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ミステリの祭典

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カミサマはそういない

作家 深緑野分
出版日2021年09月
平均点5.00点
書評数4人

No.4 3点 ミステリーオタク
(2024/12/16 21:12登録)
 「オーブランの少女」という(個人的には)素晴らしいミステリ短編集の著者の(多分)第2短編集。いやがうえにも期待が高まる。

 《伊藤が消えた》
 ミステリといえばミステリだがミステリとしても人間関係の面でも何をしたいのか何が言いたいのかよく分からない。落ちこぼれ若者の歪んだ友達意識?  捻れたプライド?

 《潮風吹いて、ゴンドラ揺れる》
 狙いは分からなくもないがコレも中途半端というかパッとしない印象。途中は昔のアメリカの短編サスペンスドラマ風でそれなりに面白くはあるんだけど・・・
 ●本作の一部を少し改変してみた勝手な逃走シーン(オチなし):
 他に誰もいない遊園地。牛刀包丁を片手に真っ赤な髪をなびかせながら迫ってくる身長2メートルのピエロから必死に逃げる。ダッシュ&ダッシュ、柵を越え溝を跳び、無人の車が走り回るゴーカート場を前後左右に飛び退きながら懸命に横切り、無人で回転し続ける巨大なメリーゴーランドの外周を200メートル走の如く全力で回り込み、騒々しく電子音が鳴り響くゲームセンターのわきを膝も砕けんばかりにドタドタと突っ切り、機械的な叫び声が定期的に聞こえてくるお化け屋敷の裏手を太ったゾンビのようにバタバタと駆け抜ける。続く広大なフラワーガーデンの間をメロス1.5倍速で激走、気がつけば空気を引き裂きながら乱高下を繰り返すジェットコースターを囲むフェンスに突き当たり、足をもつれさせながら方向転換する。更に気力と体力を振り絞って両下肢を駆動し続け、これでもかとばかりのアップダウンの連続を息も絶え絶え耐え難きを耐えクリアして、その先のエリアボーダーの長い架け橋を死に物狂いで走り渡って脇道へ逸れたところでとうとう体内エンプティランプの最終点灯を感知して、極まる焦燥を自制しながら背後にピエロが見えないことを確認すると、すぐ先の無人で稼動している観覧車のゴンドラに飛び乗り倒れ込むように身を潜めた。
 心臓は今にも破裂せんばかりに通常の2.5倍のピッチで低いビート音を立てて鼓動し、両肺は肋骨をへし折らんばかりに起伏を繰り返し、全身は発汗で搾る前の雑巾のようにビショ濡れだ。また最悪なことに携帯電話の電波が繋がらない。
 やがて乗り込んだゴンドラが頂上を越えてしばらく下降したところで恐る恐る体を起こして地表の様子を窺うと・・・・・
 ゴンドラの着地ホームに赤髪のビエロが立っていた。
 こちらを見上げている。そして目と目が合った。
 もちろんゴンドラの内側には鍵はない。
                                      The end.
(or continue reading the sentence at the bottom of this column.〈*〉)

 《朔日晦日》
 10ページ位の掌編だが、気持ち悪い話だし何より意味がサッパリ分からない。何か元ネタになる伝説だか神話だかがあるのかな。

 《見張り搭》
 これまた何がいいたいのか分からない話。ミステリと言えなくもないし反戦論を含ませているようにも思えるが、やっぱりよく分からない。

 《ストーカーVS盗撮魔》
 いくら趣味と言えども一文にもならない上、性的嗜好程にも意味不明なそんなことにそんなに時間と労力をかけることの何が楽しいのか全く理解できない前半・・・その後、予想外に規模の大きな面白そうなファクターが見えてくるが・・・やはり、あまり面白いと思えるものではなかった。

 《飢奇譚》
 時空を超越したこの話も分かるような分からんようなだが、どうやら寓話っぽいようだ。ボーダーレスな舞台環境からは何となく「千と千尋」を彷彿させる印象を受けた。

 《新しい音楽、海賊ラジオ》
 これも現世とは時空がズレた設定で末期を思わせる世界において、ナルコレプシーの主人公が仲間と音楽を探す話で相変わらず訳の分からない付帯状況もあるが前作までとは異なった向きの最終話らしさを残す。また文中の一句「ルイ・・・・アーム」に作者の意図の一端を垣間見た気がした。


 う~ん、正直「オーブラン」と同じ著者による短編集とは思えない内容ばかりだし、あまりミステリとは言えないような自分には意味不明な話も多く個人的には期待外れと言わざるを得ないが、それぞれ人間の弱さだったり文明との関わりだったりを描出しているようにも思われ、感性が合う人には少なからず共感される作品集なのかもしれない。


 確かに
 カミサマはそういない
 だけども
 ゴミサマはそこら中にいる


〈*〉なす術もなく着地ホームに到着すると・・・ピエロがドアを開け・・・手を伸ばして・・・声を発する・・・・・
 「お掃除のお姉さん、コレ落としたよ」
 差し出されたのは白い貝殻の小さなイヤリング。
 本日からこの遊園地で働き始めた18歳のディーディー・マクドナルドは暫しのフリーズの後、驚きと戸惑いと少しずつ薄まりつつある恐怖の色を浮かべた目を見開いたまま小刻みに震える手でそれを受け取った。「あ、ありがとうございます、社長さん」
 ピエロとシェフを兼ねた人前では決して素顔を晒さない一風、いや、かなり変わった性格の社長は莞爾と目を細めると背を向けて厨房へと戻っていった。点検中のアトラクションが正常に作動していることに満足し、自分が包丁を握ったままでいることと自分もいつの間にかどこかで調理帽を落としたことに気づいて苦笑しながら。

No.3 6点 猫サーカス
(2024/07/22 18:15登録)
「伊藤が消えた」は、将来に希望を見出すことが出来ずにいる若者たちの姿を描いた物語で、家賃を分担していた家から引っ越した青年が行方不明になることから話が始まる。退廃的な空気が張り詰めたものへと変化していく展開が読みどころで、描写によって細部の質感を際立たせる技巧が功を奏している。どことなくアジア風でありながら完全に無国籍な舞台の物語「饑奇譚」は最も作者らしい一編で、現実には存在しないはずだが確かな感触を備えた世界が見事に描き出される。決断の物語であり、作者は登場人物たちに実人生と同じような試練を与え、この物語の主人公にも重要な選択を迫られる。日本推理作家協会の二〇一九年刊アンソロジーに収録された「見張り塔」も同じ構造で、崇高な任務に就いている信じて疑わなかった主人公は、ある時自分がしてきたことの意味を問い直さなければならなくなる。彼らの置かれた状況は、正しさの根拠がどこにも見つけられない現代の暗喩だ。「新しい音楽、海賊ラジオ」の舞台は陸地の多くが水没した近未来であり、ここではないどこかで奏でられている未知の音楽を求め、少年が旅をする物語である。世界の広大さが印象的な一編で、開放された場所に読者を連れ出して物語は終わる。人生のほろ苦さが読後に残る七編からなる短編集。

No.2 5点 まさむね
(2022/11/10 22:21登録)
 短編集。「カミサマはそういない」というタイトルどおり、救いようのないダークな短編がほとんど。でもこのタイトルは「カミサマがいないわけではない」とも読めるわけで、最終話の「新しい音楽、海賊ラジオ」だけは爽やかな気持ちになれましたね。

No.1 6点 sophia
(2021/12/07 01:40登録)
現実的事件から無限ループ地獄から戦争ミステリーから終末的世界の冒険譚から、これでもかというくらい多種多様な短編集です。特に今回はファンタジーホラーへの挑戦が見られます。全7話飽きずに読めてお得である反面、少しまとまりを欠いてしまいましたかね。「オーブランの少女」のように、ある程度の括りがあった方が評価しやすかったかもしれません。救いのない話ばかりですが、「新しい音楽、海賊ラジオ」は希望を感じさせる爽やかな読後感でした。この話がラストで本当によかったです。

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