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[ ハードボイルド ]
燃えつきた城
私立探偵ジェイコブ・アッシュ
アーサー・ライアンズ 出版月: 1989年02月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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早川書房
1989年02月

No.1 7点 人並由真 2019/11/16 22:12
(ネタバレなし)
 「私」こと36歳の私立探偵ジェイコブ・アッシュは、活躍中の画家ゲリー・マクマードリーから、8年前に彼が捨てた妻レイニーと息子ブライアンの行方を捜すように頼まれた。だがアッシュが出会ったレイニーは、連れ子ドニーのいる初老の大富豪サイモン・フライシャーと数年前に再婚。そしてそれに先だって息子ブライアンを交通事故で失ったという。レイニーは自分たちを捨てた前夫への憎しみを隠さず、一方でゲリーも財産の半分を残して養育を託したはずなのに、息子を死なせたレイニーに激情を燃やす。そんな騒ぎのなか、ドニー少年が失踪。もろもろの状況から、実子を失ったゲリーが、レイニーと仲の良い義理の息子ドニーを誘拐し、彼女への報復を図ったのでは? と推察されるが……。

 1980年のアメリカ作品。長編作品が全部で11作書かれたらしいアッシュシリーズだが、これはその第5作目。それでも日本語で読めるなかでは一番若い(比較的初期の)作品である。いろいろ事情はあるんだろうけど、ちぐはぐな順番での翻訳と、結局全部で4冊しか日本語にならなかった事実がどうにももったいない。

 もともとこのシリーズ、70年代後半からのネオハードボイルド派のなかでも、比較的正統派の作風(要はいわゆるハードボイルド御三家寄り?)というのは聞いていたし、木村二郎さんの一時期のギャグ(「アッシュはジェイコブでやんす」)なんかも印象に残っていた(笑)ので、そのうち読もう読もうと思っていた。
(もしかしたら大昔に『ハード・トレード』を読んでいるかもしれないが、まったく記憶にない。たぶん読んでない……と思う。)

 で、ようやく初めて(?)作者の実作を手にしてみたが、いや、期待・予想以上に面白い。自分なりのモラルに忠実であろうとしながら、一方で依頼人や事件関係者との適切な距離感を守ろうとする(でも情に負けることもある)アッシュのキャラクターはなかなか良い感じだし、かなりの頭数が出てくる登場人物の書き分けや二転三転しながらも飲み込みやすい自然なプロットの組み上げ方など、ミステリ小説としてのバランスが実にいい。
 一方で妙なまでに優等生っぽい丁寧なまとめ方が、かえって有象無象の新旧ハードボイルド私立探偵小説のジャンルの中では地味目に見えてしまい、その点で損をしたんじゃないかな(特に日本での紹介に関しては)という印象もないではない。それでも、少なくともこの作品『燃えつきた城』に関しては、単品のミステリとして読んでも、相応に出来の良さを誇れる気がする。
 もちろん事件の真相についての詳述などはココではできないが、評価ポイントとしては物語後半の捻り具合が自然かつきれいに腑に落ちる。そういった話の転がし方の鮮やかさを、まずは褒めておきたい。
 これならシリーズの残りも期待できるので、翻訳された未読分をおいおい読んでいくこととしよう。

 ちなみに主人公アッシュは、R・L・サイモンのモウゼズ・ワインと並ぶネオハードボイルド分野を代表するユダヤ系探偵。かのレイシスト(?)作家・矢作俊彦が「ユダ公の書いたネオハードボイルド小説なんか反吐が出る」と毒づいた、当時の新世代アメリカン探偵ヒーローの一翼である(笑)。
 評者は個人的にはそっちの意味での色眼鏡などは全然、持ち合わせていないが、肝心のアッシュ当人が、自虐的なまでにおのれがユダヤ系であることに随時諧謔めいたものを弄しているのがなんとも。
 特に中盤のジョーク「女房を寝取られた男が黒人なら男を撃つ、メキシコ人なら妻を撃つ、しかしユダヤ人は「自分が悪いんだ」と言って自分を撃つ」というのには大笑いしながらもフクザツな気分にさせられた。この辺は作者ライアンズ自身の意識の投影で、さらにそれこそユダヤ人らしい気風というものかねえ。まあ作家のメンタリティと作中のメインキャラの内面は、必ずしも等号じゃないとは思うけれど。
 
 最後にもうひとつ気になったこと。アッシュはそれこそ胸の内では矢継ぎ早にワイズクラックを連発するんだけど、現実の他者相手のダイアローグの中ではその辺はかなり控えめ。要は皮肉や揶揄が全体的に陰口っぽい一面があり? もしかしたらこういうキャラクターが姑息に見えて、イラッとする人がいるのかもしれない。まあそれだったら、わからなくもないね(個人的にはさほど不愉快には思いませんが)。


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アーサー・ライアンズ
1989年06月
歪んだ旋律
平均:6.00 / 書評数:1
1989年02月
燃えつきた城
平均:7.00 / 書評数:1
1985年05月
ハード・トレード
平均:6.00 / 書評数:1