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ポラ丸さん
平均点: 10.00点 書評数: 2件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.2 10点 紅楼の悪夢- ロバート・ファン・ヒューリック 2026/04/01 07:50
都への出張の帰途、盂蘭盆会の楽園島に宿をとるはめになった狄(ディー)判事と馬栄(マー・ロン)。明日挨拶に行くつもりの金華県の羅(ラオ)知事が島を訪問中であることを喜んだが、なにやら逃げるように島を後にする羅知事に事件を押し付けられてしまう。

その事件とは父親が諫議大夫、最近殿試に主席合格し国子監(国立大学)の博士(教授)に任命されたばかりの青年の自殺事件だった。事件を調べるうちに同じ密室で青年を袖にしたと噂の妓女の秋月の死体が見つかる。さらに30年前同じ部屋で島の実力者が死んでいた。紅色の密室で起こった三つの事件を結ぶ糸はなにか。判事は禍々しい予感に包まれながら捜査を開始するのだったが・・

本書はロバート・ファン・ヒューリックの「アジアへの共感」に満ち溢れた作品です。そのこめられた想いは多層的で一言では言えません。書評ではあまりそういう書き方はしないのですが、箇条書きでヒューリックの真意を読み解きます。(ネタバレ)

1.この本のテーマは「盂蘭盆会」そのもの。提灯が揺れ、街の要所要所には死者があの世で困らないように大きな盆(供物台)が設えられます。地獄の門が開き、生者と死者が一緒に暮らすひと月です。

2.楽園島が舞台なのは現世(ウツシヨ)の人間の欲を「盂蘭盆会」と対比させるため。

3.「紅色」も「盂蘭盆会」の風景の象徴。軒先に揺れる紅色の提灯、川を流れる灯篭、夏の終わりの風景でもあり、人間の欲望の寂しさの喩えでもあります。

4.三つの死の真相は、正当防衛、自死、病死であり、他殺は一件もありませんでした。古今東西のミステリーでも本作のみでしょう。しかも他殺ではないのに判事は真相を追い続けます。

5.ディー判事シリーズの多くの作品では、殺人そのものの経緯を解き明かすことが目的ではなく、登場人物の人間性を明らかにして、その上で事件の全貌を示すことが目的のように見えます。本作では特に生者と死者の混じり合う季節であり、その死者たちの物言わぬ真実を見つけだし、その魂を在るべき場所に還すことがテーマとなります。

6.判事の捜査が進むにつれ登場人物の真の姿が徐々に明らかになり、最後の「どんでん返し」の後では全ての人物の立ち位置が定まります。

7.30年前死んだ陶番徳の父も清廉潔白ではありませんでした。馮里正と娘の玉環も虚偽を申し立てていますがその底意を汲んだ判事に許されます。

8.「冷血漢」「自殺する人間じゃない」と評価された李博士の自死の潔さは本作の白眉ですが、周囲の評価の元となったふるまいは、自身の病気の疑いに気づく前のことですから、かならずしも博士の評価を覆すものではありません。むしろ琅娘によりその「侠気」を賞賛される父李進士の「侠気」がどのような性質(タチ)のものだったのか疑わせるところに繋がります。

9.そういう落ちていく人間像と違い、蟹やんこそが真の「侠気」という作者の見立てなのでしょう。蟹やんや小蝦どんの非凡さは無いものの平凡さを自覚する銀仙カップルに注がれる作者の目は暖かいですね。

10.さてここまで書いてきましたが、作者の一番大事な「アジアへの共感」はまだ書いていません。それは何でしょうか。

それは意外な二人の人物から、しかも「反語」の形式で語られます。

最初は141ページ、蟹やんが小蝦どんの息子を語る部分。「すくすく育ったいい若いのだった。4年前に釣りに行って軍船にぶつけられておぼれちまった」「それ以来せがれの話がでるたびに小蝦どんがおいおい泣いて、それで息子が午後帰ってきても会えるように、夜番にしてもらったんだよ」

もう一つが165ページ、琅娘が李進士に二人の間の息子のことを話す部分。「でも、病気が治ってから流産してしまったの。妾たちの息子はきっと美しくて、勇敢だったでしょうね。あなたそっくりに!」

アジアの人々の「帰ってこない者を待つ気持ち」こそヒューリックを感動させたのでしょう「たとえお盆だけでも帰ってきてくれて嬉しい」という欧米にはない盂蘭盆会の風景がヒューリックの最も心を打ったことなのです。そしてそれが彼に本作を書かせた動機となりました。

逆説的で凄惨な光景ではあるのですが『琅娘のもとに李進士が還ってきた』ことが実はこの作品の象徴だったのですね。

No.1 10点 東方の黄金- ロバート・ファン・ヒューリック 2026/03/29 09:11
ロバート・ファン・ヒューリックは駐日オランダ大使をはじめアジア各地で外交官をつとめました。学者としても超一級の東洋学者(シノロジスト)、さらに江戸川乱歩達と交流もあるミステリー愛好家でもあった。

そのファン・ヒューリックが中国の公案小説、狄仁傑(ディー・レンチェ)を主人公とした「狄公案」を素材に書き上げたのが「狄(ディー)判事シリーズ」です。

公案小説とは古代中国の公文書をもとにした読み物。その公文書自体が大変面白いらしい。当時の行政官は裁判官、捜査官を兼ね、悪賢い犯罪者との闘いに勝つと、その事例を同僚たちや後世の行政官の勉学のために詳しい記録に残した。それが明・清の時代には庶民の娯楽読み物になった。その公案小説には二大ヒーローがいて、一人は包公(包拯)もう一人この狄公(狄仁傑)。

ファン・ヒューリックはこの狄公案をそのままなぞったわけではなく、添え物の事件の謎解きやメインの事件の素材に使いますが、小説の骨子、事件の核心は全てファン・ヒューリック創作です。ただ副官4人、喬泰(チャオ・タイ)、馬栄(マー・ロン)、陶侃(タオ・ガン)、洪警部(ホン警部)は狄公案の登場人物でもあり、物語に時代の情緒を添えています。


このシリーズは多くの出版社から刊行され、早川書房のポケミスで全体が翻訳されました。ただ原書刊行順でもポケミスのNo順でも物語全体の進行順ではないため、読者に届けるべき楽しさが半減しているところがあります。つまり1作1作のミステリーは十分に一つの世界として完結し、どれを読んでも魅力的ではありますが、「狄判事ものがたり」という通しもの魅力が伝わらないのです。この文末に狄判事の任地順・物語の年代記順の一表を添付します。本書をスタートラインにして順に読まれたらいいと思います。

なお物語の魅力もここでまとめておきます。

このシリーズの魅力は
1.人間の愚かさや欲望で起きる事件の謎と狄判事が解決していく過程のミステリー。
2.4人の副官の物語。それぞれの人生がこのシリーズのもう一方のタテ糸を紡ぎます。
3.ご子息によれば本シリーズでファン・ヒューリックが一番書きたかったことはその「アジア愛」。それぞれの巻には古代中国の人々の暮らしと風物詩が必ず一つは描かれます。

1と2は既に論評されていらっしゃる方が多いと思います。自分は3の各巻に書かれた人々の風物詩を書き出してみたいですね。

「東方の黄金」で描かれた風物詩は二つ。「官吏の採用風景」「海から来る深い霧の中に見え隠れする隣国朝鮮と日本」でしょうか。

それでは「ものがたり順の」の作品リストです。

1.平来(ポンライ)
 ①東方の黄金
 ②螺鈿の四季
 ③五色の雲(短編「五色の雲」収録)
 ④鶯鶯の恋人(短編「五色の雲」収録)
 

2.漢源(ハンユアン)
 ⑤水底の妖
 ⑥雷鳴の夜
 ⑦通臂猿の朝(中編「寅申の刻」収録)
 ⑧青蛙(短編「五色の雲」収録)
 ⑨すりかえ(短編「五色の雲」収録)

3.蒲陽(プーヤン)
 ⑩江南の鐘
 ⑪白夫人の幻
 ⑫紅楼の悪夢
 ⑬真珠の首飾り
 ⑭観月の宴

4.蘭坊(ランファン)
 ⑮沙蘭の迷路
 ⑯紫雲の怪
 ⑰赤い紐(短編「五色の雲」収録)
 ⑱化生燈(短編「五色の雲」収録)
 ⑲小宝(短編「五色の雲」収録)

5.北州(ペイチョウ)
 ⑳北雪の釘
 ㉑西沙の柩(短編「五色の雲」収録)

6.都
 ㉒飛虎の夜(中編「寅申の刻」収録)~都への赴任途中
 ㉓柳園の壺

7.広東(カントン/広州)
 ㉔南海の金鈴

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