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ミステリの祭典

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血族

作家 山口瞳
出版日1979年01月
平均点6.67点
書評数3人

No.3 7点 クリスティ再読
(2019/06/16 23:57登録)
ぎりぎりミステリの枠の入るので、評者も取り上げたいと思っていた作品である。tider-tiger さんもセンスがいいなあ。
とはいえ、評者が本作を知ったのは、1980年のNHKのドラマ人間模様に取り上げられたのがきっかけ。早坂暁脚本、深町幸男演出、武満徹音楽で、小林桂樹主演..と早坂・深町・武満トリオはこのシリーズだと「夢千代日記」でNHKドラマ黄金期の頂点を画したようなものだろう。ドラマでは、主人公の子供の話もあって...と少し話がつくってある。ゴロ寝する主人公の母(小川真由美)の足裏を雑巾がけついでに、嫁が拭くエピソードが原作そのままに採用されていたのが印象的。もう一度見てみたいな。どうやらNHKのアーカイブにはあるらしい。
で、小説の方だが、こっちは調査プロセスを丹念に追っていく。世間一般の家庭からは結構毛色の変わった一家だったわけだが、主人公の母が本当に魅力的に描かれている。そして、過去について妙に歯切れの悪い親戚たちと、どんな関係なのか不明な「遠縁」の人々....そして誕生日が数ヶ月しか違わない「兄」。この一家の「謎」を主人公は調査していく....
けどね、実のところ作者は本当は薄々真相を知っていたのである。だから、調査というよりも、実際に作者が自分の出自を確認し納得するための旅なのである。そして明らかになる「血族」ならざる「血族」たち...逝きし世の庶民が、肩寄せあって暮らすその生業を作者は古新聞などから推測し、この「血族」たちの諦念を作者は追感しようとする。もはや直接語りうる人々は、ほぼ皆鬼籍に入り、確かめようもないことも多い。それでも作者は細々としたことを納得し、我が身の上に実感しようと調査を続けるのだ。まさに己事究明、ということである。自分の由来というものが、自分によって最大のミステリなのである。

No.2 7点 斎藤警部
(2019/06/04 06:12登録)
「いつか教えてやるよ。」    

ミステリタッチの私小説(私ドキュメンタリ)。昔の両親の写真に関する不審(大震災で焼失したので記憶頼み)と自らの生年月日への違和感を契機に”出生の●●”の疑惑の霧へと斬り込んで行く、既に有名人の筆者(元サントリー宣伝部)。 中程でうっすらと読者への挑戦めいた文言が飛び出ます。続いて叙述トリック宣言らしきものまで登場。。 んで、、これ言うとネタバレですかね? 山口氏がプロパァのミステリ作家ではないとの、更には私小説であるとの判断材料から無意識に導き出されるであろう或る予断ってやつが、なかなか。。また「血族」というタイトルも、物語主題の象徴であると共に結構なミスディレクションとして機能しちゃってます。

ラストシークエンスでいきなり爽やかな救いの風に吹かれるのは良いです。ああ、人生によくあるなあ、こういう場面展開、って思います。たった二行の最終章が、重くも痛くもなく、ただ勇ましくグサッと楔を刺すだけってのが良いです。 その最終章に至る直前、ラス前の一文がまた、最高に沁みるなぁ。。。。

それにしても文春文庫の表紙に何故レイザーラモンRGが?と一瞬思ってしまいました。(作者が掴んだ真相を)早く~言いたい~。。という判じ物かと。まあ悪い冗談ですけど。(作者本人の若い頃らしですな) 

No.1 6点 tider-tiger
(2017/08/26 16:10登録)
父母の若い頃の写真はある。生後三ヶ月ほどと思われる自分の写真がある。なのに、父母の結婚式の写真がないのはなぜなんだ? こんな疑問が唐突に湧き出て、作者山口瞳はいてもたってもいられなくなり疑惑の解明に乗り出す。そこには母が隠し通した、そして、誰も話したがらない一族のとある秘密が絡んでいた。

ミステリーのようにも読める私小説などと言われている作品です。以前に書評したカポーティの『冷血』と同様の形式、ノンフィクションノベルともいえます。
作者は二十年ほど前に亡くなりました。この頃のことはよく憶えております。訃報から数日後、上司が休み時間に「ちょっと読んでおこうかなと思ってさ」などと照れながら本作を読んでいたのを発見して、私も便乗したからです。

最初の200頁は延々と親類縁者のエピソードが続きます。それほど陰鬱ではない、むしろ愉しいエピソードなのですが、どこか漠然とした重苦しさが漂います。作者の大いなる不安が反映されているからでしょう。『知りたい、でも、知りたくない』と。この葛藤が読者にも真に迫って来る。ここらあたりはサスペンス的な要素あり。
変人ばかりの一族。彼らの独特の価値観、性質が語られていく中、それこそ章が進むごとに次々と小さな謎が積みあがっていきます。作者は~貧乏は遺伝する~といった面白い視点を交えつつ、一族を分析していきます。とにかくおかしなことの多い一族です。これら大量の謎が200頁以降で解明されてゆき、謎のすべてが一族の秘密へと収斂してゆきます。逃れられない血の轍とでも申しましょうか。丑太郎伯父さんが改名した理由が特に心に残りました。そして、ちょっとしたどんでん返しもあり、作者の母への思いが、最後の二行が胸を打つのです。
ミステリ的な読み方は可能ですが、ほとんどの読者はかなり早い段階で一族の秘密に気付いてしまうことでしょう。いささかくどい部分もあります。また、小説としての完成度は難ありのような気もします。が、とても好きな作品です。小説としては8点か9点です。
ミステリとして考えると……採点は抑えます。6点。

作中、こんな文章があります。
~だから私には推理小説やSF小説が読めない。理解できないから面白くないのであるけれど、一方でバカバカシイという気持ちもないことはない。~
この文章がどうにも前後から浮いているんです。『だから~』とあるけれど、なにが『だから』なのかさっぱりわからない。この部分は丸ごと削除してしまった方が文章の流れが自然なのです。なんでこんな文章をわざわざ挿入したのか。作者は本作執筆にあたって、いくらかミステリを意識していたのではないのか。
作者は直木賞の選考委員をしていたので、ミステリの候補作にどのような選評を残しているのかをざっとチェックしてみました。
ミステリを目の仇にするようなことはなく、むしろ泡坂、連城などをかなり高く評価していました。島荘の『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』に至っては推す人が誰もいないなか唯一人強硬に推しまくり。
ミステリだからダメなのではなく、ミステリに固執することによって致命的な瑕疵が生じたり、完成度が落ちるくらいならミステリを捨てたほうが良いというスタンスのようです。候補作のいくつかにそのようなコメントを残しておりました。
こういう人が書いたミステリ風の作品ということで、あえて書評してみました。

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