誰でもない男の裁判 |
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作家 | A・H・Z・カー |
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出版日 | 2004年06月 |
平均点 | 6.25点 |
書評数 | 4人 |
No.4 | 7点 | クリスティ再読 | |
(2025/07/27 09:31登録) 短編名手としてEQMMで名を馳せたA.H.Z.カーの短編集。大雑把にいえばこれも「奇妙な味」系になるのかもしれないけども、そもそも「奇妙な味」というカテゴリー自体乱歩が無理やりヒネリ出したものみたいにも感じたりするのだ。 というか、やはりEQMM・マンハント・ヒチコックマガジンなど50年代・60年代のアメリカの雑誌文化には、広義のミステリ観というのか、ジャンルをクロスオーバーした独自の世界があったようにも思うのだ。その結晶が早川の「異色作家短篇集」でもあるのだけど、これから漏れた異能な雑誌短編作家で惜しい人たちというもの結構いる。イーリイもそうだったし、カーもそうだ。やや後の世代だと、ローレンス・ブロックとかE.D.ホック、ジャック・リッチーといった人たちになるんだろう。評者は70年代にこういうあたりの海外ミステリ翻訳雑誌にヘンな忠誠心みたいなものがあるから、気になってとりあげているという自覚もあるよ。 でカーである。大統領の経済顧問としても著名人であり、小説執筆はホントに余技。だからこそ、専門作家が「アイデア」でさらっと書きとばしてしまうネタを、しっかりと自分の人生経験で発酵させて書いている印象。こういうあたりがEQMMなんかのコンペでは突出するんだろうな。いやホントに「黒い子猫」とか「ミステリ未満」な話なんだけども、頭でっかちな牧師の罪としてこれを「ネタ」でなくしっかりと書ける能力というのは、まさに他人の人生を想像する「小説家」の能力なんだ。同様に「虎よ、虎よ」だって形式的にはミステリとしての結構を備えているのだけども、それがこの小説の本質ではなくて、ブレイクの詩に触発されて核戦争の破滅的なイメージを発酵させている詩人が巻き込まれた事件の「話」として、それを説得力をもって語れているあたりに、カーの異能さがうかがわれると思うのだ。 表題作の「誰でもない男の裁判」も、信仰と政治的思惑に翻弄される「劇場的殺人」を扱うという、政治に深くコミットした作者ならではのバランス感覚が読みどころではないのだろうか。そういうアメリカらしい政治の皮肉は「市庁舎の殺人」にも現れている。人工降雨の専門家殺害の動機と市長選挙の関りは....たしかに今回の参院選挙でもわざと三連休中日に投票日を設定するなんて疑惑の運営があったわけだしね(苦笑) だからこの短編集というのは、カーという「人物を愉しむ」本だと思うのだ。なかなかレアな体験だと思う。 |
No.3 | 5点 | 虫暮部 | |
(2020/08/27 13:55登録) それなりに面白くはあるが、そこまで際立った特異性は感じられず。ものによっては、もう一歩踏み込んでも良いところをえぐくなる手前で引いちゃった、みたいな物足りなさ。過大評価は避けたい。 表題作は1950年EQMMコンテスト第二席。“彼は無罪に決まっている!”と言う“圧”の中での裁判の話。(読むタイミングが偶然重なって過剰に意識しちゃったけど)エラリー・クイーン『ガラスの村』(1954年)の逆パターンだ。 |
No.2 | 6点 | 人並由真 | |
(2018/08/30 16:54登録) (ネタバレなし) 私的に今年の8月はいささか忙しかったこともあって、本書を手に取ってから読了するまでちょっと時間がかかった。以下、簡単に各収録作の寸評。 『黒い小猫』……どういうものを書きたいかはわかるけれど、愛猫家にはツラい話。現実にこういう傷ましいことが起きないように、適切な対応を心がけるように、というのも作者の言いたいことではあろうが。もう二度と読みたくない。 『虎よ!虎よ!』……ややこしげな意匠を省いたら、そんなに大した話ではないのでは? 『誰でもない男の裁判』……ミステリマガジン601号のオールタイム短編ベストでも上位に食い込んだ名作だが、送り手の主張が際立ちすぎて却って冷めた。よくある、いいたいことはわかるんですけどねー系の一本。 『猫探し』……『黒い小猫』の口すすぎ編。一本の作品としては良い話だが、あっちと同時収録なので割りを喰った感じ。 『市庁舎の殺人』……思わずニヤリとする事件の真相。この本はここからが見違えるように面白くなった。 『ジメルマンのソース』……エリンとスレッサーあたりの秀作二本をブレンドして、同じ数で割ったような味わい。語り口のうまさをとにかく感じた。 『ティモシー・マークルの選択』……日本の昭和時代の中間小説誌に載る短編ミステリという感触だが、これも語り口の秀逸さで読ませる。オレもスカートをはかずにパンティだけで街を歩く美少女に会ってみたいもんだ。 『姓名判断殺人事件』……こういう種類のサプライズが来るとは思っていなかった。最後を締める秀作。まあ21世紀ではこのトリックはまず不可能だろうけれどね。 ……というわけで後半の面白さを前半のイマイチぶりが相殺して、この評点。しかしいくつかの作品は日本版EQMMやHMMで昔に読んでるはずなのに、けっこう忘れているもんだ。 この作者はもう一冊分、日本でオリジナル短編集が組めるくらいの作品数があるようなので、いつか刊行してほしい。そっちは当たりの打率が高ければいいなあ。 |
No.1 | 7点 | mini | |
(2009/05/20 10:17登録) ディクスン以外のカーと言うと、ハードボイルド作家フィリップ・カー、山岳ミステリーのグリン・カーらがいるが、短編の名手A・H・Z・カーを無視することは出来ない 強いてジャンルを言えば奇妙な味系異色短編作家だろうが、かなり本格寄りな短中編もありジャンル分けは難しい 戦後に登場したこの手の異色短編作家の新鋭だろうと生年を見ると1902年生まれ J・D・カーが1905年生まれだから、っておいおい何だよ!A・H・Z・カーの方が年上なのかよ!デビューが遅かった遅咲き作家ということか A・H・Z・カーは本業で充分裕福だったので、アマチュア作家として悠々自適にEQMMに短編を投稿していたのだろうな そういったゆとりが感じられる独特の味わいがあり、状況判断に迷った時の人間心理への洞察には深みがある A・H・Z・カーの短編集編纂は本国アメリカでも計画があったようだが流れ、世界で初めて日本でまとめられたのだ 晶文社版の解説によると山口雅也のお気に入り作家だったらしく、掲載されたミステリ・マガジンのバックナンバーを漁っていたようだ T・S・ストリブリングもそうだが、こうした雑誌に載ったまま埋もれていた作品の発掘を山口雅也は好むからなあ |