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[ クライム/倒叙 ]
血の来訪者
伊達邦彦/別題『血の来訪者 野獣死すべし・第三部』
大藪春彦 出版月: 1970年01月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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徳間書店
1970年01月

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No.1 7点 人並由真 2021/10/22 06:02
(ネタバレなし)
 昭和30年台。犯罪者・伊達邦彦は、資本金100億円の大企業「大東電機」の社長令嬢、神野知佐子を婚約者の沢田忠雄から寝取り、玉の輿の娘婿になる秘密の計画を進めていた。だがたまたま出会ったカミナリ族の二人組に知佐子が殺され、邦彦はその犯人たちを惨殺すると、そのまま恋人の死体を損壊して身元を隠蔽。彼女がまだ生きて誘拐されたように見せかけ、知佐子の父である神野洋一から3000万円の身代金を奪おうとする。警視庁は用意された3000万円の身代金に放射性物質のマーキングを施し、誘拐犯逮捕の罠を仕掛けるが、邦彦は明晰な頭脳と銃弾にものを言わせてまんまと身代金を強奪。さらにその3000万円が危険な「熱い金」であることも承知で、次の行動に移るが。

 「野獣死すべし」初期三部作(とりあえず「渡米篇」はノーカン)の掉尾を飾る大作で、第一部が長めの短編、「復讐篇」が長めの中編という一般的な認識に従えば、これが伊達邦彦ものの初の長編ということになる。

 先日、ブックオフで大藪作品の文庫版がまとめて売りに出されていたのでこれも買ってきたが、読んでいる途中のとある場面で、たぶん十代の頃に一度読んでいたのを思い出した(汗)。
 いや、お恥ずかしいが、おそらく当時は情報量の多さに半ばオーバーフローしてあまり記憶に残らなかったのだろう(笑・汗)。

 というわけで今回はしっかり読んだが、いややっぱり面白いです(笑)。
 この時期の伊達邦彦の強靭なダークヒーローぶりは、悪党パーカーやトマス・リプリーに負けじ劣らずの凄味がある。
 物語序盤で絶命したため、あっというまに利用価値の無くなった恋人の死体を身元不明にするため、冷徹に自動車で轢きまわしてボロボロにしながら、そのあまりに無残さを見て嘔吐する描写なんかなんとも言えない。さらに言うと、クールでドライなこの殺人者の心の奥底にはそれでも暗い情念がまだ宿っていることも、本作の後半でまた明らかになる。大藪作品は、こういうクレイジーな熱さこそに浸りたい。

 今回の読後にネットで情報を拾うと、本作はもともと「週刊新潮」に連載。しかし途中でワイセツ的な描写が当局から指摘されて、一度は連載中断の憂き目にあったそうだが、21世紀現在の多くのファンが語るとおり今読んでもどうってことはない。

 むしろ本作は物語の機軸を主人公の邦彦にちゃんと置きながら、実に絶妙なバランスで周辺のキャラクターたちを配する作者の手際に感じ入った。
 しかし中盤でもう一人の主人公となるか!? と思わされた悪徳私立探偵の津村の扱いがまた……。なんかね、21世紀の完成度の高い警察小説、それも群像劇の集団ものを思わせる運用で、唸らされた。
 本作の刊行当時の新世代の海外ミステリのセンスアップぶりをかなりよく吸収してあるんじゃないかって。

 しかしラストはこういうクロージングだったのだな。いやもちろんここでは詳しくは言えませんが、それでも当時リアルタイムで読んでいた読者がかなり羨ましく思えた。(いや、自分にせよ、一回は読んでいるのだから、いかに印象的なラストとはいえ、結局はそれでも、まったく忘れていたことになるが。)

 あと小林信彦がエッセイ「深夜の饗宴」の中で<松本清張がなんでもかんでもCIAの陰謀にしたがる傾向があるのを、大藪がからかっていた初期長編があって爆笑した>というのを書いていたのだが、それはコレのことだったのだな(笑)。
 本作の終盤で、邦彦の悪事のために加速度的に膨らんでいく犯罪。その状況を断片的に見聞きした作家(清張のパロディのネーミング)がアレコレ、実にもっともらしくコメントする場面があった(笑)。
 しかしこのパロディ作家のネーミング、小林信彦が語っていたものと若干、変わっているような? 
 なにせ新潮文庫は松本清張作品のメッカだからね~。あまりにアカラサマなパロディネームだとアレコレ禍根があるので、文庫に入れる時にネーミングを一見わかりにくいように変更したのかもしれない? 
 いつか機会があったら、本作の元版と比較してみよう。
(いつのことになるかはわからんが。)


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