まだ死んでいる マイルズ・ブリードン/別邦題『消えた死体』 |
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作家 | ロナルド・A・ノックス |
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出版日 | 1958年01月 |
平均点 | 6.00点 |
書評数 | 3人 |
No.3 | 6点 | 弾十六 | |
(2019/12/26 01:05登録) 1934年出版。HPB(1958)で読了。橋本さんの訳は読みやすかったです。 ブリードン(この訳では「ブレダン」)探偵の第4話。ちゃちゃを入れる妻とスコットランドに旅行します。(ちっちゃい子供がいるのに躊躇なく夫婦揃って出かける感覚が欧米か?) 時間がゆったりと流れ、冒頭の謎は強烈とまではいかないけど結構不思議な状況。いったい何が起こったの?という感じ。間の小ネタも程々… なんですが、大ネタがうーん、そーするか?という仕上がり。作者は手がかりの散りばめを解決パートでいちいちページ数まで明示しており、フェアには見えますけど… 読後感はJDC/CDに似た感じ。(JDC/CDと言ってもピンキリですが) ところどころに「わたし」(p18、p62、p72など)が出てきて、誰?と思ったら、著者ノックスがいきなり顔を出してるんですね。(最初はブリードンの一人称なのかと思いました。) 以下トリビア。 タイトルは後書きで都築さんが「Still aliveの逆」としています。Still Life(静物、静物画)の反対語としてもいけますか?その場合、Stillは形容詞「じっと動かない」という意味ですね。 作中時間は日付と曜日(2月11日土曜日など)から出版直近では1933年が該当。 現在価値は英消費者物価指数基準1933/2019で70.98倍、1ポンド=10009円で換算。 献辞「ロバート・ハヴァート博士」(To Dr Robert Havard)は死亡推定時間関係の助言者かな?(ここがちゃんとしてないと本作は成立しない。) p15 小さな下水汚物利用農場(a miniature sewage-farm): 糞尿などを含む下水を利用する農法か。Haber–Bosch processによる人工の窒素肥料はWWII以降。 p15 氷室(ice-house): 毎冬荷車で氷が積み込まれ、夏に使われる。氷枕(ice-pack)の氷を得るため魚屋(fishmonger)に行く(p35)との話題で、ならうちの氷室からどうぞ、とある。電気冷蔵庫普及前の話。1948年で英国一般家庭の普及率2%!(1959年でも13%) とするとJDC/CDのあの作品(1938)は結構早い例。米国ではペリー・メイスン『空っぽの罐』(1941)ではまあまあ普及してるような感じ。 p16 限定相続(entail): 辞書には「限嗣不動産相続」とある。本作によると、嫁いだ娘には(不動産の)相続権がないらしい。 p16 ちゃんとした私立学校(a good public school): 「そこそこ、普通」という感じか。goodは褒め言葉じゃない印象。二流のパブリック・スクール(ピーター卿「イートンとハロウ」以外はpublic schoolじゃない… やな感じ。)からオックスフォードに進んだものか。 p17 安っぽい社会主義論(cheap Socialist sentiments): この時代、英国の若者に流行った潮流。 p17 資産は残るが... 他人に相続(the property would survive [...] in the hands of strangers): 他人と言っても血縁者ですが、妻には(多分、ここでは不動産の)相続権がないらしい。だが遺言という方法ではダメなのか?(土地がむやみに分割されてしまうのを防ぐのが「限嗣不動産相続」の趣旨ならば、遺言という抜け道を認めないのでしょうね。) p19 トニイ・ランプキン(Tony Lumpkin): Oliver Goldsmithの劇She Stoops to Conquer(1773)に登場する有名なキャラ。(wiki) p19 スコットランド人の飲み方: イングランドとの比較が語られています。 p21 マロックにおけるオウジルヴィ青年(like young Ogilvie at Malloch): 訳注なし。カトリックに転向したスコットランド人の聖人John Ogilvie(1579-1615)のこと?Mallochとの関連は調べつかず。(グラスゴーにMalloch Streetはあるが…) Ogilvie MallochでWeb検索したら他にスコットランドの文人Hugh MacDiarmidが引っかかりました。(こちらは多分違う) p21 彼もローマに行っている(he had gone over to Rome): "Gone over to Rome" in British English means "converted to Roman Catholicism" ノックス神父もカトリック転向組。改宗前のチェスタトンの考え方に影響を受け転向(1917)、逆にチェスタトンの改宗(1922)に影響を与えたという。 p21 時代遅れな頬髭(a little behind the times in continuing to wear side-whiskers): 英国でヒゲが第一次大戦以降廃れたのはガスマスクを付けるのに邪魔だったからという説あり。 p22 新しく買ったスポーツ車(new sports car): 車種は不明。 p23 最近このあたりでは交通事故が多かった(there have been so many accidents round here lately): 出版時の英国での年間死亡者数は約7500人。毎年、ぐんぐん上昇していた。(Wiki: Reported Road Casualties Great Britain) p27 レン氏の著書(the works of Mr. Wren): P.C. Wren(1875-1941) 小説Beau Gest(1924)は映画化(1926 無声映画)され評判となった。 p39『知れる者、望める者に、不正はなされず』(Scienti et volenti non fit injuria): 原文ラテン語。『ブラクトン』(13世紀の書『イングランド王国の法と慣習』)起源とされてきた法格言「知りそして望む者に不法は生じない」(Bract, fol. 20. An injury is not done to one who knows and wills it.) p40『各自、分に応じて』(Jus suum cuique): "Suum cuique" or "Unicuique suum", is a Latin phrase often translated as "to each his own" or "may all get their due" p40 山岳地方… 低地(Highland… Lowland): 訳は「高地」と「低地」で良くない?ここではイングランド人のスコットランド偏見あるあるを紹介。 p42 あさ黒い顔の女(a dark woman): 髪と目の色のことだと思うけど、ここでは農作業などで色黒になってる、という可能性もあるか?でもdarkの一般的なイメージは「黒髪の女」ではないか。 p49 心霊研究会(Psychical Research): コナン・ドイルは1930年にインチキ判定の基準が厳しすぎるとしてSociety for Psychical Research(SPR)を脱退したらしい。 p63 父は… 電話をつけようとはしなかった… 結婚の贈り物として… この家に電話をつけさせた: 電話が普及してない時代です。親戚は未だに電話をつけないでいると愚痴っています。 p82 一番いい時期でも二十ポンドの値うちもなかった(not worth twenty pounds at the best of times): 20万円。積みわら(rick)の値段。値段じゃない可能性もあり?重さなら9kg p89 例の『時間についての実験』という書物をお読みでしたか?(Ever read that book, “An Experiment with Time?”): 予知夢と時間についてのJ. W. Dunneの著作(1927)で当時よく読まれたという。カーター・ディクスン『かくして殺人へ』(1940)に登場するMr. Dunne’s theoryは多分これのこと。 p92 チェスを闘ってる二人の脳波のブンブンという音が聞こえるような(you could almost hear the brain-waves of the two chess-players): 脳波は「ブンブン」いうのかな?と思って原文を見たら何も書いてない… p93 青年の持ってた雑多な本の一覧。このうちClubfoot the Avenger(1924)はValentine Williams著のClubfoot(Dr. Adolph Grundt)シリーズ第三作で諜報員Desmond Okewoodが活躍するスパイスリラー。Dulac’s Arabian NightsはEdmund Dulac挿絵のStories from the Arabian Nights. Retold by Laurence Housman(1907)。Angel Pavement(1930)はJ. B. Priestley著、大不況直前の会社員を描いた小説。Walsham How(1823-1897)は英国教会の主教。The Mysterious Universe(1930)は英国天文学者Sir James Jeansの啓蒙科学書。『ボートの三人男』があるのがなんか良い。 p93『さまようウイリイ』の歌曲に合わせて書かれいる詩(the one [poem] written to the air of Wandering Willie): 続く引用3箇所はスティーヴンスン作“Home no more home to me, whither must I wander?(To the Tune of Wandering Willie)”(1888)、詩集Songs of Travel and Other Verses(1896)のXVI番。曲はWebで聴けます。Wandering WillieはRobert Burnsが好きだったスコットランドの古いメロディに詩をつけたもの(1793)。 p94 わたしの死ぬるときには… (Be it granted me to behold you again in dying, Hills of home, and to hear again the call——): ステーヴンスン作To S. R. Crockett、詩集Songs of TravelのXLIII番。 p95 わたしの墓石には…(This be the verse you grave for me, Here he lies where he longed to be; Home is the sailor, home from sea And the hunter home from the hill.): ステーヴンスン作Requiem(1880)より。 p99 ゴルフのクラブくらいを動かすのをためらう(be squeamish about mislaying the golf-clubs): 唐突にゴルフクラブが出てきますが、慣用句なのかな? p110 洞窟(caves): 洞窟の例をCyclops, Ali Baba, Cacus, pirates, brigands, smugglers, Jacobites or Covenantersと列挙してます。 p115 数シリングの銀貨(a few shillings in silver): 当時のシリング単位の銀貨はジョージ五世、1920年以降は純銀製から.500 Silver製に変更。クラウン、半クラウン、フローリン、シリングの4種類。 p115 一ぺニイ包みのパイプ掃除具(a penny packet of pipe-cleaners): 1ペニーは42円。 p135 ワーカーズ・アーミー・カット(Worker’s Army Cut): パイプ煙草の銘柄。The Viaduct Murderにも登場してるが架空のものか。「国民の半数が吸っている(p137)」銘柄という設定。 p136 一ポンド十シリング(One pound ten): 15014円。巻煙草入れ(cigarette-case)の中に入っていた金額。 p142 十六ペンスを無駄にとばして(burning away sixpences): 667円。懐中電灯の値段。原文では「6ペンス貨幣(複数)」なので値段は不明。(1枚250円) p158 どのホテルにも十三号室という部屋はない(All sorts of hotels you’ll find which don’t keep a room number thirteen): いつからそういう習慣なのか。 p159 近頃ではカン詰や箱詰の食料品を買う習慣がついてしまった… この荘園でも自分のうちでパンをやく女なんかほとんどいない…(the habit of buying stuff in tins and boxes is growing up in these days. Very few of the women on the estate ever take the trouble to bake a scone): 冷蔵庫が普及してなかったので1947年の調査でもかなりの缶詰製品(canned fish, condensed milk, baked beans, peas)が出回っていた。多分WWIの兵隊食がこーゆー食料品を一般に広めたのでは?「パン」はscone、ここではお菓子の方を意図してる様な気がする。(お菓子を手作りする女すらほとんどいない…) p160 スコットランド人の職業心: スコットランド人は自分の仕事を愛してるが、イングランド人は遊ぶことだけが好き、という国民性を紹介。 p167 ローマカトリック教徒: 「干渉しない」ので宗教として一番良い、と控えめな賞賛。 p167 孔雀の羽根(peacock’s feathers): 「屋内に持ち込む」のがタブーらしい。ここでは女中(housemaid)がうっかり家に持ち込んでいる。すでに時代遅れになっていた迷信なのか。 p182 飛車の頭で猫を撫でて(scratching the cat with the top of the King’s rook): 良く分からない。王様側のルーク(香車)?深い意味など無くのんびりしてる描写なのか。 p189 ミュッセの詩… いかがなりや/マントノンのごきげんは?(that haunting poem of de Musset’s in which every verse ends with the refrain : Qu’est ce que c’est que le tong Maintenong?): 調べつかず。マントノン夫人ならMaintenonだが… p204 事後従犯(an accessory after the fact):「スコットランドの法律には事後従犯なんて無い」JDC『連続殺人事件』より。 p209 マンテーニャ流の顔(Mantegna face): アンドレア・マンテーニャ(Andrea Mantegna, 1431-1506) イタリアの画家。厳しい感じの顔か。 p209 いい子だから、胸当てでもつけてきたまえ(Put the chest-protector on, like a dear): 攻撃に備えよ、という意味か。chest protectorはフェンシングの防具? p235 戯れ歌「わが家はたのし、わが家こそは/たのしい小さな家、それはわが家!」(Ours is a nice house, ours is; What a nice little house ours is!):ミュージックホールのコメディアンAlfred Lester(1872-1925)の曲OUR'S IS A NICE 'OUSE, OUR'S IS(Rule & Holt作詞作曲)、レコード録音1922年頃。某Tubeで聴けます。 |
No.2 | 5点 | nukkam | |
(2014/09/03 10:43登録) (ネタバレなしです) 1934年発表のマイルズ・ブリードンシリーズ第4作で手掛かり脚注付きの本格派推理小説です。作品自体の出来映えは悪くありませんが「コーリン・リーヴァはいつどこで死んだのか」をメインの謎とする展開なので、このネタで長編ミステリーでは退屈と感じる読者もいるでしょう。ハヤカワポケットブック版は小さい「っ」を「したがつて」とか「こうだつた」など大文字で印刷しているのが違和感あり過ぎで、世界推理小説全集版の方がまだ読みやすいです(こちらのタイトルは「消えた死体」です)。もっともどちらも半世紀も前の翻訳なので新訳が待ち望まれますが。 |
No.1 | 7点 | 空 | |
(2010/01/03 11:56登録) 悠揚せまらぬユーモラスな文体で講釈風に進められていく筆致が、のんびりとした雰囲気をかもし出していて、まさに古典ミステリの世界です。手際のよい描写に慣れた人にとっては、特に最初の2章は同時期のクロフツよりも退屈かもしれませんが。 創元社からは「消えた死体」のタイトルで出版されたこともあり、実際、一回消えた後、数日後に同じ状況で現れた死体の謎がメインになっています。驚くようなトリックがあるわけではありませんが、事件が錯綜する原因は、なかなか手が込んでいます。原題 "Still Dead" の意味も、読み終わって納得。 最後に登場人物の一人を通して語られる罪と罰の論理は、作者が実はカトリックの大僧正でもあるということで、なるほどと思えます。哲学的にはチェスタトンにも通じるところがやはりありますね。名探偵ブレダンが事件を調査することになった理由である保険金問題の決着のつけ方には楽しい意外性があり、感心しました。 |