home

ミステリの祭典

login
ハートフル・ラブ

作家 乾くるみ
出版日2022年12月
平均点6.25点
書評数4人

No.4 7点 ミステリーオタク
(2024/12/24 22:40登録)
 皆さん、メリークリスマス。
 聖なる夜、如何お過ごしですか。
 私は家族での外食から帰宅して、今は安ワインを片手にこの文章を書いているところです。本日の昼休みに読了した、7編からなるこの短編集の感想を今日のうちに書いておかないと忘れてしまいそうなので。

 早速収録された各作品について一言ずつ感想を述べさせていただくと・・
 《夫の余命》
 時系列が逆行性に語られるストーリーの中に秘められた「騙し」・・・過去に某有名作品を含めて何度か出会ったことがあるトリックだけど楽しめます。
 《同級生》
 時々見られる同窓会モノ・・・昔の同級生仲間が久しぶりに集まってワイワイ楽しむうちにふと往時の「ある非日常的な出来事」の思い出話が出て、それを蒸し返す展開となり埋もれていた意外な真相がジワジワと掘り起こされていく・・・かと思ったら少し違いましたね。本書の作品にはシバリはないだろうけれど、できればコレ系はナシにしてほしかった、というのが個人的な感想です。
 《カフカ的》
 これも時々お目にかかるトリックが使われるけれど他のミステリファクターも絡めて加工がよく、読ませてくれます。ある登場人物の深層心理は理解し難いものがありますが、これは「カフカ的」なのでしょうかね。
 《なんて素敵な握手会》
 本短編集の中で唯一掌編と言える極く短かい話ですが、これは何かのアンソロジーで既読だったと思います。○○○(書こうか迷ったけれど未読の人が読んでいないとも限らないので)と同じ構図ですね。実は私も昔、自分の仕事を題材にしてこのネタで書いた掌編小説をあるメジャーな文芸雑誌の応募コーナーに投稿したことがあります。もちろんボツでしたが。
 《消費税狂騒曲》
 ミステリとしては何ということもないかもしれませんが、本邦初の消費税の導入とその増税がもたらした平成時代の庶民の買い物の際の小さな混乱がリアルに描かれています。
 《九百十七円は高すぎる》
 前作に続いて消費税の問題がメインの細かいお金のお話しですが、正直大して面白くもないこのテーマの話を二作続けることに何の意味があるのか理解に苦しみます。
 登場するのはほぼ女子高生だけですが、その描写も「男性が描いた女子高生」という印象を拭えませんでした。
 《数学科の女》
 最終話は100ページを越える中編とも言える作品。
 典型的なキャンパス青春物語で始まりますが、一転クローズドサークルをも予感させる舞台・・・そして「くるみ流ラブストーリー」、かと思えばトリプル援護射撃に必殺ヒット(何を言ってるんでしょうね)となかなか無邪気なコンテンツになっていますが、もう少し捻りがあってもよかったかな、この作者なら・・・というチョット贅沢な読後感も残りました。
 
 以上本書の各作品について感じたことを簡単に書き並べてみましたが、本書の(個別作品のものではなく包括的になっている)タイトルに関しては・・・この時期に似つかわしい素敵なワードだと思いませんか。
 ですが実際に本書を通読した方の中には、この総タイトルに相応しいとは思えない話ばかりだった、という印象を持たれた向きも少なくないのではないでしょうか。
 この齟齬はこの表題が作者の皮肉心によるものなのだからでしょうか・・・

 実は本書のタイトルの「ハートフル」は heartfulではなくhurtfulなんです。カバーの片隅にさりげなく保護色で記されています。「イニシエーション・ラブ」の作者らしいフェイントとも思えますね。
 (ちょっと注釈しておきますが「ハートフル」という言葉は和製英語でこれに相当する英語はheartwarmingが一般的でheartfulという単語はあまり使われないようです)


 さて、今年も残すところ後一週間となりましたが皆さんにとって2024年はどんな年だったでしょうか。私は個人的なミステリ読書に関しては「やや不作」だったかなと少しだけ心残りの感を抱いています。来年はもっとマメにこのサイトをチェックして、より多くの楽しいミステリに出会えればと思っています。
 
 それでは皆さん、よいお年を。

No.3 6点 zuso
(2024/09/01 22:48登録)
恋愛にまつわる事件を扱った短編が7編収められている。
主人公への思い込みの隙を突く仕掛けが多く、物語の性格がガラリと変わる瞬間に、愛欲のままならさがまろび出る。
白眉は「数学科の女」。大学の講座で班分けされた五人組のうち、紅一点は美女だった。牽制し合う理系男子たち。予想以上のシニカルな展開が用意されており、作者らしさを感じる。

No.2 5点 まさむね
(2023/05/29 22:50登録)
 掌編1話を含む短編集で、個人的には①と⑦が印象深い。作者らしい作品集とは言えるけれども、全体としては小粒かな。
①夫の余命:日本推理作家協会賞の候補作。転換が面白い。
②同級生:設定のわりに結末は中途半端な印象。
③カフカ的:捻りはあるが、無理もある。
④なんて素敵な握手会:別アンソロジーで既読だったので驚きはなかったが、掌編としては良質。
⑤消費税狂騒曲:アンソロジー「平成ストライク」読んだはずだが、記憶には残ってなかった…。
⑥九百十七円は高すぎる:この設定を用意してこのネタ?という感じ。⑤のテーマとも被る。
⑦数学科の女:ちょっと無理があると思うのだけれど、色々と強烈。

No.1 7点 ことは
(2023/03/24 00:11登録)
久しぶりの乾くるみ。
「イニシエーション・ラブ」のシリーズ感を出したタイトルがあざとい。でもシリーズではありませんし、短編集です。
よかったのは、「夫の余命」と「数学科の女」。採点が高めなのは、この2作のおかげ。
「夫の余命」。過去に遡っていく順番で語られる構成が楽しく、最後も決まっている。もちろん、乾くるみ作なので人を選ぶけど、私はこれはそうとう好みです。やられました。
「数学科の女」。乾くるみらしい強烈なキャラがすてき。つっこみどころは色々あるけど、このキャラだけで満足です。「演技なのそれ」「そう」。いいなぁ、この辺の会話。

他も寸感。
「同級生」。既視感のある展開。ミステリでなくても、映画のあれやこれやでも……。どこを見せたかったのだろう?
「カフカ的」。巻末の初出情報によると、「共犯関係」というアンソロジー収録されているので、お題が先にありきなのかな? 乾くるみらしい発想があってわるくない。主人公については、ある点で、もやもやする。驚かせポイントを拾えていないかも。
「なんて素敵な握手会」。ショートショートだけど、きれいに典型的な”あれ”を決めている。
「消費税狂騒曲」。巻末の初出情報によると、「平成ストライク」というアンソロジー収録されているので、お題「平成」が先にあったのでしょう。ちょっとした小咄かな。
「九百十七円は高すぎる」。巻末の初出情報によると、「彼女」というアンソロジー収録されているので、お題「百合」が先にあったのでしょう。「百合」と謎解きがあってない。でも、乾くるみらしい描写はあって、わるくない。まったく楽しめない人も、多そうだけど。

全体の感想としては、香草を使用した料理みたいに、「癖があって、個性的。たまに食べると楽しめる。でも、”うまい!”っていうのとは、ちょっと違う」という感じで、乾くるみらしさが満載。楽しませてもらいました。

4レコード表示中です 書評