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ミステリの祭典

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アンクル・サイラス
バートラム=ホウの物語

作家 シェリダン・レ・ファニュ
出版日1980年08月
平均点7.33点
書評数3人

No.3 7点 蟷螂の斧
(2023/10/09 18:50登録)
折原一氏の「模倣密室」で紹介された密室ベスト10(下記・順不同)を読み終えて
一般的にエドガー・アラン・ポーの「モルグ街の殺人」(1841年)が最初の密室とされています。しかし、本作(1864年)のプロットとなる短篇「アイルランドのある伯爵夫人の秘めたる体験」(1838年11月号「ダブリン・ユニヴァーシティ・マガジン」掲載の方が先であると「密室ミステリー概論」(ロバート・エイディー)「密室殺人大百科 上」収録にありました。へーっ、そうなんだ!?。このような発見も読書の楽しみですね。かねてより、モルグ街は密室とは思えない。つまり人為的なものではないと思っていたので、溜飲が下がった思いです(笑)。

上巻は怪しい人物は出てきますが、かなり退屈です。この時代の小説の描き方なので致し方ないか(苦笑)。下巻の中盤から一気に盛り上がります。サイラスが捉えどころのない摩訶不思議な人物像として描かれており不気味な感じを醸し出していました。

〇三つの棺(ジョン・ディクスン・カー)5点
〇プレーグ・コートの殺人(カーター・ディクスン)4点
〇見えないグリーン(ジョン・スラデック)7点
〇くたばれ健康法!(アラン・グリーン)5点
〇ビッグ・ボウの殺人(イズレイル・ザングウィル)8点
〇アンクル・サイラス(シェリダン・レ・ファニュ)7点
〇五十一番目の密室(ロバート・アーサー)8点
〇「引立て役倶楽部」の不快な事件(W・ハイデンフェルト)8点
〇密室の行者(ロナルド・A・ノックス)8点
〇本陣殺人事件(横溝正史)9点

No.2 8点
(2020/04/28 08:29登録)
 19世紀後半のイギリス。子爵の称号さえ一度ならず辞退するほど己の血筋に誇りを持ち、〈女王さまよりずっと金持ち〉と謳われる富裕な家柄、ノールのルシン一族。十七歳になったばかりの一人娘モード・ルシンは先祖伝来の広大な屋敷で、地方名士として隠遁生活を送る当主の父オースティンと共に、多くの召使に傅かれふたりきりの閉ざされた日々を過ごしていた。父は治安判事などの名誉職を兼任していたものの、政治の夢破れ妻に先立たれたのちは英国国教を捨て、スウェーデンボルイの神秘主義思想に傾倒していた。弟である叔父サイラスによからぬ風評があったことも、その隠棲を後押ししていた。
 館の一室〈樫の間〉に掲げられている、稀に見る端正な青年を描いた等身大の肖像画――それが四十年前のサイラスだった。容姿は際立って上品で優美だったが、細面の顔には男らしい気迫が漂い、翳りを帯びた大きな目には炎が燃えて、柔弱の影を拭い去っていた。かれの姿は、風変わりな父親と暮らす少女の心に深く印象付けられた。だが好奇心を抱いてサイラスの話を引き出そうとしても、召使たちを含め誰もが言葉を濁すのだった。
 謎めいた影に包まれ、彼女の挫かれた好奇心をしたり顔で見おろすサイラスの端正な顔。遥かに遠いダービィシャーのバートラム=ホウに住むというかれが、やがて自分の運命に深く関わってくるとは、この時のモード・ルシンには想像もできなかった・・・
 もう一つの大長編『ワイルダーの手』と同年1864年に発表された、アイルランドのゴシック小説家シェリダン・レ・ファニュの最高傑作と言われる大冊。前年1863年発表の長編『墓地に立つ館』と併せ、この三冊はレ・ファニュの三大長編と呼ばれています。ウィルキー・コリンズ『白衣の女』はその4年前、1860年に、『月長石』は4年後の1868年に、それぞれ刊行。
 『吸血鬼カーミラ』に代表される怪奇小説の大家、ホラーの大御所の先入感もありてっきりそのテの作品だと思ってたんですが、実はれっきとしたヴィクトリア朝犯罪小説。上巻から下巻中盤にかけてはゴシックめいた普通小説として進行しますが、それ以降はかなり生々しく凝った展開に。じっくりと時間をかけて描かれた弱々しいモードの性格をテコに、孤立無援の女主人公に生ける亡霊のごとき叔父サイラス・エイルマー・ルシン、貪婪・醜悪なフランス人教師マダム・ラ・ルジェールらが付け入ってきます。
 風景描写は的確で美しく、時に古めかしい言いまわしながら文章は総じて流麗。モードを守ろうとする従姉の令夫人モニカ・ノリスや、父の盟友でスウェーデンボリアンの医学博士ハンス・エマニュエル・ブライヤリーなど傍役もよく書けています。特に生き生きとした野性味を示すサイラスの娘ミリイと、森番の娘メグ・ホークスの生一本さは印象に残ります。
 『白衣の女』は未読ですが、好みだと『月長石』よりこっちになるかな。より新しいのはあっちですけど。主人公の心弱さに「なんでやねん」と言いたくなる場面もありますが、内容は芳醇かつ繊細。創土社本は希少な上に値が張りますが、あえて入手する価値は十分ある小説です。

No.1 7点 人並由真
(2018/08/29 18:17登録)
(ネタバレなし)
 19世紀。ヴィクトリア朝時代の英国。美術界の大物で土地の名誉治安判事でもあった父オースティンの莫大な遺産を受け継いだ淑女、「私」ことモード・ルシンは、当時17歳だった青春の日々を回顧する。それは過去に殺人犯人の嫌疑をかけられたこともある叔父サイラス・エルマー・ルシンの自宅で過ごした、忘れがたき連日の記憶であった……。

「海外ミステリファンとして、こういう古典もちゃんと読んでおきましょう」シリーズの一作。言うまでも無く作者レ・ファニュは、かの女吸血鬼カーミラの創造主。さらに本作『アンクル・サイラス』 (1864年)と並ぶもうひとつの同時期の大長編『ワイルダーの手』(1864年)は、かの瀬戸川猛資が生前にネタ的に話題にしていたこともあり、そっちの方からこの作者を記憶している人も多いかもしれない。ちなみに本作は、例のジュリアン・シモンズの「サンデー・タイムズ・ベスト99作」の4番目に入っていることでも有名ですな。

 それでこの『アンクル・サイラス』上下巻で邦訳は全800ページ弱の大作だが、実際に読むまでは『ケイレブ・ウイリアムズ』や『オトラント城奇譚』あたりの『モルグ街の殺人』以前の時代の作品と思っていた。しかし現実には『月長石』よりも少し後の刊行なのね。そういう意味じゃ、れっきとした近代ミステリである(英国の読書人の間では現実に、よくコリンズの『白衣の女』と比較されるそうだし)。
 
 作品の内容は、富豪の老父ひとり若い娘ひとり使用人いっぱいのルシン家に不審な中年の女性家庭教師マダム・ド・ラ・ルジュールが推参し、家庭をかき回すくだりが上巻の前半で、主人公モードと彼女の攻防みたいな展開はなかなか読ませるものの、肝心のタイトルロールの叔父サイラスは一向にまともに出てこない(劇中人物の話題には登る)。こういう作りの作品なのかな……と思って読み進めると中盤から物語が大きく動き出し、あとは最後までひと息に読ませる。起伏に富んだ展開は普通にじゅうぶん面白い。まあいかにも19世紀の英国大長編ゴシックロマンっぽい物語だけどね。

 とはいえミステリ的に興味深かったのは、過去に叔父サイラスが嫌疑をかけられた殺人事件が、誰にも侵入不可能な不可解な状況での密室殺人だったこと。まあさすがに、まともな謎解きに終るわけもなく、物語の中心に来る興味でもないんだけれど、このあたりはちゃんと作者がポー、ディケンズ、コリンズらの、これから脈動していく現代ミステリの始祖の仲間入りをしようと色目を使った感じでなんか微笑ましかった。
 ただし一方でこの作品、あるメインキャラの心の動き=とある行為の動機について、最後まで読み終えて結構大きな疑問が残る(もちろんここでは詳しくは書けないけれど)。解釈はいくつか可能だけれど、その辺をあれこれ考えて賞味の幅を拡げてもいいかもしれない。そんな風に読者を振り回すことが実際に作者が意図した狙いか、筋立ての都合でそうなったかは、たぶんわからない気もするが。

 ちなみに昨日8月28日は作者レ・ファニュの誕生日(1814年生まれ)だった。もう二世紀も前の、我が国の明治維新よりずっと昔のことなんだわな。

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