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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ]
カッコウはコンピュータに卵を産む
クリフォード・ストール 出版月: 1991年09月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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草思社
1991年09月

No.1 7点 クリスティ再読 2018/12/27 08:33
本書のサブタイトルは「コンピュータ諜報の迷宮の中でスパイを追って(Tracking a Spy Through the Maze of Computer Espionage)」なので、スパイ小説であることは、まず間違いないよね?90年代始めによく売れた本なんだけども、作者が体験した実話を小説仕立てにしたものである。
作者は天文学者でカリフォルニアはバークレーのローレンス・バークレー研究所のコンピュータ管理者兼任の研究職にありついたばかりだった。1986年に着任したストールは小手調べに、コンピュータの使用時間とその請求金額との不一致の原因を調査することになった。誰かがコンピュータをタダで使っているらしい....というと「?」な方も多かろう。このコンピュータはPCではなくて、いわゆる「ワークステーション」で、多くの利用者が端末から同時に1台にログインして使う「タイムシェアリング」の時代である。でバークレー、80年代、と来たらコンピュータに詳しい人なら「BSD?」となるよね。ストールの管理するワークステーションは、BSD UNIX と VAX/VMS で動いているマシンたち、という時代だ。しかもインターネットは商用利用が認められない草創期で、大学や研究機関の「ネットワークとネットワークを結んだ」時代、牧歌的でセキュリティは無警戒なほど甘い。ハッキングなんて?と警戒もしていないわけだ。ちなみにね、メールやftpはあっても、まだ http がないから、ブラウザも www もホームページもなにもない、そんな時代である。
ストールが気がついた不一致は、謎の侵入者によるもので、バグを突いてスーパーユーザになって侵入の痕跡を消していたようだ。そして侵入者は研究所のマシンを踏み台に、米軍のコンピュータに侵入しようとしていたのだった。容易ならざる事態にストールは気づくが、通報しようにもまだ「ハッキング」の重大さを分かってないFBIは「損害微小」として取り上げてくれない...ストールはガッチリと証拠を揃えて、この侵入者を「研究」しようと考えた。ストールは侵入者を監視しつつ、他のネットワーク管理者の協力を受けて侵入者の逆探知、監視、でっち上げ情報の提供を続ける。しかし、CIA,NSA,空軍省特別調査課、エネルギー省など諸官庁も興味は示すが、縄張り外のハッキング案件には及び腰だった。そんな官僚組織の迷宮の中でストールは奮闘する(考えてみればこれほど大量の職業スパイたちが登場する小説も珍しいね)。
まあそんな話。最終的にはハッカーはドイツの「カオス・コンピュータ・クラブ」という悪名高いグループの周辺にいた人物で、KGBに情報を売っていることまで解明されることになるのだから、本作って異色のスパイ小説であると同時に、「実話のサイバーパンク」でもあるわけだ。
サイバーパンクっていえばね「ジャックイン」でサイバースペースに飛び込むイメージなんだがね...もちろん技術的には今でも実現できているような代物じゃない。本作は80年代のUNIXのリアルな技術によって「サイバーパンクしちゃった」小説だと読むと面白いだろう。結構テキスト画面のスクリーンショットも入っているので、UNIX(もちろんLinuxでも)の知識があると臨場感が味わえる。評者とか本書が出たときに「これが真のサイバーパンクじゃないの?」なんてイヤミを言った記憶があるよ(苦笑)。
まあいま読むと、技術的にもやたらと懐かしい。「技術の記憶遺産」みたいな本、となるかもしれないね。実際、ネットワーク屋さんだと新入社員研修で本書を読ませるところがあるらしいよ。技術面を丁寧に解説して、エンタメとしても面白いから、いいねえ。


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クリフォード・ストール
1991年09月
カッコウはコンピュータに卵を産む
平均:7.00 / 書評数:1