白衣の女 |
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作家 | ウィルキー・コリンズ |
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出版日 | 1994年12月 |
平均点 | 8.33点 |
書評数 | 3人 |
No.3 | 8点 | shimizu31 | |
(2022/08/29 23:17登録) 純愛ロマンスをベースにイギリス上流階級の家庭内の陰謀を巡るサスペンスがじっくりと進行していく。各人物の日記や手記で構成され一人称の語り手により感情や推理等が濃密に描かれていく。岩波文庫の上中下の三巻で読んだが上巻の前半まではやや冗長であったがそれ以降は誰が敵で誰が味方なのか次第に疑惑が深まり徐々に迫って来る危機に手に汗を握る展開となる。会話も濃厚でくどいところもあるが各人の個性が浮かび上がり自然でわかりやすい。 謎解きミステリとしては知恵比べが始まる中巻からが本領を発揮し語り手には気が付かない隠された意味や謎が伏線となって散りばめられる。下巻からは完璧に張り巡らされた網をいかにくつがえすかという探偵編となるが不可能を可能にしようという主人公の熱意と行動力により中巻までの伏線が次々と回収されていく。ただ下巻後半からは活劇のような展開となりやや拍子抜けであったが読後感としては全体の壮大さと緻密さに圧倒された。 上巻の「序」の冒頭に「これは、一人の女の忍耐力がいかなることに耐えることができ、一人の男の不屈の精神力がいかなることを成し遂げることができるか、についての物語である」(上巻p7)とあるが、読む前は「何と大げさな」と思ったのであるが読後は「なるほど確かに」と納得した次第である。 登場人物としてはやはり男性陣の迫力がすごい。特にパーシヴァル卿とフォスコ伯爵の強烈な個性は他のミステリではなかなか味わえないのではなかろうか。この二人の人格自体が謎解きの対象となっているのがミステリの作りとして奥行きが深く格調が高い。特に中巻の終盤におけるパーシヴァル卿とローラの別れの場面は読み返してみるとパーシヴァル卿の心理が鮮やかに浮かび上がっており印象深かった。 一方、女性陣、特に主役の二人は理想化あるいは類型化されすぎており人間ドラマとしての現実感が乏しく興ざめであった。本作ではやはりロマンスが重要な要素であるため男性側から見た理想像として描いたということなのであろうか。 全体としては本作を謎解きミステリとして見るとやはりロマンスの部分がくどく冗長感は否めない。また下巻後半の活劇部分も物語としては十分面白いがギルモア弁護士に助力を頼む等の別のアプローチも可能だったという気もする。本作は恋愛+謎解きの融合作品として見るべきかもしれないが謎解きの部分が緻密で非常に完成度が高いだけに全体としてはやや中途半端という感が否めない。 以下、登場人物一覧に無い人物について補足しておく。 <上巻> デムスター:フェアリー夫人の設立した小学校の校長 ジェイコブ・ポスルスウェイト:同学校の生徒 トッド:フェアリー家の農場の夫人 ハナ:トッド夫人の二番目の娘 メリマン:パーシヴァル卿の顧問弁護士 ルイ:フェアリー氏の従僕 アーノルド家:ヨークシャーに住むマリアン、ローラ姉妹の友人一家 ケンプ夫人:キャセリック夫人の姉 <中巻> バクスター:ブラックウォーター・パークの猟場番 ベンジャミン:ブラックウォーター・パークの馬丁 カール:ギルモアの弁護士事務所の共同経営者 マークランド夫妻:パーシヴァル卿の友人 ファニー:リマリッジ館以来のローラの女中 マーガレット・ポーチャー:ブラックウォーター・パークの太った女中 ドーソン:医者 ルベル夫人:看護婦 ヘスター・ピンポーン:フォスコ伯爵邸の料理女 グッドリック:医者 <下巻> ドンソーン少佐:ヴァーネック・ホールの住人 フェリックス・グライド:パーシヴァル卿の父 セシリア・ジェーン・エルスター:パーシヴァル卿の母 ウォンズバラ:教区書記 |
No.2 | 8点 | 蟷螂の斧 | |
(2019/10/24 18:42登録) この時代(1860年)の小説は長いのは致し方ない?(苦笑)。まあ、ずっと気になってた一冊であり、読み終えてほっと一息。本作は、予想以上にプロットがしっかりしているのにビックリ。一応、現代に通じるトリックも用意されています。ただし、当時はトリックとして意識されていないので、あっけなくネタバレしまっているところが実に面白いところ。ちょっぴり不満点。真のヒロインであるマリアン(よく頑張りました!!(笑))の処遇を何とかできなかったのか???・・・。 |
No.1 | 9点 | おっさん | |
(2012/10/01 10:45登録) じつはこれまで、こんなの読んでませんでしたシリーズw 1859年から翌60年(日本だと、まだ江戸時代末期です)にかけて、ディケンズ主催の週刊 All the Year Round 誌に連載された、ウィルキー・コリンズの第6長編にして出世作。 現在、岩波文庫版(中島賢二訳)の全3冊が流布していますが、筆者は、1978年に国書刊行会の<ゴシック叢書>に収められた、中西敏一訳の三巻本(Ⅰ巻には訳者の、Ⅲ巻には小池滋氏の、力のこもった解説つき)で読了しました。 青年画家ウォルター・ハートライトは、真夏の一夜、ハムステッドからの帰途、全身白づくめの美女と出会う。「ロンドンへ行きたい」という彼女は、たまたま通りかかった辻馬車の客となり、二人は別れる。直後、出現した追っ手の馬車。「この道を女が通るのを見かけなかったか・・・白衣の女だ・・・私の精神病院から逃げたのだ!」 やがてハートライトは、カンバーランドの豪家リマリッジ屋敷に住む義理の姉妹、マリアンとローラ(妹ローラの容貌は、なぜか例の“白衣の女”によく似ていた)の絵の教師となる。惹かれあっていくハートライトとローラ。しかしローラには婚約者がいたのだ。姉マリアンの説得に応じ、リマリッジ屋敷をあとにしたハートライトは、失意のうちにアメリカへ渡る。 その年の暮れ、ローラは婚約者パーシヴァル卿と結婚する。 俄然、本性を現わして財産横領に動き出した卿に、妹を助け懸命に対抗するマリアンだったが、卿のバックには、奸智にたけた参謀格のフォスコ伯爵が控えていて・・・ 出没する“白衣の女”。その存在を恐れるパーシヴァル卿。秘密に迫ったマリアンを待っていたものは? そして帰国したハートライトを打ちのめす衝撃の事実とは? かの『月長石』(1868)の素晴らしさは重々承知していても、こちらはいわゆる“推理小説”ではなくスリラー(ゴシック小説の流れを受け継ぐ、センセーション・ノヴェル)であること、くわえて『月長石』を上回るヴォリューム(原稿枚数にしておよそ2,000枚!)であることから、ずっと敬遠してきました。 しかし、覚悟を決めて――そう、たとえば単発の1時間ドラマを観るのではなく、連続ドラマに1クール付き合うような気持で――読みはじめてみると、これはやはり面白い。 作者お得意の、回想手記のリレー形式が効果的で、フォスコ伯爵の仕掛けた大トリックの構図、ハートライトの“足の探偵”がついにパーシヴァル卿の秘密の核心にたどり着く経路、といったミステリ的見せ場が炸裂する後半三分の一まで、緩急自在の話術でつないでいきます。 知恵の戦いを繰り広げながら、相手の力量は認めあっている、気丈なマリアン(本作の真のヒロインは、彼女ならん)と底知れないフォスコ伯爵の造型は見事。 終盤、その伯爵の“正体”露見はやや唐突な印象を与えますが、彼を追いこむ役どころになるキイパーソンを、端役として“あの段階”ですでに描出しているあたり、コリンズの布石はなみなみならないものです。 『月長石』との優劣の比較は、ほとんど評者の好みの問題になるでしょう。隙の無い緊密な構成において、筆者は択一なら『月長石』を採りますが、それはいくぶんミステリ・マニア的偏向かもしれず、ストーリーの躍動感やその物語性で、この『白衣の女』に軍配を上げる人も多いはずです。 皆さんの評価や如何に? 余談ですが、本作を読んでいて、微妙に甲賀三郎の作品が脳裏にちらつきました。獅子内もののスリラー長編『犯罪発明者』への影響はモロですがw 思い返せば最高傑作「黄鳥の嘆き」(「二川家殺人事件」)にも『白衣の女』のエコーが感じられます。 そういえば、『幽霊犯人』は『月長石』ふうでした。 マニア層にむけて“本格” を実践するというより、大衆にむけて探偵趣味をアピールするという意味で、甲賀がコリンズを範にしていたと見るのは、うがち過ぎでしょうか? |