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[ ハードボイルド ] 泣きねいり 私立探偵ジョー・セイダー |
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ドロレス・ヒッチェンズ | 出版月: 1963年01月 | 平均: 6.00点 | 書評数: 1件 |
早川書房 1963年01月 |
No.1 | 6点 | 人並由真 | 2018/04/15 03:16 |
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(ネタバレなし)
カリフォルニアの年配の建築事務所社長ヘイル・ギビングスは、ある日、一通の手紙を受け取る。そこにはギビングスの娘キャサリン(キット)が出産したのち里子に出した子供(つまりギビングスの孫)が、現在の扶養者から日々虐待を受けているという匿名の密告状だった。ややこしい事情のなかで、当の子供が現在どこにいるのかは不明である。対面を慮るギビングスは、世間には秘匿しておきたい孫の捜索と保護を、50歳の私立探偵ジョー・セイダーに依頼した。セイダーは関係者を訪ねてまわるが、やがて予期せぬ殺人事件に遭遇。そしてまだ見ぬ子供自身についても、意外な事実が浮上してくる。 1960年のアメリカ作品。この名義での邦訳は本書(早川のポケミス)のみの作者ドロレス・ヒッチェンズは、複数のペンネームで1930年代から70年代にかけて活動した女流作家。別名義D・B・オルセンの方では、1939年の作品『黒猫は殺人を見ていた』が2003年にクラシック発掘の形で紹介されている(本サイトにもnukkamさんのレビューがある)。また筆者は観ていないが、ジャン=リュック=ゴダールのサスペンス映画の名作『はなればなれに』もこのヒッチェンズの著作が原作らしい(そっちの原作「愚か者の黄金」は未訳だが、関係者のTwitterでの証言によるとポケミス名画座で出したいという話などはあったらしい)。 それで本作『泣きねいり』は、ポケミスの解説や英語版のWikipediaなどを参照すると、二つのみ長編が書かれたカリフォルニアの私立探偵ジョー・セイダーシリーズの、その2冊目。 事件の内容はあらすじのとおり、名前も曖昧なまだ幼い子供の行方を捜すという、やや異色の失踪人捜しものだが、ハイテンポに進む物語の流れはなかなか心地よい。 特に三人称一視点で描かれる主人公・初老の私立探偵セイダーが結構魅力的で、仕事に疲れて外食をとろうとする際、今もまだ捜す相手の子供がいじめられて飢えているのではと胸を痛めて食欲が鈍る描写など、私立探偵を理想化して描く女流作家の視点という感じで微笑ましい。さらに捜査の順調さを実感したセイダーが、あまりに物事がうまく運びすぎることにおのずと懐疑的になり、かえって生理的なイライラを覚えるくだりなどもクスリとさせられる。オレのような人間なんかもそういう屈折したところがあるもんな、と共感を覚えた。 そんな意味でのなかなか独特な味わいを随所に感じる、一流半のハードボイルド私立探偵小説である。 ミステリの流れは殺人犯の素性など謎解きミステリとしては失格だろうが、事件の真相を握るキーパーソンの文芸については当時としては結構な大技が使われていて、ちょっとびっくりした。本書がミステリファンの間で、類例のミステリギミックを語る際にまるで話題になっていない(?)ようなのは、やはりマイナーな作品からなんだろうな。 紙幅は解説込みで200ページ弱と少なく、サラサラと読めるが(翻訳も悪くない)中味はそれなりでちょっとした佳作。 ちなみに先述の英語版Wikipediaでは主人公セイダーの名は「Jim Sader」と記述されているのだが、ポケミス版の人名紹介一覧には特にファーストネームの記載がなく、また本文中でセイダーが自分のことを「ジョー」と呼ぶように他者に求める叙述があるので、本レビューでのキャラクター名の標記は「ジョー・セイダー」にした。 それにしても、赤毛に白髪が交じった50歳の中年(初老)私立探偵(作中でもう年だとぼやくシーンもある)が主人公というのは、本書の刊行当時ならちょっと新鮮だったのかな。今なら珍しくもない私立探偵の年齢設定だけれど。 希有なチャンスでもあって、未訳のシリーズ第1作も日本語で読めればいいのだが。 |