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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ]
殺意の海へ
バーナード・コーンウェル 出版月: 1990年03月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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早川書房
1990年03月

早川書房
1993年08月

No.1 7点 2021/03/01 18:09
 フォークランド紛争で背骨に弾丸を撃ち込まれたニック・サンドマン大尉は、名誉のビクトリア十字勲章授与と引き換えに二度と自力では歩けないとドクターに宣告される。だが彼は愛艇〈シコラクス(シェイクスピア劇『テンペスト』に登場する魔女の名)〉でニュージーランドへ船出する夢だけを支えに、再び不屈の闘志で立ち上がった。
 ところが十四カ月の闘病生活を終え繋留先のデボンへ帰ってみると、岸壁には別のハウスボートがもやわれており、斜面をひきずり上げられた〈シコラクス〉はマストも被覆銅板もはぎ取られ、あらゆる装備品を略奪されて惨めに横たわっていた。繋留位置を占領していたのは、テレビの人気キャスターで有名なヨットマン、トニー・バニスター。彼はまた海の悲劇に遭った男としても知られ、外洋レース、サン・ピエール杯中の事故で妻ナデジャを失っていた。
 盗まれた装備品を巡ってバニスターのお抱え艇長(スキッパー)を務めるボーア人、ファニー・マルダーと衝突したニックは、強引に契約書に署名させられ、彼の奇跡的な回復を題材にしたバニスター・プロ制作のフィルム番組〈ある兵士の物語〉に協力せざるを得なくなる。〈シコラクス〉の優美な姿を取り戻すためには、番組を制作する美女、アンジェラ・ウェストマコットに従うしかない。
 嫌々ながら撮影を続けるニックだが、バニスター邸で催されたパーティでのアクシデントで、合衆国海軍少将の娘ジル-ベス・キーロフを助けたのを機にアメリカの海運王、ヤシア・カソーリに招かれる事になる。ジルは彼に命じられ、バニスターの周辺を探っていたのだ。死んだナデジャの父親であるカソーリは、この事故はバニスターによる殺人だと確信していた。
 そして彼ははるばるボストンまで呼び出したニックに、恐るべき依頼をするのだった・・・
 1988年発表。原題 "Wildtrack" 。著者が初めて世に送り出した現代海洋スリラーで、スロースタートながら内容は充実。全四部で冒頭あらすじまで持ってくるのに約半分ぐらいかかりますが、切羽詰まったニックが「ええい!」とばかりに全てのしがらみを第三部で投げ出してからは快調そのもの。誰に気兼ねする事もなく生き生きと準犯罪者ライフを楽しむ一方、心の赴くまま恋人の願いを聞き入れ、はるか北大西洋目指して気違いじみた航海に船出します。
 こういった経過からも分かる通り主人公ニックはかなりのダメ人間。美女の間をフラフラしては考え無しに行動し、両者に不義理を働いては結局雪隠詰めに。最後はバニスターとカソーリ、大物二人を敵に回してしまいます。それも信条とかではなく、単なる成り行きから。『ロセンデール家の嵐』のストウィ伯爵ジョニーも情けないですが、読んでてこっちもイライラが募る。向こう見ずでも将校としての思慮深さはありません。
 ラストのアクションまでは望まぬながらも父親譲りの人徳と、英雄としてのカオでなんとかかんとかブタ箱入りの危機を切り抜けるニック。ただし基本単細胞なので、終盤前に登場し「わしにはハリケーンの中をちっちゃなヨットでセーリングはできんが、このこすっからい世の中を動かしてるものが何であるかは心得とるよ」と語る実父、トニー・サンドマンが事件の構図を暴きます。詐欺罪で開放型刑務所に収監されてるこのすっとぼけた親父さんが良いですね。看守たちさえも魅了し、健康的な環境下で自分の家みたいに振舞ってます。ニックが彼に十字章を託す場面は本書の名シーンでしょう。元妻メリッサも最初は銭ゲバ吸血鬼みたいな印象でしたが、最後まで読むとこれも結構良い女。というか主人公が問題児過ぎます。
 それでもいざ行動するとなるとニック・サンドマンに勝る者はいない。「お前は気違い野郎だぜ、お前は気違い野郎だぜ」と繰り返しつつ、不具の右脚を駆り北大西洋の荒波に挑むニック。こなれ具合は冒険小説大賞受賞の『ロセンデール~』が上ですが、好みだと一作目で採点は同じく7点。甲乙付け難いけどトニーのキャラ分だけ勝ってるかな。


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殺意の海へ
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