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[ ハードボイルド ] ラット・シティの銃声 私立探偵ジェイク・ロシター |
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カート・コルバート | 出版月: 2006年07月 | 平均: 8.00点 | 書評数: 1件 |
東京創元社 2006年07月 |
No.1 | 8点 | 人並由真 | 2021/06/30 14:43 |
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(ネタバレなし)
1947年11月23日。元海兵隊員で、汚れた我が町シアトルを「ラット・シティ」と呼ぶ「おれ」こと私立探偵ジェイク・ロシターは、事務所にいきなり拳銃を持った謎の巨漢の襲撃を受ける。やむなく応戦して相手を射殺したジェイクはやがて、その初見の襲撃者の正体が町のギャンブルの胴元「ビッグ・エド」ことエドワード・アームストロング・テラーだと知った。エドが末期に口にした女の名前「グロリア」が、事情も不明の襲撃事件の鍵と見たジェイク。彼は、捜査中の仕事=失踪した黒人青年リンカーン・タイヤーの捜索を気にしながらも、事務所を24歳の探偵志願の愛らしい秘書ミス・バーバラ・ジェンキンズに任せてグロリアの情報を追うが、やがて事件はさらに意外な方向に広がっていく。 2001年のアメリカ作品。 私立探偵ジェイク・ロシターシリーズの第一弾。 なにげなく、たまたまwebで見かけ、現代ミステリながら過去(戦後すぐ)設定の私立探偵もの? 可愛い秘書? これは楽しめそうだと古書を注文して購読した一冊だが、うおおおお、期待以上に面白かった。しかし一方で、こんなお好みの作品を長らく(邦訳刊行から15年も)ノーマクークのままでいたのかと、マヌケな己にいささか自己嫌悪を覚えた(汗・涙)。 1947年という時代設定、愛らしい秘書に微妙な関係のなじみの警部補、なによりいきなり始まる事務所での銃撃、と、内容が40~50年代の私立探偵小説(それもいわゆる軽ハードボイルド)オマージュなのは明らかだが、向こうの新世代作家がセンス、スタイル、そしてスピリットを自分なりに消化した上で、現在形の新作としてこういうものを書いているのか、と嬉しくなった。 紙幅は文庫で400ページ以上とやや厚め(特に前述の軽ハードボイルドの系譜を意識するなら)だが、展開は淀みなくまた登場人物が無駄に過剰になることもなく、非常に良いバランスで、謎解き捜査ミステリとして、また私立探偵小説として組み立てられている。 特に中盤の見せ場となる、ジェイクが巨漢の警官オール・オランソンと互いのメンツと意地をかけてボクシングの勝負を行うあたりは、これほど充実した小説の脇道部分はそうはない! と熱い感慨を覚えた(笑)。 脇役も悪役もそれぞれ存在感があるが、やはりなかでも一番の魅力キャラクターは秘書の「ミス・ジェンキンズ」で、初々しい娘ながら本格的なプロの私立探偵に憧れ、ひそかにそのための訓練も積んでいる。途中でそのやる気と素養を認めたジェイクは彼女を「アメリカで最初の女性探偵」と認定。 読みながら、マイク・ハマーの秘書ヴェルダがちゃんと彼女自身も私立探偵の免許を持っていたことを想起したが、読後に本書の解説(中辻理夫氏)に接すると、ちゃんと本作の2人の関係をハマーとヴェルダになぞらえていて、ニヤリ。わかっている人はわかっているようである。 ちなみに実は本作の時代設定の1947年って『裁くのは俺だ』の刊行年=ハマーとヴェルダのデビュー年なんだよね。作中ではジェイクはサム・スペードの名前も口にする(フィクションとしてか、あるいは一種のパスティ-シュ的に同じ世界観にいるかは不明)が、もしかしたら同じ世界? にいるにせよ、ぎりぎりまだハマー&ヴェルダの存在を知らなかった可能性もある? ミステリとしては前半からあちこちに張ってあった伏線(というか情報)がクライマックスで加速度的にかき集められ、汚濁の町ラット・シティ、それもこの時代に似合った真相が浮かび上がり、なかなかの手応え。しかし一方で、世界観の軸にはマッギヴァーンの秀作『ビッグ・ヒート』を思わせるような、善と悪との対峙の構図があり、そのなかでけっこうなもうけ役となる某キャラクターの運用なんかも心地よい。 とても満足した21世紀の作品。ぜひとも続きが読みたい……と思いながら、邦訳はこれ一作だけなのだな(大泣)。まあ前述のとおり、自分自身もまったく知らなかったわけだし、AmazonやTwitterなんかでのレビューも現状でほぼ~まったく皆無で、15年前の日本では(現在もだが)まったく反響を得られなかったのであろう。原書では、この邦訳が出た時点で、すでにシリーズが3冊目まで出ていたらしいが。 デイヴィッド・ハウスライトの『ツイン・シティに死す』なんかも(向こうは遅めのネオ・ハードボイルドだったが)あとからその面白さに気づいて、邦訳が一冊ぽっきりの現実に悲しんだりしたが、こっちも同じだね。 とはいえリアルタイムで読みもしなかった、当然ながらその時点で、面白い、と、ただのひと声もあげなかった自分にもまた、このシリーズ、この作者の本邦での不遇の責任の一端は、あるわけでしょうが(汗)? 評点は、かなり9点に近いこの点数で、ということで(嬉)。 |