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ミステリの祭典

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危険なビーナス

作家 東野圭吾
出版日2016年08月
平均点5.50点
書評数4人

No.4 7点 Tetchy
(2021/02/20 00:07登録)
疎遠になっている弟の妻と名乗る女性から連絡があり、夫が失踪したと知らされる。しかしその妻は積極的に夫を捜すわけではなく、本来夫がすべき親族の紹介をする手伝いをするようになる。そして自分が縁を切った金満家の矢神家に関わるうちに、次第に亡くなった母親の見知らぬ一面に接し、謎が深まっていく。
弟の妻と名乗る女性が突然現れる。このウールリッチの諸作を思わせる展開は実情を知らなくてもその対象となる人物のことをネットなどでリサーチすれば成りすませることが可能となる昨今だからこそ妙にリアルに感じる設定だ。

そして不思議なのは夫矢神明人が失踪したのにも関わらず、積極的なのは夫の捜索ではなく、矢神家の過去や因縁を探ろうとする妻楓の存在だ。彼女は夫が相続することになっている矢神家の全財産を不在の明人に代わって宣言し、既に家族の縁を切って疎遠となっている手島伯朗をパートナーにしてどんどん矢神家の過去へ迫ろうとする。

特に殺人事件が起こるわけでもなく、失踪した異父弟の新妻のために行動し、そして少しばかり複雑な事情の自分の親族たちと向き合うという地味な話なのになんと読ませるのだろう。

複雑に入り混じった親族の、しかも矢神家という伏魔殿の如きプライド高い名家の軋轢に伯朗が惑わされる、いわば東野版『渡る世間は鬼ばかり』とも云うべき作品だ。

しかし伯朗を見下すそんな名家の人々が出てきながらも読んでいる最中はさほど不快感を抱かない。
それは矢神楓という女性の存在が際立っているからだ。美人で元JALのCAをしていた彼女は臨機応変に物事を対処する機転の持ち主(ただ真の正体は最後に明らかになるのだが)。そして自分の容貌が武器になることを理解して、男たちに媚を売って籠絡させることを全く厭わない。十分に強かな女性なのだが、陽気かつ親しみやすさを感じる性格ゆえに嫌味を感じない。最も女性の目からは憧れの存在だった明人を独り占めした女性という敵のように映る一方で、海千山千の人物を見てきたクラブのママを務める矢神佐代からは只者ではないと感じさせる。

一方そんな彼女に翻弄される手島伯朗の人物像が次第に何とも頼りない男に見えてくる。一緒に行動するうちに楓のことが気になって仕方なくなり、笑顔を見せられたり、同情されたりすると気分が良くなり、彼女に頼られたいと思うようになる。その思いは次第にエスカレートし出し、終いには逐一行動をチェックするようになる。弟の妻であることを半ば忘れて、自分の恋人のように彼女が他の男と仲良く談笑するのを、自分ではなく他の男性と一緒に過ごすのが我慢ならなくなってくるのだ。
そんな彼の本質を彼の動物病院の事務員蔭山元美からズバリ指摘される。彼は実に惚れっぽい性格なのだ。美人が好きで蔭山元美を採用したのも彼女が美人だったからだ。そして独身であるのは単に女性に対して免疫がないだけで彼自身は気のある素振りを見せていないと思っているが、実は周囲には気のあることがバレバレという不器用な男だ。一方で女心についてはかなり鈍感だ。蔭山元美が矢神楓の出現からジーンズ履きからスカート履き、しかもミニスカート履きが増えたのも彼女が手島に楓ではなく自分に目を向けさせるためのセックスアピールであろう。つまり蔭山元美もそんな不器用な伯朗を少なからず悪く思っていないのだが、彼はそんな彼女の気持ちに気付きもしない。

機転の利く矢神楓と鈍感男の手島伯朗2人が辿る今や没落の一途を辿りつつある名家矢神家の面々と過去の因縁が謎が謎を呼ぶ展開を見せ、ページを繰る手を止まらせない。

またトリビアだが、本書の登場人物の1人、矢神家の異母弟の矢神牧雄は泰鵬大学医学部の神経生理学科で研究をしているが、この泰鵬大学、実は東野作品ではやたらとここの関係者が登場し、実はかなり微妙なリンクがあることに気付く。
『疾走ロンド』で新型病原菌K-55を盗まれたのが泰鵬大学医科学研究所で、次は短編集『マスカレード・イブ』の中の1編である表題作の被害者岡島孝雄は泰鵬大学理工学部教授、そして『ラプラスの魔女』の主人公青江も泰鵬大学教授だ。これほど泰鵬大学を持ち出すのは東野氏が読者に描く作品の微妙なリンクに気付いているかどうかを試しているのか、もしくはこの泰鵬大学を東野ワールドの支点にしようとして今後もっと扱いを大きくしようとしているのか、解らないが、この大学の名前は常に念頭に置いておこうと思う。

しかし題名『危険なビーナス』はちょっと浅薄でピント外れな印象を受ける。題名が示すビーナスは矢神楓のことだろうが、彼女は確かに口頭では目的のためには女を武器にして籠絡させると公言したが、それでも危険な香りはしない。寧ろ彼女の魅力に主人公手島伯朗が勝手に魅了され、そして翻弄されただけなのだ。そう、危険だったのは伯朗の惚れっぽい性格なのだ。

しかし開巻時からは思いもかけない着地点を見せつけてくれた。そして獣医界のエピソードや『ウラムの螺旋』といった数学の不思議と新たな知識も与えてくれた東野氏。まだまだ当分彼の作品の水準は下がりそうにない。
まさに品質保証の東野印。ベストセラー作家として数々の読者の財布を緩ます東野作品こそ危険な魅力に満ちている。

No.3 5点 makomako
(2019/09/08 21:04登録)
例によって東野氏の作品はとても読みやすい。
 本作は比較的長い長編ではありますが、長さをあまり感じさせないところはさすがです。
 ところどころに伏線も張って会ってまあ不足はないように見えますが、内容は長さの割にちょっと薄い。恋も謎もスリリングな絶品ミステリーと帯には書いてありますが、色々盛り込んで読者にサービスしようとした意思が透けて見えるような感じがして、もう一つでした。
 売れっ子の作者は、薄利多売でもある程度の内容を作って読ませるといったテクニックがあるので読んで損はないのです。
 私としては、作者にはじっくり時間を取ってがっちりした作品を書いていただきたいのですが。

No.2 5点 mozart
(2017/08/17 11:15登録)
図書館で予約していたのですが、すっかり忘れた頃に貸し出し可能の連絡があって早速ゲットし、例によってすんなり読了。読みやすさは相変わらずです。色々伏線が敷かれていて最後の方でことごとく回収されていく、というパターンは同じ著者の「夢幻花」に通じるものがありますが、全体としてはかなり軽く感じました(楓のキャラ設定によるところが大きいかも知れませんが)。これはこれで悪くないのですが、「没落しつつある名家」の遺産相続問題や複雑に入り組んだ癖のある親族の存在等から、某作家の世界を著者らしくひねった展開を期待して読んでいたのでちょっと肩すかしを食らってしまいました。

No.1 5点 白い風
(2016/12/01 23:26登録)
東野作品としてはビミョウだったかな?
元々の期待値が高いからね(笑)
”理系”関連情報で重厚さが出ているけど、主人公などが軽めのキャラだったのが残念!
題名などからもうちょっと艶っぽい話を期待していたんだけどね(笑)
もうそろそろシリーズ物新刊が読みたいですね。

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