チューリップ : ダシール・ハメット中短篇集 コンチネンタル・オプもの、ほか |
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作家 | ダシール・ハメット |
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出版日 | 2015年11月 |
平均点 | 6.67点 |
書評数 | 3人 |
No.3 | 7点 | 八二一 | |
(2020/12/25 20:37登録) この作品に添付された十篇の中短篇集が、いつもながら饒舌をそぎ落とした作品であるが、「チューリップ」では原作者の心理描写など、長々と述べられていて、いわゆる従来のハメット節と異なる点が面白い。 |
No.2 | 7点 | クリスティ再読 | |
(2020/12/05 10:44登録) さて、ハメットの短編集も評者はこれで打ち止め。小鷹信光氏が編纂した一番新しい短編集(というか、21世紀に新しく出た唯一の短編集)になる。メインは最晩年の「未完」の短編「チューリップ」。自伝的な「チューリップ」で言及される初期のスケッチ「休日」、それから雑誌翻訳こそあれ単行本未収録の「暗闇の黒帽子」「拳銃が怖い」「裏切りの迷路」などなど、完璧なハメット全集が日本ではない中で、翻訳漏れの作品を小鷹氏が一生懸命紹介しようとしている、その結晶の一つである。 まあとはいえ、「帰路」「ならず者の妻」「アルバート・バスターの帰郷」は小鷹氏自身の訳で河出文庫の「ブラッド・マネー」とカブる。評者も補追みたいな感覚で読むことにした。なので、未読作のみの論評とする。 「チューリップ」これは非ミステリ。晩年のハメットの自伝みたいな作品で。赤狩りで刑務所に服役したあとで、友人の別荘で静養していた際に、主人公の昔を知る旧友が訪ねてきて、昔話やらする話。その旧友が「チューリップ」という呼び名で呼ばれている。タイトで感傷を排した話だが、単なる日常スケッチで、オチがあるのかないのか微妙。リリアン・ヘルマンは「これで完結している」という理解だけど... 「理髪店の主人とその妻」倦怠期の夫婦の話。マッチョで男尊女卑な夫の仕打ちに、妻が反撃する。ハードボイルドってマッチョな印象があるけども、いやいやハメット、そんなことないです。 「拳銃が怖い」臆病で定評がある男が、勘違いからギャングに脅された...ウェスタン風の話で、その臆病男が意外な面を見せる。 「裏切りの迷路」オプ物。この短編集だとあと「暗闇の黒帽子」「焦げた顔」がオプ物。いや、これが昔「宝石」に載っただけ、というのが信じられない佳作。開業医の突然の自殺に、その妻に謀殺の容疑がかかり、それを晴らすためにオプが調査する。この自殺には意外な背景が...とかなり強烈な仕掛けがある。しかもその犯人に対するオプの裁きが痛烈。短編ベスト5には入れたい。 「最後の一矢」ショートショート。妻の反撃の小話。おまけみたいに収録。 とりあえず評者は「本になってる」範囲でのハメット短編は一応コンプ。それでも「犯罪の値」「厄介な男」「軽はずみ」「死体置場」「緑色の夢」「深夜の天使」「ついている時には」「紳士強盗イッチイ」「ケイタラー氏の打たれた釘」「ダイヤモンドの賭け」「不調和のイメージ」の11作は雑誌に訳が出たのみ。巻末の書誌によると未訳が「Esther Entertains」「On the Way」「This Little Pig」の3作(少なくとも)ある。弾十六さんが雑誌掲載作など頑張ってやってくれるようで、それを応援したい。 とりあえず読んだところで、短編ベスト5を選ぼう。順不同。 「夜の銃声」「裏切りの迷路」「新任保安官」「クッフィニャル島の夜襲」「蠅取り紙」 |
No.1 | 6点 | 弾十六 | |
(2020/04/04 08:41登録) 小鷹ファンなら「訳者あとがき」で泣ける。帯に「ハードボイルド精神とは何か?」とあるが、もちろん、そーゆー内容ではない。私にとってハードボイルドとは谷譲二(牧逸馬・林不忘、いずれも長谷川 海太郎の筆名)とかワーナー映画だったりする。軽ハードボイルド(=カーター・ブラウン)という概念のほうがむしろわかりやすい。ハメットはハードボイルド私立探偵小説を書いたわけじゃない。自分の面白い持ちネタが、今まで経験してきた探偵家業だっただけ。(各篇解説p112に似たようなことが書いてあった) この書評では初出順に再構成。カッコ付き数字は単行本収録順。K番号は、本書収録の作品リストにつけられた短篇小説(長篇分載を含む)の連番(勝手に私が「K番号」と命名)。#番号は『コンチネンタル・オプの事件簿』(ハヤカワ文庫)収録のオプもの短篇リストの連番。初出はFictionMags Indexで加筆。 --- (おまけ) The Parthian Shot (初出The Smart Set 1922-10) K1 「最後の一矢」: 評価4点 訳者あとがきの中に収録(目次には出てこない)。短いスケッチ。Smart Setのこの号は広告も含め無料公開されている。 (2020-4-4記載) --- ⑵ The Barber and His Wife (初出Brief Stories 1922-12、Peter Collinson名義) K2 「理髪店の主人とその妻」: 評価5点 これはちょっと冗長だが、文章のシンプルなスタイルは最初からのものだったようだ。小耳に挟んだネタを書いたようなリアリティがある。 p98「炉の火を燃やしつづけてくれ(Keep the Home Fires Burning)」: 続く「また逢う日まで(Till We Meet Again)」、「兵士たちになにをしてくれるんだ、ケイティ」、「彼らをどうやって農場に縛りつけておくんだ?(How Ya Gonna Keep 'em Down on the Farm)」はいずれも大戦中(WWI)の曲だというが、「〜ケイティ」だけ調べつかず。(2020-4-12追記: 原文を見たら「〜ケイティ」のところは”Katy,” “What Are You Going to Do to Help the Boys?”の2曲分の題名だった。全てWW1当時の有名曲。いずれもWikiに項目あり。KatyはK-K-K-Katyで立項) p100 赤いネクタイはつけないという、強いタブー(strength of the taboos of his ilk that he did not wear red neckties): 共産主義者のイメージなのか。調べつかず。 p101 黒人の靴磨き: 理髪店には靴磨きがつきものだったのか。便利なサービスだと思う。 (2020-4-4記載; 2020-4-12追記) --- ⑶ The Road Home (初出The Black Mask 1922-12、Peter Collinson名義) K3 「帰路」: 評価5点 ハメットのBlack Mask初登場。あっさりしたスケッチ。男のケジメがテーマなのが、らしいと言えばらしい。 p114 現地人の服を着た浅黒い男(The dark man in the garb of a native): 浅黒警察の判定では「黒髪の男」ここは最初の描写なので髪の色をまず言うはず、と言うのが一応の根拠だが、微妙かも。 (2020-4-5記載) --- ⑷ Holiday (初出The New Pearson‘s 1923-7) K7 「休日」: 評価6点 FictionMags Indexでは1923年7月号から雑誌タイトルがPearson’s Magazineに戻ったとなっているが、mikehumbertのWebで表紙絵を見ると、上記が正解。英ピアソンズ・マガジンの米国版(1899-1925)、25セント(=416円)、64ページ。 なおここでは米国消費者物価指数基準1923/2020(15.13倍)、$1=1662円で換算。 うらぶれた休みの日。競馬場、酒場のスケッチ。小実昌さん向きの話。小鷹訳はちょっとカタい。各篇解説で、稲葉訳のポカを「編集部の重大なミス」として苦言を呈する翻訳者寄りの姿勢が微笑ましい。(稲葉訳は、雑誌マンハント1962-9に掲載後、創元『スペイドという男』に収録。小鷹訳よりこなれているが、時代を感じさせる古い表現が多い。私は好きだが現代の読者にはわかりにくいか。詳しく確認してないが語釈が小鷹訳とところどころ違ってるようだ。原文が届いたら見てみよう。←多分、私には判定が困難だろうが…) ほろ酔い気分の主人公に寄り添える「純文学」な内容でヒョウーロン家が持ち上げ易い作品。作者自身は「や・お・い」と評している、ならばハメットは物語にはヤマやオチが必要という考えなのだろう。 p121 十ドル札: 16620円。当時の10ドル紙幣はUnited States Note(1907-1928)はAndrew Jacksonの肖像、Gold Certificate(1922-1928)はMichael Hillegasの肖像。サイズはいずれも189x79mm。 p121 <一度に一歩>(Step at a Time): 日本の競走馬風ならイチドニイッポ。(稲葉訳は『一度にひと足』) p128 銀貨で85セント: 5セント硬貨を1枚持ってるのは確実(ニッケル製だが…)。残りを半分に割ってるので、半ドル銀貨(Half dollar)は持っていない。とすると、5セント貨、10セント銀貨と25セント銀貨の組み合わせだろう(3通りが可能)。当時の5セント貨幣(Nickel)はBuffalo or Indian Head(1913–1938)、25% nickel & 75% copper、直径21.21mm、重さ5.00g、83円。10セント銀貨(Dime)はWinged Liberty Silver Dime(1916-1945)、.900Silver、直径17.9mm、重さ2.5g、166円。25セント銀貨(Quarter)はStanding Liberty Type2[2aとも](1917–1924)、.900Silver、直径24.3mm、重さ6.25g、416円。 (2020-4-7記載) --- ⑸ The Black Hat That Wasn’t There (初出The Black Mask 1923-11-1 as “It”) K14 #4 「暗闇の黒帽子」: 評価5点 オプもの。暗闇のシーンだけが取り柄。32口径コルト・リヴォルヴァーなら色々候補はあるが一番普及してたのはPolice Positiveかなあ。 Don HerronのWebサイトを見ると、EQMM1951-6再録時にダネイが原文をちょっといじってるらしく、小鷹訳はEQMM版によるもののようだ。Black Maskオリジナルを収録してるはずのThe Big Book of the Continental Op(Black Lizard 2017)取り寄せ中なので、届いたら確認してみます… (なお、このハメット・ファンサイト主宰のDon HerronはTadが誰かわからないらしい。英語得意な方、教えてあげて!) (2020-4-8記載) --- ⑹ Afraid of a Gun (初出The Black Mask 1924-3-1) K24 「拳銃が怖い」: 評価4点 同じ号に二篇掲載(もう一つは下のK25。同じくハメット名義)。この作品の狙いがよく分からない。現実に見聞きした事件を解釈しようとしたが、上手く核心に迫れなかった感じ。なお再録時のダネイの修正は無いとのこと。 (2020-4-12記載) --- ⑺ Zigzags of Treachery (初出The Black Mask 1924-3-1) K25 #8 「裏切りの迷路」: 評価7点 オプもの。とても良い仕事をするオプ。作品タイトルもピッタリ嵌まっている。ダーティーな世界でケジメを貫くカッコ良さに惚れてしまうやろ〜。 p187 尾行には四つの原則がある: オプの尾行ミニ講座。 p198 小粋すぎる服を着たフィリピン人のガキども:『大いなる眠り』p185のトリビア参照。 p217 弾倉を閉じて(snapped it shut again): リヴォルヴァーなので「シリンダー」と言いたいところ。回転式弾倉が訳語だが、単に「弾倉」というとマガジンのイメージが強い。「輪胴」という訳語もあるが、あまりポピュラーではない。試訳「シリンダーを元に戻して」 (2020-4-12記載) 「撃針(firing pin)」について一言。当時のリヴォルヴァーだと、もれなく撃鉄にセットされている。普通は銃内部に隠れていて見えないが、発射準備(撃鉄が起きている)状態なら撃針は外部に露出している。撃鉄の前側の尖った部品が撃針。これで弾丸のケツにある発火薬を叩いて発射する仕組み。 (2020-4-17記載) ---- ⑻ The Scorched Face (初出The Black Mask 1925-5) K36 #17 「焦げた顔」: 評価6点 オプもの。掲載号のカヴァー・ストーリー(シャツがボロボロで、ドアの前で半ば手を上げてる男の絵)。オプの捜査手法が良い。登場する刑事のエピソードが面白い。大ネタは探偵局で見聞きしたものなのかも。 p245 ロコモービル♦️Locomobile Model 48(95HP 1919-1929)か。1922年以降はDurant Motors傘下で1929年までブランド名は存続した。 p261 八百ドル♦️米国消費者物価指数基準1925/2021(15.67倍)で$1=1792円。143万円。 p264 五十セント玉♦️当時はWalking Liberty half dollar(1916-1947)、90%silver、直径30.63mm、重さ12.5g。貨幣面の表示は「FIFTY CENTS」ではなく「HALF-DOLLAR」この大きさは訳注を入れて欲しいところ。 (2021-10-18記載) --- ⑼ Ruffian’s Wife (初出Sunset:The Pacific Monthly 1925-10) K38 「ならず者の妻」: 評価5点 うーん。こーゆータフサイドの逆から見る感じが上手いのがハメットの資質だと思うが、話としては、そんなに面白くない。 p322 一万二千ドル♠️(8)の換算レートで2150万円。 p323 <バング・アウェイ、マイ・ルールー>を口笛で♠️Bang Away, My Lulu。英WikiにBang Bang Luluとして項目がある米国民謡だろう。 p330 五十万ルピー♠️1925年の換算レートだと、1インド・ルピー=$0.3626=650円。3億2500万円。 (2021-10-19記載) --- ⑽ Albert Pastor at Home (初出Esquire 1933秋) K70 「アルバート・パスターの帰郷」: 評価5点 掲載号はエスクワイヤの創刊号(この号も全て無料公開あり)。愉快なスケッチ。人口25万人(a quarter million people)クラスの街は1920年の統計でToledo city, OH(243,164、全米26位)、Providence city, RI(237,595)、Columbus city, OH(237,031)、Louisville city, KY(234,891)、St. Paul city, MN(234,698)、「ちっぽけな町」というのはNew York city, NY(5,620,048、全米1位)、Chicago city, IL(2,701,705、2位)、Philadelphia city, PA(1,823,779、3位)と比較してのことか。デューセンバーグとロールス・ロイスの件は『悪夢の街』小泉 太郎 訳の方が意味を捉えている感じ。なおDell版のイラスト全体(kidも描かれている)はWebサイトDavy Crockett’s Almanackで見ることが出来る。 (2020-5-2記載) --- (11) Night Shade (初出Mystery League 1933-10) K71 「闇にまぎれて」 掲載号はミステリ・リーグの創刊号。K70の代わりに書かれたもの。 --- ⑴ Tulip (生前未発表; 短篇集The Big Knockover 1966) K76 「チューリップ」 |