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[ サスペンス ]
きみはぼくの母が好きになるだろう
ネイオミ・A・ヒンツェ 出版月: 1971年01月 平均: 6.00点 書評数: 1件

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早川書房
1971年01月

No.1 6点 人並由真 2019/08/19 02:28
(ネタバレなし)
「わたし」こと女子フランシスカは実母との死別後、父親の再婚で実家に居場所を失い、努力の末に奨学金待遇の苦学生としてメリアム大学に入学した。だがそこでバイトの仕事を提供した中年の教授に恩を着せられていつしか不倫関係に陥ってしまい、その結果、ショックを受けた教授の妻は自殺。フランシスカは大学を追われる。心身を疲弊させた彼女は、たまたま出会った心優しい青年マシュー・キンソルヴィングに救われて彼の妻となるが、新郎のマシューはあっという間にベトナムで戦死した。21歳で身重の未亡人となったフランシスカはマシューの実家であるオハイオ州の片田舎にある屋敷を訪れるが、そこで彼女を迎えたのは恐怖と戦慄の事態だった。

 1969年のアメリカ作品。アイラ・レヴィンの衝撃作『ローズマリーの赤ちゃん』(1967年)などが起爆剤となって、アメリカのエンターテインメント文壇にもモダンホラーの一大ブームが巻き起こっていた時期の一冊。とはいえ本作はスーパーナチュラルな要素は無く、広義のホラーの中でも、正統派ゴシックロマンの系譜上にある。
 
 しかしながらそれでも、手元にある早川ノヴェルズ版の帯の謳い文句は
「洪水で孤立した古い家に謎めいた義母と白痴の少女とともに閉じ込められ、出産を迎えるフランシスカ。迫りくる狂気、戦慄、恐怖!」
 ……とこれでもかこれでもかの怖いイヤな文句の押し売りであり、さらにこれにダリかマグリットを思わせる不気味な表紙ジャケットのカバーアートが加わるのだから、読む前から本当にコワイ。だからどんな不気味で気色悪い話だろうと本気で怖じてしまい、大昔にどっかで古書で購入してから手も出さずに、ウン十年も放置しておいた。
(しかしそんな怖そうな作品なら、なんで買ったんだって? いや珍しそうなミステリなら、そんなに高くなければ、とにかく一応は買っておくのですよ・笑)

 それでも最近になって、この作品がジョー・ゴアズのあの『死の蒸発』などと69年度のMWA新人長編賞を争った一冊だという事実を意識し、ふーん、そういう歴史的な意義もある一編なのね、と、改めて興味が湧いてきた。
 それでまあ夏の暑い時期だし、たまにはこんないかにも怖くて不気味そうなのもいいかと思って読んでみたが……良くも悪くも、思っていたよりフツーで怖くなかった。
 
 題名の「きみはぼくの母が好きになるだろう」は実家から離れてフランシスカと新居を構えた生前のマシューが始終口にしていた、彼の母の印象を語る文句だが、現実にはフランシスカがマシューの死後、その悼みを分かち合うつもりの手紙を送っても、当のマシューの母であるマリアは返事も寄越さない。
 それと前後して懐妊の現実を知ったフランシスカは、出産後の新生児をどこかに里子に出すべく、今で言うソーシャルワーカーへの相談を行う。その一方で、一縷の望みを込めて義母マリアと円満な関係、そして今後の安定した生活を得られるのではと期待して、夫の実家を訪ねていく。
 だがそこで彼女を迎えたのは、言葉使いだけは丁寧だが冷徹にフランシスカをあくまで異分子と見なす母親と、その娘で精神薄弱の少女キャサリーンだった。義母の予想以上の冷たい態度もさながら、マシューにこんな障害児の妹がいたのかとフランシスカは驚愕。さらに悪天候の影響で洪水が生じ、屋敷が外界と分断されてしまう中で、さらに思わぬ事態と意外な真実が次々と現実のものとなっていく。

 読み進めるうちに、前述のようにずいぶんとマトモなゴシックロマンだな、という印象に転じたし、その一方でキーパーソンの一人となる薄幸の白痴少女キャサリーンの役割なども早々にヨメてしまうので、そういう意味ではもっとどぎついもの(近年のJホラーとイヤミスを足したような作品?)を予想してた身からすれば刺激も衝撃もやや薄味で、物足りないと言えば物足りない(主人公フランシスカにかなり甘いのでは? というご都合的な筋運びも無いではないし)。

 ただ一歩引いて読むなら、実に少ない登場人物で何のかんの言っても最後までいっきに読ませてしまう面白さはある。
 本そのものの周囲にある一種のオーラで、なんか別格級の怖さがあるような印象の一冊だが、その辺はあまり影に怯えること無く、割と良く出来た小品の佳作~秀作という感じで楽しみましょう。



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ネイオミ・A・ヒンツェ
1971年01月
きみはぼくの母が好きになるだろう
平均:6.00 / 書評数:1