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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ]
クレムリンの密書
ノエル・ベーン 出版月: 1966年01月 平均: 8.00点 書評数: 1件

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早川書房
1966年01月

早川書房
1980年03月

早川書房
1980年03月

No.1 8点 人並由真 2021/10/16 16:21
(ネタバレなし)
 1964年の後半。アメリカ海軍情報部の中佐だったチャールズ・ローンは、いきなり職務を解任され、謎のベテラン諜報員「ハイウェイマン」のもとに預けられる。ハイウェイマンのもとには、さまざまな組織から特殊技能を持つ十数名の要員が呼集されており、とある資質を見込まれたローンは、コードネーム「バージン」としてソ連に潜入する精鋭6人の中核要員に育成されてゆく。その目的とは? そしてそれに先んじてソ連の某・刑務所では58歳の囚人イリョーシカ・ボラコフが服毒自殺。これを契機に、ソ連の「第三部」こと「対合衆国諜報課」のリーダー、ウラジミール・イリッチ・ゴズノフ大佐、そしてその周辺の者たちがそれぞれの暗躍を始めていた。

 1966年のアメリカ作品。
 作者ノエル・ベーンは2020年代の現在ではほとんど忘れられた作家で、実際に本サイトにもまだひとつもレビューがないが、少なくとも処女作の本作と第二作『シャドウボクサー』の二冊で、20世紀のスパイ小説史上にはその名を刻んでいた、と認識していた。
(ちなみに本作は小林信彦などが「地獄の読書録」の中で、スパイ小説というよりはある種の伝奇小説の秀作、という主旨で、エラく褒めている。)

 といいながらも評者もようやく今になって初めてこの作家の作品として、本書を手に取った。

 ところで評者は今回、1966年に翻訳刊行の元版・ハヤカワノヴェルズ(HN)版で読んだが、これが日米同時刊行の上、原書の版元サイモン&シャスター社(ミステリファンには87分署などの版元でおなじみだったような?)の趣向にならって返金保証の封綴じ本の仕様で発売されていた(評者が購入した古書は、もちろんその封はすでに切られていたが)。
 当然、これ以前にもポケミスの『消された時間』(バリンジャー)など返金保証本はいくつかあったので、それはいいのだが、特筆すべきはこの時期のHNには珍しくジャケットカバーの裏表紙折り返し部分に<かなり詳細なあらすじ>が掲載されていること。
 周知のとおりごく初期のHNは基本的に表紙周りにあらすじを書かない方針だったと思うので(作者紹介は載せたりしていた)、本作は封を切る前にちゃんと大筋の整理を読者に確認させようという編集部の配慮がうかがえる。要はソレだけ込み入った迷宮を歩きまわるような内容だということ。特に前半が。

 とはいえ噂通りに達者な書き手で、読者の予想をはぐらかす小規模なサプライズや見せ場をつるべ打ちにしながら、次第にその流れに慣れてくるころにはなんとなく物語のベクトルが見えてくるようになっている。確かによく出来た作品。

 冷戦時の東西両陣営のスパイ戦、さらにはその世界に蠢くベテラン&フリーランス諜報工作員の非道・外道ぶりも容赦なく語られ、時には主人公のローン自身もその主体となり、読者は劇中のさまざまな行為の清濁を併せ吞むことになる。ここにあるのは倫理も非道も常に相対化される世界だが、その分、かなりショッキングな描写も登場する。

 読者の一般的な心情としては、いくばくの感情移入をした誰か特定の登場人物にまた別の劇中人物が残酷非道なことをすれば、あーこの後者のキャラは悪人として処罰されればいいのにな、と思うのが自然だ。が、本作のようなエッジの効きまくったエスピオナージの世界ではそうはいかない。読み手はそれぞれの局面のなかで、常に相対的な条理を見定めようとあがくだけだ。

 ラストの(中略)なクロジングもあまりに鮮烈。傑作・名作の名前に恥じない一冊だが、正にスパイ小説界のイヤミス的な作品でもある。でもそれって本質的に形容矛盾だよな? 
 評点は9点を取るパワーは十分にあると思うのだけれど、心の中に残る種々の摩擦感を見逃せずこの8点。もしかしたらエスピオナージ好きのミステリファンにとって一種の試金石的な作品かもしれない。


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ノエル・ベーン
1966年01月
クレムリンの密書
平均:8.00 / 書評数:1