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ミステリの祭典

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寝ぼけ署長

作家 山本周五郎
出版日1970年01月
平均点8.00点
書評数4人

No.4 8点 斎藤警部
(2026/05/20 00:07登録)
「汚れたものは早く洗わなくちゃあいけない、洗ってきれいになるんだ」

いちいち引用するのも躊躇うほど、あたかも佐野元春か若元春と見紛う名言連射の寝ぼけ署長。
ごく一部の人の人生のごく一部しか救わない事件真相解明など眼中の外、多くの人の人生を大きく救う問題解決ないし事態鎮静に手腕を振るう寝ぼけ署長は、社会不安を催す大事件が発生した後から登場しては市井の血を流して派手なヒーローの名を残すのではなく、社会不安を最小限に抑える事に腐心し、目立たぬ治安維持の捨て石となる事を旨とする。 言わば金田一耕助のアンチテーゼの様な実力派である。 後年のおとぼけ課長とは肚が違う。 転任が決まった際には別れを惜しむ多くの市民たちから慰留の声が上がった。

「それより手が揃ってるなら引越しの手伝いでもしてやるがいい。 そのほうが物事が早く片付く訳じゃないか」

終戦から間もない地方都市を舞台に、いい意味で隙のあるアンクル・アブナーのような愛され名士、寝ぼけ署長。
扱われる事象としては個人レベルの .. だが社会全体への拡がりに繋がっている .. 一見ささやかなトラブルだったり、一方ではいかにも大きな社会問題に火を付けそうな有力者の悪どい計画だったり。
ちょっと見には日常の謎短篇集のようでもあるが、実はそうでもない。

“係りの者が出てゆくと、署長は明けてある窓へいってながいこと外を見ていました。”

滋味溢れる丁寧な作品が並ぶ中、これはちょっと筆滑り過ぎでは?と思うピースも一つあったが、異色作として珍重したい。
逆説人情が薫るやら、署長の手の内見せないサスペンスが走るやら、ちょっとした確信犯叙述トリックが映えるやら、ちょっと凄い異色のフーダニット解決に絆(ほだ)されるやら。
最後の一篇はもう、表題からして熱い。 熱くて涼しい顔した、稚気走る本格ミステリ。 著者の訳知りっぷり、ここに極まった忘れ得ぬ名花。 ちょっとホームズっぽいのはやはり洒落か。

「寝ぼけ署長を筆誅してやろうと思ってさ」

中央銀行三十万円紛失事件/海南氏恐喝事件/一粒の真珠/新生座事件/眼の中の砂/夜毎十二時/毛骨屋親分/十目十指/我が歌終る/最後の挨拶

No.3 7点 まさむね
(2023/06/29 20:52登録)
 勉強不足の私にとって、山本周五郎といえば「樅ノ木は残った」一択なのですが、こういった探偵小説も書いていたのですねぇ。このサイトで知りました。ありがとうございます。
 10短編の中に決して大技があるわけではありません。しかしながら、寝ぼけ署長・五道三省の王道たる「正義の味方」譚は非常に清々しい。弱者への作者の温かい眼差しが随所に表れている、好短編集と言えると思います。

No.2 8点 zuso
(2023/06/06 22:42登録)
時代小説作家の印象が強い山本周五郎の、現代を舞台にした珍しい警察小説。
とある警察署に赴任してきた五道三省は、言動の呑気さから「寝ぼけ署長」なる渾名を奉られる。だが実は、大変な切れ者なのだ。「不正や悪は、それを為すことがすでにその人間にとって、劫罰だ」と断じる五道は、罪を犯した者でもできる限り救おうとする。
謎解きの答えだけでなく、彼の深い考えも深く知りたくなる短編集だ。

No.1 9点 クリスティ再読
(2016/09/19 20:18登録)
本作は時代小説の巨匠山本周五郎が書いたミステリ。文庫のロングセラーで結構な人気作だ。ただしね、多分「ミステリマニアは除く」なんだよね...ここらへん評者はイジが悪いせいか、とっても面白いと思う。
本作表面的にはちゃんとしたミステリの連作である。普通のミステリ短編集よりも殺人事件比率が低いかな、とは思うけど、事件あり、意外な真相あり、と決して形式的にはミステリから逸脱するものはないのである...主人公の警察署長五道三省はちゃんと名探偵もしている。がしかし、本作がどうしてもミステリから逸脱する部分というのは、小説のプロットの部分ではなくて、内容的な部分なのである。
「罪を憎んで人を憎まず」というセリフがあるが、実はミステリはこれでは始まらない。「人を憎む」部分が犯人の追及なのであって、その結果断罪を控えることはあるかもしれないが、真相の解明なくして何も始まらないのはいうまでもない。本作の最初の短編「中央銀行三十万円紛失事件」では犯人は実質3人のうち誰かに絞られるだが、五道署長は真相の解明ではない別な解決手段を提示してそれを納得させる。これで読者を納得させよう...というのが本作、できているのだ。ちょっとこれは驚くべきことだ。「ミステリの心理的前提」を見事に無視して小説を成立させるのだから、反ミステリかもよ。
野村胡堂の銭形平次がそうであるように、時代小説は、実際の江戸時代に取材した小説というよりも、世知辛い現代に対する作者の理想を投影したユートピアとして描きだしたファンタジーという色彩を帯びるときがある。そういう理想主義というものは、時代小説には合うのだが、ミステリだと一般的な正義感はともかくとして、正面切っては取り上げづらい...五道署長は貧乏人の味方に立って、立ち退きを迫る高利貸から官舎を開放して保護すると同時に、高利貸に一泡吹かすし、屋台営業からの搾取を強めるヤクザから、屋台の人々を保護して新しいショバに移転させ組合による団結を裏から指導する...そういう「正義の人」として五道署長が描かれてるのだけど、これが少しも浮ついてないのである。多分これほど「正義」というものをマジメにとらえたミステリはないのではないのだろうか。そういう作者の真摯さがファンタジーかもしれないが作品を通じて本当に伝わるのが、本作の人気の最大の理由だろう。
あ、個人的には「十目十指」がベストと思う。ちょっとしたねたみや偏見・悪意が増幅される地域社会を、正義の人五道署長が正す話だけど、非常に今風のテーマだと思う。あと「夜毎十二時」ってクリスティの短編にほぼそっくりの内容のがあるな。まあありがちなトリックだけどねぇ。
というわけで、本作、ミステリマニアにとっては試金石だ。あなたはどう読む?

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