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ミステリの祭典

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ゼロの激震
ゼロ三部作

作家 安生正
出版日2016年04月
平均点5.33点
書評数3人

No.3 5点 HORNET
(2017/12/23 12:13登録)
 ハリウッド映画張りの仰々しいスケールの話。大きな失敗により今は業界を追われたプロフェッショナルにトップからお呼びがかかり、世界的な危機を救うという骨組みもよくあるパターン。読み進めるのはそれなりに面白いが、そういう「SF的な危機」「天才肌のヒーロー」「国家世界のために命を賭す美学」といった演出があまりにもあざとく、鼻白んでしまうところも強い。推敲された原稿を読むような、「立て板に水」の会話も、カッコいいかもしれないが行き過ぎな感じ。これはこの作者の作品全体に言える特徴だが、作品を重ねるごとに傾向が強くなってきている気がする。
 地震に関する薀蓄もほとんど理解できないし、そういう科学的な内容が理解できなくともストーリーの理解に支障はないので、ただうるさいだけになってしまう。
 題材、発想は他に類を見ないもので面白いと思うが、男たちの矜持を感動的に描こうとする意気込みが強すぎるので、白けてしまう人も多いのではないだろうか。

No.2 4点 虫暮部
(2016/09/26 12:44登録)
 政治家、技術者、学者etc.を演じている“だけ”のようなステレオタイプな登場人物ばかりでうんざり。批評的な演出? にしてもちょっと……。
 何故このPTSDを患う主人公に、相応のバックアップもせずここまで重い責任を負わせて無理をさせるのか。人道的にどうだという問題ではなく、単に失敗のリスクが増えるだけではないか。話のでかさの割りに、少数のキャラクターがちょろちょろ動いているだけという印象。
 時々挿入されるやたらメッセージ的だったり風刺的だったりする文章も邪魔で、作者が言いたがっていることに却って共感しにくい。そういうことは上手くストーリーを通じて感じさせて欲しい。(あっ、これ前作とほぼ同内容の感想だ。)

No.1 7点 人並由真
(2016/08/26 04:09登録)
(ネタバレなし)
 大学で地球物理学を学び、その後は大手ゼネコン・太平洋建設で地盤掘削作業の技術者として奉職してきた木龍純一。彼は40歳の時に、大企業JPSが発注した東京湾の「浦安人工島」施工計画に参加するが、工事中の不測の事故で弟分の技術者・長岡を失う悲劇に遭遇した。事故の責任を取って会社を辞めた木龍は9年後の現在、工業高校の教員として働いていたが、そこに一人の謎の紳士・奥立隆弘が現れる。木龍の物理学者としての、またゼネコン技術者としての器量に着目した奥立の用件、それは木龍の恩師である東都大学教授・氏次とともに極秘のプロジェクトチームに参加し、近々に必ず発生する関東を襲う溶岩流の脅威! に対抗してほしいというものだった。だがやがて明らかになる<人為が引き起こした自然の怒り>は、奥立の、そして木龍の予測をはるかに超える規模の災禍となって地上の人々を襲うのだった…。

 一言で言ってしまえば、これは『日本沈没』や『滅びの笛』そして東宝映画『地震列島』などの系譜に連なる、剛速球で正統派のディザスター・パニック作品。そのむかし「ミステリマガジン」で国産ミステリ月評担当の松坂健が、小松左京の原作小説版『日本沈没』を評した際に、その時のレビュー記事を「これは途方もない小説である」の一行から始めたが、この作品もその修辞(途方もない小説)が実によく似合う内容だ。
 足尾市に生じた怪異な突然の大量死、富岡市での謎の高熱災害など、前半3分の1の時点での非日常的なディザスター描写でも相応に苛烈だが、物語はページをめくるごとにさらに強烈に加速度を増し、ついに小説の後半には「そこまで行くか!」というレベルまで日本を見舞う国難の規模が絶望的に広がっていく(ネタバレになるので詳しくは書けないけど)。
 とはいえ作中の大災禍を荒唐無稽なホラ話に思わせないため、いかにもそれらしい地質学、物理学、さらには天文学の専門知識やロジックで丁寧にこの大災厄の物語は補強されており、それらの情報量に説得された読者のテンションが下がることはない。そんな大枠のなかで主人公の木龍や氏次、さらには彼らを率いる危機管理官・牧野ほかの行政側や識者たちの日本を救おうとする群像劇が描かれる(この辺は、同じ国難を描く今夏話題の新作怪獣映画&ポリティカルフィクションドラマ『シン・ゴジラ』に通じるものがある)。

あえて言うなら、心に傷を負った主人公のトラウマ克服、情報小説的な専門分野の物量描写、器用に視点の切り替わる映画的な叙述……と作品の結構に手堅さを確保した分だけ、小説としていささか古い作りになったのも事実。80年代半ばから発祥した「なんでもあり娯楽小説」の「ネオ・エンターテインメント」の作法にかなり近い。
 言い方を変えるなら、この作品が21世紀の作品でなく、その頃の旧作だと言われて読まされてもそれほど違和感は無かったろう(もちろんインターネットのSNSなど当世風のギミックは、作劇の上で縦横に活用されているが)。

 とまれそれでも自分はこの作品が大変面白かったし、随所の描写で胸を打たれた。それは、作者のパッショネイトな部分の反映かあるいは手慣れたテクニックか判然としないが、キャラクターが脇役に至るまでしっかり描かれているからであり、具体的にはたとえば321ページの10行目、こういうさりげない、しかし温かい描写がそこにたったひとつあるだけで、この小説の品格はずっと引き上がっているのだ。さらに終盤「思わぬもうけ役」となる某キャラの扱いなど、ここで泣いては負けだ、と思いながらも作者の狙いに乗って涙してしまう。ちょろい読み手かもしれないが、そういう心地よさに人生の一時を預けられる作品というのはそれだけの価値があるのでは、とも思うのだ(一方で人間の陽性で気高い部分のみ賛美しているわけではなく、主要人物のひとり・香月の、清濁こもごもしたキャラクター造形などもかなり上手い)。

 ただし人物描写の見事さやドラマ作りの良くも悪くも王道的なこととは別の部分で、壮大な叙事を為すうちに脇が甘くなった箇所もあり(関東から各地に脱出した人々のその後の生活の軋轢にはもう少し筆を費やしておくべきではないか、など)、全体を絶賛はできないが、久々に良い意味で懐かしく、そして実にこういう種類でのボリュームのある作品を読んだという満腹感は確実にある。
 ちなみに、なぜこの地殻の大変動がほぼいきなり生じたのか、という大きな謎も作中に用意され、その辺りで謎解きミステリとしての興味まで抑えた小説の構造もなかなか楽しかった(推理して解ける種類のものではないだろうが、漠然とでもその真相を考えることはできる作りになっている)。
 冒険小説や、ポリティカルフィクション要素のあるディザスターものまで広義のミステリとして認定することに個人的には大賛成だが、その大枠の中で今年の国産ミステリの収穫の一つ。

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