モリアーティ秘録 |
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作家 | キム・ニューマン |
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出版日 | 2018年12月 |
平均点 | 6.67点 |
書評数 | 3人 |
No.3 | 6点 | 雪 | |
(2020/10/24 09:40登録) 一八六九年に創立された民間銀行、ボックス・ブラザーズは世界金融危機の煽りを食らって破綻、CEOディム・フィラミーラ・ボックスは告発されその実態は明らかになった。この銀行の最古のサービスは、犯罪者向けの「オフショア財産管理」だったのだ。 ディム・フィラミーラは窮地を逃れるため、バークベック・カレッジ教授クリスティーナ・テンプルに貸金庫の中で約八十年間、手つかずのまま放置されてきたタイプ原稿の鑑定を依頼する。それは犯罪王モリアーティの右腕として活躍した傑物、ジョワキ戦役の英雄にして賭博狂の大物ハンター、セバスチャン・モラン大佐の執筆した回想録であった―― ヴィクトリア朝華やかなりしころ、犯罪商会(ザ・ファーム)の首魁としてジェイムズ・モリアーティが相対してきた個性豊かな犯罪者たちと怪事件、世紀の悪党(ヴィラン)たちの知られざる素顔を、大胆な発想と魅力的なキャラクターをもって描いた、博覧強記の著者による破格のホームズ・パスティーシュ。2011年刊。 シャーロック・ホームズ『緋色の研究』に相当する第一章「血色の記録」から、ライヘンバッハの滝での死闘の内幕に迫る「最後の事件の冒険」までの七つの中短篇の中に、同時代の各種世紀期末小説に登場する犯罪者や怪人たちをブチ込んでグツグツのシチューに仕立てた、クロスオーバー闇鍋クロニクル。味わい尽くすには半端でない裏教養が必要となるが、ニヤニヤしながら不真面目に読んでもそこそこ面白い。装丁は真っ当だが、これを本気にしてはいけない。第五章「六つの呪い(「六つのナポレオン」とJ・ミルトン・ヘイズの詩「黄色い神の緑の眼」が元ネタ)」とかを読めば分かる。 語り手モランの筆致は由緒正しきヴィクトリア朝犯罪小説のソレで、一貫して下品。救い主と見せてかっぱぐ「血色~」は一応シリアスなので、最初はジョン・ガードナーの『犯罪王モリアーティ』シリーズみたいに進展するのか?と思わせる。"あのあばずれ"こと歌姫アイリーン・アドラーがモリアーティを引っ掛ける「ベルグレーヴィアの騒乱」まではまだいいが、第三章の「赤い惑星連盟(なにやってんすか教授)」で、モリアーティが一人三役とかこなすあたりから徐々におかしくなってくる。次の「ダーバヴィル家の犬」はかなり気合の入ったゴシックミステリに仕上がっているが。 下巻に突入して始まるのは、怪人たちとのドンチャン騒ぎ。ヒマラヤのイェティからエジプト女王の生まれ変わりと称する妖艶な美女、イタリアのカモラ党やら若かりし頃のカスパー・ガトマン(『マルタの鷹』の敵役)まで登場する。個人的には"ボルジア家の黒真珠"に固執する不死身の巨人ザ・ホクストン・クリーパーがツボ。続く第六章「ギリシャ蛟竜」では三人のジェイムズ・モリアーティが頭をゆらめかせる事になるので、これも似たようなもの。総じてムチャクチャである。ここで初めて、教授の内面の一端が明らかにされる。 最終章「最後の事件の冒険」にはある種の哀感が漂う。「狩るものと、狩られるもの。捕食者と被食者。生者と死者。銃と獲物」というアイリーンの台詞。そしてモリアーティに仕える猟犬としてのモラン。ナポレオンはなぜ最終的に敗れ去るのか、それは歴史の必然なのか。 疑いもなく力作だが、当初からの構想ではなく短篇を纏めたがゆえの限界もまた感じ取れる。惜しくも佳作には至らず6.5点。 |
No.2 | 7点 | YMY | |
(2019/05/13 19:43登録) シャーロック・ホームズの宿敵モリアーティ教授を描いたパスティーシュ(模倣)小説。 原典にも登場した、教授の手下モラン大佐が残した手記の体裁をとっている。ホームズ作品と微妙に重なり合う、魅力に富んだピカレスク(悪漢小説)に仕上がっている。 博覧強記の作者ならではの、細部へのこだわりも楽しい。 |
No.1 | 7点 | 人並由真 | |
(2019/01/30 15:10登録) (ネタバレなし) 2009年。世界経済混乱のさなか、各国に支店を持つ巨大金融組織ボックス・ブラザーズ銀行が倒産する。その貸金庫の中から発見された英国の古い文書。それはヴィクトリア朝時代の犯罪界のナポレオン、ジェイムズ・モリアーティ教授との日々を綴ったその腹心セバスチャン・モラン大佐の回顧録であった。 2011年作品。かの大傑作『ドラキュラ紀元』のキム・ニューマンによる、モリアーティ主役のパスティーシュ+例によってのオールスターものということで、読む前の期待値は限りなく高かった。それで結果は、さすがに『紀元』の奇蹟的な面白さには到底及ばないものの、その6~7割くらいは楽しめた。もちろんそれでも十分に秀作~優秀作の評価となる。 本編はホームズ譚の原典(の中味、題名)を下敷きにしながら、全7章のクロニクルで構成。もともとは連作短編としてホームズファン向けのミステリ専門誌に発表したものを長編の仕様に再構成したそうで、その分、各編にバラエティ感があってそれぞれが面白い。 自分を嘗めてかかる元教え子の天文学者をモリアーティがとんでもない作戦で破滅させる「いじわるじいさん」調の第3話に爆笑したかと思えば、かなり気合いの入った伝奇怪奇ミステリ風の第4話にゾクゾクし、第5話、第6話のようなこちらの期待に応えた、他の創作物から縦横無尽に客演させたオールスターもの(日本で1970年代に製作・公開された、某任侠映画のキャラクターまで名前が出てくる!)に血湧き肉躍る。 ちなみにモリアーティの犯罪事業の大きな戦力となり、同時にその悪事の歴史の語り手(回顧録の全編を「俺」の一人称で紡いでいく)となる本作のモラン大佐だが、ちゃんと小説の主人公になっていて、この辺は作者ニューマンが今回のモランのポジションに託した「語り手としてのワトスンはどうあるべきか」という視座がうかがえるようで興味深い。 それだけに最終章のクロージングには、ある種の屈折した感銘を覚えた。まあそれは良くも悪くもまっとう至極な小説のまとめ方で、『ドラキュラ紀元』のクライマックスのあの迫力(いかにして不死の魔王ドラキュラを大英帝国に君臨する頂点の座から引きずり下ろすかという、あっとなる奇策)にはとても及ばなかったけれど。ただ、こっちもさすがにあそこまでの傑作はそうそう読めないと思っていたから、まあいいのである。 (実際『紀元』の続編である『ドラキュラ戦記』はまあまあ、の出来。『ドラキュラ崩御』なんか途中で読むのを止めちゃったし。) なお訳者の述懐によると、本書『秘録』の原書の刊行直後から翻訳を出したいと企画を動かされたそうだけど、あまりに膨大な元ネタの考証のために7~8年もの今までの時間がかかったとのこと。これには本当に頭が下がる。ご苦労様でした。 |