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ミステリの祭典

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探偵ダゴベルトの功績と冒険
ダゴベルト・トロストラー

作家 バルドゥイン・グロラー
出版日2013年04月
平均点5.50点
書評数4人

No.4 5点
(2019/02/08 04:52登録)
 "ヨーロッパの文化の中心"と言われた、世紀末オーストリア=ハンガリー帝国を舞台にした連作短編集。帝国自体は1914年6月28日のサラエヴォ事件に始まる第一次世界大戦により崩壊しますが、各収録作品の発表は1910~1912年。迫りつつある破局の直前に花開いた短編集です。
 探偵役はダゴベルト・トロストラー。音楽と犯罪学を愛する何不自由ないディレッタントで実際的な探偵愛好家。ウイーン上流階級のトラブルシューターとしての役割を担い、その輝かしい成果を友人宅の喫煙室で、その妻グルムバッハ夫人ヴィオレットに披瀝します。会食の後「すわりなさい」と、暖炉のそばに招かれたダゴベルトが、夫妻に事件のあらましを語り聞かせるのが定番の展開。
 収録作品は全9編。いずれもおっとりとした筆致です。貴族や富裕層のスキャンダルを未然に防ぐパターンが大半ですが、ラストの「ダゴベルトの不本意な旅」のみそれとは無縁でアクションもあり、好奇心から捜査を進めたダゴベルトが負傷します。
 個人的な好みで選ぶと盗難手段が大胆な「首相邸のレセプション」。微笑ましい真相の「公使夫人の首飾り」。連作展開の盲点を突いた冒頭の「上等な葉巻」でしょうか。全体に小味な作品が多いですね。あと、ハンガリー独立に絡む物語「ダゴベルト休暇中の仕事」がなかなか味がありました。
 作者バルドゥイン・グロラーは第一次大戦のさなか1916年に亡くなりますが、その後の皇帝フランツ=ヨーゼフ死去に始まる共和国化や、ナチス=ドイツによる併合・消滅を見ずして逝去したのがせめてもの慰めではあります。

No.3 5点 nukkam
(2016/01/23 22:15登録)
(ネタバレなしです) オーストリアのバルドゥイン・グロラー(1848-1916)はコラミニスト、編集者として活躍し、小説もかなりの作品を残しています。探偵愛好家のダゴベルト・トロストラーシリーズは1910年から1912年にかけて18短編が6冊に分けて出版され、更に1914年発表の4短編を収めた短編集があり、そして短編集未収録の1編と合計23編の短編があるそうです。本書(創元推理文庫版)は初期18編の中から9編を抜粋したものです。解決済みの事件をダゴベルトがグルムバッハ夫妻に語って聞かせるプロットのためか、謎解きプロセスを楽しめる作品ではなく、また真相を明かすよりもスキャンダルにならないように処理することに重点を置いた作品が多いのも特徴です。それが同時代のメルヴィル・D・ポーストのアブナー伯父シリーズやジャック・フットレルの思考機械シリーズとは異なる作品個性でもあるのですが、謎の魅力のアピール度が低いのがミステリーとしての弱みになっているように思えます。風変わりな殺害方法の「特別な事件」とスリリングな冒険談の「ダゴベルトの不本意な旅」が印象的でした。

No.2 6点 kanamori
(2013/06/13 13:15登録)
20世紀初頭のウイーン。上流階級社会で横行する詐欺、盗難、醜聞事件などの難問を、高等遊民ダゴベルトが優雅に解決する連作ミステリ。本書も「クイーンの定員」がらみの有意義な作品集です。

第1話の「上等の葉巻」のなかで、ダゴベルトが遺留品から犯人の人物像を推理する手法はホームズのそれを思わせ、”オーストリアのコナン・ドイル”と言われる所以が理解できます。ただ、他の作品のなかには、名探偵と言うよりトラブルシューター的な役割もしており、そういった作品も独特の面白さがありました。
また、冒険譚の聞き手であるグルムバッハ夫人が好奇心旺盛な愛すべきキャラの持ち主で、ダゴベルトの話の合間に入る「情景描写はいいから」などと言うツッコミが現代娘風で萌えます。

No.1 6点 mini
(2013/04/30 09:59登録)
昨今は北欧など非英語圏のミステリーがブームだが、最近話題のドイツ産ミステリーは長い間不毛の状態にあった
そりゃそうだろう、第1次大戦で敗北し、大戦間にはナチスの台頭、第2次大戦で再びの敗北、戦後の復興期も東西に分断され、ミステリーどころではなかったのだろう
冷戦時代のスパイ小説が東西ドイツを舞台にしているのに英国作家によって書かれていたのも皮肉な話だ
ドイツ語圏ミステリーが注目されだしたのは近年になってからだが、実は注目すべき時代が過去に有ったのだ、それは第1次大戦前、ホームズのライヴァルたちが活躍していた古典時代である

現代のオーストリアという国家は地図上ではアルプス山麓の小さな面積だが、その昔はフランスを別格とすれば欧州に君臨した大帝国であった、現在のドイツの南半分はオーストリアだったのである
帝国の皇帝を代々出していたのが中世以来欧州中部に格式を誇ったハプスブルグ家で、第1次大戦で没落するまで栄華を誇った
ドイツ北部には中世以来の神聖ローマ帝国が有ったがナポレオン1世に侵略されて衰退し代わりに台頭したのが鉄血宰相ビスマルクのプロシアである
ナポレオン失脚の後を受けて欧州の貴族階級がナポレオンによって乱された秩序回復について議論したのが有名なウィーン会議だ
ウィーン会議は各国の利害が対立し遅々と進まず舞踏会に明け暮れていたので”踊る会議”と皮肉られた
ここで注目したいのが会議がオーストリアの首都ウィーンで開かれた事だ、つまりウィーンは当時の欧州の中心都市であり貴族階級の拠り所的存在だったのである
その後、普墺戦争に敗れたオーストリアはやや衰退しハンガリーとの連合国家オーストリア-ハンガリー帝国になり、プロシアはドイツ帝国へと富国強兵し第1次大戦の足音が近づいていくわけである

この「探偵ダゴベルト」が書かれたのは第1次大戦前夜のまだ貴族の権威が有った時代で、ほとんどが貴族階級に起こる事件なのはそうした事情による
”オーストリアのホームズ”と異名を取るだけあって、ダゴベルトは現場に残された遺留品から推理するなどたしかにホームズ風だ
探偵法には心理的証拠重視型と物証重視型が有るが、ダゴベルトのは明らかに物的証拠重視型である
こう聞くと、心理型が嫌いで物証重視型を好む読者は興味を持つだろうが、私の印象では往々にして物証重視型は読者が推理に参加出来ないものが多い、まぁ探偵ガリレオみたいな感じかな、案外と心理的証拠重視型の方が読者が推理可能な場合が多い
このダゴベルトの場合も、特殊知識や警察資料を基にしているので、物的証拠から読者が推理出来る代物ではない
警察資料の1つがあの「グリーン家殺人事件」でも引き合いに出される『予審判事便覧』なのである、この時代のオーストリアでミステリーが書かれる下地は有ったわけだ
「探偵ダゴベルト」は他のホームズのライヴァルたちと比較すると、トリックでもプロットでもロジックでもなく、ストーリーテリング型だと思う、「功績と冒険」という題名も内容にぴったりだ
犯人が根っからのプロの極悪犯罪者だったりするものも有りそういう面での意外性には乏しいが、とにかく読み出すと世紀末ウィーンの雰囲気と物語に引き込まれる、この時代のドイツ語圏ミステリーのレベルの高さに驚いた
こうなるとアウグステ・グローナーのヨーゼフ・ミュラー刑事ものを翻訳しようという出版社が現れませんかね

ところでこの創元文庫版は垂野創一郎訳のドイツ語原著からの翻訳と思われる、もちろん英語版は存在するのだろうが、日本語の訳文を見ると、助詞の”てにをは”がはっきりしているなど原文が英語ではなくドイツ語っぽさが感じられるのが面白い
アンソロジーに採られた「奇妙な跡」が英語版からの訳であろうから、ドイツ語から直に訳された本邦初のグロラー作品集かも
最初の原著は2年間に渡って少しづつ6冊刊行されたとう事だ、創元のはそれらから採ったオリジナル編集版で、見開きに記された刊行年が1910~12年と幅を持たせているのはそうした理由による

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