皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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[ サスペンス ] ニューヨークの野蛮人 |
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ノエル・クラッド | 出版月: 1964年01月 | 平均: 6.00点 | 書評数: 1件 |
早川書房 1964年01月 |
No.1 | 6点 | 人並由真 | 2017/05/27 11:10 |
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(ネタバレなし)
時は1950年代。ネイティブ・アメリカンのショショニ族出身の青年ジョン・ランニング・トリー。彼は第二次大戦時にレインジャー部隊に所属し、部族伝来の絞殺術で多くのドイツ兵の命を奪い、銀十字勲章授与の栄誉に輝いた男だった。そんなトリーは33歳の現在、年長の白人の友人で暗黒街の大物フランク・ティーグのもとで殺し屋として働いていたが、次の標的「S・ハリス」のファーストネームがスーザン、つまり未亡人の女性と知ると二の足を踏む。暗殺者としてすでに十数人の命を奪ってきたトリーだが、女殺しだけはやったことがなかったのだ。フランクに仕事の辞退を申し出たのち、奇妙な関心からそのスーザンそして彼女の聾唖の息子ジェフと関わりあったトリーは、スーザン当人もその価値を自覚していない土地の利権事情ゆえに彼女が命を狙われているのだと察した。これと前後して交代の殺し屋コンビが到着。一方でトリーは、かつての恋人でやはりネイティブ・アメリカンの女性エリザベス・ウィンチェスターとも再会した。軍人だった夫を事故で失って以来、生と死の問題にセンシティブになるスーザン、物語上の英雄のインディアンの姿をトリ―に重ねるジェフ。そんな母子がやがて迎える運命を意識したトリーは、二人を守る闘いを決意する。 1958年のアメリカ作品。日本では翌年の日本語版EQMMで原書を読んだ都筑道夫が熱い筆致で大絶賛し、本編そのものは64年にポケミスで訳出された(都筑のくだんの文章は名著「死体を無事に消すまで」に収録されてるから、そっちで読んだ人も多いだろうと思う)。 今回は例によって未読のポケミスの山の中から引っ張り出して初めて読んだが、まあ途中までの大筋自体は非常にわかりやすい。設定だけ読んでもトリーがフランク(および彼に殺しを願った者)を裏切る形になり、スーザン母子のために戦うことになるのは見え見えだし、かつての恋人エリザベスがナイトクラブのダンサーとして姿を見せるあたりは、まんま往年の日活アクション風の定石である。 とまれ小説としての賞味どころ、都筑が絶賛した魅力は、そういう定型的な大枠のなかでしっかり造形された登場人物の叙述や、独特の抒情を感じさせる文体の方にある。何より主人公のトリーには、作品のなかで少しずつ語られていくが、二十世紀のアメリカのなかで本来の矜持をすり減らしていくネイティブアメリカンの悲哀があり、その辺は英雄だったトリーの祖父トール・カイト、現実に負けて死んでいったトリーの父たちとの世代の対照でも語られる。主人公とヒロインの関係も、トリーとフランクの関係もそれぞれ一筋縄では行かず、さらには後半の事態に関わってくるジェフ少年の養護教諭である老女ミス・アダムズの思弁などもかなり印象的に綴られる。 刊行後、半世紀の時の経過のなかでその後に続いたノワール・サスペンス系の類作に食われてしまった感じがまったくないわけでもないのだが、先に書いた独特の詩情を漂わせる文体(ウールリッチと評する人もいるようだが、個人的にはバリンジャーとかに近い印象だ)もあって色あせない魅力をもつ一冊でもある。 ちなみに本書の翻訳を担当した宇野輝雄氏が今年の初めに亡くなられていたことを、今月発売のミステリマガジンで初めて認めた。本書はそのことを知らないで本当に何となく手に取った。クリスティーからシェル・スコット、ハニー・ウエストまで幅広く邦訳してくれた大ベテランの業績に深く感謝。 |