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ミステリの祭典

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メグレ激怒する
メグレ警視

作家 ジョルジュ・シムノン
出版日1988年08月
平均点6.00点
書評数3人

No.3 6点 クリスティ再読
(2020/01/08 22:59登録)
メグレはパリ司法警察勤めの設定なのだが、「第一号水門」だと引退間近の姿が描かれ、さらにいくつか引退後のメグレを主人公にした作品が少しある。第一期最終作の「メグレ再出馬」('33)、第二期の中編たち、第三期開始の本作('45)、次の「メグレ氏ニューヨークへ行く」('46) と、あたかも第三期は引退後のメグレで行こうか?なんて悩んでいたみたいだ。とするとパリ司法警察のメグレが復活するのはその次の「メグレのバカンス」 になるけども、これも休暇中の事件だったりするしね。ホントの「現役復帰」は「メグレと殺人者たち」になるんだろう。まあだから、第三期メグレは時代設定がいつなのか、よくわからないといえばわからない。けどメグレの事件は時代を超えてるから、気にはならない。
本作は権高い老婦人に鼻面を引き回されるように導かれた家には、メグレのかつての同級生が婿入りしていた...けして親しかったわけではないが、今になって顔を合わせると、ブルジョアに成りあがった同級生は実に嫌な奴になっていた。この家の娘が溺死した事件の調査を老婦人に命じられたのだが、かつての同級生はメグレに手を引かせようとする...
と、同級生でも「友情」とかそういう話ではない。この同級生は父親が税務署勤めだったために「税金屋」のあだ名で呼ばれていたような功利的な男である。で、メグレがこの旧友に「激怒」するのか、というと、実はそういうシーンはない。ただラストはある人物が「激怒」して話が収束するようなものである。メグレはこの家族でまずい立場にあった人物を救う活躍をするのだが、事件の結末には関与しない。それでもメグレが「サン・フィアクルの殺人」みたいに手をこまいて...という印象ではない。
なんか評者書いていて「はない」が続きすぎているな(苦笑)。そういう変則的でオフビートな話だが、ちゃんと話が収まるところに収まっている。

No.2 6点 tider-tiger
(2016/10/01 11:48登録)
メグレシリーズ第三期の開始作とのことですが、本作ではメグレは退職して田舎に引っ込んでいます。新たなシリーズの開始作が退職後のメグレ? 当時の読者はどう思ったのでしょうか。
まあそんな状況ですから、メグレは夫人と野菜につく虫のことで口論などしながら呑気に日々を過ごしています。そんなところに一週間前に溺死した孫娘の死を納得できないでいる老婦人がやって来ます。
メグレが「お昼は済ませましたか」と問えば、「食べることばかり考えている人は嫌いです」と返し、メグレの腹をジロッと見る。こういう老婦人です。
メグレ夫人はこの老婦人を「頭のおかしいおばあさん」などと形容しますが、私の言葉に直せば「高慢ちきなクソばばあ」です。ただ、なにかありそうなクソばばあではあります。メグレもなにかを感じたのでしょうか、クソばばあの求めに応じて、というよりは従って、彼女の家に調査に出向きます。すると、なんとしたことか、クソばばあ一族の家長はメグレがあまり好いてはいなかったかつての同級生だったのです。

とある上流家庭のどろどろとした秘密をメグレが探っていくというか、知ってしまう話です。
家族の秘密はかなり暗鬱としたものではありますが、真相を知ったところでメグレにはどうすることもできない性質のものです。法律的に言えば、違法性はあっても(常識的見地から悪いことのように思えても)、構成要件に該当しない(そうした行為を取り締まるための法律がない)。
普通のミステリであれば、孫の死の真相を軸に話が展開しそうなものですが、メグレはそのための捜査をする気はあまりないように見えます。孫娘の死は(シムノンが)メグレをお家騒動の渦中に引っ張りこむための切っ掛けとして使ったように思えます。ただ、捜査はろくにして貰えなかったものの、この孫娘は妙な存在感があります。シムノンは自分の本当の娘をモデルにしているんじゃなかろうかと感じました。
※解説によれば、この作品が書かれた当時はまだシムノンに娘は生まれていなかったそうです。
なにかが起こる予感がする、ものすごくする、それを見届けるのが今回のメグレの役目です(けっこう嘴を突っ込んでみたりもします)。
サスペンスに分類されておりますが、確かにこれはサスペンスですね。
メグレが呑気に構えているので、サラッと読んでいると緊迫しているようには思えないのですが、再読してその緊迫感に気付いた珍しい作品です。
タイトルの「メグレ激怒する」が、自分にはあまりピンときませんでした。

個人的なハイライトシーン
老婦人がラストでメグレに妙な告白をします。登場人物の一人について自分の本音を告げるのですが、話の脈絡からいってその言葉は唐突であり、プロット上はなんら意味を感じられません。
ただ、この一言で老婦人の人間観というか価値観がくっきりと浮かび上がります。
プロット的には少々不可解なセリフなのですが、この老婦人ならそうであろうと私は非常に納得がいきました。
老婦人に乾杯! くそばばあとか言ってしまってゴメンなさい。

※私にとってメグレ警視シリーズは「人さまにお薦めできる大好きな作品」と「人さまにはあまりお薦めしないけど大好きな作品」の二種類しかありません。今更ですが、あまり採点する資格のない人間といえましょう。
ただ、いちおうルールとして人さまにお薦めできるものは7点以上、人さまには敢えてお薦めしないものは6点以下にしています。7点以上と6点以下の区分けに関しては可能な限り客観的に、自分の好みは考慮しないようにしております。
なぜこんなことを書いたのかというと、この作品が大好きだからです。すみません。

No.1 6点
(2013/10/12 16:59登録)
メグレ第3期の開始作。原則未訳作品を集めた(絶版久しい作品の新訳本数冊あり)河出書房のメグレ・シリーズ50巻のうちには、なぜか収められないままになり、後に雑誌『EQ』(光文社)に初めての翻訳が掲載された後、河出文庫で出版されたという、妙ないきさつを持つ作品です。
今回のメグレは、退職して2年後、田舎でのんびり暮らしていたところを、個性的な老婦人から依頼を受けて事件の捜査を始めることになります。この老婦人、自己中心主義的でずいぶん勝手な思い込みもあるのですが、自分の間違いをあっさり認める冷静さも持っていることが依頼の段階で表現されています。
全体としてはちょっと珍しい事件で、メグレ自身は事件の最終的決着に関与しません。というか関与できないのです。それでも確かにメグレがいた方が話として収まるし、こういうミステリもあるのか、という感じでした。

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