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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ]
北京暗殺団をつぶせ
「クィラー」シリーズ
アダム・ホール 出版月: 1983年07月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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早川書房
1983年07月

No.1 7点 人並由真 2021/10/09 07:35
(ネタバレなし)
 本国の英国情報部に向けてソウルで諜報活動を続けていたベテラン諜報員シンクレアが、母国に帰還した際に何者かに暗殺された。シンクレアと任務の上で懇意だった歴戦の諜報員「クィラー」は、北京とソウルで暗躍するアジア系暗殺集団の実態を探るべく、先日亡くなった中国首相の弔問のため北京に向かう英国外務大臣の随伴メンバーにまぎれて、現地に潜入した。だがその葬儀の場でまたも惨劇が勃発。急変する事態のなか、休む間もなくクィラーに謎の黄色人の刺客が襲い来る。融通のきかない英国情報部の本部にいら立ちながら、事件の真相に接近するクィラーだが。

 1981年の英国作品。
 「アタマ・スパイ」クィラーシリーズの第10弾。

 評者はこのシリーズはつまみぐいで読んでおり、はっきり完読した記憶があるのは『タンゴ』『不死鳥』に次いで、これで3冊目。
(あと、数年前に第8作目『ミグ戦闘機突入せよ』を読みかけていたが、途中で本がどこかに行ってしまった。あともう少し、何冊か読んでいたような……?)

 ところで作者アダム・ホールの情報をwebでGoogle検索すると、別名義「エルストン・トレヴァー」のWikipediaにたぶん誘導される。そこでこのホール名義のクィラーシリーズについても簡単に説明してあるが、そこには
「クィラーはジェームズ・ボンドとジョン・ル・カレの冴えないが狡猾なスパイたちの中間にいる。(中略)シリーズはとても様式化されていて、スパイの駆け引きとプロの交渉の緊張感ある描写、章と章の間のびっくりするようなジャンプ・カット、時に自己憐憫的な深い内面のモノローグが特徴である。」と記述。
 ……いや、かなり的確な解説で、特に「章と章の間の『びっくりするような』ジャンプ・カット」という物言いが秀逸。
 要は前の章で割とスムーズにその場面がまとまったら、次の章の出だしでいきなり大きく場面が転換し、映画でいうならスムーズにカットが繋がらない! という演出効果がアタリマエなのが、このシリーズである。
 おかげで登場人物メモをまとめる作業もけっこう煩わしいが、その分、物語のパーツの配置が見えてきてアタマの中で整理がつくと、独特のカタルシスを獲得。このシリーズの楽しみ方は、おおむねこういった感じだ。

 なんというか、たとえるなら、細密な表面で面積の大きいモザイク美術に向かって、絶えず接写距離からカメラを近づけ続け、しかしてこちらのペースとは別の呼吸で、そのカメラの位置をあちこちに移動されるような感覚……クィラーシリーズの妙味ってのは、そんな感興に近い。

 とはいえ今回なんか、まだわかりやすくエンターテインメントしている方で、アジア各地での右往左往、英国情報部からの指示系列のなかでの煩雑さ、かなり多彩なゲストキャラクターたちの出たり入ったり……と、ネタも豊富。どぶ川に落ちたクィラーが敵の追撃を必死のかわすあたりの克明な描写も、粘着このうえないしつこさだが、それはそれでまた小説としての読み応えではある。

 それで後半、敵陣に乗り込むあたりからは、いきなり物語の加速感が増す感じだが、ここであるゲスト人物とのやり取りを介して、あれ、クィラーってこんなキャラクターだったの? といささか驚かされた。もうちょっと、冷酷じゃないけれど、初期からの悪党パーカーにも負けないドライな性格だと思っていたが。あらためて、これもシリーズ進展の妙味というヤツか。
 そういう意味ではシリーズの順を追って読めば良かった……って、実は途中歯抜けで、何冊か翻訳されてないんだよ。マイケル・シェーンシリーズとかと同じだね。
 それでもまあ、クライマックス~ラストの展開は、あ、そっちの方向に行くの?! という驚きも含めて、最後まで楽しめた。余韻を思いきり(中略)したクロージングも、これはこれである種のスタイリズムという感じでよい。
 今回はたまたま本が手に入ったから久々にそのまま読んじゃったという感じだが、期待通りにフツーに楽しめた。またそのうち、このある種の歯ごたえというかシンドさが恋しくなったら、また何か読むでしょう。


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アダム・ホール
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