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ミステリの祭典

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柊の館

作家 陳舜臣
出版日1973年01月
平均点6.00点
書評数3人

No.3 5点
(2019/05/24 05:06登録)
 神戸の北野町にある通称「とんがり屋敷」のなか。そこはセブン・シーズ・ラインというイギリス系船会社の宿舎であり、三百坪ばかりの敷地に副支配人〈サブ・マネージャー〉宅、英人社員宿舎、女中部屋の三棟の建物が連なっていた。うしろにある平屋の日本家屋、メイド・ルームと台所を兼ねた控えの畳の部屋で、四十六年のキャリアをもつコックの杉浦富子が、二人のメイドに過ぎし日の思い出を語り始める。それは一九二五年、大正十四年から昭和十二年の蘆溝橋事件にわたる、とんがり屋敷の歴史そのものだった――
 1973年発表の連作推理小説。とはいえ定まった探偵役はおらず、十七から三十前までの冨子の回想という形でいくつかの事件が語られます。三件の殺人と一件の傷害事件、小噺や挿話的なものなどを含む全七話。六話と七話は併せて一話。どちらかと言えば箸休め的な軽い作品で、北村薫氏のベッキーさんシリーズに近いもの。こちらの語り手は六十三歳のおばあさんですが。
 穏やかな語り口で日中戦争突入時に物語は終わりますが、舞台が一種の閉鎖空間なせいか、戦争の影はほとんどありません。それでも第一話とリンクする最終話では、過酷な時代の訪れが暗示されます。第三話「サキ・アパート」がミステリ的な結構は最も整っていますが、全体としては思いつき程度の小品主体、これから読むならば北村作品の方をお薦めします。

No.2 6点 蟷螂の斧
(2015/09/20 15:47登録)
(再読)著者の作品を読み始めたころは、ミステリーという意識はなかったですね。本サイトで「炎に絵を」を知り、著者の他作品の多くがミステリーに分類・登録されていていることにびっくりしたことを思い出します。本作は、神戸の異人館(イギリス系船会社の宿舎)に長年勤めた日本女性の語る恋物語や殺人事件です。今でいうコージー系、日常の謎系に近いものと思います。奇妙な味系もありますが、全体の印象はロマンチックな味わいといったところですね。。第1話の事件の真相が、最終章で判明するという形をとっています。

No.1 7点
(2009/05/11 19:53登録)
神戸の船会社宿舎の異人館「とんがり屋敷」を舞台にしたミステリで、そこに勤めるメイドの思い出話を連作短編に構成した形式をとっています。メインの謎は最初に起こった殺人事件で、短編ごとにも個別の謎があり、短編ごとに完結するとともに、最終の短編で最初に起きた殺人事件が解決します。

30年ほど前に読んだときは、連作ミステリという形式が初めての体験で、その形式に驚き、さらに古き良き時代のゆったりとした、とげとげしさの全くない空間で、とうてい起こりえないような殺人事件が発生することのアンマッチ感に驚くとともに、殺人事件があったことさえ忘れてしまうほどの、そのあまりにも柔和な雰囲気に浸りながら、最終話では最初の事件が解決したことに唖然とした記憶があります。ミステリ経験が浅かったころで、自分で全く推理することなく、読了していました。
特別な仕掛けはなく、異色ミステリという程度であって、氏のミステリの中では決してベストとはいえませんが、氏の柔らかな筆使いが典型的に表れた作品だと思います。
そして、その後、中国歴史物を含め、陳氏の作品には長年にわたり楽しませてもらいました。

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