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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ] エスピオナージ |
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ピエール・ノール | 出版月: 1973年01月 | 平均: 7.00点 | 書評数: 1件 |
角川書店 1973年01月 |
No.1 | 7点 | 人並由真 | 2019/10/01 15:58 |
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(ネタバレなし)
1960年代後半。アメリカの通信記者トマス・C・リーと、その妻アナベルがソ連に駐在する。だが実は両人はCIAのエージェントで、アナベルはGRUの青年幹部イワン・ウラソフと肉体関係を結んで接触を図った。やがてウラソフは、アナベルとともにアメリカに亡命し、厳しい審査をくぐり抜けてCIAの対ソ連部門の客分となった。一方、昨今の地中海周辺にはソ連の軍艦や潜水艦が出没。西側陣営は対抗策としてNATOの姉妹機関でソ連の地中海活動対策に特化した新組織MEDを創設する。だがそこに加盟する欧州諸国で謎の変死・自殺事件が続発。死亡した者はみなソ連のスパイでは? という嫌疑がかけられる。そんななか、CIAの高官でMEDの議長でもあるハロルド・H・ワンダーは、亡命したウラソフが授けた情報から、フランス内部の大物スパイを認知。仏国の対諜報本部長アンドレ・デュボワ大佐との会談の場を設けるが。 1971年のフランス作品。邦訳は角川のハードカバー叢書「海外ベストセラー・シリーズ」の一冊として刊行。 作者ピエール・ノールは本書をふくめて二冊しか翻訳がないが、20世紀後半のフランスミステリシーン全域についての研究文献などを紐解くと、頻繁に名前が出てくる。日本ではふだんあまり意識されない、向こう(本国フランス)での大物作家であろう。 物語は長短のパートの全四部に分かれ、最初と第三の章が本作のメインヒロインといえるアナベルの一人称手記、第二章がもうひとりのメインキャラクター、デュボワ大佐の一人称手記、そして事態の真相と陰謀の決着が語られる第四章が三人称の叙述となっている。 原題は直訳すれば「十三人目の自殺者」で、これはあらすじにも書いた欧州諸国で頻発する自殺(と公表された)者の現状で最後のカウントに由来するものだが、邦訳はそのものズバリ「エスピオナージ(スパイ小説)」で、そのタイトルに違わず、冷戦当時のリアルタイムに書かれたガチガチの翻訳スパイ小説を満喫した。 第三部の終盤から第四部にかけての反転のつるべ打ちは快感で、中には単純なことゆえにかえって目くらましになっているようなミステリ的な文芸(または趣向)も導入され、その意味でもエンターテインメントとしての幸福度は高い。 (まあ、100%スキがないというわけではなく、ソコのところに対抗する予防策の類はあったのでは……とか、その可能性は想定内であってしかるべきでは……などという箇所もゼロではないが。) 巻末の訳者あとがきによれば作者ノールは実際の現代史を物語に巧みに取り込むのが得意、とのこと。もちろんその手法そのものはスパイ小説の旧来からの王道だが、本作の場合、ロシア革命時代から第二次大戦時のレジスタンス、そしてキューバ危機からフィルビー事件、さらに当時の現在形のドゴール政権まで話のネタを拾う手際は精力的で、たしかにその辺の興味は良く押さえてある。ラストシーンは、この物語時点での不安な、そして複雑化する未来図に向けての展望で締めくくられるが、その辺も今となっては妙に味わい深い。 作中に出てくる当時のコンピュータ観やある重要な役割を果たす精密機器の技術的な描写も、なんか21世紀の今だからこそ感じられるゆかしさがある。 ちなみにこの本、1973年12月の初版で、手にしたのは翌年3月の第三版だった。実際にはなかなか面白い内容ではあったけれど、21世紀の今ではほとんど忘れられた作家、作品だということを考えると、当時は結構、翻訳ミステリがよく売れて、よく読まれた時代だったんだな、と思う(一回毎の具体的な部数なんかはもちろん知らないが)。 |