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密殺の氷海
R・H・シャイマー 出版月: 1985年12月 平均: 5.00点 書評数: 1件

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角川書店
1985年12月

No.1 5点 人並由真 2019/11/11 02:05
(ネタバレなし)
 アラスカ州がまだアラスカ準州だった時代。アメリカのシアトル出身の女性教師ガスティ・ラントは、アラスカの群島の一角のヌガ島に海外派遣教師として赴任していた。だが、任期の3年もまもなく満了。緑も少ない荒涼としたこの土地にとうとう馴染めずにいた彼女は、それでも土地の人々と親しくなったことは悪い気はしなかった。一方で島の周辺のアラスカ海域では、漁獲に被害を及ぼすオットセイの大規模な駆除が恒例化しており、同時に海獣の毛皮と食肉は莫大な利益の源だった。ロシア系アリュート人の海の男ミロ・トーキンは小型船「シー・ベア」号の船長として、時に海賊まがいの行為に及びつつオットセイの毛皮の争奪に介入していたが、やがて彼は妙な奇縁から本国へ帰国しかけるガスティと関わり合うことになる。だがそんな彼らの周囲で、ある夜、殺人事件が……。

 1972年のアメリカ作品。1973年度のMWA新人長編賞の受賞作品だが、2019年の現在、本サイトをふくめてweb上にほとんどレビューがないようなので、ちょっと気になって読んでみた。
 いわゆるエキゾチックミステリの趣のある作品で、全編にわたってアラスカ海域の寒々とした世界を叙述(本文中ではわかりにくいのだが、訳者あとがきによるとこの物語はアラスカがまだ準州だった1959年以前の過去設定らしい)。M・C・スミスの『ポーラ・スター』にも一脈通ずる北方漁業の険しさのようなものも活写される(ただし嵐の場面はあっても、海洋自然派冒険小説の域までには至らないのだが)。
 特に印象的なのは、一度に数千匹のオットセイが殺戮駆除される描写で、我が国でも1980年に起きた壱岐イルカ事件に相通ずる海獣と人間(特に漁師)との共存の困難さを痛感させられるが、ここらは単に動物愛護の念ばかりでものを言うべきではないだろう。いや、もちろんいろいろ思うことはあるけれど、現実に手が動かない、語る言葉がないのなら、軽佻浮薄、短慮に不用意に心情を吐露すべきではない。
 
 しかしながら殺人事件は起きるし、広義のフーダニットの興味も終盤まで続きはするが、一方であまりフツーのミステリらしくない、なんというか奇妙な感じに叙述の力点を違えた作品だった。物語は男女の主人公ガスティとミロ、さらに海洋パトロールの青年ネルス・ボーガソン少尉、さらにはアラスカの火山を探求に来た科学者ヘイノー博士そのほかをメインに多視点で進行。殺人事件を用意して謎解き? ミステリの形はとっているけど、実際に作者の書きたいものはアラスカの群島を舞台にしたエキゾチックな群像劇だよね? という感じである。
 そういう奇妙なノリと、さらにガスティとミロ、さらにそこに割り込んでくるネルスの三角関係ドラマなどでそれなりに読ませるものの、まあミステリとしてはかなり薄い。
 実のところ、MWA新人賞の肩書きにそれなりに期待を込めた評者などは、中盤でのある人物のある描写なんか、叙述トリック的なミスディレクションかと勝手に思い込み、ものの見事に空振りを喰ったほどだ(笑)。
(原書が20年早く書かれていたら、創元の旧クライムクラブの中に混ざり込んでも違和感がないような印象でもある。)

 ただまあ、事件の真相が露見し、物語の山場を越えたあと、長めのエピローグ部分に妙なパワーを感じた作品でもある。なんていうかミステリ部分よりも、アラスカの描写よりも、作者がホントーに書きたかったのは、この人を食ったクロージングじゃないかなとも思わされるほどに。
 一読後、訳者のあとがきを読んで、イニシャル表記で性別のわからなかった作者が実は女性だったと教えられ、そこでいろいろ腑に落ちる。ジェンダー論で大雑把にものを言うのもナンなんだけど、ああ、これってそういう小説だったのねって。
 決して面白いとダイレクトに褒められないんだけど、妙な感じにアジのある一編ではあった。 


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R・H・シャイマー
1985年12月
密殺の氷海
平均:5.00 / 書評数:1