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ミステリの祭典

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紅の殺意

作家 蒼社廉三
出版日1961年01月
平均点6.00点
書評数3人

No.3 6点
(2021/06/06 06:24登録)
 昭和三十五年十月十一日の夜八時過ぎ、埼玉県川口警察署の野添潤三刑事は上司の末娘の結婚披露宴に向かう途中、黒塗りのトヨペットから降りた和服の女が中型トラックにはね飛ばされるのを目撃した。被害者の松下依子は近くの産婦人科医院に運ばれたが、まもなく息をひきとる。野添は彼女を送ってきた内縁の夫・富沢初雄と、トラックを運転していた宮部鋳造株式会社社員・篠崎啓助を掴まえとりあえずの事後処置をするが、事故を誘発するような富沢の行為と、アパートの自室を赤一色に染める彼の異常性が少々気になった。
 専務から提示された三十万の慰謝料に富沢は不服を見せるが、社長である宮部真岐子の真赤な口紅を見ると一も二もなく承知する。ただしそれを十万ずつ三回にし、会社ではなく自宅で直接社長の手から渡すというのが彼のつけた条件だった。
 それから約三ヵ月後の昭和三十六年二月十一日、支払場所に指定された社長宅の応接室で真岐子の絞殺死体が発見される。対手の客が茶を飲んでいないことから、接待中の犯行なのはほぼ確実。そして残された卓上暦には、来宅予定者として富沢と、解雇された運転手・篠崎の名があった。だが急須の底に塗りつけられた多量の青酸カリを鑑識が検出した事から、事態は紛糾し始める・・・
 「屍衛兵」ほか戦記ミステリで知られる雑誌「宝石」出身作家、蒼社廉三の書下し処女長篇。第二長篇『殺人交響曲』ほど縦横無尽な登場人物の出し入れは無いが、来客たちの行動を軸にミスディレクションや意外な犯人なども用意されており、人間関係の縺れで読ませる後者よりもミステリ界隈のウケは良いだろう。噎せるようなコークスと鋳物臭漂う川口の町や、犯罪者の流れ込む福岡炭礦地帯のボタ山やうらぶれた坑夫長屋の情景、さらには海のジプシーたる尾道の家船漁師の姿など、当時の世相風俗を背景に刑事たちの地道な捜査過程を綴った作品である。
 読者の興味を繋ぐストーリーテリングの萌芽は本書にも見られるが、奇を衒うあまり魅力的な発端部分が最終的に浮いてしまうのは困りもの。とは言え筆致は土臭くも堅実で、その後も多方面に渡って活躍した氏の器用さを窺わせる。珍本全集を読む限り『戦艦金剛』などの戦記ものがベストだとは思うが、力のある作家だったのは間違いない。

No.2 6点 ボナンザ
(2021/03/16 22:41登録)
1960年代にここまで凝った内容のものを出していたことに敬意を表したい。

No.1 6点 nukkam
(2014/04/23 08:56登録)
(ネタバレなしです) 長編3作と短編約80作を書いた蒼社廉三(1924年生まれ)は戦記ミステリー作家として有名ですが実のところ戦記ミステリーの数はそれほど多くなく、通俗サスペンスやSFなども書いています。1961年発表の長編ミステリー第1作は社会派推理小説と本格派推理小説のジャンルミックス型です。埼玉県川口の工業地帯、福岡の炭鉱地帯、家船で生活する広島の漁民など地域性と時代性の丁寧な描写、地道に足を使った捜査などはいかにも社会派推理小説らしさを感じさせます。一方で二転三転する証言に翻弄されて容疑が転々とし、容易に真相が見えてこないところは本格派推理小説としての謎解きの面白さも堪能できます。タイトルもシンプルながら意味深です。

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