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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ] 714便応答せよ 改題『O-8滑走路』 |
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アーサー・ヘイリー&ジョン・キャッスル | 出版月: 1968年01月 | 平均: 7.00点 | 書評数: 1件 |
講談社 1968年01月 |
早川書房 1973年01月 |
No.1 | 7点 | 人並由真 | 2021/06/09 21:03 |
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(ネタバレなし)
1958年。カナダのマニトバ州にあるウィペッグ空港から、米国ワシントン州のバンクーバーに向けて約50人弱の乗客と3人の乗員を乗せた「メイプル・リープ航空」の中型旅客機、714便が離陸した。同便はバンクーバーで行われる、フットボールの国際試合を応援に向かうファン一行にほぼ貸しきられていたが、わずかな空席に「フルブライト自動車」の社員でトラックのディーラー、ジョージ・スペンサーが着席。だが順調なはずの航路は、機内に思わぬ形で発生した集団食中毒により、悪夢の事態に変わる。食中毒でともに意識不明の重体になった機長と副機長にかわり、大戦中にスピットファイヤーの操縦士だったスペンサーは、やむなく714便の操縦を任されるが。 1958年の英国作品。 20世紀最大クラスの売れっ子・業界もの作家アーサー・ヘイリーの処女長編で、戦記などの著作がある作家ジョン・キャッスルとの合作という形式で上梓された。 本作が航空パニックサスペンスものの先駆のひとつということはなんとなく知っていたが、実作を手にして、1958年とかなり早い時代の作品だったことにかなり驚く。 『ポセイドン・アドベンチャー』『ジョーズ』『タワーリング・インフェルノ』ほかのパニック作品(小説、映画もふくめて)が隆盛したのが70年代の前半~半ばだったので(『ポセイドン』の原作は69年だが)、これはそれよりは早いにせよ、せいぜい60年代の中盤くらいの一冊だろうと思っていた。 日本での初訳は、講談社から『714便応答せよ』の邦題で刊行。のちに同じ翻訳の訳文が『O-8滑走路』の題名で早川のNV文庫に収録された。評者は今回、その後者の方で読了。 早川NV文庫版の訳者による解説を読むと、のちのヘイリーの諸作同様に丹念な取材に基づいて書かれた作品だそうで、事件そのものにも何かそのままではないにせよ、近い事例はあったかもしれない。 そう言えば評者の父親は生前よく「旅客機の機長と副機長は、出発前に絶対に同じ料理を食べないんだ。同時に食中毒になる危険をさける為に」と言っていた。もしその父親の見聞きした情報が正しかったのだとしたら、この作品のモデルになった1950年代の事件が航空業界の教訓になり、食事の慣習が整備されたのかもしれない、と妄想してみたりする。 逆境のなかで自分自身と数十人の生命を背負って奮闘する主人公、そのパートナーとなって副機長席に着くまだ21歳の美人スチュワーデス、重症者の看護に尽力する初老の町医者、地上から必死に無線で操縦をコーチする別の飛行機会社のベテランパイロット、と人物の配置が類型的といえば類型的だが、なんの、たぶんこれはこの手のもののオリジンというか、おそらくは限りなくそれに近いもの。ここでこそと作者が放り込む剛速球の直球が実にきまっている。 (パニックにおちいりかけた乗客連中が「素人が操縦してるのか!?」と主人公スペンサーに詰め寄り、操縦に集中しなきゃならない彼に過重なストレスを与えかける際、それまで三枚目のお笑いキャラポジションだった乗客のひとりが盾となってスペンサーを庇い、乗客一同をおちつかせようとする。こういう泣かせ場面を読まされると「ああ、本物の大衆作家は実にウマイ!」と感嘆することしきり。) 文庫版で本文およそ200ページと薄く、2~3時間で読めるけれど、このジャンルの新古典として充実した一冊。最後でとある二者択一の決断に迫られ、それで為すべきことに向かい合う主人公スペンサーの益荒男ぶりに打たれる。こういうものに関心がある人なら、いろんな意味で一度は読んでおいていいんじゃないかと思う。 |