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ミステリの祭典

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メグレと死体刑事
メグレ警視

作家 ジョルジュ・シムノン
出版日1986年08月
平均点5.67点
書評数3人

No.3 7点 クリスティ再読
(2022/03/19 08:40登録)
意外に評者は好みのタイプの作品だった。メグレがうんざりしつづける、重苦しい話なんだけどね。
仕事上の上司みたいな立場にある予審判事に直接頼まれた以上、イヤとは言えないのだが、「特別休暇」扱いで何の権限もなく、ボルドーの田舎町に派遣されたメグレ...判事の義弟の家に滞在し表面上は歓待を受けるのだが、「よそ者」にブルジョア家庭のトラブルをひっかきまわされるのはゴメン、というウラがありありと透けて見える。しかも判事の依頼は労働者階級の青年の不審死をめぐって囁かれる義弟の関与の噂をなんとかしろ、という筋ワルでこの街の階級対立を煽りかねないものだった....しかし、誰が依頼したか分からないが、司法警察を不祥事で辞めた元同僚で今は私立探偵、「死体刑事」カーヴルがこの事件の後始末に暗躍している。「丸くおさめる」のはカンタンでも、メグレの意地がそれを許さない。

この作品は第二期で「奇妙な女中」とか「ピクピュス」と合本で出たという話だから、中編?と思いきやちゃんと長編。合本にはどうやら戦時中の出版統制のような事情があるようだ。本作は「メグレの途中下車」で舞台になるフォントルネ・ル・コントのそばの田舎町。階級対立に巻き込まれ「よそ者」扱いに苦慮するメグレ、旧知の知人(学友)が絡む...と、「メグレの途中下車」の別バージョンみたいな話ではなかろうか。でも「途中下車」よりもこっちのが好き。

「難事件」といえば、このくらい「難事件」なものもないだろう。アウェイ、関係者の隠然たる敵意、正式の権限なし、強力なライバル....でもメグレはメグレ。事件解決後に「死体刑事」にちょいとイヤ味の一つもいいたくなる。

「あらゆる言辞のなかでおれにもっとも忌まわしく思える表現がある。その表現を聞くたびに、私は飛びあがってしまい、歯が浮いてしまう...それが何だかわかるか?」
「いや」
「《万事が丸くおさまる》ってやつさ!」

メグレはただの名探偵ではない。魂をもった男なのである。「空気」に同調しない個我をそなえた人物なのだ。

No.2 5点
(2020/07/26 14:51登録)
 もう一週間以上も雨が降り続き、太陽が瞬時も顔を覗かせぬ一月のある日。メグレ警視は突然プレジョン予審判事の執務室に呼び出され、一週間の特別休暇を与えられる。判事の妹ルイーズの結婚相手、家畜商人エチエンヌ・ノオを厄介な立場から救うため、非公式な形でヴァンデ県の沼沢地帯のいちばん奥深いところにある辺鄙な村、サン・オーバンへ行って欲しいというのだ。
 約三週間ほど前、土地の若者アルベール・ルテローがノオ家にほど近い線路の砂利の上で死んでいるのが発見されたのだが、しばらくして匿名の手紙がばらまかれ、エチエンヌがこの若者を殺した犯人だと、ほぼ公然と名指されたらしい。事件を管轄するフォントネー・ル・コントの検事の話では嫌疑はかなり濃く、正式の捜査を避けるのは難しいだろうとのこと。大事にならぬうちにそれにケリを付けるのが、プレジョンの希望するところだった。
 彼の依頼を受けてサン・オーバン・レ・マレへと向かうメグレだったが、その途中ニオール駅のコンパートメントで、元同僚の私立探偵《死体刑事》ことジュスタン・カーヴルが、同じ列車から降りてくるのに気付く。カーヴルはメグレが警察に入って知りえたうちで、いちばん怜悧な頭脳を持つ男だったが、勤務中に金銭問題の不正が発覚したことで既に司法警察局を辞めていた。
 《死体(カダーヴル)》はいったいサン・オーバンに何をしに来たのか? メグレ警視はノオ夫妻に歓待されるが彼を迎える村の空気は悪く、さらに悉く《死体刑事》に先回りされ証拠を潰される。義兄に助けを求めたエチエンヌも、本音ではメグレに早く立ち去ってほしいようだ。四面楚歌のなか、警視は被害者アルベールの親友ルイ・フィルウと共に、証人たちへの聞き込みを続けるが・・・
 メグレ警視シリーズ第47作。『メグレと奇妙な女中の謎』の次作にあたる長編で、前作及び『メグレと謎のピクピュス』と共に、3冊合本の形で1944年に出版されました。作家としての成熟とエンタメ性を両立させた第二期の作品ですが、意欲作の多い時期にしては残念な事に、あまり良い出来ではありません。
 メグレの行動を抑制したがるエチエンヌ、何かに脅えるその妻ルイーズ、寝入りばなのメグレの寝室に押しかけ、ネグリジェ姿で「わたしはアルベール・ルテローによって妊娠させられました」と告白する娘のジュヌヴィエーヴ。序盤はなかなか良いのですが、村の内部はブルジョアと労働階級の二つに割れており、両者の対立により事件当時の詳細や現場の状況すらはっきりしないままストーリーは停滞してしまいます。
 全体の三分の二を過ぎて、《死体刑事》とある人物との繋がりを掴むことにより物語は一気に動き出すものの、ここまでくると後は予想の範囲内。実行犯とは別の〈真の犯人〉も動機も、ジュヌヴィエーヴの動きから推察可能。加えてメグレのノリも後味も悪く、全体としてスッキリしません。
 読後にサン・オーバンの全景が立ち上がってくるのはこの作者の筆力を窺わせますが、メグレものとしての出来はそこまででもない。〈憎悪の匂いのするロニョン〉とも言うべき《死体刑事》も人間としての底が浅く、到底警視と正面から張り合う地力はありません。酒場や農家の日常、村人たちの描写など光る部分はまま見られますが他に目を引くキャラもおらず、トータルするとシリーズでも下方に位置する作品でしょう。

No.1 5点
(2016/05/03 15:18登録)
通常3期に分割されるメグレ警視シリーズの中で、本作は第2期に属するものです。1933年『メグレ再出馬』発表後、シムノンは一度メグレ打ち切り宣言をし、『ロンドンから来た男』など主に犯罪を扱った純文学寄りの作品(河出書房の表現では「本格小説」)を発表していきます。そして再びメグレもの長編に手を染めたのが1939~41年で、長編6冊発表後、また1945年までメグレ長編は休止するのです。その6冊中、2016年5月現在、日本語訳が単行本で出版されたのは本作だけで、他の5冊は雑誌掲載のみ。
メグレ第2期作品は今まで読んだ3冊に関する限り、他の時期に比べてちょっとひねったところがあるように思えます。本作でも中心事件の他に「死体刑事」の役割、事件の終結のさせ方、さらに複雑な気分にさせられる後日談など、事件の裏は多少複雑なことがあっても基本的にはストレートな小説構造が多い第1期、第3期とは若干異なる味わいです。

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