もう一人の乗客 |
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作家 | 草野唯雄 |
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出版日 | 1980年12月 |
平均点 | 6.33点 |
書評数 | 3人 |
No.3 | 8点 | 斎藤警部 | |
(2025/08/13 17:30登録) 呑み込まれるように読みました。 この真相は ・・・ 琴線に触れました。 「しかし裁判長、形式はどうであれ ( 中 略 ) お忘れにならんように、お願いしますよ」 警察に追われる若い女は婚約中。 彼女は犯行現場から帰宅の途上、拾ったタクシーが交通事故に巻き込まれてしまう。 タクシー需給の逼迫した大雨の夜ゆえ、同じ方向の男と “相乗り” したのが仇となり、そこから様々な事象が重なり転がり、婚約破棄の憂き目を見るに至る彼女。 ダブル・トラブルに追いつめられる彼女の当面の味方は、理由あって独身を貫く、同居中の実の姉。 きわどい物証が挙がり、状況証拠もひっくり返りそうにない。 「そうですか・・・・・・」 「ずいぶんいろんなことがあったんですね」 「ええ。 いろんなことがありました」 まずサスペンス発動の道連れに、謎また謎が散弾銃のように角度を違えて現れる。 だが、メインのミステリイベントは二つに集約。 この二つも、様々な誤解や憶測を纏いつつ意外と早くに一旦一本化。 しかし事態は快く複雑なまま、バチバチの違和感とミステリ興味は高止まりのままだ。 警察チームプレーの花が咲き、クセ強の権化のような刑事が登場。 商売女との結合シーンもすこぶる健康的。 えぐみをすくい取った、ひたすら爽快なサービス暴力シーンもある。 「そうか。 ここでひと芝居うつのが楽しみだったというわけか」 終盤へ向けて静かなクライマックス。 陰鬱な旅情に少しずつ、淋しい光が漏れて来る。 ところが最終章を迎えるやいなや、突如再び立ち上がる冷徹なサスペンスの壁。 そこには物語のバックヤードでひっそりと肥大化した、核心を突く 『謎』 が銃携行で脅すように同行している。 法廷闘争も、予見を裏切る高純度のスリルを保ち、或る嫌な(?)疑いに向けジリジリと迫る。 いつまでも擦り減らない、最後まで残された巨大な 『謎』。 何なんだこのダメ押しは・・・・ やがて明らかとなった、絶妙な××欺瞞と、隠し事の置き場所の機微。 こりゃ参ったね。 「それは、検事さんが女の心理をご存じないからです」 「女の心理?」 真犯人の伏線も、思った以上に大胆だったが、一方で予想を上回って巧妙でもあり、叙情的な側面含め、やられました・・・ とは言え流石にある時点でピンと来るわけですが、それにしても、まさか、もう一つの××欺瞞があったとは・・・ 真相を知ってしまうと堪らなく泣ける◯◯シーンもありましたね。 読中はただただ痛快で、まさか泣けるシーンに化けるとは思いもしなかった.. いや、実はその痛快さの中に、微妙な違和感が存在したのだが、無意識のままだったな.. “息もつけないくらいの烈風が吹きつけてきた。 町のほうからは、とぎれがちに流行歌のレコードが聞こえてくる。” 或る登場人物の取った行動の理由が、徹底したハードボイルド文体で表現されていたのには、しびれました。 最高に熱い真相と、微笑ましいエンディング。 思い切りの良いさじ加減です。 ここにやってくるがいい。 鳥のように早く、 一直線に。 人並由真さんご指摘の > さすがは僕らの草野唯雄、期待に応えた凡ミスである には笑いました。 ちょいと都都逸調で(?)。 しかしよく気付きましたね! 同じく人並由真さん > クライマックスに行くまでは読者の目を逸らすというか、意図的に一種のあるテクニックを用いている 本当にその通りです。 仮にネタバレ覚悟としても二言三言では言い尽くせない、絶妙な職人技に覇気を感じます。 【最後に、核心を突く、ぼかしネタバレ】 本文でもチラと触れましたが、本作には、二つの “思い込ませ” 叙述トリックが用いられていると思います。 一つは、冒頭の殺人に関すること。 一つは、ある刑事の体格に関すること。 どちらも、悪目立ちしない、ささやかなトリックながら、その効力はミステリの核心を突いて爆発的。 実にコスパが良い。 叙述トリックは、かくありたい。。。(大規模なやつ、ギラついたやつも好きですけど) |
No.2 | 6点 | 人並由真 | |
(2020/04/22 04:08登録) (ネタバレなし) その年の10月1日の夜。興信所「目白リサーチ・センター」の所長、山辺達也が事務所内で殺され、殺害現場から一人の娘が人目を避けて逃げ出す。彼女=出版社のOLで21歳の香原由美は流しのタクシーを拾うが、成り行きから、たまたま同じ方向に行くという見知らぬ男と相乗りになってしまった。だが奇しくもそのタクシーがまた別のタクシーに衝突。事故を検分にきた警官に対して由美はやむなく必要最小限の事実を伝えるが、事態はさらに思わぬ方向へと……。 草野作品の中ではそれなりに評判が良い印象があるので、読んでみた。 フーダニットではなく、あまり推理の余地もない作りだが、イヤミや皮肉ではなく昭和の読み物推理小説としてはまとまっていて及第点である。 終盤に行くともうページ数も少なくなってきて、ここから作者が読者を驚かせにくるなら、もうあの人物を犯人にするしかないなと構造が見えてしまう。そこらへんは弱い一方、クライマックスに行くまでは読者の目を逸らすというか、意図的に一種のあるテクニックを用いているようで、その辺りはうまい。 ちなみに、由美の姉の八重、その恋人で村瀬というキャラクターが登場するのだが、この男、カッパ・ノベルス版の35ページで「2年前に病気の妻と死別」と描写されながら、あとあとの175ページで「5年間独身だった」とも書かれている。この辺はさすがは僕らの草野唯雄、期待に応えた凡ミスである。 あと中盤で、たとえ市民の義務であっても犯罪事件に関わるのは嫌だ、一文の得にもならない、面倒な証言なんかゴメンだという、ダメな本音剥き出しな小市民が出てくるが、このあたりの、ヤバいことに平穏な日常をゆさぶられる一般人の描写や作中での扱いが草野作品はうまいよね。『七人の軍隊』でも、暴力団に牛耳られた町で悪人追放の署名運動を敢行したらヤクザがその署名用紙を奪い、ここに署名した連中のもとにお礼参りに行ってやるとうそぶく、そんなリアルな描写が印象的だった。そーゆーあたりでも、この作者はポイントを稼いでいるのだと実感する。 |
No.1 | 5点 | 臣 | |
(2009/07/10 12:27登録) 草野唯雄の代表作といわれている。冒頭の、殺人現場から逃げ出した女性の「もう一人の乗客」とのタクシー相乗りシーン、後半の法廷シーンなど、プロットは巧く書けている。でも、はっきりいって中身は、叙情に欠けた叙情ミステリであり、中途半端なハードボイルドという感じだ。 この作品、大昔にテレビドラマで放映され、たまたま最終回のタイトルバック(しかもエンディング)を観て、その雰囲気に惹かれたのが、初読のきっかけです。タイトルにも惹かれましたが、草野氏の場合、『女相続人』『山口線貴婦人号』のように、ストレートなネーミングのほうが作風に合っているように思います。 |