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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ]
007号/孫大佐
新007/別題『007/孫大佐』
ロバート・マーカム 出版月: 1968年01月 平均: 6.00点 書評数: 1件

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早川書房
1968年01月

早川書房
1986年01月

No.1 6点 人並由真 2019/09/28 03:26
(ネタバレなし)
 英国情報部の精鋭諜報員ジェームズ・ボンドは、同じ部局の幕僚長で友人でもあるビル・タナーと休日のゴルフを楽しんだのち、持病の咳の発作で静養中の上司「M」ことサー・マイルズ・メッサヴィを見舞いに、彼の自宅に向かう。だがそこでボンドが出くわしたのは、「M」に薬物を注入して拉致を図り、さらにボンドまで連行しようとする謎の一味だった。ボンド自身も薬物を注入されるが、彼は断腸の念で「M」を敵の手中に残しながら、どうにか単身逃亡する。ボンドの急報を受けてタナーや地元警察の面々がメッサヴィ邸に急行するが、敵はすでに「M」を連れ去った後だった。現場の遺留品から、敵一味の手がかりがギリシャにあると認めるボンド。彼はそれが自分自身をおびき出す罠という可能性も考えるが、他に選択肢はなかった。

 1968年の英国作品。1964年にフレミングが他界したのちに、007の研究でも知られる英国文学者キングズリイ・エイミスが「ロバート・マーカム」の名前で書いた「公式007パスティーシュ長編」。
 それまでにも、非公式に(だろーな)ボンドが客演したアニメ版『エイトマン』第20話「スパイ指令100号」(脚本・半村良)やリスペクト精神いっぱいのパロディ長編、イ※ン・フ※ミ※グの『アリゲーター』(1962年)などの楽しい事例はあったが、フレミングとボンドのコンテンツを版権管理する面々が公認した正編そのままの世界観とキャラクター設定を継承する公式なパスティーシュ作品では、これが史上初になったはず。

 それで評者は、本作『孫大佐』については何十年も前から「地味だ」「お行儀良すぎる」とかの世評を聞いていたので、そのつもりであまり多くを求めないように読んだのだが、かように期待値が低かったためか、なかなか楽しめた。

 ボンド版のシャーロッキアン的な研究読本『ジェイムズ・ボンド白書』にも参加し、正編シリーズの各編を展望、分析しているマーカム(エイミス)だけに、良くも悪くもソツはない。事件の時制は、スカラマンガ事件(『黄金の銃を持つ男』)の翌年ときちんと本文の序盤で叙述されるし、作中のボンドの記憶に日本からソ連に渡った悪夢の日々、といった主旨の描写(もちろん『007号は二度死ぬ』~『黄金の~』の流れ)もちゃんと出てくる。
 一方で発端の事件そのものはやや微妙で、「M」の誘拐はもちろん非常事態だが、読者視点&ファン視点的には、こんな「007」世界の大物キャラをエイミスが勝手に殺したりする権限なんかないと察しがつくし。その意味じゃ精神的にタフな爺ちゃんひとりさらわれたからといってどーだってんだという、緊張感があまり湧かない心境になってしまう。
 むしろ読み手の興味は、「M」の誘拐を経てさらに同じように連行されかかったボンドの方に、一体どういう利用価値があるのか? そっちの方に比重が傾くことになる。
 結局、終盤に明らかになる悪役・孫大佐たちの本当の狙いの方(もちろんココでは書けない)が、やっぱり、スパイスリラーの事件のネタとしてはずっと面白い。ただまぁ、この敵の策謀を初めから読者に明かしていたら、ずいぶんと薄っぺらい物語になってしまうから、その辺がもったいつけられるのは仕方がないのだが。

 それと、孫大佐の歴代悪役に匹敵するサジスト描写はなかなか強烈な一方、悪人キャラクターとしてはややスケールが小さいとか、ボンドの窮地からの脱し方が……とか、いろいろ思うところはあるが、個人的にはまあ許容範囲。
 特にピンチからの脱出の流れに関しては甘いなーと思う一方、ボンドの長い諜報員人生の中にはこんなこともあるんじゃない? 的な、作中世界での妙なリアリティを感じないでもなかった。

 あと個人的に印象に残ったシーンでは、敵陣に乗り込む際、知り合った現地の事情に詳しい男の子を連れて行けばそれなり以上に役に立ちそうなところ、相手の子供のこれからの心の成長のために、今回の事件に深く介入させるのは決して良いことではないとして、その子を強引に引き返させるボンドの良識ぶりがステキ。作者エイミス(マーカム)は、基本はモラリストで英国紳士の地顔を忘れないボンドのキャラクターをよく理解している。
 ぶっ殺された敵の死体を前に、自分もいつかこうなるのだなと内心でしみじみするボンドの、どっか山田風太郎忍法帖的な叙述もよい。

 しかし結局のところ、本作『孫大佐』はあまり読者の支持を得られず、小説世界のボンド再生計画は映画のノベライズを別にして後年のジョン・ガードナー路線まで間が空いちゃうことになってしまう。
 それでも今回、本作を初めて読んで、後年の新作映画版のオリジナルストーリーにも影響を与えてるんじゃない? と気がついた。ここではネタバレになるから言わないけれど、本書を読み、映画の主立ったところを観ている007ファンなら、まあ大体、何を言っているかわかるでしょう。

 最後に、ハヤカワミステリ文庫版の登場人物表(表紙の折り返しや本文の巻頭)は、前半に出てくる一部のキャラクターの(当初は秘密の)所属陣営を明かしてるので、厳密にネタバレ回避したい人は見ない方がいいです。
 まー、中盤にははっきりする情報だから、別に、ミステリの本筋的などんでん返しの類とかは、まったく無関係な案件なんだけど。


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ロバート・マーカム
1968年01月
007号/孫大佐
平均:6.00 / 書評数:1