: 1件 |
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No.1 | 7点 | 人並由真 | 2021/10/26 13:21 |
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(ネタバレなし)
その年の3月。葡萄酒商会の重役でアマチュア探偵でもあるキャソン・デューカーはロンドンでの「ハマースミスのうじ虫」事件に決着をつけて、今は英国の領地である西インド諸島のバーバドス島に静養に来ていた。そこで土地の者や旅行者の白人たちと知己になるキャソンだが、そんな連中の中のひとりで女好きで嫌われ者のティモシー・フラワーが死体となって海浜で見つかる。彼は、年上の妻で生活を支える社交界の有名人エミーとともに夜釣りに出たらしいが、海に落ちて絶命したようだった。検死審問を経て事故死とされるティモシーだが、キャソンはこの件が実は殺人であろうと察していた。そして……。 1956年の英国作品。 『ハマースミスのうじ虫』に続く、アリステア・キャソン・デューカーシリーズの第二弾。 現状のAmazonでは翻訳本の刊行日データが未詳だが、昭和34年7月25日に初版刊行。 本作では独特のエキゾチシズムを感じさせる西インド諸島を舞台に変えて、その作風はどことなくT・S・ストリブリングの「ポジオリ教授」ものを思わせたりもする。 「まじめに抱え込むものの多いアマチュア名探偵」キャソン・デューカーのキャラクターは前作からそのまま継承されており、彼は前作のラストで「悪人を狩るアマチュア探偵」としての自分にひとつの区切りをつけたはずだが、まだ完全に葛藤を整理できないでいる。というか見方によっては、キャソンはいまだに足踏みしているとも、いやそれどころか、心のありようがさらに後ろ向きになっている? とも言えるかもしれない。 本作も前作同様の、メタ的ともいえるテーマに向き合った「シリーズもののアマチュア探偵のありよう」を語るキャラクター小説かつ人間ドラマであり、それゆえにキャソン・デューカーはこいつが犯人だと首根っこを押さえ込んだ? 相手に対して、恣意的に適宜な距離感をはかろうとしていく。 デリケートな心理劇がしばらく続き、読者によっては退屈かもしれないが、個人的にはそんな主人公と容疑者の関係性から生じる緊張感がたまらなく面白かった。 (キャソンを軸に描かれる、多様な登場人物たちの群像劇も、とあるキーパーソンが仕掛けたある策略の実態が少しずつ見えていく流れも、シンクロすれば楽しめるものと思う。) それでくだんのキャソンと容疑者との対峙シフトは前半のうちにほぼ固まってしまうので、これで最後までもたせる訳はないだろうな、と思っていたらストーリーは後半の展開に突入する。 その後半ではふたたび「うじ虫」的な人間の悪意が覗きはじめ、くだんの悪党の確定のために、キャソンと土地の捜査陣たちの活動が深化してゆく。 そんな後半のヤマ場に至る前哨として、キャソン自身の<名探偵かつひとりの人間としての思惑>が彼自身の立場をややこしくする遠因になってしまったり、周囲の人たちとの軋轢を招いたり、この辺もなかなか面白い。まさにその意味でも「名探偵ミステリ」である。 (ちなみに題名の意味は「別れの際に、きちんとさよならを言うだけの価値もないほどのゲス野郎」というような感じ。) クライマックスに向かっていく流れはやや強引な勢いも感じたりもした(とあるロジックというか人間観にもとづいてある結論が出されるが、それにツッコミたくなるような……)。 が、そこをひとまず了解する、あるいは受けいれるなら、さすがに終盤のヤマ場の対決図はなかなか歯ごたえがある。ここは良い意味で前作の主題を継承しながら、その変奏を味わわされた感じだ。 いろんな意味で、必ず前作から読んでほしい。 また前作を読んで<謎解き&捜査ミステリにおける名探偵のありよう>という命題に何らかの引っ掛かりを覚えた人なら、ぜひともこちらも読んでほしい(現時点では稀覯本なので、容易に入手しにくいのが難点だが)。 そして、このシリーズはこのあとどういう方向に行ったのであろう。 未訳のシリーズ第三作の発掘翻訳が、今からでも出ないかなあ。心から願う。 最後に、創元の旧クライムクラブは本体のジャケットカバーの折り返しに登場人物表が載っているのだが、本書の場合はわずか6人しか名前が並べられておらず、しかし実際に劇中に登場する名前があるキャラクターは30人以上に及んだ。そして現実の主要キャラの大半が一覧表に名前がなく、当時の編集部のとんだ手抜きぶりを実感した。 もしこれから読まれる際は、自分で人物メモをとりながら楽しまれることをオススメします。 |