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ミステリの祭典

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狩場の悲劇
別邦題『猟場の悲劇』

作家 アントン・チェーホフ
出版日1994年03月
平均点7.00点
書評数3人

No.3 8点 nukkam
(2014/08/13 10:26登録)
(ネタバレなしです) アントン・チェーホフ(1860-1904)といえば短編小説と戯曲の名手として世界的に有名なロシアの文豪ですが、1884年から1885年にかけて新聞連載発表された本書は数少ない長編作品でしかもミステリーです。当時のロシアはちょっとしたミステリーブームでフランスのガボリオやロシアのシクレリャフスキーが人気作家だったそうです。本書の作中人物にそういう作品はもう時代遅れだと揶揄させているのも興味深いですね。前半は恋愛を軸にした複雑な人間関係描写が中心であまりミステリーらしくありませんが19世紀の作品ですからこれはやむを得ないでしょう。むしろ謎解きの面白さだけで読者を魅了することが困難になり、事件が人間関係や生活に与えた影響を描くようになった現代ミステリーを読んでいる読者にこそ受け容れやすいかもしれません。驚くべきことに謎解きに大胆なアイデアが採用されており、謎解き伏線もそれなりに(ある意味これ見よがしですけど)張ってあって同時代のドイルの「緋色の研究」(1887年)やファーガス・ヒュームの「二輪馬車の秘密」(1886年)よりも高く評価されてよいのではと感じました。

No.2 6点 kanamori
(2011/09/12 18:05登録)
チェーホフが初期に書き上げた唯一の長編ミステリ。ちくま文庫版”チェーホフ全集2”で読みました。
村の名士である伯爵の広大な領地を舞台に、複雑な恋愛模様の末の殺人事件の顛末が、事件に関わった元予審判事の持ち込み原稿という作中作の形式で語られます。

19世紀も末のロシア貴族の享楽的生活や、ある女性を巡る前時代的な人間模様など、主人公の予審判事の内面描写を交えた前半部は「さすが、ロシアの文豪」と思わせるのですが、殺人事件発生後(つまり本格的に探偵小説になったとたん)”ある事情”により急に文芸的にレベルダウンしてしまってますね(笑)。本書に仕掛けられた先駆的アイデアについては事前に知っていましたが、知らずに読んでもこれは分かってしまうでしょう。

なお、この作品は東都書房の世界推理小説体系5にも収録されているのですが、併録作品が「スミルノ博士の日記」というのが何ともシュールです。

No.1 7点 おっさん
(2010/12/09 14:51登録)
2010年、生誕百五十周年を迎えた、ロシアの大作家チェーホフの、唯一の長編にして、なんと探偵小説。
でも別に、かしこまることはないんです。チェーホフが“文豪”になるまえ、まだA・チェホンテなんてペンネームでユーモア短編を量産していた頃、新聞に連載(1884-85)した、いわば探偵小説パロディなんですから。
と書いたそばから、こんなことを言うのもなんですが、ストーリー自体は、退廃的な貴族の領地を舞台に、美しい森番の娘をめぐって繰り広げられる、愛と憎しみのドラマ――情景描写の鮮やかさと心理描写の深さは、さすが後年あるの筆力を思わせ、事件発生までの長丁場を飽かせません。ところが・・・
じつはこの作品、探偵小説として、かなり大きなトリックを用意しているのですが、作者自身が、終盤、本文におびただしい註釈をつけ(翻訳によっては、この註をバッサリ削ってしまったものもあるのですが)、ある登場人物の言動が怪しいことをほのめかし、意外性の効果を減殺してしまうのです。パロディの毒で、探偵小説を解体するかのような、それはシュールな試みなのですが・・・
それまでのシリアスなストーリーと、パロディ的趣向が水と油なんだよなあ。
結果として、一個の小説としては、虻蜂取らず。しかし、成功作とは言えなくても、何人かのキャラクターは、読後も長く残像を残し、忘れ難い作品ではあります。

(付記)「パスティーシュ/パロディ/ユーモア」とするには、シリアス展開が強すぎるため、恋愛サスペンスといった側面から、ジャンル登録しました(2012・11・13)。

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