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ミステリの祭典

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妖説太閤記
反太閤記もの

作家 山田風太郎
出版日1967年01月
平均点7.67点
書評数3人

No.3 9点
(2020/02/06 11:40登録)
 300冊目は山田風太郎。雑誌「週間大衆」昭和40(1965)年10月28日号~翌年12月29日号まで連載。これまでの書評は後期作品中心だったんですが、本作の発表は四十三歳の壮年時。その前年は『伊賀忍法帖』を皮切りに『忍法八犬伝』『おぼろ忍法帖(のち『魔界転生』に改題)』など6本もの長編を世に送り出した作家活動旺盛期。複数作品を同時進行させることの多い風太郎ですが、この年は長編連載をこれ一本に絞っただけあって気合が入りまくってます。後期の渋さもいいですが、全盛期の迸るような筆致はまた格別のもの。
 欲望の充足に向け一片の迷いもなくひた走る主人公・猿ことのちの太閤秀吉。蜂須賀党時代に見初めた織田信長の妹・お市の方の面影をひたすら追い求めながら、弓頭浅野又右衛門の姪・ねねとの結婚を皮切りに邪魔者は陥れ、障害物は嵌め、くったくのない陽気な笑い声をはりあげながら出世街道を駆け登ってゆく。
 大軍師・竹中半兵衛に見込まれ、彼を家来に迎えたことで野望は加速。〈憎悪の矢弾を浴びる人間を作り出す〉という天下取りの基本形を伝授され、この謀略とかれ生来の女性への執着が自身の運命のみならず、いつしか天正期の戦国時代そのものを形作ることに。金角銀角のひょうたんではないですが、「ともぐいのかたち」「度外れた女好き」という二要素の中に物語と歴史そのものを封じ込めてしまうのが、この作品において風太郎が発揮した力業。そのくせキャラが死ぬどころか、信長を葬る前後からは背筋がそそけ立つほどの凄味を見せつけます。
 
 ――では、じぶんの一生のあの悪戦苦闘はなんであったか?
 あの脳漿をしぼりつくした権謀の数々、血と汗にまみれた戦陣の星霜はなんであったか?

 その言葉通り本能寺の変すら演出して天下を握り、待望のお市の方の娘・淀君を始めとする高貴な女たちを得て痴戯の限りを尽くすも、貧弱な身体は思うに任せず、女秀吉ともいうべきねねこと北政所との関係も、彼女の目標であった信長の死をきっかけに歪み始め、やがて北政所は次の天下を狙う徳川家康に取り込まれてゆき、運命の歯車もまた狂い始める。
 「ともぐいのかたち」を極限まで拡大した朝鮮出兵も無惨な失敗に終わる中、老耄した頭脳と荒廃した肉体を抱え、もはや人間の残骸と化してなお、名状すべからざる妖風ですべてのものを慴伏させる魔王・秀吉。読者の胸に残るのは大伽藍を焼き尽くす炎の黄金の色か、それともかれの脳髄の奥底深くしぶく血か。天愁い地惨たるなか迎える最終章「あらんかぎりの」の虚しさと、大独裁者の鬼気迫る断末魔を見よ!
 〈極悪人秀吉〉という視点で書かれた唯一無二の太閤記。英雄・豊臣秀吉を、日本史上最大の悪漢として描いたピカレスク小説です。

No.2 7点 羊太郎次郎吉
(2017/03/18 06:45登録)
モテない男が天下を取って美女をたくさん手に入れては良いが、寝所で失神されるわゲロ吐かれるわというトホホな話。
英雄色を好むというが英雄になればモテるとは限らない、という悲しさをひしひしと感じた。
織田信長がお市の方やその周りの侍女達だけには優しかったという説があるのは女を人間だと思っていなかったから(要するに犬猫に本気で怒るのは馬鹿馬鹿しいというのと同じ)という山田風太郎さんの解釈も興味深い。でもまー時代背景を考えればそれが正しかったのかも。

No.1 7点 kanamori
(2010/07/10 18:09登録)
アンチ・英雄譚の傑作です。
豊臣秀吉を扱った歴史小説は多々あり手垢のついた題材といえますが、異常な征服欲の源が、若い時に見染めた信長の妹・お市の方への恋慕だったという基本アイデアのみで、極悪人・秀吉の人物造形を書き変えています。
本能寺の変をはじめとする数々の裏エピソードは、おもわず惹き込まれる迫真性に満ちていました。

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