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ミステリの祭典

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罪の轍

作家 奥田英朗
出版日2019年08月
平均点6.67点
書評数3人

No.3 7点 猫サーカス
(2023/10/15 18:11登録)
物覚えが悪く、仲間から馬鹿にされていた漁師手伝いの宇野寛治。ある犯罪に手を染めた彼は、警察から逃れるべく、東京へと向かった。その後、東京は南千住で強盗殺人事件が発生。大学出の若手刑事の落合昌夫も捜査に駆り出される。寛治と昌夫という若者の視点を軸にしながら、徐々に昌夫の視点にシフトし、警察小説の色が濃くなっていく。それに同期して事件も進展し、ついには全国的な大事件になる。大きく変化する時代の中で事件が深みを増す展開がまず素晴らしい。さらに、事件も捜査も報道も変化する一九六三年の刑事たちの執念を、丹念かつ圧倒的な迫力で描いている。同時に犯人の幼少期の出来事を語り、犯人と罪との関係について読者に考えさせる。誰を憎めばいいのか、誰に憎む資格があるのか。昭和を描いた小説だが、その問いはまさに現代の我々に突きつけられている。問いは重い。だが、清濁併せ吞むように成長する昌夫や所轄の名刑事をはじめとする存在感たっぷりの人物たちが活躍し、一気に結末まで読ませてくれる。

No.2 7点 HORNET
(2019/12/28 11:05登録)
 終戦から約20年、戦後日本の復興の象徴ともなった前回東京オリンピック直前の時代を舞台に描かれた犯罪小説。
 北海道の礼文島から東京へと逃れてきた空き巣常習犯が、生きていくために、金を得るために、無軌道に次から次へと犯罪に手を染めていく様が描かれている。捜査の手法や技術、社会の様相に時代らしさがよく表れていて面白かった。
 構造としては警察捜査vs容疑者というオーソドックスなもので、ミステリ・謎解きという類の作品ではない。いかにも昭和の時代らしい刑事たちが活劇を繰り広げる様を楽しむ、というのが主体。
 奥田英朗は、コメディタッチから武骨で重厚な作品まで見事に書き分けられるスゴい作家さんだと思った。

No.1 6点 パメル
(2019/12/13 01:21登録)
東京オリンピックを翌年に控えた昭和39年。北海道の礼文島に暮らす青年が、ある犯罪の末に島から逃亡する。彼はサロベツで無人の林野庁詰め所から作業服と腕章を盗み出した。その一ヶ月後、東京の南千住で殺人事件が起きる。捜査する刑事の耳に怪しい男の情報が入ってきた。捜査本部はその男を捜そうとするが、隣接する浅草署管内で小学生男児の誘拐事件が発生する。
まず驚かされるのは昭和30年代の描写。団地ブームに夜行列車、警察に抵抗する活動家たち、山谷の猥雑な空気。米屋でプラッシーを買うというくだりは、思わず「懐かしい!」と声が出た。そういう風俗だけではない。本書で描かれる誘拐事件は、その年に実際に起きた「吉展ちゃん誘拐事件」を下敷きにしている。犯人像や動機、被害者の環境や年齢は変えているが、警察の捜査の手順はほぼ当時のまま再現されている。
電話やテレビが一般家庭にようやく普及し始めた頃で、通信と技術の発達により、犯罪と捜査と報道のあり方が大きく変わり、その混乱が巧みに描かれている。その様子が、ネットが普及した現代の混乱によく似ていることに驚く。社会の転換期を描いた本書は、同じオリンピック前年の今にふさわしい。
作者お得意の群像劇形式で描かれ、犯人が抱える悲しい過去と壮絶な孤独に胸を痛め、それを追う刑事たちの執念の捜査には手に汗を握る。犯人と刑事の心の交流には、一行ごとに熱いものがこみ上げた。
ただ、犯罪小説であり、警察小説でもある本書だが、犯人と警察との駆け引き、知恵比べということで楽しむ事は難しい。そういう点を期待していると、肩透かしを食らうかもしれません。個人的には、脇役の人物に魅力を感じたので、その人物を主人公にしたら、もっと面白かったのにと思ってしまいました。

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